子供の夢、大人の現実
「ねぇ、どうしたの?」
エナは宿を出た後、川に掛かる橋を渡っていた。橋の中程で女性が物憂げに水面を見つめていたので、思わず声を掛けてしまったのだ。
「いえ……なんでもないの」
女性は静かに、呟くようにエナに返した。
「大丈夫。貴女の考えているようなことはしないわ」
「……」
そう言うと女性はフッと微笑んだ。髪を耳にかける仕草に、女子であるエナですら少し目が奪われる。それが初めて、彼女が女性の顔をしっかりと見た時だった。
整った顔立ちで、どこか切なそうな目が特徴的な女性。その女性に向かってエナは言う。
「じゃあ……どうしたの? とてもじゃないけど放って置けるような顔してないわよ」
「そう……優しいのね。そういうなら、少し相談を聞いてもらいましょうか」
エナの方へ向き直った女性は懐から手紙を差し出した。少女がそれを受けとると、彼女に読むように言う。
「ストーングさんへ。デブリィスさん……?」
「ストーングは私よ。デブリィスは……元カレと言ったところかしらね」
「そうなのね」
エナは手紙を開き、読む。
『親愛なるストーングへ
ここには君への謝罪を書き記したいと思う。
僕は本当に最低だ。君と言うものがありながら、僕は他の女性に心を奪われてしまった。
初めは出来心だった。少しの浮気のつもりだった。しかし、いつしかそれは本気になっていった。
許してくれなんて言わない。だが、僕はもう君のものではいられない。だから君の前から姿を消す。
僕のような最低な男より、もっと良い男を探してくれ。
さようなら。
デブリィス』
手紙を閉じる。
「はぁぁぁ……」
深い溜め息を吐きながらストーングへ手紙を返した。そして大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「最ッ低ね! 自分のわがままばっかりで貴女の事なんて何も考えてない! 自分が悪者になる覚悟も中途半端にしかないのが丸見え! 貴女を気遣うような言葉も書いてはいるけど、結局自分勝手に姿を消すのは決めてるわ! 相手の意見を聞いたり相談するつもりのない、本当に最低な手紙ね!!!」
「……ふふ」
エナが怒鳴り終えると、ストーングは口元に右手を当てて微笑んだ。
鼻息荒く怒るエナを宥めるように彼女は話す。
「確かに彼はそうだった。自分が悪者になりきる覚悟もなくて、中途半端に優しい言葉をかけて」
ますます頭に血が上るエナ。
「でも、そんなところが好きだった。彼が私を見ているときは、本当に彼は私に優しくしてくれていた。それに甘えてすぎたのかもしれないなんて、今は思っているわ」
男の人は自分の物になったり、追うものがないと飽きてしまうそうだしね。
ストーングは、少し寂しそうにそう呟いた。
「…………私には理解できないわ」
「まだお嬢ちゃんだからよ。その内理解できるわ」
「理解したくない」
「そうは言ってられないのよ……大人はね」
女性と少女は橋の柵にもたれ掛かって話す。
日が沈みかけた橋の上に、冷たい風が吹く。服の隙間から侵入するそれに体温を少し奪われ、エナは体を抱き締めた。
拗ねたように口を尖らせた彼女は川面に呟く。
「私、そんなのなら大人になりたくない」
少女は恋をしたことがある。いや、今もしている。
昔父とどこかへ行った時、同じ年の男の子に出会った。昔はそんなに気の強くなかったエナは、その子に引っ張られてたくさん遊んでいた。
ある日好奇心で二人で洞窟に探検に行った時に、彼らはモンスターに襲われた。幼い子供達は当然召喚武器なんて持っていなかった。
怯える幼いエナを守ったのはその時の男の子だった。左手でエナの手をしっかりと握りながら、そこらに有った木の棒等で必死に撃退したのだ。
「その時にその男の子のこと好きになっちゃったんだ?」
ストーングは先程までと違い、悪戯な笑みを浮かべてエナを見る。
「まあね。その子は傷だらけになっても、怖くて体が震えても、それが全部私に伝わってるってわかってても。どんなにカッコ悪くても私のことを守ってくれたわ」
「そう……素敵ね」
じいぃと見つめるストーングの視線を恥ずかしそうに避け、少女は続ける。
「だから逆に。ストーングさんも大人だからなんて諦めないでよ。そりゃ私はまだまだ子供だろうけど、でも大人が皆悲しくて寂しい事ばっかりだなんて思いたくないもの」
「……そうね。大人は良いものよ?」
「そんな取って付けたフォローはいらない!」
エナと話し、ストーングは先程より幾分顔色が明るくなった。苦笑いを浮かべたエナもその様子に嬉しくなる。
ストーングは手紙を握り直して言う。
「さて、じゃあこの手紙も破り捨てようかしら」
「いいわね。……あ、そうだ。ちょっと待って」
「ん?」
ストーングが破り捨てようとする手を止め、少女は地面にチョークで円を描く。彼女が武器を取り出すと円は自然に消え、手には彼女の武器【ブリザード】が握られる。
「それ、貴女の召喚武器?」
「そうよ。ほら、これで撃つと気力は使っちゃうけどスッキリするわよ」
「そうなの。……私のは盾だったから新鮮ね」
そして彼女はストーングにサブマシンガンの使い方を教える。一度試しに銃を撃たせてみると、ストーングの頬は紅潮し、やけにテンションが高くなってしまった。
「わぁぁぁぁああ!! これいいわね!! 爽快感が!!」
「う、うん。……テンション高いわね」
「そりゃあそうよ!!! これはいいわ! いいわねええええ!!」
銃を撃ち続けながらストーングは叫ぶ。エナは若干以上の不安を感じながら手紙を地面に置く。
「え、えーと。じゃあこれを撃ち破ってみる……?」
「よーし。離れててよぉー」
「うん……もちろん」
エナはむしろ離れたくて仕方がない。ギラギラとした目で銃を持つ姿は近くに居たいとは思わないだろう。
こんな状態になってしまう呪いなんてあったかな、と少女は心のなかで呟いた。
そしてストーングが引き金を引く。
「あはははははは! あははは!! ヒャッハアアアアアアアアア!!」
「えぇ……」
手紙がズタズタに破れる。周りにも弾が飛び、地面を削る。
エナの【ブリザード】は気力の調整が少しだけ出来る。威力は低く弾数が多いか、威力が高く弾数が少ないかだ。その気力の量は、もしかすると使用者により違うのかもしれないのだが。
「ヒャアアアアアアアアア!! これすごいわよぉぉぉおおおオオオオ!!」
ストーングは、エナではまずあり得ない程の高威力と弾数を見せていた。
(……レバンもそうだけど、私の武器って私以外の人の方が合ってるんじゃないかな)
気力が下がるどころかむしろ増えているようにも見えるし、と彼女は恐怖で歪んだような笑みを浮かべた。
「大人の女って怖いわね……」
「ヒャッハアアアアアアアアアッ!!!!」
「…………自信なくすわ」
ストーングが撃ちまくる所から離れながら、エナは少し傷付いたりしていた。




