6:壱號――中央都市・再び
力を使い果たし、倒れてしまった山茶花。
壱號はそんな彼女を背負う為に武器を捨て、一路西方都市へと引き返す為に歩きだす。
一方、壱號の背中の上で、山茶花は夢を見ていた。
自分が見るはずもない夢は過去の残滓。
かつて自分に起こった、記憶の欠片だった。
「おはよう、いい昼だね」
目を覚ますと、山茶花は既に着替えを済ませてブーツに足を通そうとしている所だった。
「……昼……?」
「そうだよ、壱號シャワー浴び終わった後ベッドに倒れこんでそのまま昏睡しちゃったんだから」
「そうか、……俺も鈍ったな」
「そんなこと無いよ。私みたいな大荷物持って不眠不休で歩き通しだったんだから、寝足りないくらいだ」
小さな声で、ありがとね。と付け加えられる。お礼を言われるようなことは何もしていないのだが。
「それでね壱號。私、考えたんだけどさ。私も壱號の仕事手伝うよ。第三施設の決戦兵器の捜索と奪還、でしょ? 私にも無関係じゃないし」
「なっ……! いや、ダメだ、それは」
「どうしてさ?」
山茶花は口をとがらせ、むぅ、とむくれる。
「これは俺の仕事だ。お前には関係のない事だ」
「関係なくないって言ってるじゃん。あんたが探してるのは、いわば私の兄弟でしょ。それに私みたいなモノが所在不明だなんて不気味じゃない? どこかで戦争起こす為に使われてるかもしれない」
山茶花は表情ひとつ変えずに淡々と言う。
しかし俺も頭を振ってそれに言い返す。
「お前の兄弟みたいなモノなら尚更だ。依頼主に引き渡した後、どうなるのか分からないんだぞ」
俺の主張を、山茶花はハン、と鼻で笑う。
「別に、情がある訳じゃないし、それがどうなろうがどうでもいいよ。会ったことも話したこともないんだよ?」
「しかし……」
「私にはアンタに恩ができた。それを返させてよ。拒否権は許さないからね」
女の金の目は、まっすぐに俺を捕らえて離さない。
どうやら、何を言っても無駄のようだ。
俺は小さく肩を落とし、頭を抱えながら彼女に尋ねた。
「協力すると言っても、どうする気だ」
「ひとまず中央都市に帰って術式研究所の情報を閲覧させてもらうよ。それを他言するのは認められてないけど、得た情報をどうするかは冒険者の自由だからね」
「……なるほど」
「よく考えたら、私の存在もどういう扱いになってるかよくわかんないから、知らないしね。それもついでに見てくるつもり」
ブーツの紐を固く縛りながら、山茶花はあっけらかんと言う。
「……今まで自分の存在に興味を持ったこともなかったのか?」
「無かったねぇ。私は兵器で不良品だって事は知ってたけど、私を拾ってくれた人はただの人間として扱ってくれたから」
……おそらく、前に言っていた『ニホン国に詳しい』人なのだろう。
山茶花を拾い、名を付け、冒険者にした人間。
「……お前を拾った人というのも相当な変わり者だな」
「あはは、私もそう思う」
会ってみたい、と少し思った。
山茶花の人格のおおよそは、その人間が作り上げたに違いない。
俺の名前を壱號とつけた男はとっくの昔に死んでしまったが、どこか似た所があるかもしれない。
俺を思考の海から引き上げたのは山茶花の「あ!」という叫び声と手を打つ音だった。
「それより、壱號は武器どうするの? 拾いに戻る余裕はあるの?」
言われて思い出した。俺は今てぶらなのだと。
別に武器はなくとも戦う事はできるが、やはりいざという時には必要だろう。
「いや、俺に与えられた依頼期間は一ヶ月……残り半月程度だな。中央都市の闇市に黒の会の馴染みの武具屋があるから、そこで新しく調達する」
「あ、やっぱりそういうお店あるんだね」
山茶花はベッドから立ち上がり、俺が辛うじて持ち帰ってこれた唯一の武器――彼女の長槍を手に持つと、にぃっと歯を見せて笑う。
「じゃあ、行動開始と行きますか。とりあえず中央都市まで帰らなくちゃ」
来た時と同じように、転移術師に中央都市まで送り届けてもらう。
冒険者ギルドの前まで来ると、山茶花は小さく手を降った。
「じゃあ、ここからは別行動だね。一時間後にまたここに集合って事で」
「あぁ、分かった」
ギルドに入っていく山茶花を見送り、俺は町外れに向かって歩き出す。
スラム街にある闇市は、売られていないものはないと言われている場所だ。
冒険者とはいえ、女が軽々しく行く場所じゃない。
……とはいえ、あの女なら平気で立ち入れそうではあるが。
そういえばあの女が喜びそうな壊れた機械ばかり売られたジャンク屋もあった事を思い出した。
春を売るため手を引く女を振り払い、俺は闇市の中でもさらに奥へと足を踏み入れる。
今にも倒れそうなトタンの壁に『WEAPON』とペンキで殴り書きにされた小屋が見えた。
今にも千切れそうな暖簾を潜ると、カツン、カツンと鉄を打つ音が聞こえてきた。
鉄仮面をつけた大柄な男が、こちらを向く。
「……壱號じゃないか。久しぶりだな。研ぎか? ……得物はどうした」
「事情があって手放した。いつもの武器はあるか」
「ジャマダハルだな。どうする、いつもの様にレザーアーマーに縫い付けるのか?」
「いや……あれは、もういい。別々にして売ってくれ」
ポケットから金貨を数枚取り出し、店主に渡す。
店主は肩を揺らして豪快に笑った。
「どういう心境の変化だ? もう『殺戮人形』の名は返上か?」
「……どうとでも言え」
「ククク……。いいや、『人間』としちゃあ良い事だろうよ。じゃあ、いつもの奴だ。今回はベルトと鞘をおまけにつけといてやるよ」
ベルトの両脇につけられた鞘を腰に巻き、そこにジャマダハルを収める。決して重い武器ではないが、腰に重みがかかるのは違和感だ。
しかし、それには構わず、肌に馴染んだ拘束着型のレザーアーマーに袖を通す。これは内側に鎖帷子を仕込んだ特別製だ。この店で、俺用に誂えてもらっている。
何度か鞘から得物を抜き取り、感覚を掴む。……なんとかなりそうだ。
店を出る時、「あぁ、そういえば」と店主に声をかけられた。
「ルージィの奴が、お前を探していたぞ」
「……ルージィが?」
ルージィは黒の会のエージェントの一人だ。どちらかと言えば盗みや間諜を得意としている。
……ボスから新しい指令でも来たのだろうか?
「冒険者ギルドの方にも顔を出してみると言っていたから、行ってみな」
「……あぁ、そうする。ありがとう」
「はっ、お前さんに礼を言われたのは初めてだな。……また来い」
暖簾をくぐり外にでると、日が傾きかけていた。今から戻れば丁度一時間程度だろう。
山茶花は有力な情報を手に入れただろうか?
冒険者ギルドの前に戻ると、既に山茶花が待ち構えていた。左耳にはいつもの音楽プレイヤーを引っ掛けている。
「山茶花」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げて小さく微笑む。
歩み寄ろうとしたその瞬間、俺と彼女の間に影が割って入った。
首元で括った背中に届きそうな長さの茶の髪とエメラルド色の目、黒いレザースーツに身を包んだ男。
男はクチャクチャと合成甘味料でコーティングされたガムを噛み、ニヤニヤと俺と山茶花を見て笑う。
「探しましたよ、壱號さん。まさか女連れとは思いませんでした」
「ルージィ……」
山茶花が口を挟みたそうにこちらを見ているが、俺は片手でそれを制する。
「三日ほど前にボスから依頼品に関する新しい情報を得たんで、壱號を探しだして回してこいって言われて、見参させて貰いましたよ」
「……そうか」
俺は右手を差し出す。情報は殆どメモでやりとりされている。しかし、ルージィはメモを渡す様子はない。
「依頼品は人間型、およそ十五、十六才の少年の姿をしているそうです。特徴は白の長髪と金色の瞳、左耳にゃ識別札をつけられていた穴が2つ空いていて、胸に研究所のナンバーの焼き印が入れられてる……だそうで」
ルージィの右腕が山茶花の腕に伸びる。
山茶花は咄嗟にそれを躱そうとしたが、ルージィの動きの方が数瞬早かった。
一瞬にして細身の女は男の腕の中に抱きとめられる。
俺は動くことが出来なかった。
ルージィの持つ折りたたみナイフが、山茶花の首元につきつけられる。
山茶花の手の中の槍が、音を立てて地面に転がった。
「依頼品とこんなに酷似した女と、なんで仲良さそうにしてらっしゃるんです、『殺戮人形』さん?」
「ルージィ……」
人のいない、夕暮れ迫る冒険者ギルドの前。
まさか、同じ組合員と対峙する羽目になるとは思わなかった。
渦中の女は何を思っているのか、微動だにしない。
温い風が、一瞬吹き抜けた。