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青い歌を口ずさめ  作者: Bcar
8/11

8:壱號――兵器の所在

ルージィの腕の中で山茶花は諦めにも似た思いを抱いていた。

しかし、壱號の一言がそれを覆す。

どうにかルージィから逃れた二人だったが、山茶花の得た情報は頼りないものだった。

果たして、兵器はどこへ消えたのか?

 中央都市のスラム街にある、安い冒険者宿にその人間はいると山茶花は言った。

 店に入ると手入れも行き届いていないらしく、埃が舞う。

 客らしき姿はない。しかし、テーブルのひとつに突っ伏して眠っている男がひとりだけいた。

 山茶花は俺の肩を小さく叩き、地面に向かって指差した。ここで待て、という事だろう。

 目深くフードを被った山茶花は俺を置いてさっさとカウンターに向かい、店主の目の前に金貨を積み上げた。


「マスター。この店で一番上等な酒を出して」

「そうは言ってもお嬢ちゃん、こんなシケた店じゃこれが限界だよ。大体、アンタが飲むのかい?」


 そう言って店主は金貨を一枚だけ受け取り、差し出したのは年季だけは入っていそうなウイスキーだった。

 山茶花は無言でシャツの中に仕舞われたドッグタグを引き上げる。

 黒く光るそれを見て、マスターの顔色が一変した。


「ほっ、『焔の道化師』さんが、こんな三流宿に一体何のご用事で?」


 山茶花はそっとなにやら店主に耳打ちをする。

 そしてさらに金貨を数枚握らせる。おそらく口封じを言い渡したのだろう。

 残った金貨と酒瓶とグラスを持って中年の眠る席に歩み寄る。向かいの椅子を引いて、席につくのと同時に大きな音を立てて瓶を置いた。

 その音と衝撃で中年の身体がびくんと震え、顔を上げる。


「ご一緒してもいいかしら、おじ様?」


 フードとサングラスを外して、極上の微笑みを浮かべる山茶花。

 果たして中年にはどう見えているのか、まるでクリーチャーでも見た市民のように震えだした。

 慌てて席を立ち逃げ出そうとするが、山茶花の槍が伸び、退路を封じた。

 そもそもこの店の唯一の出入口は俺が塞いているのだから、意味は無いのだが。


「まぁまぁ、おっちゃん。そんなビビることはないでしょう。ちょっとお話しに来ただけなんだからさ」


 男を押し倒すかのように無理やり椅子に座らせ、空だったグラスに酒を満たしていく。

 そして自分のグラスにも酒を注ぎ、無理やり手に持たせるとカチャンと音を立ててグラスをぶつけた。

 乾杯のつもりなのだろうが、相手の男は呆然としたままだ。


「ゴールドクラスの冒険者、『盗掘屋』ビリーさんだね。私は山茶花。『焔の道化師』なぁんて呼ばれてる事もあるけどね。で、さっそく本題なんだけどさ……」


 酒を一気に飲み干し、山茶花の口角が持ち上がる。


「どうして私を見て、そこまで怯えたのかな」


 中年――ビリーは目をそらし、何も答えない。

 山茶花はため息とともに煙草を取り出す。手慣れた調子で一本を咥えライターで火を点けると肺を煙で満たし、再び吐き出した。

 そして自虐的にくつくつと笑い、灰皿に灰をトントンと落とす。


「そんなに私が怖かった? そんな怖い顔してるかなぁ。確かに気味悪い見た目だとは言われるけど」

「そんな……そんな訳がない。アレには感情はなかった。言われるままについてくるだけの、そういうモノだったぞ」

「そうなんだ? まぁ、私にはなんの事だか分からないけど」


 ビリーの肩が小さく震えた。

 山茶花は再び煙草を口に咥えて自分のグラスに酒を満たす。


「心配しなくても、私はアンタに危害を加えに来た訳じゃない。ちょっと聞きたいことがあって来ただけだからさ……」


 ポケットから金貨を男の目の前にばらまき、槍の柄をドンと床に叩きつける。

 テーブル越しにビリーの襟首を掴むと、山茶花が声のトーンを落として言う。


「まともに選定会にも出てないアンタが金のタグを持てて、これまで遊びほうけていられた程の価値があった商品、どこに売り払った?」

「ひぎっ……!」


 ビリーの顔色がどんどん悪くなっていく。

 しかし、山茶花は構うこと無く言葉を続けた。

 何の感情も感じられない声で淡々と。


「せいぜい依頼人から緘口令が引かれたんだろうが、アンタもそろそろ金が尽きそうでしょうよ? 目の前の金はアンタにやるよ。私はこれからいくらだって稼げるからね。さあ、吐いてもらうよ。アンタが盗んだ遺物、どこにやった? 何故三つあったうちの一つだけを盗み出した?」

「わかった、話す。話すから、この手を離してくれ!」


 山茶花が手を離すと、ビリーはゲホゲホと大げさに噎せながら、襟首を正した。

 山茶花も煙草を灰皿でもみ消し、グラスの酒を少し舐めた。

 そして、ビリーはぽつりぽつりと語りだす。

 耳がいい俺にも届くか届かないかと言うほどの小さな声だった。


「俺が受けた依頼は旧世界で作られた人工生物の奪取だった。期限は無期限。それが人型であるならなおいいと知って、あっちこっちの遺跡を探し歩いたんだ。その遺跡のひとつで、培養液に満たされた髪の長い、アンタそっくりの人工生物を見つけた。三つあった遺跡のうち、ひとつは腐って使い物にならなかったが、ふたつの遺物は奇跡的に綺麗にそのまま残ってたんだよ。俺はガラスを割って人工生物を取り出した。ふたつともだ。けれど……」

「けれど?」


 山茶花に先を促される。ビリーは酒を飲み干し、その先を語りだす。


「動き出したのは胸に103と焼き印が打たれた男型の方だけで、102と焼き印が打たれた女型の方は動きもしなかった。だから、その場に捨ててきたんだ」

「なるほど? それで、103って方はどこにやった?」

「103は俺をマスターだとか勝手に呼んでな。俺に言われるままに勝手についてきたから、そのまま依頼人の貴族に売っぱらった。人工生物の肝は不老不死の妙薬になるって噂を真に受けてた馬鹿な貴族だったよ」

「ふむ、アンタのタグがゴールドにまで登れたのは、新規の遺跡発見の報告をした功績からか」

「あぁ、俺が話せるのはここまでだ。貴族の名前までは……さすがに……」


 怯えるビリーの言葉を、山茶花はうんうん頷きながら聞いていた。


「解ってる解ってる。そこまで行くと流石に首に縄をかける羽目になるからね。……ってそれは私か。ハハハ!」


 笑いながら、首からぶら下げたロープを引っ張る。

 山茶花、さすがにそれは洒落になっていない。


「とにかく、事情はわかったよ。そのお酒は奢りだ。せいぜい飲んだくれて今話しした事も私の事も忘れて頂戴」


 席を立つ山茶花の腕をビリーが引いた。

 青ざめた顔で、ぼそりと問う。


「……お前は、あの時に俺が捨ててきた102なのか?」


 山茶花は穏やかに微笑み、その手を振り払う。

 そして、ぽつりと言った。


「そうじゃない方がアンタにとって都合がいいなら、そうじゃないよ。そもそも、102ってのはもう死んでたんでしょう?」


 槍を手に取り、戻ってくる山茶花はいつもどおりの薄く笑みを湛えた表情だった。

 俺の肩を再び叩くと、宿の扉に手をかける。

 振り返りながら、満面の笑みを浮かべる。

 そして、響き渡るような大声でこう言った。


「じゃ、お騒がせしましたぁ。もう来ることもないでしょうが、お元気でェ!」


 宿を後にした俺と山茶花は歩きながら大きくため息を吐いた。

 山茶花がサングラスをはめながらぽつりと言う。


「まいったね。103、食われたってよ」

「あんな与太話を真に受ける人間がいるんだな」

「まぁ、貴族ってのは強欲な人間が多いからね……。で、どうするの」


 俺を見上げてくる山茶花に、質問の意図が掴めた。

 俺は考えていることをそのまま言葉にして返す。


「現物がないなら、仕方がない。ボスにはそのまま報告するだけだ」

「壱號、お咎めあるんじゃないの? 大丈夫?」

「あのビリーとかいう男を殺してこいという新しい依頼は来るかもしれんが、それだけだ」

「そう……」

「102は、死んだんだしな」


 山茶花の目が大きく見開かれた。

 俺は思ったことを語りだす。


「お前が首からぶら下げている首吊りの縄の意味がやっと分かった。絞首刑にされる死刑囚は執行の最中に縄が切れたら、刑は執行されたとされて放免される事があるという噂がある。お前の首の縄は、そういう意味なんだろう?」


 俺の柄にもなく饒舌な言葉に山茶花は大声で笑う。

 何がそんなにおかしいのかわからず、呆然とする俺を尻目に笑って、笑って……。やがて、笑いすぎて涙で滲んだ目尻をこすり、そして言った。


「ただのネクタイ代わりだよ、ばーか」

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