王都オルトリアス 4
エリオナちゃんの護衛の人達は、男2人と女性1人の計3人。私たちのすぐ後ろを歩いてくる。
私とティオは靴屋に戻って、仕立て直した白いブーツに履き替えた。
モカはケーキ屋からずっと私の腕の中にいる。
静かに散策出来ると思ったので、私はモカに頼んで腕の中にいてもらう事にした。
「おまたせしました。」
私は広場で待っていたエリオナちゃん達と合流した。
「せっかくなので、ここから泉まで歩いていきましょうか。」
ティオの提案で私達はのんびりと、広場から続く、林の歩道を歩くことに。
木々が等間隔で並び日の光が十分に照らされた歩道には、私達以外誰も居ない。
「静かだね。町の中だと思えないよ。」 私は深呼吸して緑の香りを一杯に吸い込んだ。
「ここは、ミレナさまが降り立った時から、ほとんど手を加えずに守ってきた場所だって聞いてます。町の商店街からも遠いですし、この歩道も今は裏道みたいなものだからね。」
先頭を行くティオが振り返りながら教えてくれた。
「モカ。少し飛ぶ?」 私は腕の中のモカに問いかけた。
「はいです。」
ふわっと浮き上がり羽を伸ばすような仕草で私の周りをふらふらと浮いている。
「ねぇ、モカ? 精霊界ってどんなところなの?」
「私も知りたいです。」 ティオのすぐ後ろを歩いていたエリオナちゃんがキラキラした目でモカを見る。
「えっと、です。おっきな木があって、その下にどこまでも続く森があるです。」
「大きいってどれくらいなの?」 私はモカに聞く。
「んーと、あの山くらい? あるのかもです。」
小さな翼で示した先には木々の間から見える城壁の上、遥か遠くの山を指していた。
「そんなに大きいの!」「すごいです。」 エリオナちゃんと私の声が重なった。
「僕達はみんな、その木の周りに住んでます。なにも変わらない景色だから僕達が居なければ、永遠に時間が止まった場所になってると思うです。」
「太陽とか天気が変わったりとか、そんなのが何も無いの?」
「はいです。空はずっと同じで白く光ってるです。」
モカは太陽に照らされた青い空を眺めている。
「そっか。モカもこの世界で、初めてが、一杯あったんだね。」
「もうすぐ泉にでるわよ。」
ティオが指差した木々の向こうには太陽で輝いている水面が見えていた。
私達は林の歩道を抜けて、大きな池になっている泉を目の前にした。
池の周りには散歩を楽しむ人達で賑わっている。
私はモカを腕の中に呼んで、エリオナちゃんと並んでティオのすぐ後ろをついていった。
「この池の底から沢山の水が湧いているのよ。ここは丘の上にあるから、水路を作って、町に水を引いて、さっき通った港までの畑にも使われているのよ。」
ティオは少し歩く速度を遅くして、ハミルさん達の護衛の輪の中に入る。私達3人を囲むように前にハミルさん、左右と後ろにエリオナちゃんの護衛さん達。
(打ち合わせとか、してなかったよね? ティオも自然だったし、やっぱりすごいな~。)
私は、同じく自然な振る舞いで隣を歩いているエリオナちゃんを見て、
「エリオナ・・・さん・・・も、えっと、水の都のお姫様なのですか?」
「いえ。私は普通の巫女です。」
エリオナちゃんが申し訳なさそうに答えたので私は気まずくなってしまった。
「ごめんなさい。なんていうか、立ち振る舞いがティオに似てたから…ってティオも巫女だった。」
ティオがお姫様モードで笑みをこぼしながら、こっちに振り向いた。
「そうよ。私も巫女なんだからね。」
私はティオにも「ごめん。」と笑いながら答えてた。
ティオがエリオナちゃんの頭を少し撫でて、
「エリが言葉を濁した言い方をしたのはね、王族が収める都市ってこのオルトリアスだけなのよ。でも、『リエムリム』は、水竜アンリノエ様が巫女の中から一人選んで力を特別に授けるの。その巫女の事を『姫巫女様』って呼んで、うやまうのよ。」
私はゆっくりと歩きながらティオの言葉を聴いていた。
エリオナちゃんは、うつむいている。
「でね、エリが選ばれたのよ、『姫巫女』に。」
私はエリオナの態度がなんとなく理解できた。
「そっか。まだ小さいのに…」
「ほんとよね。エリが9歳の時に指名されたのよ。冗談じゃないわよ。」
声を荒げてしまったティオは、何も無かったように、お姫様モードに戻してエリオナの背中に手を当てた。
「私は、それからエリのおねぇちゃんになる事にしたのよ。」
エリオナちゃんが嬉しく照れているのが判る。
「ティオがおねぇちゃんなら問題ないね。…ん? 問題ないよね?」
ティオとエリオナの絆が羨ましく、微笑ましく想い、私はティオに意地悪を言ってみた。
「ないわよ。」
池のほとりを歩く少女達の、笑い声が周りの人々に暖かい風になって広がっていく。
「ねぇ、ティオ? エリオナさんの事、エリオナちゃんって呼ぶのって駄目かな?」
小さな少女を私はどう呼べば良いのか判らず、おねぇちゃんのティオに聞いてみた。
「エリ。エリはなおと、友達になりたい?」
私を見上げるエリオナの言葉を私はすこし緊張しながら待っていた。
「はい。」
照れながら、私に微笑んでくれた。
「じゃあ、なおは、これから、エリの事を『エリオナちゃん』って呼ぶからね。」
「エリオナちゃん。これからもよろしくね。」
「はい。なおさま。」
すかさず、ティオの言葉が入る。
「エリ。友達を『様』で呼ぶのはだめですよ。なおさんって呼んで上げてね。」
「なおさん…」
私は笑顔で答えた。
騎士に囲まれた姫様一行は、池のほとりをゆっくりと進んでいた。
「ティオ。エリオナちゃん。ほんと、ここは、いいところね。ね。モカ。」
「はいです。」
池に隣接する大きな建物に私達は向かっていた。近づくにつれて、そこは神殿だと理解した。
参拝者達が、神殿に続く石畳の道を往来している。すれ違う人々は立ち止まり、姫様一行に一礼をする。
扉のない入り口。大きな柱。壁には彫刻で色々な物が描かれている。
エリオナも初めての場所だったので、モカと3人できょろきょろと周りを見ていた。
私達は神殿の中に歩みを止めることなく入っていった。
神殿は、ほぼそのままの一つの部屋になっていて、奥には大きな像が建っていた。
「あの像が月の精霊ミレナ様よ。この場所に降り立ったって言われているのよ。」
ドレス姿の女性。右手は差し出し、手の平は下向きに。
(祝福を授ける。…ポーズかな?)
「綺麗な像だね。真っ白でゴツゴツしているところもないし、まるでミレナ様がそのまま石になってるみたい。」
ティオに連れられて、像の足元から上を眺めていた。
「見上げると、すごい迫力ある。それと…かざしてる手がなにか神々しい。」
「でしょ。私達はこの手の下で祈りを捧げるのよ。なおもやってみる?」
「なにを祈ればいいの?」
「感謝の言葉とか、願い事とか、なんでもいいのよ。エリも一緒にね。」
私とエリオナはティオを挟んで横に並び、ティオの動作の真似をした。
(この場所にこれた事、モカ。ティオ、沢山の人に出会えた事。ほんとうにありがとうございます。いつか…私がみんなに恩返しできるように頑張ります。)
私たちは、他の参拝者達と同様に、祈りを済ませて神殿の外へ出る。
神殿の外出ると、ティオの馬車とエリオナの馬車が並んで参道に止まっているのが見えた。
(あれ? いつの間にきてたのかな? ほんと凄いな~。)
ティオはお姫様モードで人々に手を振っている。
「そろそろ城に戻りましょうか。エリも一緒にどう?」
エリが寂しそうに答えた。
「いえ。一度、船に戻らないと…」
ティオは少し屈み、エリの頬に頬をくっ付けて、
「そうよね。今度は私から、ちゃんと誘いの文を送るから待っててね。」
ティオとエリオナは別れの挨拶をした。
「エリオナちゃん。ファルト対戦楽しみにしてるね。」
私はエリオナが少しでも元気になって欲しかった。
「はい。わたしも、なおさんに出会えて嬉しいです。是非、お願いします。」
私はエリオナの無邪気な笑顔を見て、
「私の事は、『なお』って呼んでくれるともっと嬉しいんだけど、だめかな?」
少し悩んで、「はい!」 とエリオナの元気な声が届いた。
一礼を交わして、私たちは馬車に乗り込もうとしていた。
その時、町全てに響き渡るくらい大きな音が聞えてくる。石が擦れる鈍い音だった。
ハミルさんとティオが振り向く先を私も追うように振り向いた。
神殿よりすこし西側、北にある高い城壁の一部が開いていくのが見える。
「あれって、扉だったんだ。」
(あれも魔法で開けてるんだよね。すっごいな~)
ティオに話しかけようとしたけど、すごく緊張しているのが見えた。ハミルさんもエリオナも、見渡すと、全ての人々が緊張。不安。恐怖。そんな感情が見えているのが私にも判った。
「どう…したの?」
「ごめん。なお、先に馬車に乗って城に戻っていて。エリも早く船に。」
ティオは光に包まれて、銀細工の綺麗なローブをドレスの上に被せるように着けていた。頭には宝石が付いた銀の冠があった。
「ティオさまも、お城に戻ってください。」
ハミルさんが声をかけるが、ティオは聞く気が無かった。
「わたしは知らなければならない義務があります。民を守るのが私の使命。貴方はわたしを守りなさい。いいわね。」
毅然とした態度でハミルさんを従えて、二人は魔法の力で浮き上がり、私達に一礼して門に向かって飛んでいった。
状況が飲み込めない私は、エリオナちゃんを見る。
「ティオに言われたように私は、城に戻るね。エリオナちゃんも気を付けてね。」
なにが起きるのか、判らなかったけど、人々の異様な緊張感が重大な何かが起きようとしているのだけは判った。
「はい。でも…私はここで様子を見ています。ここには沢山の水があるので、私は大丈夫ですから。なおさん、あ。なおは早くお城に。」
私はエリオナちゃんに別れを告げて、モカと馬車に乗り込んだ。
私たちの馬車はエリオナちゃん達に見送られながら城へと向かった。
馬車の窓から見える町の人々は、誰もが不安と恐怖を抱えながら、大切な人の居る場所に駆け出していた。
「モカ…どうなるのかな? みんな大丈夫だよね…」
モカを胸に抱きしめて、私は祈った。
(みんなとまた、絶対に会うんだから。)
馬車は人々を避けながら街道を走っていく。
銀色のローブを着た巫女さんや神官らしい人達が町の人達をどこかに誘導しているのが見える。
私はただ、祈るだけしか出来なかった。
「なお。来るです。」
モカが腕から浮き上がって、窓の外を見ている。初めて聞く緊張した声。
開かれた門の空間が、黒い霧で覆われていた。




