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職人通りよりさらに細い裏道は、三人並んで歩くにもいささか狭い。案内役のアレイたちが先に行き、レマは彼らのあとについて進んでいった。
もし魔物が現れたりしたら逃げ場がないような場所だが、ここクリセダは瘴気がほとんどない土地柄だ。それに万一現れたとしても、不運なのは向こうのほうだろう。何しろこちらの三人は、みな魔法剣をたずさえているのだから。
魔物の浄化を本業とする彼らが、この迷路のような町を歩きまわり、密偵まがいのことをしているのはなぜなのか。その理由は、ひと月ほど前の出来事に端を発している。
そのころレマは、ディークリートについて各地をまわりながら、短期契約の依頼をこなしていた。二人とも、階位を上げることよりも腕を磨いたり見聞を広げたりすることを優先させていたので、自主的な修業期間といってもいいかもしれない。
使い手たちを擁するギルドから、ディーにあてて契約の要請が来たのは、ちょうど二人がマリスタークに足を踏み入れたときだ。
依頼主は領主であるオルマンド家の伯爵。領主館に王族を招待することになったから、宿泊している間だけの護衛がほしい。単なる傭兵ではなく、身元のしっかりした人材が至急必要なのだという。それで、たまたま近くまで来ていたディーにお呼びがかかったらしかった。
領主といえど、普通は魔物討伐の目的以外で炎の使い手を雇ったりしない。契約料が明らかに割高になってしまうからだ。マリスターク伯爵としては、あえてそれをすることで、いかに警護が手厚いかを女王陛下に誇示したかったのだろう。
ディーのほうでは、修業にもならない依頼など最初はすぐに断るつもりだった。だが、王族の名前を聞けば気も変わろうというものだ。護衛の相手は、勇者様との恋仲がバラッドでも歌い上げられている、エセルシータ姫だった。
地域によってはいまだに人気を保っているバラッドは、勇者の死という悲劇で幕を閉じている。
ディーとレマは、当時かなり遠方にいたため、街角で歌われていた歌を耳にしてはじめて、相討ちがあったことを知った。その日の気分の悪さときたら、ちょっと耐え難いほどで、いまでもあまり思い出したくはない。
だが幸い、当日中に別の吟遊詩人が勇者の生還を教えてくれたので、二人ともどうにか胸をなでおろすことができたのだ。
その後二人は、ラキスに会いに行ったりはせず旅回りを続けたが、王城での動向についてはなんとなく気にとめて、情報を得るようにしていた。
そんなときに持ち込まれたのが、護衛の話である。
勇者様と相思相愛になったお姫様というのは、いったいどんな人柄なのか。純粋な興味からディーは契約することを決め、彼と組んで動いているレマも、同時に雇用を認められた。
結局、その契約のおかげで、ややこしい事件に首を突っ込むことになり、いまもこうして動きまわっているわけなのだが──。
道幅はいっこうに広がらず、猫小路の名にふさわしい風情だけが、色濃くあたりを覆っていた。石畳も時おり途切れて、踏み固められた地面が見える。
だが、そんな場所にもかかわらず、軒先のランタンだけは一定間隔でぶらさげられて、通行人の行く手を照らし出している。クリセダの裏道は、実は客たちを目的地にいざなう大切な通路になっているのだ。
レマは黙々と歩いていたが、黙っているのが不得手な同僚たちは、しばしば小声で言い合いをした。
「ちょっと、道まちがえてない?」
「いや、合ってる。ちゃんと三本行ったとこで曲がったし、あれ、四本目だっけ」
「やっぱりさっき飲み過ぎたのね」
「飲み過ぎはきみのほうだろ。何丁目かも覚えてなかったくせに」
このにぎやかな男女は、レマとディーに共通の友人で、気軽にものを頼める貴重な仲間だった。ラキスの事情についてもある程度知っているので、今回の調査に協力してもらうには、うってつけの存在だ。
護衛の任務につきながら、その片手間に聞き込みなどしても、たいした成果が出るはずはない。クリセダまでたどりつくことができたのは、彼らが気前よく協力してくれたおかげだと言える。
だからまあ、多少口数が多くても、我慢するべきなのだろう──。
「ぼくも領主館の護衛のほうがよかったなあ」
と、赤毛のアレイが、多少の口数の多さを発揮してぼやいた。
「ディーはいいよな、おおっぴらに剣を振れる役目でさ。しかも姫様のそばにいられるなんて」
となりを歩いているグリンナが、冷たい視線をよこしながら指摘した。
「言っとくけど、あの役はディーだからまわってきたのよ。王族のそばにいてもいい身分だから、わざわざステラが指名してきたの」
「本妻の子じゃなくても?」
「父親だけで十分なんでしょ。母親が誰だろうと、血筋としてはローデルク家の長男にまちがいないんだから」
「そのわりに全然認められてないよね」
アレイがぶつぶつと続けた。
「あの家のそういうとこが納得できないんだ。認めてないわりに、都合のいいときだけ声かけてくるってのがさ」
「まあいいじゃない。本人だって認められようと思ってないし、第一」
グリンナが振り向き、後ろにいる友人の顔を意味ありげに眺めた。
「もしも認められてたら、ローデルク家お気に入りのお嬢様をあてがわれて、自由になんか動けないわよ」
実にあけすけな台詞だが、レマは肩をすくめただけだった。単なる噂話ではなく、親しい友人ならではの本音だと知っているからだ。
ステラ・フィデリスという大ギルドの頂点に立つローデルク家、その長男が好き勝手に動いていられるのは、たしかに認められていないおかげだ。
ディークリート・ローデルクと貴族でもない自分とが、いっしょにいられるのは、彼が庶子だからこそなのだ。
「そろそろ到着じゃない?」
友人たちの肩越しに向こう側を見やりながら、レマはさばさばした声で言った。いたずらっぽい光を瞳に浮かべながら、ほほえんでみせる。
「これがうまくいったら報酬が楽しみよね。わたしよりあなたたちのほうが多くても、文句言わないから安心して」
アレイが不審げな表情でたずね返した。
「報酬って誰からの?」
「もちろん、王家からの。エセル姫にかかわる問題なんだもの、当然だわ」
猫小路の先がひらけて、ちょっとした広場になっているのが見える。どこから湧き出てきたのか、こんな時間にしては異様なほどの人々が静かに行きかっていた。




