歩み進む為に 2
ケーキに夢中になっているモカを見て、私は意を決して話し始める。
「わたしは別の世界でお祖母ちゃんに育てられて、えっと、3日前かな、何も言われずにこっちの世界にきたんです。その時、モカに偶然会って、友達になったんだけど、仮契約みたいな関係になってしまって、ルミナ様に相談しに、この城まで来た。ってところで、ミリアとは、私がこっちに来た時にお世話になってたロレンおじさんの家で、モカが魔族に襲われてた時に助けてくれた恩人です。今は友人かな?」
私なりにまとめた文章を一気に語り、最後の一言を付け加えた。
「そうよ。あのまま私が居なくても、おじ様とおば様がなんとかしてたと思うから、手伝っただけで、なおとは、その時に友達になったの。恩人なんて肩書きは要らないからね。」
ミリアが微笑を浮かべて答えてくれた。
「なおは、ロレンおば様の親戚で、数日の旅行に来た。ってところに、精獣と契約に、今回のオルトリアスの事件に、巻きこまれた。っていう、何ていったらいいのか…運が面白い子かな。」
「面白いってなによ。」
リッサさんに、私の説明をするミリアに軽快なツッコミを返し、私はケーキを口に運ぶ。
ケーキの甘さが緊張していた私の意識をやわらかくしてくれた。
「なにかと、大変そうな人って事は理解しましたわ。」
リッサさんが少し笑っていた。
私達はケーキを食べながら、話題はミリアの事に移った。
リッサさんがミリアに会いに来た理由だった。
「これから、ミリアはどうするのか、なにか、考えてますの?」
リッサさんの問いにミリアはゆっくりと食事をしながら、答える。
「そうね。体調の変化がなければ、明日にでも『バレン』にロイ兄様と戻ってお父様に会いに行きます。」
ミリアは深呼吸をして話を続ける。
「たぶん、竜騎士は引退かな。あの子とも別れることになるかな。…これからどう過ごしていくかは、ゆっくり考える。」
私達に笑いかけるミリア。
「何か生きがいになるものが、見つかるかもだし。まあ、なんとかなるでしょ。」
その言葉は強がりだと、当人も判っていた。
私はその強がりに乗っかり、笑顔を作る。
「そうよね。人生なんてどこでどうなるかなんて判らないんだからね。」
「なおが言うと説得力あるわよね。」
ミリアの言葉にリッサさんも同意する。
「たしかに、そうですわね。」
自然な笑いが3人から溢れた。
「リナさんに、近況報告を兼ねたお礼をもう一度、伝えたいのだけど、居ないんだよね。」
突然のミリアの言葉に私は一瞬、手が止まってしまった。
「あの方は、本当に凄い人でしたわ。今まで無名だったのと関係あると思いますが。」
リッサさんの言葉が私の心をさらに揺さぶる。
平静を保ちながら私は、次のケーキを黙々と食べる。
「あ。明日には、ミリアは帰るって事は、月礼際は一緒にって出来ないのか。」
私は新しい話題を出した。
「そうなるわね。元々わたしは月礼際に参加する予定は無かったし、そうね。次の祭りには、なおと一緒に回るのもいいかも。騎士になってからは、参加してないし。」
「その時は、わたしくにも同行させてくださいませんか。わたくしはマイ様の護衛で毎年来ていますが、お願いしてミリアと祭りを楽しみたいですから。なおさんがよろしければ是非に。」
「はい。その時は、こちらこそお願いします。」
私は座ったまま、会釈をして答えた。
「忘れてた。ティオにも頼んでいたので、ティオも一緒にいいですよね?」
ミリアとリッサは顔を見合わせて、二人同時に、
「もちろんよ。」
「もちろんですわ。」
可笑しく笑う二人を私は不思議に思いながら、お茶で口の中の甘さを消した。
「なおさんて、いい意味で不思議な人ですわね。」
リッサさんは、焼き菓子をナイフで上手に切り分けて、口に運んでいた。
ミリアが同意するように頷いていた。
「滅茶苦茶な出来事になっているはずなのに、動じないというか、悩んでないというか、尊敬しますわ。」
「私も、色々悩んだり、考えたりしてますよ。でも、それ以上にミリアと友達になったり、ティオとも仲良くなったり、モカに出会ったりで、これからの楽しみを考えるほうが勝っているって感じかな。悩むのは、その先の未来を願うからでしょ。だから悩みながら今を楽しく頑張る。」
私は、お茶を飲んで息を整えた。
「って、お祖母ちゃんに教わったの。」
私は私の言葉に後悔して、頭を下げて沈黙した。
「なおのお祖母様って誰なの?そういや聞いてなかったわ。」
ミリアの問いは、自分で振ってしまった話題だと再度、後悔しながら私は、苦笑いしながら顔を上げる。
沈黙が私の心臓をチクチクと締め付ける。
扉が叩かれ、聞きなれた声と共に人が入って来た。
「お邪魔するよ。」
「あっ、お祖母ちゃん。」
一瞬の沈黙の後、もう一度、「あっ…」っと私は言葉を発した。
ミリアとリッサさんは驚きの表情を見せるが、すぐに納得したみたいで、椅子から立ち上がりお祖母ちゃんに挨拶の礼をする。
私は、それを見ながら、遅れて立ち上がりお祖母ちゃんにいつも通りの家族の挨拶をした。
お祖母ちゃんは開いている椅子に座り、運ばれたお茶を一口、ゆっくりと飲む。
私達3人も椅子に座り直した。
「なおの保護者が、あたしだという事は意味無く、口外しないでやってくれよ。色々面倒になるからね。」
ミリアとリッサさんは「はい。」と答える。
「ミリアさん、だったね。『バレン』に戻る時は、あたしも同行させてもらうからね。日取りが決まったら教えてちょうだい。」
ミリアは明日にでも戻る事を伝える。
「お祖母ちゃんは、どうしてミリアさんに付いて行くの? もしかして、ミリアさんの助けになる事でもあるの?」
お祖母ちゃんは意味の無い事はしないって知っている私は、期待しながら答えを待っていた。
「まあ、大体の問題は想像つくし、その対処も思いつくけどね。それはついでだよ。あたしが用があるのは、『火竜エンデュ』の方。あたし一人で『バレン』に入ると面倒だから、それだけだよ。」
「え?」
肩透かしの返答で私はがっかりしてしまった。だけど、ミリアとリッサはお祖母ちゃんの最初の発言について聞き直していた。
「騎士としての道を続ける事が出来るのですか?」
ミリアの言葉に私もお祖母ちゃんの言ってた言葉を思い出す。
「そこに判りやすいのが居るじゃないか。」
視線が楽しそうにお菓子を食べるモカに移る。
私は、お祖母ちゃんの言っている意味を理解した。
「ミリアも精獣と契約…そんな簡単に出来るの?」
期待と疑問をお祖母ちゃんに尋ねる。
「簡単かどうかは、おまえさん次第だね。」
私は黙って考え込んでいるミリアを見る。同じようにリッサさんもなにか悩んでいるようだった。
顔を上げたミリアの表情はしっかりと前を向いていた。
「そうよね。それが出来るなら、わたしは選びます。お兄様にとっても嬉しいはずだから。」
「それじゃ、そういう段取りを、ついでに準備しようかね。」
「よろしくお願いします。」
お祖母ちゃんの言葉にミリアは深々と頭を下げる。
早々に席を立って部屋から出て行ったお祖母ちゃんを見送る私達。
「最初から、ミリアの事で来てくれてたかも。」
「シェラ様が動いてくださるのなら、私は安心して待っていられます。良かったですね、ミリア。」
リッサさんは席を立ち、ミリアを勇気付けて、部屋を出て行った。
私とミリアもお互いの気持ちが晴れた笑顔で、再会の約束をして部屋から出る。
まだ、ぎこちない歩みで私はモカと、自室に戻った。部屋まで同行してくれたハレさんとミレさんに、夕刻まで休憩して下さいと伝える。
ベットに倒れるように寝そべった私の側には、いつものようにモカがくつろいで来る。
「ミリアにも、モカみたいな精獣が来るといいな~」
「きっと来るです。」
お腹一杯になっていたのも重なって、私は暖かいベットの上で意識を失くしていた。
私は、またリナの部屋に来ていた。リナはベットで寝ている。
ソファに座って私は周りを見渡した。
[おかえり、なお。]
不意に聞こえたリナの声に答えた。
(ただいま。)
起きてソファに座るリナ。
(私が居ないときは、ずっと寝てるの?)
[そうね。なにもなければ、寝てるわね。何かをするって事もないのよね。]
(ここから、外の事って見えたりしないの?)
[しないわ。なおが私を呼べば、この部屋から出て、精神体として昨日のように存在します。]
(そうなんだ。じゃあ、私が起きてる時は、呼んで一緒に過ごすとか。)
[そうね。楽しそうだけど、あまり長い時間は、なおの精神に負担をかけることになるから、ほどほどなら。]
(そっか、ずっとは無理なのね。)
私は改めて小さな庭園と空を見渡した。
[ありがとう。でも気にしないで、いつでも呼んでいいからね。]
(うん、そうする。)
私はミリアが明日、火の都市に戻る事をリナに伝えた。
(精獣って人から呼べたりするの?)
[そうね。聖竜に認められ、聖竜が仲介すれば、出来るわ。あとは、なっても良いって言う精獣がいればね。]
(聖竜って、銀竜ナセラおじ様達の事?)
[おじさま? …おじ様って呼んでいるのね。]
思い出し笑いのような笑みを見せたリナに私は恥ずかしくなった。
[なおを笑った訳じゃないのよ。私が生きてた頃は、まだ若い竜だったから、あの頃の思い出が、色々思い出したの。]
空を眺めるリナは少し寂しそうに見えた。
[わたしも、今度会ったら、おじ様って呼んでみようかしら。]
再び笑みを浮かべてリナはソファに寝転んだ。
(その時になったら呼ぶからね。)
私は明日、ナセラおじ様に会いに行こうと決めていた。
突然、ティオの声が聞こえた。
「なお。…なお。…起きないわね。」
(ティオが呼んでる。)
体が引っ張られるような感覚で、私の意識は体に戻っていく。
目を開けると、ティオの顔が視界に入る。
「おかえり、ティオ。」
「ただいま。」
モカを起こさないように私はゆっくりとベットから起き上がり、椅子に移動した。
「体の調子はどう?」
ティオから言われて、だいぶ痛みが無くなっていることに私は気が付いた。
「痛みは殆んど、無くなってる。これなら明日には直ってそうよ。」
「よかった。月礼際は一緒に楽しめそうね。」
私は昼間のミリアとの会話をティオに話した。
「ミリアさんが契約者に…」
「どうかしたの?」
「ううん。知った人だから、ちょっと色々ね。契約、上手くいくといいわね。それと、来年の月礼際はみんなで参加ね。」
少し照れているような笑顔でティオは笑っていた。
私は思い出した事をティオに尋ねた。
「あとね、私のお祖母ちゃんが、シェラお祖母ちゃんってばれてしまって…でも、ミリアもリッサさんも追及しなかったのよね。なんでだろ?」
「あー、そうね。身寄りの無い子供を養子にするのは、よく聞く話で、普通で、特に黒髪の子は…最近は聞かなくなったけど、少なからず、まだあるから…」
ティオの歯切れの悪い言葉で大体の事は判った。
「そっか。それで、私がティオと姉妹って事とか、血縁とか、結び付けないで終わるわけね。私にとっては、助かったわ。それ以上、聞かれてたら、心苦しくなってたから。」
胸の痞えが一つ取れた私は安堵の息を漏らした。
「ティオの方はどうだったの?」
「もう、大変だったわよ!」
今とばかりに、声を強くして私に迫る。
「どっ、どうしたの?」
「町も施設も、復旧は順調でみんな明日からの月礼祭に向けて笑顔でいっぱいだったわよ。」
「そっ、それは良かったんじゃ?」
「で、声かける人達からの話は、召還師の話ばかりだったの!」
「あっ、あぁ…」
掛ける言葉が思いつかず、閉じるのを忘れた口から出た言葉は、力なく小さくなっていた。
「国を救った召還師を、王族の私が知らないって言える訳ないし、誤魔化すのが大変だったんだから。」
ティオが傾れるようにうつむく。
「ほっんと、今日の疲れの殆んどは、それだったわ。」
私は、うな垂れたティオに頭を下げた。
「色々…迷惑かけて、ごめん。」
すっと、頭を上げたティオは腕を伸ばす。
「うぅ~ん。まあ、明るい話題でみんなが頑張っている姿が見れたから、なんてことないけどね。お母様は、昨日のなおの事、みんなにどう説明するつもりなんだろう…」
私とティオは、二人して悩み顔を見せ合っていた。
「今日のティオのお仕事?は、終わったの?」
「うん。今日は、もう終わり。」
ティオは体の力を抜いて、椅子にもたれる。
「あとは、お風呂に入って、ご飯食べて、寝るだけよ。」
「じゃ、私が背中洗ってあげる。」
少し驚いたティオは嬉しそうに椅子から立ち上がる。
「今から、お風呂よ! なお、いくわよ。」
それから私とティオは、就寝までの時間を、のんびりと一緒に過ごした。
部屋に戻った私は、モカと窓から夜空を眺めていた。
「そういえば、明日が楽しみって、こんな気分、久しぶり。」
「僕は初めてです。」
モカを抱き寄せて、頭を撫でる。
見上げた空には、銀色の満月が輝いていた。




