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青い歌を口ずさめ  作者: Bcar
7/11

7:壱號――ルージィ

西方都市から無事に帰還し、お互い別行動を取ることにした二人。

壱號は武器を、山茶花は情報を求めて歩きだす。

そして、再び落ち合ったが、それを遮る影があった。

 ルージィの腕の中で、山茶花はただただ虚空を見つめていた。

 どこか諦めにも似た表情だ。

 山茶花の首筋につきつけられた小ぶりなナイフの切っ先が皮を裂いたのか、彼女の喉に赤い雫が垂れた。

 俺は両手を強く握りしめ、絞りだすように呟いた。


「その女は依頼品とは関係ない。手を離せ」


 しかし、ルージィはおどけたように笑うだけだ。


「そうはいきません。初心なお人形さんが絆されていないとは限らないでしょう?」

「一端の伝達係が、お目付け役のつもりか?」

「とんでもない。俺なんて壱號先生に比べたら下の下、下っ端にも程がある存在なんで。……で、この女」


 ナイフは突きつけたまま、ルージィの左手が山茶花の左耳につけられた音楽プレイヤーをもぐように剥ぎ取る。

 それまで表情を変えなかった山茶花が、初めて不快感を浮かべた。

 露わになった耳たぶに光る、黒い石のピアスがふたつ。


「左耳の穴、確認。胸の焼き印は……」


 左腕がそのまま山茶花の胸元に伸びる。

 襟を掴んだ瞬間、俺の我慢は限界に達した。


「ルージィ、それ以上その女に触るな!」


 ルージィの目が、驚いたように見開かれる。

 俺が声を荒げる事は滅多にない。

 実際、生まれて初めて上げた怒声だったかもしれない。

 俺は腰からジャマダハルを引き抜き、ルージィの眼前に突きつけた。


「……それ以上触ると、お前がその女の首を掻き切る前に、俺がお前を殺すぞ」


 ルージィの顔に怯えと汗が浮かぶ。

 黒の会の中で言えば、殺しの数で俺を上回る人間はそういない。

 その現場を何度も見たことがあるこの男なら、本気を出した俺の早さなんて容易に想像できるだろう。

 だから、これが吹かしなんかじゃない事もよく解っている筈だ。


「……おお、怖い怖い。この方は壱號さんの御愛人でしたか?」


 ルージィのナイフが、山茶花の首筋から離された。

 二度ほどくるくると回して畳み込むと、胸ポケットの中に収める。


「好きに解釈してくれて構わん。だが、それ以上汚い手でその女に触るな」

「このヒトは依頼品なんかじゃない、と?」

「そうだ。白い髪と金の目は俺と同じ、生まれつきの変異種だからだ。耳の穴はただのピアスホール。その女は兵器なんかじゃない」


 息を吐き、言う。

 それはまるで、自分に言い聞かすように。


「ただの人間だ」


 俺の言葉が信用されたかどうかはわからない。

 しかし、ルージィは大げさに肩を竦めた。


「わかった、わかりましたよ。だから武器を収めてください。おっかないなぁ」


 山茶花の肩をポンと押し、俺に投げ捨てるように突き渡す。

 それを慌てて左手で抱きとめ、右腕はなおも突きつけたままでルージィを睨む。

 ルージィは相変わらず厭な笑みを浮かべていた。


「とにかく、報告は致しました。俺の仕事は終わりです。ボスには情報収集の段階で滞っていると報告しておきますよ」

「そうしてくれ。実際、そのとおりだ」


 ルージィは恭しくお辞儀をする。

 嫌味なほどに礼儀正しく。

 それはあまりにも形式的すぎて、小馬鹿にされてるようにも思えた。


「期限は残り二週間。せいぜい『本物』を見つけてくださいよ、先生」


 路地裏に消えるように立ち去ったその背中を見送って、俺は小さく息を吐く。

 それはあの男から開放された安堵の意味もあったのかもしれない。

 山茶花が無事に戻った事もそうだが、俺はあの男はどうにも苦手だ。

 ……本当は実力があるのに、下っ端ぶっている所が気に食わないのかもしれない。

 当の山茶花はというと、俺から身を離して首についた血糊を拭い、ぽんぽんと服の埃を叩いていた。傷口はすでに塞がっており、白い筋を薄く残すだけだった。

 そして、ズレたサングラスを直し、腰まで垂れ下がっていた音楽プレイヤーのコードを引っ張りあげ、再び耳に当ててぽつりと呟いた。


「別に本当の事話したってよかったのに。あんな意味の無い嘘吐かなくったって」


 意味が無い、と言ったのは、ルージィが山茶花が兵器であると確信していた事だろう。

 だが、それでも俺はああ言わざるを得なかった。

 彼女を兵器だと思いたくないという気持ちもあったのだろう。

 だから俺はこう答えた。


「意味がない事はない。事実だ」


 俺の言葉を聞き、山茶花は肩を竦めた。


「それで、情報は得られたのか」

「あぁ、まあね。最悪の事態は避けられたけど、ある意味もっと悪いかもしれないって感じだったよ」


 山茶花は地面に放り投げられたままだった長槍を拾い上げながら言う。

 その言葉を聞きながら、俺も武器を鞘に収めた。


「どういう意味だ?」

「盗んだ人間は分かったけど……って感じかな。後は本人を問い詰めようか」

「本人?」

「第三施設から兵器を盗み出した本人さ。とにかく、後のことは明日にしよう。急いては事を仕損じるって言うでしょう? あ、これはニホン国の言葉だっけ?」


 あんな事があったというのに、山茶花は何事もなかったかのように笑う。

 それでもその身体が小さく震えているのは見逃さなかった。

 やはり少なからずとも恐怖を感じていたのだろう。

 だが、それに関しては追求しなかった。彼女のプライドが傷つくだろうから。


「そういえば、自分の事はわかったのか」


 少々露骨かと思ったが、無理やりに話をそらす。

 山茶花はそれに気がついているのかいないのか、ううんと首をひねっていた。


「うん、記憶喪失の冒険者って扱いになってた。後見人の名前はリオウ……私を拾った人になってたよ」 

「そうか」

「さっきの人は、黒の会のエージェント?」


 話を逸らしたのに、戻された。

 まぁ、仕方がないか。そりゃあ自分に危害を加えようとした人間の事は気にはなるだろう。


「そうだ。ルージィという名で、元は投獄されていた犯罪者だ。間諜を専門に行っている。戦うのは不得手だと言ってな」

「ふぅん、その割には殺意バリバリって感じだったけどね」


 喋りながら、山茶花はポケットから煙草を引き抜き、口に咥える。

 オイルライターのドラムを回して火を付けると、一息吸い、美味そうに煙を吐き出した。

 灯火の魔術で火をつけるよるもこちらの方が美味いらしい。

 俺には違いはよく解らないが……。


「……山茶花も、よくじっと耐えていたな。お前なら抵抗もできただろう」

「いやぁ、拘束機つけたままじゃ詠唱せずに魔術は使えないよ。ただの魔術師としては中の上って所だからね」

「そういうものか」

「そういうものだよ」


 ぷかぷかと煙草を吹かす山茶花の隣を歩く。

 そういえば、と前置きをし、山茶花が俺の腰の鞘をポンと叩いた。


「手軽に外せるようにしたんだね、コレ」


 言われて、俺は持ち手を握り、引き抜いてみせた。

 瞬間芸のような素早さに、山茶花は小さく手を叩く。


「これなら、いざというときに山茶花を抱きとめられるからな」

「……あぁ、そう」


 煙草の火に照らされたのか、山茶花の頬がほんのりと色づいたように見えた。

 夕暮れの中央都市の外れから、中央街に向けて歩いて行く。

 今日の夕食は何にしようか、などと、下らないことを話しながら。

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