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チョコレイトディスコ⑥

 ーーーーーー全く状況が掴めない。


「............ううぅ」


 車に振り落とされた激痛がおさまるまで、俺は頭の中を整理しなぜセナが連れ去られたのかを考えていた。

が、皆目見当がつかない。


いや、あの近藤の仕業か?


まさか。たかが高校生のイジメでこんな大それたことをするはずがない。それに、仮にイジメの延長戦だとしてもセナを誘拐する理由が見当たらない。

セナはついさっき近藤と顔を合わせたばかりだし、俺を誘拐する方が現実的だ。だとすれば、一体さっきの黒い覆面の男は何の目的でセナを誘拐していったんだ。


身代金(みのしろきん)目当て?


いやそれもない。

俺達は叔父さんの少ない仕送りで生活しているのだから。

仮に金銭を要求されても、叔父さんは払わないだろう。

それに、身代金目当てならもっと金持ちの家庭を狙うだろう。


こんな親もいない兄妹なんて狙う価値もない。


じゃあ、一体なぜだ。考えれば考えるほどわからない。それになんでセナなんだ。せっかく今、わだかまりも溶けたばかりなのに。


 ーーーー痛みが(やわ)らいできた。

 俺はすぐにスマホを取り出し警察に連絡した。


「はい、警察です。何かありましたか?」


「もしもし、今セナが、妹が誘拐されたんです。すすす、すぐに探してください」


「落ち着いてください。今の状況を詳しく話して頂けませんか?」


「いい、妹と、人通りの少ない路地で話をしていたら、と、突然黒い覆面を被った男が妹をさらって、で、車で、黒いバンで逃げて行きました」


「わかりました。誘拐ですね。すぐに近くのパトロール中の警察に応援を要求して探してみます。車のナンバーは確認しましたか?」


「は、はい」


「それでは、車のナンバーとあなたの名前と妹さんの名前、車がどちらの方向に向かったかを教えてください」


 俺は電話の向こうの警察官に、詳しい車の形やナンバー、どこに向かっていったかを教えた。


「はい、わかりました。それでは、今から早急に捜索しますのでお兄さんはいつでも電話を取れる状態でお待ちください。それと、必ず妹さんは見つけ出しますので変な気は起こさないでください」


「わ、わかりました。」


 電話を切ると俺は、追いつかないとはわかっていても黒いバンが走って行った道をひたすら追いかけた。

まだ、近藤から殴られたり蹴られたりした部分や、車に振り落とされた時の擦り傷が痛んでいたがそれどころではない。


警察には変な気は起こさないで欲しいと言われたが、そんなことできるはずがないだろう。

セナを誘拐した犯人を探し出し、セナを救ったあとにこの手で犯人を............。


じゃないと怒りが収まらない。


 俺は道の途中にあったスポーツ用品店で金属バットを買い、捜索を続けた。道が人通りの多い大通りに入ったところで、俺は聞き込みを始めた。


「す、すいません。さっき、黒いバンがここを通って行きませんでしたか⁉︎」


「え?黒いバン?あ、あなた、そ、そのバット、きゃーーーっ!」


 最初に声をかけた会社帰りのOLらしい人は、俺が今にも殴りかかりそうにバットを持っていたため、大声で叫び始めた。


「い、いや。これは、違うんです。お姉さんを襲うためじゃなくてですねえ。妹を......。」


 どうにか誤解を解いてもらおうと言い訳を並べたが、全く聞いてもらえなかった。人が集まり始めてしまった。


「おいおい、通り魔かよ。」


「やだぁ。こわーい。」


 集まった人達が口々にそういった。これはマズいと思った俺は、ひとまず人混みをかき分けて逃げ出した。が、近くにいたらしい警察官に、肩を掴まれた。


「ちょっと君、いいかな?」


「は、はい。い、いやこれは、訳がありまして。」


「取りあえず、詳しい話は署で聞こうか。」


 俺は、初めて警察の厄介になった。


 ーーーーーー警察官とは、近くの駐在所で話をした。

なぜ俺がバットを持って走り回っていたかはわかってもらえた。しかし、今後このようなことがあった場合は処罰の対象として扱うらしい。

妹の捜索は警察に任せて、俺はこの駐在所で連絡を待つことになってしまった。

理由は、俺が危険な行為をやりかねないからだそうだ。

確かにセナのためなら、俺は犯人を殺してしまうだろう。

警察官からは、気が動転しているから少し落ち着けと言われた。


落ち着ける訳がないだろう。唯一の家族なんだぞ。


俺は警察官が見守る中、ふてくされた表情で連絡を待った。すると、駐在所に来てから数時間後、俺のスマホが鳴った。


「もしもし、妹は見つかったんですか⁉︎無事ですか⁉︎」


「落ち着いてください薬師寺さん。私は、県警本部の薬物対策科に所属している刑事で、青井と言います。現在、教えていただいたナンバーの車が、港の近くのレンタルコンテナ置場で発見されました。すぐ近くにカギのかかったコンテナがあり、妹さんはそこへ連れ去られたようです」


 渋い声の叔父さんだった。薬物対策課?誘拐事件なのに、なんで薬物対策課の刑事さんが担当してるんだ?


「本当ですか⁉︎妹は、セナは無事なんでしょうか?」


「ひとまず犯人をできるだけ刺激しないように声をかけているのですが、返事が返ってきません。しかし中では、女の子の鼻歌が聞こえてきます」


「え?鼻歌?セナですか?セナは生きてるんですね?」


「まだ断言できません。しかしセナさんのものである可能性は高いです。今から突入し、救出作業に入るのですが、お兄さんもこちらに来てセナさんかどうかの確認をお願いしたいのですが?」


「行きます。すぐに行きます」


「わかりました。今、駐在所にいるとお聞きしたのですが、そちらの警察官に車を出させますので一緒にご同行ください。それでは、警察官に代わって頂けますか?」


 俺は駐在所の警察官にスマホを手渡した。警察官は、刑事さんから場所の説明を受けている。

 良かった。セナは機嫌がいい時はいつも鼻歌を歌っていた。セナが無事な証拠だ。しかし、なんで鼻歌なんだ?誘拐されたのだから、恐怖で怯えているはずなのに。とにかく、セナの安否がわかったのだから、喜ぶべきだろう。


「それでは、現場へ向かうので、ご同行をお願いします」


「はい」


 俺は、警察官の車で港のレンタルコンテナ置場へ向かった。

 ーーーーーーレンタルコンテナ置場には、たくさんの警察官や刑事がいた。パトカーや救急車もだ。

緊張が一気に高まる。

俺が到着する頃には、もうセナがいるであろうコンテナの前に、今か今かと突入する準備をした警察官が集まっていた。

武装している。それだけ、危険なことなのだろう。


俺がコンテナに近づくと、さっき電話をかけてくれた刑事さんが話しかけてきた。


「お待ちしてました。改めて、私が薬物対策科の青井です」


「俺は、じゃなかった僕は、薬師寺クリスといいます。セナがあそこにいるんですね?」


「そうだ、とは言い切れませんが、その他のコンテナや周辺を調べた結果、間違いないでしょう」


「そうですか。じゃあ早くセナを助けてください」


 俺は食い気味に助けを求めたが、青井は俺の言葉を遮るように、待て、と手の平を差し出した。


「焦らないでください。ひとつ、覚悟しておいて欲しいことがあります」


「か、覚悟ですか⁉︎」


 俺は、一瞬でその”覚悟”の意味を悟った。


「そうです。鼻歌は今も聞こえていますが、妹さんは無事とは限りません。むしろ、この状況で鼻歌を歌っているということは異常だとも言えます。コンテナの中には、妹さんを連れ去った犯人もいるはずです」


 俺は、ゴクリ、とツバを飲み込んだ。


「............わかりました。よろしくお願いします」


「私達も妹さんのご無事を祈っています。それでは突入します」


 青井の、突入!、と言う号令と共に、武装した警察官達が一気にコンテナのドアを突き破った。


 青井の覚悟して欲しいと言う言葉が、頭の中をエンドレスに横切る。もしもセナに何かあったのなら、俺は両親みたいに生きる希望を無くし、自殺してしまうかもしれない。


お願いだ。無事でいてくれ。セナ。


 ドアを突き破り、次々と武装した警察官がコンテナの中に入り犯人を征圧(せいあつ)する。そう思っていた。しかし、最初に中へ入った警察官は、


「な、なな、なんだこれはーーーっ」


 と叫び、後から入ってこようとする警察官の足を止めた。

 俺は我慢できず、止まっている警察官達をかき分け、コンテナの中へ入った。


 ーーーーーーセナは、いた。無事だった。

 しかし............しかしだ。俺はセナの無事を喜んでいいのかわからなくなった。

 セナは鼻歌まじりに、小学校の時に習っていたバレエを、とても広いとは言えないコンテナの中で踊っていた。

 それだけなら、良かったと思えたのだろう。

 しかし、バレエを踊っているセナの足元には、セナを誘拐したであろう男達が三人、倒れていた。いや、安らかに眠っている。


顔だけは。


セナの足元には、後頭部だけがなくなった男の死体が眠っていた。

後頭部だけがなくなったというと、表現がおかしいかもしれない。なぜなら、男達の後頭部は、まるで中から爆発して弾けたようにコンテナ中に飛び散っていたからだ。

セナの着ている制服や、露出している肌や顔にも、男達の散らばった後頭部(・・・・・・・・)が付着し、セナの白い肌や制服を真っ赤に染めていた。


そんな中で、セナはさも楽しそうに、鼻歌まじりで踊っているのだった。


 俺は人間の生々しい死体を初めて見て、胃液が逆流し、その場で戻しそうになった。しかし、セナに声をかけようとなんとか飲み込んだ。


「せ、セナ!だ、大丈夫か⁉︎」


 まだ踊っているセナの肩を無理矢理掴み、必死に声をかけた。


「ん?お兄ちゃん?お兄ちゃんだ!セナね、こんなに気持ち良く踊れたの初めてです。あのお月様がね、セナに力をくれるの!体が軽いのです!」


「な、なにを言ってるんだ⁉︎セナ!目を覚ませ!お前は誘拐されたんだぞ!」


 セナは、ほえー?と言う感じに頭をかしげた。


「お兄ちゃんこそなにを言ってるのかわからないのです。セナはお花畑の中でバレエを踊ってただけなのです。そこにいきなりお兄ちゃんが来て............」


 セナは最後まで言い切る前に、ガクッとこうべをたれた。


「おい!セナ⁉︎どうしたんだ⁉︎おい⁉︎」


 セナから一気に力が抜けていくのがわかった。セナは足から崩れ、その場に倒れた。


「おい!セナーっ!」


 地面に着く前に俺はセナを抱え、膝の上に寝かせた。倒れたセナの顔が、みるみる内に青くなっていき体が痙攣(けいれん)しはじめた。


「おい⁉︎聞こえるか⁉︎返事してくれよ!セナ!」


 なにも応答がない。


「い、いかん!誰かタンカを持ってこい!早く!」


 俺とセナを見ていた青木が叫んだ。

 武装した警察官達がタンカを持ってきてセナを運んでいくまで、俺は涙を流しながらセナの名前を叫び続けたーーーーーー


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