2:壱號――奇妙な女
黒の会に所属している男、『壱號』は会のボスからとある『兵器』の強奪を命じられる。
それは世界を滅ぼす程のパワーを秘めた古代の遺物だった。
ただの冒険者として兵器の捜索を開始する壱號だったが、なりたての冒険者に渡せる情報はないと追い払われてしまう。
そんな壱號の前に、最高ランクの冒険者である『黒』のタグを持つ謎の少女が現れ――?
「どうせ部屋も取ってないんでしょ? しばらく私の部屋にいなよ」
俺の背中を押しながら、サザンカは機嫌良さそうに階段を登っていく。
タグが黒だというのだからどんないい部屋に住み着いているのかと思ったが、何の変哲もない二等室だった。
扉を開けると何かが焦げたような匂いが鼻をつく。
目の前に飛び込んできたのは、ベッドがふたつと、旧世界の遺物が詰まった木箱と、備え付けのデスクに広がった見たこともない機械。
灰皿に詰まったクラシカルな紙巻き煙草の吸い殻だけが妙な生活感を醸し出していた。
「悪いね、散らかってて。ちょっと機械弄りしてたもんでさ」
サザンカは乱雑な部屋を足で通り道を作りながらずんずんと進む。
俺にはよくわからないが、そんな乱暴に扱っていい物なのだろうか、遺物というものは?
一応貴重な発掘物なんじゃないのか?
「お前の職業は機工士なのか?」
俺の問いかけにサザンカは大げさに肩をすくめる。
「ちょっとかじってる程度だよ。簡単な修理と手直ししかできない。そもそも、自分が好きなものしか直さないしね」
言われてみれば、木箱につまっているのは細い糸のようなものや小さなカードのようなものばかりだ。
このカードのような物は確か、小型記憶媒体。メモリーカードと呼ばれる物だ。
確か、映像や音楽などを大量に保存しておく物だとか。
物によっては高く取引きされているらしいが、実物を見たのは初めてだ。
四角い合成樹脂製の箱からだらりと伸びた紐を手繰り寄せ、その先端をコートの内ポケットに入れていた小型の遺物に繋げる。
目の前の箱と手の中の小型の遺物から放たれた青白い光がぼんやりとサザンカの顔を照らしだした。
「これは私が手を加えた遺物でね、音楽が流れるんだ。小型記録媒体の中でもゴミとして扱われる物は多くてね。私はそれをサルベージしてるだけだよ」
耳に掛けていた合成樹脂製のキャップのようなものを取り外すと、その時初めてサザンカの左耳にピアスの穴がふたつ並んで空いている事に気がついた。その穴をふさぐように黒曜石のピアスが光っている。
首からぶら下げた千切れた首吊りの縄といい、この女はつくづくよくわからない。
そもそも、何故俺とパーティを組もうなどと考えたのかがわからない。
「さて、改めて自己紹介だ。イチゴウ君。私は山茶花。ニホン国って国の字で、こう書く。まあ、普段はアルファベットで書くけどね。一応、教えておくよ」
テーブルの上にあった手配書の隅に、鉛筆でさらさらと見慣れぬ文字を書く。
山、茶、花。意味は分からないが、これでサザンカと読むらしい。
ニホン国。その言葉に親近感が湧いた。
「俺の名もニホン国の言葉だ」
山茶花の手から鉛筆を取り、隣に自分の名を書く。壱號、と。
それを見て山茶花は目を丸くした。
「ニホン国から来たの? あの国、今鎖国してて誰も出入りできないじゃない。どうやったの?」
「いや、初めはワンと呼ばれていたんだが、それじゃあんまりだと言われ、ニホン国に詳しい男が、この字を当てた」
「ふぅん、どこにでも似たような人はいるもんだ。確かにあの国に興味を持つ人は多いもんね。考察本も沢山出てるし」
山茶花はコードが繋がった機械――コンピュータというらしい――をぽちぽちと弄りながら言葉を繋ぐ。
「私の名前も大昔にニホン国から来たって人につけてもらったんだよ。その人が好きな花の名前なんだって」
どんな花だかは見たことないけど、と言って、山茶花は再び笑う。よく喋る女だ。
「じゃあ壱號もニホン国がどんな場所か知らないんだ?」
山茶花の問いかけに、俺は小さく頷いた。
「そっか。私はニホン国に行くのが夢なんだぁ。壱號も気になる? 自分の名前の由来の国」
「いや……。俺は別に。字も、自分の名前しか書けない。興味ないな」
「あら、てっきりそれ目的で冒険者になったのかと思った」
「俺は……」
ボスからの指令で、とは言えなかった。
「俺は、旧世界に興味があるだけだ」
咄嗟に口についた言葉を、山茶花は信じたらしかった。そっかそっか、とひとり頷き、腕を組む。
「まぁ、その辺の事はどうでもいいや。旧世界ね。確かに興味深いよねぇ。私も色々発掘したけど、あさればあさるだけ訳が分からなくなるよ」
そう言って山茶花は自分で作ったのだという機械をポンと叩く。テーブルの上に置かれていたキャップがら耳慣れない音が流れだした。
ジャカジャカという音は、酒場で吟遊詩人がかき鳴らすギターに似ていたが、どこか違う。
唸るようなその音を、山茶花はうっとりと聞いていた。
「この記録媒体には音楽が詰まってたみたいだね。よかった。またコレクションが増えたよ」
「山茶花は音を集めているのか」
「うん、特にロックってジャンルをね」
「ロック?」
「そう、昔流通していた電気って力で歪んだ音と、叫ぶような歌がカッコイイんだ。旧世界のは特にカッコイイよ。古い奴は言葉の解読が難しいけどね……」
そう言いながら、手配書をひっくり返して耳慣れない言葉を書き留めていく。
この言葉はどこの言葉だろう? 旧世界の言葉でもない。
山茶花は鉛筆を放り投げ、両手を高々と突き上げた。
「あぁ、当たりだよ! 聞こえる、壱號? これはニホン国のロックだよ!」
「そうなのか」
「でも、結構近代のだなぁ。もっと古いのなら大当たりなんだけど」
サングラスの向こう側の目がらんらんと輝く。
聞きなれないこの言葉がニホン国の言葉なのか。
……もしかしたら、俺は選ぶパートナーを間違えたのかもしれない。
真っ白な姿の奇妙な女はニホン国ジャンキー、そして音楽フリークだった。