その11
米俵のように担がれた六花はあれよあれよと紫季の寝所まで運ばれ、寝台へと投げ捨てられる。ふわふわすぎる布団に受け止められ痛みは感じなかったが。
六花だけを残してバタンと寝所の扉を閉め、ご丁寧に鍵までかける紫季。窓には侵入を防ぐための格子が張られており、侵入できない代わりに脱出も叶わない。部屋の外から聞こえる紫季と蒼士の言い争いに耳をそばだて、蒼士に最後の望みをかけるのだが。
「ちょっと、陛下!」
「お前は帰れ」
がちゃんと鍵を閉める音が聞こえ、紫季は有無を言わせず蒼士を閉め出してしまった。僅かな望みは呆気なくついえた。
再び寝所の扉を開き荒々しい足取りで近づいてくる紫季は、先程の六花の態度に相当お怒りのご様子。寝台に乗り上げてくる紫季に恐怖し、隅の方で縮こまって震えていると、ぱらぱらと何か軽いものが降りかかる。ふわっと春の草原の香りに包まれた。
恐る恐る目を開けば、木春菊の花が真っ白な敷布に散っている。
「これ………」
差出人不明の花束が、頭に浮かんで消えた。
「お前が申したのだろう。これがその答えだ」
「……!!」
六花は完全に失念していた。
あの日倒れる前に、この部屋の花瓶に鬱金香の花を生けたままだったのだ。
赤い鬱金香の花言葉は『私を信じて』と『愛の告白』。どちらにとられても恥ずかしいことこの上ないが、前者を選択してくれたことがまだ救いだろう。そして木春菊の花言葉は、『信頼』と『秘密の恋』。
少し考えれば分かることなのに、木春菊の意味に気が付かなかった愚かな自分が憎い。紫季はずっと前から答えを出していたのに、六花はそれに気付かず疑われ続けていると思い込んでいたのだ。
「紫季様、私、本当に馬鹿で……ごめんなさい!」
「ああ、お前が馬鹿なことはよく知っている。だが…」
寝台に横になった紫季は、土下座して謝る六花を隣に寝かせ、恥ずかしさで真っ赤になった六花の頬に触れる。
「お前といると、心が安らぐ」
心の中が一瞬にして晴れ渡るような心地がした。今まで紫季のためにしてきた事は、無駄ではなかったのだ。紫季に必要とされることが、何よりも嬉しくてたまらなかった。
「紫季様……お願いがあります」
「ん、どうした?」
「異動願を取り下げてもかまいませんか?」
躊躇いがちに聞けば、紫季はひどく優しげな表情をする。その微笑みに胸を高鳴らせる六花は、とっくのとうに蒼士の手により異動願が灰と化している事を知らない。
「またここで舞いを披露せよと申したはず。余との約束を反故にするなど許さない」
そう言って、紫季は六花に顔を近づける。六花はふわりと瞼を下ろし、紫季の口づけを受け入れ…
なかった。
「………………どうして顔を背ける」
「いえ、これはその、防衛本能と言いますか、私と紫季様はまだそういった関係ではないので…」
流されたまま曖昧な関係を続けたくない。何となくそう思ったら、自然と顔を背けていたのだ。しどろもどろになって弁解していると、紫季はぽかんと口を開けて首を傾げた。
紫季がこんな風に呆気にとられた表情をするのはかなり珍しい。紫季が固まっているのを良いことに、じっくりとその可愛らしい表情を網膜に焼き付けていると、外からがちゃがちゃと鍵を回す音がする。
二人して肩を揺らし恐る恐る扉を確認すると、勢い良く扉が開いて外から人が転がり込んできた。
「椿ぃぃ!!」
恐れ多くも皇帝の閨に飛び込んできた桃と蒼士。桃の後ろで目を泳がせる蒼士の手には、合鍵が握られている。
「椿!! 生きててよかった!!」
寝台に走り寄って六花をきつく抱き締める桃は、殺されちゃうかと思った、などと物騒なことを言う。本気で心配してくれていたのは嬉しいが、隣の人が無言なのが非常に怖い。
蒼士は木春菊のお花畑にいる紫季と六花を見て何かを察したらしく、こそこそと逃げようとしていた所を紫季に捕らえられた。
「これはどういうことだ………?」
「な、泣きつかれてしまってね…女の子の頼みは断れないだろう?」
紫季は蒼士の首を壁に押さえつけて問い質す。かなり強い力を入れているようだが、蒼士は無事なのだろうか。
「そもそもどうして余が六花を殺さねばならん! 迎えに行っただけで何故そうなる!」
「そりゃ、あれだけ殺気だだ漏れじゃあねえ…」
首を絞められてもなお飄々とした様子の蒼士に、紫季はさらに力を強める。決して殺す気は無いであろうが、流石の六花もひやひやする場面であった。
「申し訳ありません! 私が悪いのです!」
「桃!?」
「今までの陛下付きの女官がみんな辞めさせられたと聞いて、六花まで辞めさせられたらどうしようかと…!」
床に膝をついて、何度も何度も頭を下げる桃。六花が抱き締めて止めようとしても、桃は震えながら謝り続ける。紫季はそんな桃を一瞥し、不機嫌な表情のまま手を離した。
「ありがとう、僕は平気だよ。あれでも陛下は手加減してくれているから」
「そうなのですか?」
「ああ。桃ちゃんは誤解している。あんな怖い顔しているけど、本当は優しい人なんだよ」
首を絞められていた割には平気そうな蒼士が、桃の隣にしゃがんで背中を撫でる。お役御免となった六花は、悪役にしか見えない被害者紫季の隣に立って、そっと彼の手を握った。
「陛下はね、害になりそうな女官をわざと専属にしていたんだ。陛下には女官を粛清する権利があるからね」
「陛下が囮になったということですか?」
「そういうこと。僕は反対したんだけどね」
蒼士の言葉を聞いて、六花は紫季の手をぎゅっと握る。もし女官が刺客だったらと考えるとぞっとする。下手すれば殺されかねないのに、そんな危険な事を紫季は半年間も続けていたのだ。
「椿は粛清対象ではないのですね!」
「もちろん。むしろ誰の為に今までこんな事を」
「蒼士」
紫季は余計な事を言うなとばかりに蒼士を止めるが、紫季の手が六花の火傷の跡を撫でた事で気付いてしまう。六花が安全に暮らせるように、紫季は自らを犠牲にしていたのだ。
「紫季様…」
「そんな顔をするな。もう終わった事だ」
紫季は六花を安心させようとそっと抱き締めるが、心配なものは心配だ。誰にも頼ろうとしない紫季はいつか壊れてしまうんじゃないか。そんな漠然とした不安が押し寄せる。
「紫季様、これからはそんな無茶をなさらないでください。お一人で戦おうとしないでください」
抱き締められたまま紫季を見上げ、しっかりと目を合わせて告げる。どんなに大変なことも全て一人で乗り越えてしまう紫季。何でも無難にこなしてしまえるからこそ頼り方がわからないのだろう。
しかし、紫季の周りには沢山の人がいる。六花も蒼士も料理長も、女官たちも医師もみんな、紫季の事を大切に思っている。紫季のために何か出来ることはないか探している。
「私に、貴方を守る権利をください」
どうかその思いを、受け取って欲しい。
しんと静まり返った寝所で、小さく息を吸った紫季。握った手はあたたかく、じんわりと紫季の心を溶かしていく。その温もりがやけに心地よくて、紫季はとっくの昔に目の前の少女に絆されていた事を悟った。
「許す」
低く優しい声が六花の鼓膜を揺らす。ぎゅう、と強く紫季に抱き付いた六花は、花が綻ぶように笑った。そんな六花につられて笑った紫季は、今度こそ、六花に優しい口づけを落とした。




