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Crazy sexy wild final

 夕日がやけに眩しく感じる。


 河川敷の土手を歩いているからだろうか?

 それとも太陽の光が入らない空間にいたからだろうか?


 麻美をおぶってあの廃工場を抜け出し、なんとかここまで来た。家まではあと少しで着く。


 麻美の意識はまだ戻らない。


 そう言えば、あんなに俺を殺したがっていた麻美が、逃げ出す機会を与えるために青井に向かって行ったのはなぜだ。麻美のあの行動がなければ、今頃俺達は警察署の中で取り調べを受けていたに違いない。そのまま俺は少年院に行っていたのではないだろうか。


 麻美に感謝するべきだ。


 しかし、青井が言っていたようにまさかあの宗教団体の教祖と、麻美の苗字が一緒だとは......

 本当は麻美は宗教団体と関係があるのか?


 いやいや、それはない。

 はっきりと言い切れる。


 麻美が暴走してしまったのは、ゼリーを食べたからだ。

 そう、俺やスティーブのせいだ。


 それに、麻美のことは三年前から知っている。

 セナと楽しく遊ぶ麻美、セナが倒れて悲しむ麻美。

 そんな彼女をずっと見てきた。


 俺は麻美を信じる。

 誰がなんと言おうと、麻美は宗教団体とは関係ない。



 だとすると一つの疑問が残る。

 麻美は恵ちゃんを追っていたはずだ。

 普通に考えれば、恵ちゃんが廃工場に入って行ったから麻美もあそこへ入ったと言うのが正しい。

 なぜ恵ちゃんが廃工場に?


 宗教団体と関わりがあるのか?



 ブーブーブー


 ポケットの中のスマホが鳴った。


『もしもし』


 麻美の足に回していた手を外し、器用に電話に出た。


『やあ、クリス君。あれからどんな調子だい?』


 スティーブだった。


『どんな調子って、おかげさまで麻美は見つかったよ。でもとんでもないことになった』


『恵ちゃんが殺されたのかい?』


 スティーブの声が低く冷徹な声になった。


『いや、恵ちゃんは多分無事だと思う。でも、俺がチョコレートを配達してることが刑事にバレた』


『そうかい。それは災難だったね』


 あっさりとした答えだった。

 もっと怒られると言うか、焦りがあると思った。


『俺を責めないのか?もしかしたら、お前のこともバレてるかもしれないのに』


『僕は大丈夫さ。伊達に長い間薬屋さんをやってないよ。心配なのは君のほうさ。大丈夫かい?怖くなったなら、辞めてもいいんだよ』


 一瞬、考えた。


『いや、続けるよ。たとえいつか捕まったとしても、その時まではセナの命を繋いでいくんだ。明日目覚める可能性があるのに、ここで辞めるなんて考えられない』


『OK。君みたいないいお兄ちゃんは、世界中を探したって見つからないだろうね。今こうやって僕と電話できてるってことは、うまく切り抜けたんだろう?僕は君の強運とスキルは失うのが惜しい。続けてくれて嬉しいよ』


 なんだか少し照れてしまった。

 こんなバイトだが、自分が必要とされているというのはなかなかいい気分だ。


『それはそうと、ゼリーの解毒方法はどうなったんだ?落ち着いたら話すって言ってたじゃないか』


 そうだったね、と言ってスティーブは続けた。


『麻美ちゃんが食べたあのゼリー。あれは合法で効き目が弱い方だと言ったよね?』


『確かにそう言ってたな。でも、麻美の行動を見る限りそんなはずはない』


『それがね。やっぱりあのゼリーは効き目が弱くて効果の続く時間も長くて一日なんだよ』


『そんなことない!だって麻美は......今日も恵ちゃんを襲おうとしたのに』


『そこだよ』


『え?』


 そこ?どこのことを言ってるんだ?


『クリス君から麻美ちゃんの話を聞いて、どこか引っかかってたんだ。やっとわかったよ。このゼリーは、そんな猟奇的な感情を起こすような作用はないんだ』


『そんなバカな!絶対にウソだ!』


『ウソじゃない。本当のことだ。それに、もうとっくの昔にゼリーの効果は切れてる』


『そんな......じゃあ、今日や昨日の麻美は......』


『シラフだったと言うことさ』


 なんてことだ。

 あんなに猟奇的なストーカーのような行動を起こす麻美がシラフだって?

 信じられない。


『でもね、初日はゼリーの効果があったことは間違いない。現に、彼女が猟奇的な行動を起こし始めたのは二日目からだろ?』


 確かに。

 麻美がおかしくなり始めたのは、二日目の恵ちゃんの家に行ってからだ。


『これは僕の推測が混じっているけど、麻美ちゃんに起こった劇的な変化の答え合わせだ。聞くかい?』


『頼む。教えてくれ』


 OK、と言ってスティーブは話始めた。


『まず始めに、大前提として麻美ちゃんがクリス君を好きだったってことが影響したんだ』


『麻美が俺を?そんなバカな。だって麻美はセナの友達で、たまに会うぐらいの関係だし。そんなことは微塵も感じなかったけど』


『ダメだなぁ、クリス君は。乙女心がわかってないよ。好きな人が友達の兄貴で、しかも同じ中学の先輩。年頃の女の子は、本当に好きな人とは中々話せないもんなのさ。自分が好きだってアピールすらできない。でも、クリス君が中学生の頃はまだ良かったんだろうね。セナちゃんと遊ぶ口実でクリス君にも会いに行けたんだから』


『そ、そういうものなのか?』


 女の子の気持ちはわからない。

 まさか、あの麻美が俺のことを......


『そういうものさ。でもね、クリス君の高校入学、セナちゃんが意識不明で入院。今まで当然のようにできていたことがある日突然できなくなる。セナちゃんとも話せなくなるし、大好きなクリス君とも会えない。麻美ちゃんと会ったのは久しぶりと言っていたよね?』


『そ、そういえば、三ヶ月ぶりくらいに会ったかな?』


『やっぱりね。その間の麻美ちゃんは余程ストレスを感じていたんだろうね。少し調べてみたんだけど、セナちゃんが入院してからの麻美ちゃんは学校では一人ぼっちだったらしいよ』


『そんな!あんな明るい性格の麻美がなんで?』


『相当なショックを受けていたんだろう。周りの友達がいくら話しかけても、あまり返事を返していなかったらしい。そんな麻美ちゃんが偶然お見舞いに来たクリス君に会ってしまった。そりゃあ、嬉しかったろうね。嬉しさのあまり、つい海に誘うと言う積極的な行動を起こした』


 そう言われてみればその通りだ。

 あんなに急に海に誘われるとは思わなかった。


『でも一つだけ予想外の出来事が起きた。クリス君が恵ちゃんを連れてきたことだ』


『だって、それは麻美が良いって言ったからだろ?』


『大好きな人の頼みを断れる人間がいるかい?内心、傷ついていたんだと思うよ。しかし、そんな負の部分を見せないのが麻美ちゃんの長所でもあるんだろうね。一緒に海に行った時は、全くそんなのを感じさせなかったからね』


 麻美は傷ついていたのか。

 俺は、無意識になんてことをしてしまったんだ。


『ゼリーを食べてからの麻美ちゃんは、もうクリス君にべったりだっただろう。普通はあそこまで好き好きにはならないんだ。思えば、あの時から少しおかしかったんだよね。合法ゼリーによって今まで我慢してきた感情が一気に爆発したのさ』


『爆発した、か』


『そうさ。ゼリーの効果が切れてしまった後も、クリス君への愛情を抑えることができなかったんだろう。それに、クリス君が恵ちゃんを好きだってことも薄々感づいていたはずさ。だから、あんな猟奇的な行動をとってしまったんだろうね』


 俺は麻美になんてことを言ってしまったんだ。

 嫌い、大嫌い。

 どんなに麻美は傷ついただろう。


『これが答え合わせ。つまり、ゼリーの解毒方法を見つけても麻美ちゃんを元に戻すことはできないのさ』


『ちょっと待ってくれ!それじゃあ一生麻美はこのままの性格で生きていかないといけないのか!』


『そうだね。そういうことになる』


 絶望が俺を襲う。

 何をしても、もうあの元気な明るい麻美には戻せないのか......


『元には戻せないかもしれないけど、記憶を消す方法ならあると思うけどね』


『なに!どんな方法なんだ!最近の記憶さえ消えれば麻美はまだ元に戻るかもしれないじゃないか!』


『なあクリス君。その方法を僕が言わずとも、もう君は知ってるだろう?』


『........................』


 そうだった。

 俺は麻美の記憶を消す方法を知ってる。


『ラムネだよ。麻美ちゃんに一粒食べさせれば、記憶は消えるはずだ』


『そんなことわかってるよ!でも、もしものことが......』


『まだ君はそんな事を言ってるのかい?死人が出るかもしれなかったんだぜ?本当に君は甘いと言うか、情けないと言うか』


 スティーブが珍しく俺を否定する言葉を吐いた。

 一瞬、怒りが頭をよぎったがすぐに治る。

 正しい。スティーブが言っていることは正しいのだ。


『わかった。でも、麻美にラムネのことを説明してから食べさせたい。いいだろう?これは俺と麻美の問題だ』


 沈黙が流れる。


『いいよ。でも時間の猶予はあまりないと思う。これ以上先延ばしにすると、本当に麻美ちゃんは君や恵ちゃんを殺してしまうかもしれないからね』


『わかってる』


 それじゃ、と言ってスティーブは電話を切った。


「はあー」


 麻美をおぶったまま、深いため息をついた。

 スティーブにはああ言ったものの、麻美にラムネを食べさせたくはない。それに、麻美も食べたいとは思わないだろう。


 どうすればいいんだ......



「食べるのニャ」


 え?


 背中の方から声が聞こえた。


「食べるって言ったのニャ。クリスお兄ちゃん!」


「あ、麻美!意識が戻ってたのか!それに食べるって、今の話聞いてたのか!」


「クリスお兄ちゃんのスマホ、音量デカすぎなのニャ。嫌でも聞こえてきたのニャ」


「ニャ?お前語尾が戻って......、もしかして、正気をとりもどしたのか?」


「ううん。まだダメみたい。油断したら、すぐにこの手でお兄ちゃんの首をしめて殺しちゃいそう」


「そ、そうか。それはやめてくれよ」


 おぶっている麻美の手は、俺の首を囲むようにだらんと垂れている。


「わかってるニャ。だから、このままのボクじゃいけないんだよね。だから、そのラムネ食べるよ」


「お前、もしかして電話の内容を全部......」


「それ以上言わないで。ボクだってクリスお兄ちゃんと過ごした思い出を忘れるのはイヤ。でもね、今のままだとクリスお兄ちゃんに迷惑かけちゃうでしょ?」


「そ、そんな迷惑なんて......」


 続きが出てこない。

 これでは、迷惑をかけている、と言っているようなものだ。


「いいの。迷惑だって自分でもわかってた。でもね、止まらないの。クリスお兄ちゃんが誰かに取られると思うと、嫉妬しすぎて思うように体が動かない。それじゃダメなんだよね。ううん、ボクだってそんなのイヤだ。だから、今少しでも落ち着いてる内にそのラムネで記憶を消したいの」


「お前......」


 麻美の気持ちが痛いぐらいに伝わる。


「でもね、食べるならクリスお兄ちゃんの家で食べたい。だから、目は覚めちゃったけどもう少しこのままお兄ちゃんの背中にいてもいいかな?」


「ああ。いいよ。好きなだけおぶってやるよ」


 ぶっきらぼうな言葉しか出てこなかった。


 麻美の気持ちを考えた結果がこれだ。もっと気の利いた言葉をかけてやれないのかよ。


 なんてダメな男なんだ。俺は。


 麻美は俺の背中に顔をうずめた。

 背中には、絶えず熱い液体が流れる感覚がした。


 夕焼けの河川敷に、麻美のすすり泣く声だけが響いていたーーーー


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 もう夏休みも終わりのある日。

 いつものように、セナのいる病室に向かった。


 今年の夏は楽しかったような、悲しかったような複雑な気分だ。あのゼリーの事件のあとは何も事件は起こらずに、青井と接触することもなく平和に暮らしている。


 セナの病室に到着した。

 最近同じ病室になったおばあちゃんに軽く挨拶をして、セナのベッドの前にあるカーテンまで行った。


 カーテンに人影が写っている。


 誰だ?

 椅子に座っているためか、性別の特定ができない。


 シャー


 カーテンを開けて中に入る。


「ビックリしたのニャ!クリスお兄ちゃん?久しぶりだニャー!」


 麻美だった。

 あの事件以来、初めて会う。

 どうやら、ラムネによって植物人間になることはなかったようだ。少し安心した。


「久しぶりだな!元気だったか?」


「元気も何も、ボクはいつでもパワー全開なのニャ!」


「アニメのロボットみたいだな。飲み物でも買ってこようかと思ったけど、オイルのほうがいいよな?」


「いらないのニャ。正義の麻美ロボットは、ソーラー発電で動くから地球に優しいの.....って違うわ!何を言わせるんだニャ!」


「ははは!まさかここまで乗ってくれるとは!さすが麻美だ!」


「ブー!なんかバカにされてるみたいで気分悪いのニャ!それはそうと、今日はセナっちにおみやげを持ってきたのニャ!」


「おみやげ?セナは食べ物は食べれないぞ」


「クリスお兄ちゃんは食いしん坊なのかニャ?乙女はダイエットが基本なのニャ。ボクが持ってきたのは、女子力アップなアイテムなのニャ」


「女子力アップ?何を持ってきたんだ?」


 麻美は制服のポケットから虹色の貝殻を取り出し、眠っているセナの髪に優しくつけた。


「お前、それは!」


「ん?クリスお兄ちゃん、この貝殻知ってるのかニャ?」


「知って......いや、知らない。キレイな貝殻だな」


 危ない。麻美の記憶が戻るような事を言うのは避けなければ。


「そーうでしょー!ボクのおじさんのプライベートビーチで取れる貝殻なのニャ。でも不思議なのニャ」


「不思議?」


「うん。いつの間にかボクの宝箱の中に、『セナっちの』って書いて置いてあったのニャ。ボクは全然そんなことした記憶はないんだけどニャー」


「そっか。まあ、いいんじゃないか。セナもきっと喜んでるさ」


「そうだニャ。細かいことは気にしないニャ!」


 それからは、麻美と少し話をしたあとに病室を後にした。

 あまり長い時間は、麻美と話せなかった。

 あんな猟奇的な感情を持っていても、親友のセナのことは考えてくれていたことに胸が熱くなっていたからだーーーー

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