家族 2
私達はちょっと長くなった入浴を済ませて、メイドさんに新しい服を着せてもらい、モカが待っている部屋に3人で戻る。
まだゆっくりとしか動けない私の歩みを、ティオが支えてくれた。
「モカ。遅くなってごめんね。」
部屋に入ると、ベットの上で丸くなっていたモカがパタパタと飛んで来たので、私は手を広げて受け止めた。
「おかえりです。なお元気になったですか?」
モカの頭をゆっくりと撫でながら私は笑顔で答えた。
モカを抱いたままソファーに座り、ネックレスとカードケースをお母さんから受け取る。
ティオが自分の宝飾品を付け直すと、私の隣に座り、テーブルの上にあるカードケースをじっと見る。
「このカードデッキは、もとは誰のだったの?」
私に聞く問いだったのか、お母さんに聞いたのか、考えてる時に、お母さんが答えていた。
「あなた達のお祖母様よ。」
「シェラお祖母様?」
ティオと私は同じ言葉を返していた。
ティオは少しびっくりした感じの声だった。
私は、たぶんそうなんだろうと思った答えだったので、確かめるように言葉を発していた。
お母様は話を続けた。
「ええ、そうよ。でも召還師として、じゃなくて、この世界を守る為に集めて作ったカードデッキの一つなの。ティオの持っているカード達も同じですよ。」
ティオがソファーから飛び出す勢いでテーブルに手を付く。
「シェラお祖母様って、封印士なの!?もしかして特級クラス?」
お母さんはティオを落ち着かせる。
「封印士じゃないですが、その力も持っていますよ。」
私は、ティオが凄く喜んでいるのがすぐに判って、その訳を聞きたくなった。
「ティオ、すごく嬉しそうだけど?」
「それはそうなのよ。私は特級封印士になって新しいカードを作りたいのが夢なの。でも、その方法は、もう継承されてなかったから…でも、シェラお祖母様がそれを知ってるのよ。教えて貰うんだから!」
ティオの高揚した声と輝いている瞳を見て、私にティオの嬉しさが伝わる。
「そっか。じゃあ、絶対に教えって貰わないとね。」
私とティオは、今日の事を忘れてしまうほど喜んでいた。
「なお~。お腹すいたです。」
膝の上に座っているモカがいつもの口調で、私達を現実に戻す。
私も空腹になっている事に気付き、ティオと顔を見る。同じようにティオも気付いたようだった。
そして、二人して目の前にいる母親の言葉を聞きたくて、すがる目で見た。
「食事の準備はしてありますよ。お母様がお風呂から戻られたら、食事にしましょう。」
母親の温かくて優しい会話で私はまた、嬉しさに包まれていく。
「モカ、もうすこし待っててね。」
温かくなった心を分け与えるように、私はモカの頭を撫でていた。
ドアを叩く音がして、お母さんが扉を開けると、お祖母ちゃんのメイドだったファルリアさんが見えた。お母さんが手招きをしたので私はモカを抱いたまま、ティオと部屋を出る。そして、通路で待っていたお祖母ちゃんと一緒に、私達は食事をする部屋に向かった。
部屋のテーブルには4つの椅子が二人対面の位置に置かれていた。お母さんの隣にお祖母ちゃんが座り、私とティオは今朝と同じ場所に座る。もちろん私の隣のテーブルには、モカの食器が準備されている。
執事に運ばれた料理が、並び終わり、お母様の挨拶で食事を始めた。
部屋には、お祖母ちゃんと、ルミナさんと、ティオと私とモカの5人だけになっていた。
私は、小さい頃思い描いた家族団らんの食事が今、目の前にある喜びで胸が一杯になっていた。
「ねえ、なお。泣きながら食べないでよ。せめて泣き終わってから食べようよ。」
そういったティオは嬉しそうに私を見ていた。
「だって、嬉しくて。でもお腹空いてるし…美味しいし…」
モカが心配そうに私を見ていたので、頑張って笑顔を見せた。
ティオが自分のドレスに付いていた布を外して私に渡してくれた。ハンカチのように使うことを教えてもらった私は自分の涙を拭いて、モカに嬉しくて泣いている事を伝えた。
お祖母ちゃんがそんな私を、呆れ顔で見ていた。
「強い娘に育てたつもりだったんだけどね、まだまだ、手のかかる娘だよ。落ち着いてから食べなさい。」
ゆっくりと呼吸を整えて、「はい。」と私は返事をする.。
「モカ、今日も美味しいね。」
私は場の雰囲気を変えたくて、モカを頼った。
「はいです。」
優しい笑顔で私を見つめるお母さんから、意識を料理に戻して食事を再開する。
会話は無く、静かな食事は、温かく心から満たされる楽しい食事だった。
食後のティータイムを始めた時、ティオが待たされた子供のような勢いで、お祖母ちゃんに話を切り出していた。
「シェラお祖母さま、私に特級封印士の技を教えていただけませんか。」
お祖母ちゃんは、お母さんが注いだお茶を、一口飲み、浅く長いため息をつく。
「その言葉の重みを知っての発言なんだろうね。」
シェラはお茶を飲みなおし、カップを下ろした。
私はティオの考え込む顔を、じっと見ることしか出来なかった。
ティオは大きく深呼吸すると、しっかりとした口調で喋り始める。
「お母様の跡を継いで月の王妃になる事は、私の意志でなりたいと思う願いです。それと同じくらい特級封印士になりたいのです。作りたいカードがあるんです。後世に残したいものがあるの!」
立ち上がり、想いをぶつける姿に私は、羨ましく感じていた。
そんなティオをお母さんが宥める。すごく嬉しそうな笑顔が見えた。
「私がだめだと言っても、諦めるつもりは無いのだろ。最初から、軽い気持ちで言った言葉じゃないくらい、判っているよ。ただ、ちゃんと言葉で覚悟を示してこそ、得られるものがあるからね。」
お祖母ちゃんの険しい顔は、優しい微笑みに変わっていた。
「すぐに、教えることは出来ないけど、近いうちに教えてあげるよ。」
満面の笑顔って、こういう事なんだと、私はティオの顔を見て思った。
「さて、色々とあったけど、予定通り、月礼祭が終わったら戻るからね。」
お祖母ちゃんの言葉に、現実に戻るような感覚が私を捕まえる。
(そうだよね。生まれてすぐに、お母さんから離れるだけじゃなく、世界からも離れなければならなかった理由があるんだよね…)
たった3日の出来事だけど、沢山の想いが生まれて、失くしたくない想いが心を締め付ける。
私は、お祖母ちゃんに小さく頷いて、精一杯の作り笑顔をティオとお母さんに向ける。
抱き寄せたモカをひざに乗せて、ぎゅっと抱きしめながら。
「モカも一緒に連れていっちゃだめかな?」
少し考え込むお祖母ちゃんの返事を、私とモカは静かに待った。
「まあ、大丈夫だろ。色々と不憫かもしれないけど、それでもいいのなら。」
モカと喜びを確かめ合い、私はお母さんとティオに視線を戻して、もうひとつの事を聞いた。
「お祖母ちゃん…また、こっちに来る事は出来るの?」
「ここはお前の故郷なんだよ、来れるに決まってるじゃないか。何言ってるんだい。」
お祖母ちゃんの呆れたため息が聞こえる。
「だだし、学校も勉強もちゃんとしなかったら、連れて来ないからね。」
私はもちろん、隣のティオも、その言葉を聴いて、心躍る嬉しさを二人で表していた。
私は、その嬉しさのあまり、想いを口に出していた。
「じゃあ、卒業したらこっちで生活とか、出来るかな?」
言葉を発した瞬間、後悔の気持ちが湧き上がる。
「あ、今のは夢みたいなものだから、軽率でした。ごめんなさい。」
座ったまま、お祖母ちゃんとお母さんに頭を下げた。
お母さんのすこし困った顔から目を逸らす。そんな私にお祖母ちゃんの叱りの声が聞こえた。
「本当、軽率だね。」
少しの沈黙の後、言葉が続く。
「お金さえあれば、何不自由なく暮らせる世界。文化も文明も比べ物にならない。まあ、娯楽なんてものは、趣味だからいいが、日本の料理文化がない世界に住めると思っているのかい?」
私は自分の聞き間違いなのかと思いながら、反射的に返事をしてしまっていた。
「はぁい…えっ?!」
お母さんとティオも、不意を衝かれた感じの顔になっていたので、私だけの聞き間違いじゃないのを知る。
「なおは、白米や味噌汁のない生活に慣れるのかい? 大好きなカレーやラーメン、てんぷらに納豆、挙げたら限が無い。」
お祖母ちゃんから、ため息が聞こえる。
「こっちの料理は向こうにもあるけど、日本の多彩な料理文化を捨てられるのかい。」
私は、納得した。
「そっ…それは、ちょっと…考えるかも。」
「なお!? 」
ティオの声に呼び戻される。
「そんなに、重要なの事なの? って言うより、なおがこっちに住めない理由って何か在ったんじゃないの? 無いの!?」
私の疑問とする事を、ティオが発言してくれたので、同調するように私はお祖母ちゃんに尋ねた。
「今回の事で、無くなったって言えばよいのか、まあ、そういう事なんだろうね。まあ、あとの事は、ルミナとあたしで、何とかするとして、こっちに戻るにしても、まだ先の話だね。」
お母さんも予想していなかった事だったみたいで、微笑が溢れていた。
お祖母ちゃんが腰を上げて立ち上がる。
「どうするにしても、やるべき事を、ちゃんとしてからだよ。それじゃ、先に部屋にいくとするよ。おやすみ。」
「そうですね。明日も忙しくなるでしょうし、早めに寝ることにしましょう。」
私達は席を立ち、お祖母ちゃんに挨拶を返して見送る。
まだ、ゆっくりとしか歩けない私をお母さんが部屋まで送ってくれた。ティオは気を使ってくれたのか、挨拶を交わすと先に部屋に向かっていた。
「お母さん、わたし、がんばる。これからの事、考えるね。」
部屋のベットにモカを抱いたまま座って、お母さんを見上げる。
「わたしも、なおとこうして逢えたから、もっと頑張れます。これからの事、一緒に考えさせてね。」
頭を撫でるお母さんの手が、とても心地よかった。
「少しだけ、治癒をしていきますね。」
モカはフワッと飛び上がり、横になった私の耳元に座った。
ベットに腰掛けるお母さんから、暖かい風が体の中に流れる。
話したい事が沢山あったけど、私の意識はすぐに深い眠りに落ちていった。




