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銀の月  作者: 紅花翁草


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21/30

家族 1

 ルミナ王妃の寝室のベットで、私は激しい痛みに耐えていた。

「くっ。うぅ! っつ…」

 首から下、神経か筋肉か判らない場所、刺すような痛みとか火傷の痛みとか、判断出来ないけど、尋常じゃない痛みが身体を駆け巡っているのだけは判った。

 冷たくて、優しい風が私の痛みを和らげていく。

「なお。大丈夫?」

 ティオの治癒魔法に気付いた私は、動かない身体で唯一、痛みの無い、首を動かしてティオを見て、涙声で応えた。

「ティオ。ありがとう。」

 魔法をかけ続けているティオの疲労を、私はすぐに見て取れた。

「ティオこそ、大丈夫?」

「出来ればすぐにでも休みたいんだけど、これ止めると、さっきの痛みが…」

「いっ!」

 私の顔は恐怖で引き攣っていた。

 そんな私の顔の横に、モカがふわふわの毛を摺り寄せてくる。

「なお~。どこか病気なのです?」

「あ。」

 私とティオは、ほぼ同時に同じ事を思い付く。

「モカ。ティオに魔力を分けてあげてくれないかな。」

「お願い、モカ。ちょっと私に魔力補充してくれない?」

 モカは「はいです。」とすぐに返事をして、ティオに魔力を与える。

 ティオは回復した魔力で疲れが消えて楽になった。

「助かったわ。モカ、ありがとね。」

「なおは元気になるのです?」

 なおを心配するモカにティオは「ええ、大丈夫。ゆっくり休めば治るわ。」と笑顔で答えた。


 ティオは治癒魔法を施しながら、なおの寝ているベットに座る。

 私は力を入れないように、ちょっとずつ、ゆっくりと身体を動かしてベットの真ん中に移動する。

「リナの話と今の状況から、大体の事は、理解できそうなんだけど。これってあれよね。肉体の限界超えた的なやつだよね?」

 ティオは頷いた。

「魔力を大量に持っているだけなら、なにもしなくてもいいんだけど、大きな魔力を使うためには、少しづつ魔力が流れる神経を鍛えなければいけないの。私も練習中に暴走とかしたあとは、痛みと熱が出てたわ。無理した時とかも同じね。」

 ティオの表情が少し硬くなる。

「でも大抵、限界より少し越えるくらいで、多くても2倍程度の魔力なの。ただ…なおの場合は想像すら出来ないわね…」

 ティオは、なおの手の平に、擦り寄っているモカを見て、気持ちが和んでいた。


 私はモカの暖かさを手のひらで感じながら、小さくため息をついた。

「そっか、だから明日、ミリアを城に呼ぶことにしたのね。」

 ティオが続けて答える。

「この部屋で待ってる理由も、解かったわ。」

 私は、その理由を聞き返した。

「お母様の部屋は、中の音が外に聞えないようになってるの。そうじゃなかったら、今頃メイド達がなおの悲鳴を聞いて来てるはずだから。」


 私は、お母さんとリナの会話を思い出していた。

「リナって…」


 ティオが小さく笑い声を漏らす。

 私も釣られて、笑ってしまった。「いっ、」また痛みが襲ってきた。 

「あまり痛覚を無くすと、自己治癒の妨げになるから、我慢してね。」

 ティオはそう言って、座ったままのベットから見える、夕刻の淡い光が差し込む窓を見ていた。

 私は、静かに、深く、深呼吸をして、「終わったんだ。」と言い聞かせるように目を閉じた。 



  沈黙な時間が部屋に流れる。


「お姉さま…」

 小さな声が私の耳に届いた。目を開けてティオを見るとさっきと変わらない姿で窓の外を見ている。

「ティオ? さっき、なにか言わなかった?」

 ティオが振り向く。

「おっ…お姉さまって言ってみたのよ。」

 さっきより少し大きな声で、ティオは恥ずかしそうに答える。

 私は、嬉しさと恥ずかしさで笑顔を返す事しか出来なかった。

「やっぱり無理。」

 ティオが目をそらして、また外を見ている。

「うん。ティオと私は姉妹だけど、名前で呼び合うのがいいな。私もなんかね…恥ずかしい。」

 照れ笑いをする私に、ティオは肩の重さが取れたかのような仕草で嬉しそうに振り向いた。

「そうよね。なおと私は双子なんだし、今まで通りでいいよね。」

 私は「そうよ。」と頷いてみせた。


 撫でているモカが、すっと頭を上げて私たちの会話に入ってきた。

「なおとティオは、いつ、きょうだいになったですか?」

 私とティオは、二人で照れながら、モカに話した。

 「なおは、お姫様になるです?」

 私は全く無いとモカに答える。

「なにか理由があって、私はお祖母ちゃんと異世界で暮らしてたんだから、私がティオの姉妹だって事は、これからも内緒だと思うの。だから、内緒にしてね。」

 モカの頷きに合わせて、私はモカの頭を撫でた。


 再び沈黙の中、何をすることも無く、私はベットの上で横になり、ティオの治癒魔法を受けていた。

 言葉に出さなくても、ティオがこの騒動の終りを待ち望んでいるのが判る。私も同じように、母とお祖母ちゃんの無事を願っていた。


  ティオの優しい風とモカのぬくもりを感じながら、私は少し紫色に染まってきた空を眺めていた。 人の気配を、私とティオは感じて私達は振り向くと、廊下に繋がる扉がゆっくりと開らいていく。

「お母様!」

 ティオが嬉しさと安堵の混じった声で、入ってきた白いドレスの女性に駆け寄った。

 私はどう呼べば良いのか躊躇してしまい、言葉に詰まって、結局出た言葉は、「おかえりなさい。」ってよくわからない言葉だった。

「はぁ…もっと言うべき言葉があるだろ。」

 聞き覚えのあるお祖母ちゃんの溜め息が聞える。

 ルミナさんに続いて扉から入ってきたのが見えた。

「そっ、そんなこと、わかって…いるんだから…」

 ベットから動けない私は、ティオを抱きしめているルミナさんを見つめながら、沈黙していた。


 ティオと抱擁を終えたルミナが、優しくベットに腰掛け、私の頭を撫でる。

「お母さん、ありがとう。」

 私は、精一杯の気持ちを込めて、母の優しい笑顔に伝える。

「おかえり、なお。母親として、なにも出来なくてごめんなさい。…逢えて嬉しい。」

 母の瞳から溢れた涙が落ちるのを、私は、涙で潤んだ景色の中で見ていた。

 痛みを堪えて、私は上体を起こし、母に倒れるように抱き付いた。

「ただいま、お母さん。」

 

  私は、まだ母のベットの上で動けないままだった。

 お祖母ちゃんとティオは向かいのソファーに座って、ティオから治癒魔法を受け継いだお母さんは、私の隣に座っている。

「ティオ、今後の事を、話しておきますね。」

 いつものルミナ王妃になったお母さんの話を、ティオは聞き待ちしている。私も同じように次の言葉を待っていた。

「明日から数えて、3日後の月礼祭はおこないます。2日後の前夜祭から3日間の月礼祭を普段通りの期間で開催します。少し変更する祭事がありまりが、その段取りはまた、お話しますね。」

 ティオの表情に笑顔が一瞬見えたあと、表情を戻して、自身の問いを合わせていた。

「今回の騒動や被害が月礼祭に影響でない程だった。って喜んで良いことなんですか?」

 ルミナ王妃が笑顔で答える。

「はい。犠牲者は門の警備をしていた4名の兵士と馬車の騎手1名。広場での戦闘で戦死したのが16名。戦闘による重傷者は21名。都民は軽症者が数十人程度でした。都市の建物も2日もあれば修復できるでしょう。」

「みなさんが、最善を尽くしてくれたおかげです。もちろんティオとなおも。」

 ティオの緊張した頬が溶けるように穏やかになっていた。

「そっか。街の人はみんな無事だったのね。よかった。それで、光の塔は、どうなったの?」

 ティオは残っていた疑問、攻めてきたルゲルの賢者達の結末を尋ねた。

 ルミナに代わり、シェラがその問いに答える。

「光の塔っていう建物はそのまま残してやったが、中身はもう無いよ。」

 不機嫌な声で話を続ける。

「光の塔から魔物が溢れていてね、まあ、市民は『来光の神殿』に事前に集められてたから、被害者はほとんど出なかっただろう。祭典に呼ばれていた大地の代表団とサイローズが魔物狩りを完遂して、北都も無事だったって事になるのかね。」


 シェラの顔に少し影が入る。

「北都の政権は、来光の神殿が受け継ぐことになった。今回の罪を正す為に、ルゲルの賢者達の身勝手な法を全部壊して、新しい法を、銀礼の代表と話し合って決めることになった。」

 ティオは漠然と、事の結果を受け入れる。

「えっと、サイローズは?」

 ティオの問いに、シェラは話を続けた。

「あれは、今回の騒動で、無知と罰を受け止めて、旅に出るって言ってたよ。良い判断だと褒めてやったわ。 まあ、どこまでがマルザードの思惑なのか知らないけど、北の脅威は完全に無くなったと、判断していいだろ。」


 ルミナがベットから腰を上げて、なおとティオを見つめる。

「そういう事になったから、今から普段の生活をしましょう。まずは、みんなでお風呂に行きますよ。」

 母親の顔になったルミナさんの笑顔に私は、素直に従おうと思ったけど、身体を起こすのが怖かった。

「お母さん、私、動けないとおもうけど…」

 そう言った私の背中に手を入れて、上半身を起こす。

「あれ? あまり痛くない。」

 私はベットから足を下ろして、ゆっくりと立ち上がった。お母さんがそっと手を取って、私を支えてくれる。

「炎症のほとんどは治癒できましたから、痛みは少なくなったはずです。ですが、筋肉と神経の再生は自己治癒ですので、完治まではまだ数日かかります。無理はしないでね。」

 母親に寄り掛かり、私は「はい。」っと、温もりを感じながら返事をした。


「あたしは、一人で入るのが好きだから、あとで入らして貰うよ。」

 ソファから立ち上がったお祖母ちゃんは優しい笑みを私に見せて、扉を開けて通路に出る。

 お祖母ちゃんに挨拶をする白髪のメイドが開かれた扉の向こうに見えた。

「お母さん、あの人は?」

 私の歩みに合わせてくれている、お母さんは嬉しそうに答える。

「今のメイド長のファルリアさん。お母様の専属のメイドだった人よ。」

 私は、通路から私達に頭を下げたファルリアさんに挨拶を返す。


「モカは、ここで待ってればいいの?」

 ベットから数歩分進んだ私に、ふわっと肩の側に飛んで来たモカの頭を撫でる。

「そうですね。モカ様は、もう少しここで寛いでもらいましょうか。」

「モカは、それでいい?」

 私が訪ねると、

「はい。大丈夫です。」


 ティオがネックレスなどの宝飾品を外しながら、私にも外すように言ったのでネックレスと銀のカードケースを差し出した手に渡す。お母様の宝飾品も同じように受け取って、奥にあるクローゼットの引き出しに入れた。

「じゃ、行きましょう。」

 ティオが嬉しそうな笑顔で戻ってきた。

 お母さんとティオと並んで部屋を出た私は、少し寂しそうに見えるモカに手をあげて、「行って来ます。」を言った。


 通路には数名のメイド達が待機していた。私の世話をしているハレさんとミレさんもその中に居る。

 私の支えはお母さんからティオに代わりゆっくりを私達は、浴場に向かった。 

 服を自力で脱ぐのが困難だったので、お母さんとティオが私の衣服を外してくれた。

「お母さん、ドレスありがとう、ちょっと汚れちゃった。」

 少し汚れたドレスを私は申し訳ない気分と、また着れるかな。と考えながら棚に置かれたドレスに触れる。

「これくらいなら、また綺麗になりますよ。」

「そうよ、私なんてもっと汚すこともあるんだから、これくらい、なんてことないわよ。」

 ティオが誇らしげに言っているのが可笑しくて、私とお母さんは笑い声を溢した。


 着替えの衣装ケースを運んできたメイド達が脱衣所に入ってきた。

 3人の、それぞれのメイド達と衣装ケースで、広いと感じていた部屋はすこし狭く見えた。


 ティオに引っ張られるように私は浴場に入った。お母さんがその後に付いてくる。

 筋肉痛の痛みを堪えながら、しっかりと身体の汗と埃を落ち湯で洗い流し、ティオとお母さんが待つ浴槽にゆっくりと身体を沈めた。

「はぁ~…」

 疲れが一気に抜ける。私は脱力を戻すことが出来なかった。

 癒される一時の中、一緒に入っているお母さんとティオを見て、沢山の記憶と想いが溢れてきていた。

「なんか…色々ありすぎて、疲れたぁ~」

 私の呟きに、ティオが頷く。

「ほんとよ。もう、なんなのよ。北都の事は想定はあったけど、なおがリミナス様で…お姉さまで、召還師だし…もう、どうなってるのよぉ~」

 手を伸ばして湯船に仰向けに倒れるティオ。

 そんな私達を見る、お母さんの笑顔を見て、そんな事は、気にしなくていいんだと、心が理解する。

 私は、考えもしなかった家族とのこの時間を、心の底から満悦していた。

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