チョコレイトディスコ③
翌日、俺は重い足取りで学校へ向かった。
朝目が覚めた瞬間、人生で一番学校に行きたくないと思った。しかしこれではダメだと、妹に変に思われるじゃないかと思うと、身体は勝手に学校へ行く準備を始めた。
いってらっしゃいと送り出され、玄関を出たらとつぜん足が泥沼にハマったかのように重くなる。
高校生と言う多感な時期の少年少女にとって、自分と違う価値観や他とは違う考え方は、カッコイイと思うか、完全に否定してしまうかだ。と、昨日の夜にネットで読んだ。できれば、クラスのみんなが前者の考え方であってほしいと、透明なぐらい淡い期待を持って教室のドアを開けた。
ーーーーない。
俺の机が、昨日あった場所にない。
なぜだ。なんでないんだ。
俺はすぐになぜ机がないのかを察知した。
黒板に、『まずお前がピースになってみろよ!バーカ!』と書かれていたからだ。
教室の後ろに俺の机はあった。
花瓶に挿した花を供えられて。
今起きていることが、現実なのか夢なのか疑った。いや、どんなに疑ったところで現実でしかないのだが。
「気にしないほうがいいよ」
見るからに気の弱そうなイジメられッ子と言う感じの、さえない男子から小声で声をかけられた。
教室全体を見回してみると、大多数のクラスメイトが俺を見てコソコソとなにか笑いながら話しをしていた。
頭が真っ白になった。
「そ、そんな、な、なんで......」
ノドもカラカラに乾き、声を出そうと思っても思うように出ないし、しゃべる言葉も見つからない。気づけば身体が勝手に後ずさりしていた。
次の瞬間、俺は教室を飛び出し全力で学校から離れた。
色々と覚悟はしていた。だが、まさかここまでとは思わなかった。
俺はただ自己紹介で失敗しただけだ。
なのになぜこんなことをされないといけないんだ。
俺は今まで目立たなかったせいか、イジメになんて合わなかった。むしろ周りに流されて、集団でのイジメに少なからず加担したこともあった。
だからイジメる方の気持ちは理解してるつもりだったと思う。そう、理由なんてささいなことばかりだ。
ーーーーそうか、わかった。なんでこんなにも早くイジメが始まったのか。多分、『話題』だろう。
昨日入学したばかりで、みんな探り探り話しをしていたはずだ。
まだ、自分や相手がどういう人間なのか理解しあっていない。とくれば、仲良くなるには共通の話題が必要になってくるだろう。
昨日の入学式とHRだけで、共通の話題と言えば俺の自己紹介が一番話のネタになったはずだ。しかも、ウケなかった。
多分、俺のことをイジメようと言い出したやつは、別にイジメたくてイジメようとしたわけではなく、新しくできた仲間との最初のレクリエーションぐらいにしか思っていないと思う。
それに、まだどんな性格なのかも理解しあってない連中だ。
心では思っていても、いいえ、とは言えないだろう。
しかし、少なからずさっきの気の弱そうな男子みたいに、不安そうな顔で俺を見ているやつらもいた。まだイジメはクラス全体には広まっておらず、一部のリア充グループの仕業だと考えるのがいいのか?
まさかリア充になろうとしていた次の日に、そのリア充達からイジメられるなんて、ギャグにもならない。高校デビューの失敗例としては、教科書に載ってもいいぐらいだ。しかも、俺にはイジメに対する耐性が全くついていない。教室での出来事に、あまりにも驚き過ぎて飛び出して来てしまった。
これからどうしよう......
ーーーー俺はその日どこへ行く当てもなく、しかし家に戻るのも妹が早めに帰ってきたら言い訳ができないので、一日中家の近くの公園で過ごした。
夕方、公園のブランコに座り遊ぶ訳でもなくボーッとしていると、
「あれ〜?お兄ちゃんだあ。今日は早かったね〜」
と、学校帰りのセナに声をかけられてしまった。
しまった。この時間はセナが公園の前を通る時間だったのか。うっかりしていた。俺は焦ってアタフタしたあげく、ブランコから落ちてしまった。
「っててて!」
「大丈夫かなー?そんなにビックリしたー?」
セナが心配そうに覗き込んできた。
「だ、大丈夫れす」
俺は、まだ痛むケツを抑えながら、立ち上がった。
「まだ痛むのー?病院行ったほうがいいと思うのです」
「いや、ホントに大丈夫だから!ほれこの通り!」
俺は強がりを言い、スキップでセナの周りを回って見せたが、イテっ!と言ってケツを抑えた。
「お兄ちゃん大丈夫じやないよー。セナは心配なのです」
心配そうに困り顔のセナが言い寄ってきた。
「大丈夫だってば!それよりも、帰ろうぜ!せっかく早く帰れたんだから!」
俺は、無理矢理家の方へと歩きだした。
そ、そうかなー?うん、そうだね、と俺の後ろをセナはついてきた。
俺がなんであの公園にいたのかを聞かれなかったのは、奇跡と言ってもいいぐらいだ。
たぶん、ブランコに落ちたことがいい仕事をしてくれたのだろう。それからは、家がすぐ近くだったせいか言葉を交わすことなく帰宅できた。
帰宅と同時に、俺は自分の部屋にこもりベッドで静かに涙を流したーーーー