チョコレイトディスコ②
結論から言おう。
ーーーー失敗した。失敗した失敗した失敗した失敗した。
そりゃ病むだろう。
あんなに時間をかけて考えた自己紹介に対して、クラスの反応は見事なまでに、皆無だった。本当だったら、『いえーい』とか『うおーっ!』とか歓声が上がる予定だったのだが、むしろみんな痛々しいモノを見るような目で俺を見ていた。
みんなの自己紹介が終わった後も、誰一人として俺に声をかけてくれる優しいクラスメイトはいなかった。
確かに、俺は間違いを犯していた。本当は、人指し指と中指の二本を上げてピースを作るつもりだったのだが、テンパッていて中指だけを上げてしまった。
あれじゃピースとは程遠い意味になってしまう......
まあ、間違いはそれだけじゃない気もするが、それは可愛い妹と考えた内容だけに断じて口には出すまい。
入学式後のHRも終わり、みんなそれぞれ新しくできた友達と一緒に下校を始めた。俺は、そんなリア充達が帰った後にひっそりと教室を出た。
ーーーー時刻はまだ昼前だと言うのに、急にどんよりとした雲が出てきたせいで、校門に続く道は入学式前とはうって変わってどこか別の世界にでも来たかのようだった。舗装された無機質なコンクリートの道も心なしか黒みがかり、今の俺の気持ちを表しているようだ。
しかしクラスメイトや、上級生の姿が全く見当たらない。
はて、みんなどこに行ったのだ。まあ、いいや。リア充の姿を見かけたところで、話をするわけでもないし、むしろドン引きされているのだから。今日ぐらいは自分のメンタルを回復しとかないと、明日からの学校生活は乗り越えられないだろう。
いかん、涙がでそうだ。
「おーい!お兄ちゃーん!」
校門の方から、俺を呼ぶ声がする。
顔を上げて見てみると、校門の前で妹、薬師寺星奈が手を振っていた。
しかし高校生にもなって、妹から大声でお兄ちゃんと呼ばれるのは恥ずかしすぎる。
さすがにそれは止めてほしい。
セナももう中三なのだから、ちょっとは兄離れしてほしい。
今はまだ生徒が誰もいないからいいものの、もしも誰かに見られていたらドン引きだろう。まあ今は誰もいないし、兄として妹に呼ばれたのだから答えない訳にはいかないよな。うん、優しいお兄ちゃんが、しかたなく相手をしてあげよう。
「セナたーん!ヤッホー!」
俺は大声で叫びながら妹の元へダッシュで駆けつけた。
「わーお兄ちゃん、早い!」
手を口に当ててびっくりした表情でセナは言った。
セナは、中学校の制服に茶色いカーディガンを着ていた。
しかし、スカートが短かすぎる!それはいかん!もしかして......
「はあ、はあ、それよりも、俺より前にここに来た奴らに、ナンパとかされなかったか⁉︎」
「ううん。みんな手は振ってきたけど、ナンパは大丈夫」
なんだ、ナンパは大丈夫か。って
「なに⁉︎手を振ってきただと⁉︎許さん。お兄ちゃんは許さんぞ!まだセナには早い!」
「えー?なんでかなー?セナは普通に挨拶されただけだと思うのです。それよりもー、自己紹介どうだった?」
俺の心配をよそに、セナは今一番聞かれたくないことを聞いてきた。確かに、俺の自己紹介を一緒に考えてくれたのだ、結果が気になるところだろう。しかし困った。二人ともバツグンの出来だと思っていたのだから、まさか失敗したとは言えない。この際、正直に言うべきか?ダメだ。それではセナを傷つけてしまうかもしれない。
「成功しました〜!」
俺はあえて明るくピースを作りながら答えた。
「そっかあ。良かったー。今日学校で、お兄ちゃんの自己紹介のことばっかり考えてたんだよー。でもね、ボーッとしてたから、麻美ちゃんから怒られちゃったのです」
麻美はセナの親友だ。麻美が怒るほど俺の自己紹介の事を考えていたとは。全くもって心が痛い。
「そ、そうか。麻美がねー。でも、お、俺の自己紹介も成功したことだし、一件落着だな!ははは」
思いっきり作り笑いをしてみた。怪し過ぎる。
セナはあごに人差し指を当てて、ほえー?っと首をかしげたが、うん、そうだねっと言って駅の方に歩き始めた。
あぶねえ。もう十年以上も同じ屋根の下で暮らしてきた家族を騙すのは、かなりの重労働だ。気づけば、俺は冷や汗をかいていた。ともあれ、なんとかやり遂げた。
「お、おい!待てよ!」
先にヒョコヒョコと進むセナを追いかけた。
ーーーーセナの後ろ姿を見ていると、とても中学三年生とは思えない。身長は小さいほうだろうし、身体つきも華奢で胸の発育も遅いほうだと思う。いや、兄としての意見だ。変態シスコンではない。顔は俺とは全く似ていない。目はクリッとしていて、いつもどこか困った感じの雰囲気に男子はメロメロになるに違いない。むしろ俺がメロメロなのだが。いや、シスコンではない。
「でも良かったね。これでりあ充の仲間入りだね。セナもうれしいのです。」
急にセナが振り向き、後手にカバンを持ったまま言った。
「お、おう......」
ごめんよおおお。セナたーーーーん。
「MC GANも言ってたもんね。くそったれな人生も上等だって!」
「そ、それはちょっと意味が違いすぎる。MC GANの言葉を借りて何か言いたかっただけだ!」
「へへへ、ばれちった。セナは例えがヘタっぴだな」
そう、俺らは昨日MC GANと言うラッパーが出ている音楽番組を見たのだ。実は今日の自己紹介で俺が口にした言葉は、全部MC GANのパクリだった。
「お兄ちゃん!しりとりでもしながら帰ろっ!」
「お、おう!いいぜ!」
しりとり?
また急だな。
「じゃあ、お兄ちゃんが先攻ね。」
「えっと、しりとりの『り』からだろ。リスカ」
「『か』ね、えーっと、カニバリズム信仰!」
「『う』だな?う、う、ウミウシ」
「『し』かぁ。『じ』でもいい?」
「別にいいぜ」
「自殺未遂!」
なんなんだ!このグロい言葉縛りのしりとりは!
爽やかな言葉を選ぼう!
「イケメン!」
「ぶー!『ん』がついたからお兄ちゃんの負けなのです!」
セナは両手の指でバツを作って顔の前に出し、口をすぼませながら言った。
しまった。
兄として一生の不覚。
爽やかな気分にしようと思ったのが間違いだったか!
「なんかちょっと悔しいな。まあ、お兄ちゃんが負けを認めてあげよう」
「なんか負けたのに偉そうなのです!」
そう言ってセナは、バツを作っていた指を崩し、自己紹介で俺がやったみたいに片手で中指を上げ、「死ね」の形に変えた。
「おいおい!それはいくらなんでも酷すぎないか?」
妹に死ねと言われたようなものだ。
兄としてショックが隠せない!
困り顔で妹に抗議する情けない兄の姿がそこにあった。
「ウソなのです!ピースなのです!お兄ちゃんごめんね。悲しくなっちゃった?」
セナは人差し指もあげてピースの形を作った。
少し焦った顔でオロオロしている。
ウヘヘ、なんて兄想いの可愛い妹だ。
セナが彼氏を連れてきたら、俺はショックのあまり死んでしまうのではないだろうか。
「大丈夫大丈夫!そんなに気にしてないって!さ、帰ろうぜ!」
俺達は夕日が沈む前に家路に着いた。