Coldplay①
「明日の自己紹介で話すこと......一緒に考えてくれないか?」
それが、お兄ちゃんから初めて相談されたことでした。
セナはとても嬉しかったのです。
今まで、セナはお兄ちゃんにいっぱい、いーっぱい迷惑かけちゃいました。それでも、お兄ちゃんはそんなセナを嫌いにならずに、ずっとセナのことを助けてくれたのです。
でもそのせいで、学校ではお友達ともなかなか遊べなかったり、部活にも入れなかったことをセナは知ってるのです。
だから、今度はセナがお兄ちゃんを助けてあげる番だと思いました。
お兄ちゃんが、高校ではセナのことなんか気にしないで楽しく友達と遊べるように、自己紹介で人気者になれるように、セナは頑張りました。
セナの一番好きな、MC GANが言っていた言葉を教えてあげたのです。
お兄ちゃんも、これならいける!と言っていました。
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入学式の日、セナはお兄ちゃんのことが心配で、高校の校門でずっとお兄ちゃんを待っていたのです。
お兄ちゃんは、生徒全員が帰ったあとに一人で歩いてきました。悲しい顔で。
セナのせいで自己紹介がうまくいかなかったんだ、どうしようと思いました。でも、セナが落ち込んでる時に、お兄ちゃんは明るく声をかけてくれるのを思い出しました。
だから、とびっきり明るい声でお兄ちゃんを呼んだのです。
すると、お兄ちゃんは元気良くすごい速さでセナのいる校門まで来てくれたのです。
セナは、ちょっとびっくりしました。
帰り道に、お兄ちゃんに自己紹介のことを聞いてみました。すると、自己紹介は成功したと言ってピースしてくれました。
セナは嬉しかったのです。
さっきの悲しい顔はセナの見間違いかな?と思いました。だからセナは話を変えようと、しりとりをやろうと言いました。しりとりをしてお兄ちゃんの顔も明るくなったので、その日は悲しい顔をしていたことは忘れてしまったのです。
ーーーーーー次の日、セナが学校から帰る途中の公園で、お兄ちゃんがブランコに乗って悲しい顔をしているのを見つけたのです。
セナは、昨日の一人で歩いている時のお兄ちゃんを思いだしました。
やっぱりなにかあったんだと思いました。
でもセナが声をかけると、お兄ちゃんはブランコから落ちてしまいました。セナは痛そうにお尻をさすっているお兄ちゃんが心配で、悲しい顔をしている理由を聞きそびれちゃったのです。
公園から帰る時も、お兄ちゃんは早歩きで先に言ってしまうので追いつくのに精一杯でした。
家に着くと、お兄ちゃんは自分の部屋にこもってしまいました。
セナはそんなお兄ちゃんが心配で、部屋の前で声をかけようとしました。でも、お兄ちゃんの部屋からすすり泣く声が聞こえてきたのです。
大きくなってから初めて、お兄ちゃんが泣いている声を聞きました。
いつもはセナが慰めてもらうほうだったので、こんな時にお兄ちゃんにかける言葉が思いつきませんでした。
こんらんしてたのです。
しばらくすると泣き声が聞こえなくなって、代わりに寝息が聞こえたのでセナも落ち着いてきました。
セナは、お兄ちゃんが起きた時にちゃんと何があったのか聞こうと思いました。それに、お兄ちゃんが元気になってもらえるように、晩御飯はお兄ちゃんの好きなハンバーグを作ることにしました。
晩御飯ができて、お兄ちゃんを起こしにいきました。
部屋の外からよんでも返事がなかったので、思い切って中に入ってみました。
すると、お兄ちゃんはセナに泣き顔を見せないように、手で顔を隠しました。セナはもうお兄ちゃんが泣いてるのは知ってたけど、あえてお兄ちゃんに、泣いてるの?って聞きました。
お兄ちゃんが泣いてるのを見ると、頭がいっぱいになっちゃって何を話せばいいかわからなくなったのです。
お兄ちゃんは怖い夢を見た、と言ってすごい勢いで洗面所に行ってしまいました。セナは、晩御飯を食べる時に必ず聞こうと決心しました。
お兄ちゃんが洗面所から戻ってきました。
最初、セナはいつもどおりに話をして、お兄ちゃんも美味しそうにハンバーグを食べてくれたのです。
セナは今だと思いました。
お兄ちゃんに、泣いていた理由を聞いたのです。
勢い良く食べていたお兄ちゃんは、セナの質問にギクッとなって、ハンバーグを喉に詰まらせてしまいました。
水を飲んで落ち着いたお兄ちゃんは、セナに質問で返してきました。だから、ブランコで悲しい顔をしていたことや、部屋で泣いていたのを知ってると言ったのです。
するとお兄ちゃんは、バレバレのウソで理由をあやふやにしました。
セナは、ここで引いちゃいけない、って思いました。
あえて強い口調で質問を続けたのです。
すると、お兄ちゃんは質問に答えずに黙ってしまいました。
セナは、お兄ちゃんが言いたくないことがある時は、黙ってなにも話さなくなるのを知ってるのです。だから、お兄ちゃんが話したくなった時に話してほしい、セナが相談にのるよー、って言いました。
お兄ちゃんもそれで納得して、いつか話してくれると思ったのです。
でもお兄ちゃんは、
「なんでセナはお兄ちゃんのことに首を突っ込んで来るんだ?これはお兄ちゃんの問題なんだから、セナは関係ないだろ⁉︎」
って言いました。
初めてお兄ちゃんに怒鳴られました。
セナは悲しかったのです。
お兄ちゃんがセナのこと嫌いになっちゃったのかと思って、涙が出そうになりました。
でも、セナはここで泣いたら、お兄ちゃんを助けてあげられないと思いました。なので、精一杯笑顔を作ってお兄ちゃんに言いました。
「そんなことないよー。セナとお兄ちゃんは二人しかいない家族なのです。家族が辛いときには助けてあげるのが普通だって言ったのは、お兄ちゃんだよ?今度は、セナがお兄ちゃんを助けてあげる番なのです。それにね、セナはお兄ちゃんの悲しい顔は見たくないのです」
セナの言葉を聞いたお兄ちゃんは、何か言いそうになりました。でも、すぐに自分の部屋に戻ってしまったのです。
お兄ちゃんがいなくなったあと、セナは緊張の糸が溶けて、まだ晩御飯の途中なのに泣いちゃいました。ハンバーグのデミグラスソースが、しょっぱくなっちゃうかもだけど。
でも、涙が止まりませんでした。
ーーーーセナは泣き止んだあと、録画してたMC GANの番組を見ました。
でも、内容が全然頭に入りません。
怒鳴られちゃったけど、やっぱりお兄ちゃんのことが心配なのです。
よし、明日は絶対にお兄ちゃんを助けるぞー!と考えていたら、いつの間にか寝ちゃったみたいです。
朝起きたら毛布がかけられていました。
やっぱりお兄ちゃんは優しいのです。
セナに怒鳴ったのも、たまたま機嫌が悪かっただけだと思いました。でも、お兄ちゃんと話すのはちょっとだけ怖かったので、まだ寝てるお兄ちゃんに、行ってきます、と言って先に学校に行きました。
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学校が終わって、セナはお兄ちゃんが出てくるのを高校の校門で待っていました。
でも、なかなかお兄ちゃんが出てきません。
セナは、昨日のことがあってちょっと心配になりました。
すると、お兄ちゃんのクラスの男の子が、すごい勢いで声を掛けてくれたのです。
「薬師寺君の妹さんだよね。今、君のお兄ちゃんが怖そうな人に体育館裏に連れて行かれるのを見たんだ!僕は先生を呼んでくるから、君は薬師寺君のところへ行ってくれ!」
セナは頭が真っ白になりました。
でも、すぐに体育館裏に向かって走りだしたのです。
お兄ちゃん、何があったの?
なんであの優しいお兄ちゃんが、怖い人に連れて行かれるの?
体育館に向かう途中、そればっかり考えていました。
体育館裏に着いたとき、怖そうなスキンヘッドのおじさんがお兄ちゃんを踏みつけながら、何か言っていました。セナはとっさにお兄ちゃん達に見えない角度に隠れました。
「そう言えばお前、自己紹介でスベったらしいな。まさか、その自己紹介が原因でイジメられるとはお前もついてねーよな。俺も可哀想になってきたぜ。ははは」
お兄ちゃんが、何があったのか話してくれない理由がわかりました。
セナのせいだったのです。
セナのせいで、お兄ちゃんはイジメられてたのです。セナは、いてもたってもいられなくなりました。
お兄ちゃんやスキンヘッドの怖いおじさんにむかって、叫んでいたのです。
それからはあまり記憶がありません。
気づいたら、嫌なことがあった時にいつもセナが来る、秘密基地にいました。どれぐらい時間がたったかわかりません。
ずっとセナはそこで泣いていました。
ーーーーお兄ちゃんの声が聞こえました。
お兄ちゃんは、自己紹介が成功したとウソをついているのが悪かったと、謝りました。
違うの。
お兄ちゃんは悪くない。
悪いのはセナだよ。
セナが............セナがあんな自己紹介を考えなかったら、お兄ちゃんは楽しい高校生活を送れたはずなのに。
全部、セナが悪かったのです。
お兄ちゃんの助けになるどころか、またお兄ちゃんに迷惑をかけちゃいました。
セナはお兄ちゃんの妹失格なのです。
でも、お兄ちゃんはそんなセナを許してくれました。
セナの考えた自己紹介が好きって言ってくれたのです。
セナに感謝してるって!
そして、お兄ちゃんはセナにピースしてくれました。
元気が出ました。
セナは、お兄ちゃんのピースが間違ってると気づいたけど、でも嬉しかったのです。
だからセナも、中指を上げてピースを返しました。
これでお兄ちゃんの悩みがわかりました。
今回は、またお兄ちゃんに助けてもらう形になっちゃったけど、これから先は絶対、ぜーったいセナがお兄ちゃんを助ける番なのです。
セナは、お兄ちゃんの妹で本当に良かったと思いました。
セナは照れ隠しに、路地の奥まで歩いて顔が赤くなったのを冷まそうと思いました。
でも、すぐにお兄ちゃんから呼ばれたのです。
たぶんまだ顔は赤いから、お兄ちゃんに手を振ってごまかしました。
すると、急に息が出来なくなりました。
何が起こったのかわかりません。
苦しくて手足をバタバタさせたら、少し息が楽になりました。
でも、だんだんお兄ちゃんから離れて行くのです。
お兄ちゃんも、セナに気づいて追いかけてきました。
でも、セナは知らない黒い覆面をかぶったおじさんに、無理矢理車の中に入れられました。
セナは力いっぱい暴れました。
すると黒い覆面のおじさんは、セナのお腹をグーで殴ります。
セナは、苦しくなってグッタリしました。
ーーーー痛みが収まってくると、だんだん恐怖が襲ってくるのです。知らないおじさん達に誘拐されたのだとわかりました。
黒い覆面のおじさんが三人、なにか話をしているのです。
怖くて声も上げられません。
セナは弱虫です。
でも、お兄ちゃんが助けに来てくれると信じました。
セナが困っている時は、いつもお兄ちゃんが助けてくれるのです。
車が止まって、セナはおじさん達に掴まれたまま、歩け、と言われました。おじさん達の言う通りに歩いて行くと、荷物を入れる大きなドア付きの箱の中に入りました。
こんてなって言うらしいのです。
こんてなの中に入ると、おじさん達はセナを掴むのをやめて自由にしました。
でも、セナは怖くて逃げようとすることができずに、座り込んでしまいました。
おじさん達は覆面を取り始め、前髪を上げて見せてきました。
びっくりしました。
おじさん達のおでこには、丸い火傷のあとが付いていたのです。
「俺達は、月神様の使者だ」
三人のおじさんの中の、リーダーのようなおじさんが言いました。
「君はあの路地裏によく来ていたね。最近は来ていなかったようだが。僕達は、次君が来るのを根気強く待っていたのだよ」
リーダーのおじさんは、ニヤリと笑いました。
セナはその笑いが怖くて、座ったまま後ずさりしてしまいました。
「セナを......私をここから出して!」
ダメ元で叫んでみました。
「それはできないな。なぜなら君は、今から月神様の生贄になってもらうからだ」
「いけにえ?」
セナは、このおじさんの言っている意味がわからなかったのです。生贄の意味がわからなかったのではなく、その月神様の話自体がちんぷんかんぷんなのです。
「兄貴、もう俺は限界だ。月神様が呼んでる。早くしないと俺が生贄になっちまう」
おじさんその2が言いました。
「そうだな。それでは儀式を始めようか」
そう言うとリーダーのおじさんは、小さい板の様な平べったい物を配り始めました。他のおじさん達は、その配られた小さい板を口の中に入れるのです。
リーダーのおじさんは自分の口にもその小さい板を入れると、他のおじさん達にセナを抑えるように言いました。
おじさん達の強い力に、セナは身動きがとれません。
最後にリーダーのおじさんは、嫌がるセナの口にもその小さい板を無理矢理押し込みました。
小さい板はミント味のガムだったようです。
セナは、え?って思いました。
でも、このえ?はミント味のガムに驚いたわけではないのです。ガムが口の中に入った瞬間から、セナが今いる場所が、こんてなからキレイなお花畑に変わったのです。
セナは、こんなお花畑は初めてでした。
上を見ると大きなお月様がセナを照らしているのです。
他のおじさん達も、セナとおんなじ月が見えているようでした。
「月神様ぁ!生贄をお持ちしました!」
と、上を向いて叫んでいました。
すると、リーダーのおじさんはセナの首に両手を回し、絞め始めたのです。
息ができませんでした。でも、不思議と苦しくはないのです。それよりも、あの大きなお月様が照らす光が心地よくて、今セナがどう言う状況にいるのかも忘れ始めていたのです。すると、
「兄貴、もうダメだ。月神様が俺を呼んでる」
と言って、一人のおじさんが無数の光と一緒に浮いて、お月様の方へ登って行ったのです。
「俺もだ。でももういい。俺も月神様の所に行ってくる」
もう一人のおじさんも登って行きました。
「おい、おまえら!俺を置いて行かないでくれ!儀式はまだ途中で......⁉︎なに、俺も登り始めているだと⁉︎そんなバカな⁉︎」
セナの首を絞めていたリーダーのおじさんも、無数の光に囲まれて登って行ってしまいました。
でも、セナにはもうそのおじさん達が誰なのかわからないのです。
なんでセナがここにいるのかも忘れちゃいました。
ただ、このお月様の光を浴びて身体が勝手に動き出すのです。
小さい頃に習ったバレエを踊りました。
とても身体が軽くて、踊るのが楽しいのです。
気づいたら、お兄ちゃんがセナの肩を掴んでいました。
「ん?お兄ちゃん?お兄ちゃんだ!セナね、こんなに気持ち良く踊れたの初めてです。あのお月様がね、セナに力をくれるの!体が軽いのです!」
セナはお兄ちゃんとここで踊りたいのです。お兄ちゃんにもあのお月様が見えるでしょ?
「な、なにを言ってるんだ⁉︎セナ!目を覚ませ!お前は誘拐されたんだぞ!」
誘拐?あれー?なんだっけ?お兄ちゃんなにを言ってるんだろ?
「お兄ちゃんこそなにを言ってるのかわからないのです。セナはお花畑の中で、バレエを踊ってただけなのです。そこにいきなりお兄ちゃんが来て............」
セナは急に眠くなりました。
お兄ちゃんがセナを呼んでいる声は、聞こえます。
でも眠くて身体が動きません。
あれ?でもお兄ちゃんが膝枕してくれてるのです。
だんだんお兄ちゃんの声が子守唄みたいに聞こえてきました。
セナはお兄ちゃんの膝の上で、気持ちよく眠りについたのです。