ファルト召還戦 1
なおは、リミナスが召還魔法の詠唱を唱える少し前に交わした言葉を、思い出していた。
[召還師として戦うのは、なお、貴方の知識にかかっています。]
(わたしの? ファルトカードの知識ってこと?)
[そうです。私には敵の召還師に勝つための知識がありません。]
(あれ? さっき召還師って言ってたのは…)
[嘘は言ってないですよ。だって、なおが召還師なんですから。]
(…えっ?)
[それでは、始めます。]
私は、ティオが襲い来る魔獣達をすべて倒していく姿を見ながら、広場に現れた3体の魔獣を確認していた。
(大丈夫、このカード達なら。)
気持ちが高揚する。
鼓動が高鳴り、緊張を感じていた。
街の上空を広場に向かって飛んでいく一団の中、ルミナさんの姿を見つけた。
私はすこし、気持ちが落ち着いていた。
(おかあさん…なんだよね。)
出会ってから、短い時間の中で交わした全て記憶が、今の私の心を柔らかく包み込んでいる。
門から巨大な黒竜が姿を見せる。その存在に南都の空気が重くなった。
[なお、今から召還戦を始めます。意識だけ入れ替えますので、がんばってください。]
(はい。) と返事をすると、私は自身の体の重みを感じた。
[カードケースに触れてください。そうすれば、全て理解できるはずです。]
リミナスさんの意識が、私の側で話している感覚で聞えていた。
私は言われるままにカードケースに触れる。
ケースが淡く輝き、私の頭の中にファルト召還戦の情報が沸き出るように浮かんできた。忘れていた事を思い出すかのように。
(あっ、そうか。うん、解ったわ。)
私は念じるように一枚のカードを呼ぶ。
『リミナスの天空城』がケースから浮きあがり私の手の中に。
私がカードを掲げるとリミナスさんが私の指先から魔力を込める。体の中にある何かが勝手に溢れる出る感じだった。
大きく光る球体の魔法紋章。その中心に、眩しい光が溢れ出すのを沢山の都民や兵士達が見ていた。
なおの足元に石の床が現れて体を上へ持ち上げていく。
石の床は光を放ちながら大きく広がり、壁、手すり、バルコニーとなり、大きな白い城とそれを支える岩の大地が姿を現した。
(すごい、本物の城だ。)
私は城の一番上のバルコニーに立っていた。
いつの間にか、球体の紋章は消えていて、それと変わるように城が空中に浮かんでいる。
私はカードケースに触れ、次の準備に急いで入った。
駒カードがケースから浮き出て、私の前に整列するように並ぶ。
指揮者の前に並ぶ、オーケストラ演奏者のように扇状に並んでいた。
私は改めて、街の景色を見渡した。
沢山の人達が集まっている施設。魔界の門と広場で戦っている人達。
そして、私の目の前で沢山の魔獣から一人で守ってくれているティオ。
[なお、力があるということは、その力以上に覚悟が必要だということです。]
全身に力が入っているのが判る。
[なおには、その覚悟が十分に有るのも、わたしは判っていますよ。だから、なおは全力で応えればいいだけです。今までやってきた事と同じように。]
(リミナスさん。はい!)
私は大きく深呼吸をしてカードを触って魔力を込める。
(あなた達の力をわたしに貸してね。)
銀色の竜。『銀竜ナセラ』
青白い光を放つ白い鳥。『月光鳥テラー』
雷を纏い空を翔る獣。『霊獣フォルバ』
城の中庭に書かれた、巨大な魔法紋章が白く輝き、順番にその姿を現した。
『銀竜ナセラ』が天空城の正面に、その左右に『月光鳥テラー』と『霊獣フォルバ』が並ぶ。
(リミナスさんがいる前で呼んでもいいのかな・・・)
[なお、わたしはリナです。]
すこし強い口調で彼女は言ったので、
(ごめん。リナ、もう間違わない。)
[それでいいの。わたしはあなたと対等になりたいの。]
(判ったわ。リナ、あなたの力も借ります。)
[存分に。]
純白のドレスと銀鎧の姫。『銀影の騎姫リミナス』
中庭に現れた『騎姫リミナス』はゆっくりと浮上してバルコニーの高さで止まった。
(これで同数。あとは、守る力を。)
翼をもつ騎士兵団。『銀翼の騎士団』
絶対の盾を持つ白銀の騎士。『白騎士リバラル』
破撃の槍を持つ黒耀の騎士。『黒騎士オーエン』
100人の騎士と白と黒の騎士は城の正門を出たところで隊列を組んで待機した。
私は呼び出したカード達をもう一度触れ、行動するための命令を指示する。
ナセラは咆哮を合図に魔人に向かって飛び立つ。
テラーは大きく翼を羽ばたかせ、蜂に向かう。
フォルバは稲妻を纏い黒い鷲に向かって空を駆ける。
(あなた達はティオを助けて。)
正門にいた銀翼の騎士団は天空城に攻めている魔獣達に向かっていく。
白騎士と黒騎士は城の防衛の指示で天空城正面の空中で身構える。
目の前にいる『騎姫リミナス』を見つめ、私はカードに願った。
(黒い竜を倒して、お願い。)
振り向いた『騎姫リミナス』は微笑み、そして、覚悟の眼差しで応えて、目に見えない速さで黒竜と戦っているルミナの所に移動した。
[だいじょうぶ。あんなのに負けるはずがない。]
リナが誇らしげに話した。
(そうね。私は私の全力でみんなを支える。)
私は、駒がそれぞれの相手と交戦を始めたのを確認し、見えない相手召還師の指揮に集中する。
『月光鳥テラー』のカードに黒い紋章が浮かび上がる。
(やっぱり、束縛系の魔法ね。)
私は素早く『月光鳥テラー』のカードに触り、解除魔法を使う。
同じような魔法にかかるフォルバとナセラにも解除魔法を施した。
(相手の魔力がどれほどあるのか判らないけど、召還を増やしてないなら、それほど残ってないと思っていいのかな。…次は私が攻める番ね。)
私は前線で戦っている4体のカードに強化魔法を使った。
カードに紋章が浮かび、魔法がかかっているのを確認した私は、戦っているそれぞれのカードに触れて状況を確認する。
『銀竜ナセラ』のカードに触れると魔人と戦っているのが視えた。
優位な空から、押し倒すような攻撃で圧倒していた。
『月光鳥テラー』は、女王蜂を一瞬で捕食していた。
『霊獣フォルバ』も、黒い鷲に雷撃を当てて地上に落としているところだった。
(数秒後には倒してそうね。)
私は、自身の残った召還戦用の魔力を確かめながら、『騎姫リミナス』のカードに触れた。
ルミナ王妃と共闘する形で『闇竜オブロンディス』と戦っている。
母の戦う姿を見て、みんなの力になりたいと思う気持ちが、さらに高く、強くなっていた。
(さすがに圧勝とはいかないか。)
[そうね、でも優位に戦っているのは確かでしょ。]
私は『騎姫リミナス』だけ、弱体魔法をしなかったのが少し、気になっていたが、ティオの事が気になっていた。
私は視界を自分に戻してティオの姿を探す。
城を守る為に、騎士団と共に魔獣と戦っている姿は、すこし疲れた様子に感じた。
(リナ、ティオは大丈夫かな?)
[そうね。だいぶ無理してるのが私には判るわ。魔力もほとんど残ってないようです。]
(ティオをこっちに呼んでもいいよね?)
[もちろん。]
私は大きな声でティオの名を叫んだ。
ティオが振り向いたので、大きく両手を広げてもう一度大声で叫んだ。
「きてぇー!」
私はゆっくりと向かって来ているティオのところに白騎士と黒騎士を向かわせる。そして戦況とカードを確認しながら、次の手に移った。
『銀翼の騎士団』をもう一枚、召還した。同じく城周辺の討伐を指揮する。
続けて、さらに召還。
勝利を願い奏でる演奏家『絃奏者アリエテル』
彼女の音色が届く限り、召還駒達は弱体化魔法の効果を受けない。
城の中段あたりのバルコニーで『絃奏者アリエテル』はバイオリンのような音色を空に奏でる。
(これで、城周辺の騎士達の邪魔はさせない。)
すこしして、白騎士と黒騎士に護衛される形でティオが城のバルコニーに降りた。
「ティオ。…ありがとう。」
色々と言葉が浮かんでいたけど、声に出すには、まとまりが出来ず、私はぎゅっとティオを抱きしめていた。
「なお、まだよ。泣くのも色々思うのも、終わってから。」
そう言ったティオの瞳にも溢れ落ちそうな涙があった。
私とティオはバルコニーから、魔界の門までの戦況を見る。
『銀翼の騎士団』の活躍で城周辺の魔獣はほとんど居なくなり、あと少しで終わりそうだった。
「お母様は?」
ティオは広場に向かう母の姿に気付いたのを私に告げると、今、広場がどうなっているのか不安だと言った。
「ルミナさ、お母さんは黒い竜と戦っているよ。『騎姫リミナス』と一緒に。」
私は『騎姫リミナス』のカードに触れて再度、視界を繋げる。
リミナスは細身の片手長剣で竜の攻撃を軽々と、かわしながら硬い皮膚に傷を重ねていく。
ルミナも剣と盾と魔法を駆使して、竜を怯ませる。
互いに竜の注意を引き、死角に入りながら、攻撃を繰り返していた。
「お母さんはやっぱり凄いね。二人であの竜を倒せそうだよ。」
視界はそのまま広場に置いたまま、私はティオに伝えた。
ティオの表情が柔らかくなり、少し安心したようだった。そして緊張が溶けたのか座り込んでいた。
広場の戦況を続けて見渡した。
丁度、女王蜂が消滅しているのが見えた。
消滅したように見えたのは間違いで、黒い霧になって漂っているのに気が付いた。
(なにか、効果発動? まさか毒!)
女王蜂が消滅した後、すぐに黒い鷲も霊獣フォルバに倒されていた。同じような霧がその場に漂っている。
なおの召還獣達が広場に到着して、すぐにイガルは魔人の討伐を銀竜ナセラに任せて魔界の門を召還している魔族を目指していた。
同じく、ハルミと騎士団も女王蜂の取り巻きの蜂を倒して、イガルのもとに到着する。
椅子に座ったままの魔族は、険しい表情で広場の戦場を見ていた。
イガル達の相手をしているのは、二人の魔女と巨大な斧をもった2メートルくらいの魔戦士だった。
細い刃物が先についた鎌のような杖を振り回す魔女と、体に巻かれている長い鎖を魔力で自在に操りながら攻撃する魔女。
たった二人でハミル達騎士団を翻弄し、打ち倒していく。
イガルは魔戦士の一撃を両手剣で受け止める。互いに当たれば致命傷になる一振りを打ち合っていた。
突き刺さるような突風が魔戦士の動きを鈍らせる。
肉も骨も断ち切る鈍い音が響く。
イガルの一撃で両断された魔戦士は口惜しい顔で消滅していった。
風の巫女マイが少し呆れた表情でイガルの隣に並んだ。姫騎士リッサも続いた。
「イガルさん、騎士の決闘をやりたいのは判りますが…」
大きく深呼吸するイガル騎士団長。
「すまなかったな。言い訳は、あの魔族を倒してからするとしよう。」
「そうしてください。」
マイとイガルは笑顔で少し笑って、気を引き締め直した。
イガルの後ろでは、女王蜂と鷲に続いて、魔人が銀竜ナセラによって消滅していた。
「あとは闇竜だけじゃな。」
イガルと風の巫女と姫騎士は騎士団と戦っている魔女の間を抜けて魔族に迫っていた。
その時、闇竜の咆哮が空気を切り裂いた。
なおは女王蜂だけじゃなく、鷲と魔人の消滅後に同じような黒い霧が出現しているのを確認していた。
「あの竜の効果って事なのかな。ちょっと注意しないと。」
ティオは座っていた場所から、疲れて重くなっていた身体を起こしてバルコニーから戦況を眺めていた。
「あの黒い靄みたいな物のこと?」
ティオの問いかけに、なおは考えてた事が独り言になっていたのに気が付いた。
「うん。そうなの。毒とか周囲に影響与えているとかじゃ、なさそうなの。」
カードに触れながら、なおは次の動きを逃さないように集中したまま答えた。
黒竜の咆哮がオルトリアス全てに響く。
なおとティオは全身に刺さるような魔力を感じていた。
同時に3つの黒い霧が竜の身体に吸い込まれていくのをなおとティオ、広場の人達は目撃する。
黒竜の魔力が上がったのを、なお達は感じた。
「吸収型の強化だったみたい。」
なおは戦っている『騎姫リミナス』のカードと通して、黒竜を観ている。
ティオが不安な声でなおに問いかける。
「お母様達は、大丈夫なの?」
既に次の行動をカード達に命令していたなおは、意識を戻してティオに微笑みを返す。
「もう、ここを襲う魔族も新たな召還もないみたいだし、一気に攻めるね。」
『白騎士リバラル』と『銀翼の騎士団』一枚を城に残して、『絃奏者アリエテル』と『黒騎士オーエン』と『銀翼の騎士団』を広場に向かわせた。
広場にいる『銀竜ナセラ』を黒竜討伐に、『月光鳥テラー』と『霊獣フォルバ』には、相手領地破壊の指示を出していた。
ルミナは『闇の竜オブロンディス』の魔力増加と治癒された身体を認識していた。
銀竜ナセラが来て、オブロンディスと対峙し睨み合っている。
ルミナは今の戦況を見渡す。
魔物が居なくなった天空城から援軍が向かっている。
魔界の門に向かって魔法で攻撃する『月光鳥テラー』と『霊獣フォルバ』。
魔界の門の魔族に迫っているイガルと風の巫女達。
魔女と戦っている騎士団達。
「あとすこし。」
ルミナは小さな声で呟くと大きく深呼吸する。
『騎姫リミナス』と『銀竜ナセラ』は、強くなった闇竜と戦闘を再開している。
ルミナは少し後方に下がり、詠唱魔法で攻撃を再開した。
闇竜と銀竜の互いの法撃弾が空と大地を揺らし爆音を轟かせていく。
リミナスも魔力を込めた大きく光る剣で闇竜に切り込んでいた。
ほどなくして、天空城の援軍が広場に着き、魔女二人と戦っているハミル達と合流する。
『絃奏者アリエテル』の音色が広場に広がる。
彼女の奏でる音楽で召還された駒達と、広場に居る月の属性を持つ王妃ルミナや銀の騎士団達の士気と魔力も増幅した。
戦況は一気に加速していく。
イガルは椅子に座っている魔族に剣を振り下ろすが、魔力の障壁で弾き返されてしまった。
「まだ、諦めないか。まあ、そんなやつが、こんな事するわけがないな。」
睨み返す魔族に向かってイガルは言葉を続けた。
「見ての通り、召還獣がお前の領地を攻撃している。このまま、領地破壊と同時にお前の魔力が切れるまで、待っているのも暇だしの、最後の会話でもしようではないか。」
魔族の男は苦笑いを浮かべていた。
「もう、勝利を宣言するか。まあ、そうだな。今回はそっちの勝ちだ。」
足を組み、椅子に腰掛けたまま、魔族は答えた。
「勝者の権利だ、私が死ぬ前に質問に答えてやろう。」
横で見ていた風の巫女マイ・アンフェルが言葉を発した。
「光の塔…いや、ルゲルの賢者達は何をしていた?」
魔族の男は少し考えている。
「何をしていたか…よく判っている。そうさ、全てはあいつらの欲の結果がこれなんだよ。」
魔族は椅子の左右に並んでいる人型の石造を指差す。ルゲルの賢者と呼ばれる、光の塔の住人12名が全て石となって並んでた。
「こいつらは、醜い欲を満たすために、人を殺したんだよ。しかも、罪のない人間をだ。」
話を聞いていたマイとイガルとリッサは、苦痛の表情で驚きと悲しみを浮かべる。
魔族は続けた。
「その出来事を、俺はマルザードに教えてやったんだ。最初は魔族の俺の言葉なんて信じなかったけどな。」
魔族はすこし嬉しそうな笑みを浮かべている。
「俺は、マルザードが被害者達の仇を討つと言ったので、手伝うことにしたんだよ。単純に殺すだけだと最初は思ったんだけどな。」
笑い声を漏らすほどの笑顔で魔族は話を続けた。
「光の塔そのものを壊すと言った時は、私も驚きを隠せなかったわ。」
マイは冷静な気持ちを取り戻していた。
「それが、どうして銀の街を襲う事になるのですか?」
「わからんか?」 魔族は聞き返した。
マイは考えた。
襲われた南都。襲ったルゲルの騎士とマルザード。召還で柱になった賢者。
「このやり方だと、光の塔だけじゃなくマルザードも罪を背負う事になるのに…」
魔族がマイのたどり着いた答えに合わせる。
「だろう。そこがあいつの面白いところだ。その先は俺の言葉で語ることはしないでおく。…そろそろ時間だな。」
魔界の門がきしむ音が大きくなってきていた。
「マルザードの目的通りに進んでるようだし、俺も十分楽しめた。これが最後で満足だよ。」
大きな音を発しながら、崩れ始めた魔界の門を見下ろす魔族は、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
イガルは剣を構えて、魔族に向かって振り下ろした。
赤い血しぶきがイガルの視界に映る。




