Crazy sexy wild ⑩
「うぅ、クソ。まだちょっと痛い」
右手に突き立てられた千枚通しをなんとか抜き自分の部屋へ戻った俺は、ケガの治療を開始した。治療と言っても、消毒し包帯で巻いてみることしか思いつかないが。しかし、手のひらを貫通したのだ。痛みがおさまるわけがなかった。じんじんと熱を持った感じがする。包帯で巻かれた自分の右手を眺めながら、さっき起こったばかりの異常な出来事を思い返す。
やはり麻美はどこか壊れてしまったようだ。
二人で死ねば一生一緒にいられるだって?
そんなわけがない。現実を受け入れられないストーカーのような思考にへたっている。しかし彼女の中ではそれが正しい考え方なのだろう。
問題は次の行動が読めないことだ。
いや、俺の命を狙ってくることは想像できる。麻美の目的は二人で死ぬことなのだから。だがしかし、どんな手段を使ってくるのか?が怖いのだ。
コンコン
自分の部屋の窓が軽く叩かれた。
ビクッと肩が震える。このタイミングで俺の部屋の窓を叩く奴と言えば、一人しか思いつかない。自信がある。
ただ、確認するのが怖い。
ここはアパートの最上階、三階だぞ。どうやって......?と言うか窓を叩くと言う行為自体も異常だ。俺の命を狙っているのなら、窓を突き破って入ってくればいいだろう。
恐る恐るカーテンを開けてベランダにいるその人物を確認する。
「クリスお兄ちゃんっ。開けてっ!」
......麻美。わかってはいたが、二度目の恐怖が俺を襲った。
どうやってここまで来たんだ。それになぜ俺に窓を開けてもらえると思ったのだ。
手には包丁が握られている。
今度刺されたら、さすがにこの右手のようなケガでは済まない。麻美は殺る気だ。
「さっきはクリスお兄ちゃんにだけ痛い思いさせちゃったからね。ボクも一緒のところに穴を開けたんだよぉ。おそろいだね!」
「おそろい?」
麻美は包丁を左手に持ち替え、包帯に巻かれている右手を窓越しに見せてきた。包帯は手の平の中心だけ赤く血で染まっている。
「おそろいって!お、お前......なにやってんだ!はやく包丁を下ろして、窓から離れろ!」
狂ってる。
一緒の痛みを分かち合う。それが麻美の愛情表現ということか。段々と、なぜ麻美が窓を割って入らずに、俺に声をかけたのかが分かってきた。
一緒に死ぬ、と言う提案を俺に受け入れて欲しいのだろう。
だから無理矢理に襲って殺すことはしない。なぜなら、それでは俺が麻美の愛を認めたことにはならないからだ。
同じ部位を傷つけて、俺をこんなにも愛している、ということを表現する。そしてその愛を俺が受け入れたら、二人だけの死後の世界へ旅立ちたい。こんなところか。
だとすると、今はまだ安全かもしれない。窓を開けたり、ドアを開けて招き入れない限り、麻美が俺を積極的に襲うことはないだろう。しかし、この状況をどうやって切り抜けるかが問題だ。
「ねえ開けて!ボクと一緒に死のうよ。ずっと二人だけでいられるんだよ。あんなおばさんなんかにジャマされることもないし」
「開けるわけないだろ!早く帰れよ!」
「なんで!クリスお兄ちゃんはボクのこと好きって言ったのに!」
「言ってない!それに......今はお前のことが嫌いだ。」
これだ。麻美に好意がないことをハッキリと宣言するんだ。そうすれば諦めて帰るかもしれない。
「......ウソ......だ......」
麻美は下をうつむき、ブツブツとなにか呟いている。
「本当だよ。特にお前のその病んだ性格が大嫌いだ。顔も見たくない。だから帰れよ。頭冷やしてから電話でもしてこい」
言い過ぎたか。いや、このぐらい嫌いだと言わなければ今の麻美には届かないはずだ。それにしても自分の心が痛くなる。麻美のことは嫌いではない。むしろ好きな方なのだから。
「ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだ」
急に麻美の声が大きくなった。
そして次の瞬間、カッと目を見開きすごい形相で俺を睨みつける。
ドンドンドンドンドンドン
すごい勢いで窓を叩き始めた。
口からはまだ、ウソだ、と大声で叫んでいる。
「おい!麻美。やめろ!本当のことなんだ。お前を俺の部屋には入れない。頼むから帰ってくれ!」
ガンガンガンガンガンガン
窓を叩く強さが増した。
持っている包丁の柄が窓にあたり、今にもガラスが割れそうになっている。
ピキ
窓にヒビが入る音だった。
後ずさりしてしまう。
もう窓が破られるのは時間の問題だ。チクショウ。火に油を注いでしまったということか。なんてバカなことをしてしまったんだ。いや、一つだけ麻美に言ってないことがある。そうだ。イチかバチか試してみるしかない。
「麻美、やめてくれ!正直に言う。俺は好きな人がいるんだ!」
窓を叩く手が止まった。
えっ、と言う表情を浮かべて俺を見ている。
「今まで言わずに勘違いさせてしまったのは悪いと思ってる。でも、俺が好きなのは『恵ちゃん』なんだ。麻美とは、先輩と後輩の関係以外考えられないんだ。わかってくれ」
一瞬、麻美が悲しい顔をした気がした。
「そ、そうなんだ。はは、ボクが一方的にクリスお兄ちゃんのこと好きだっただけなんだね......」
その表情は、苦笑と言う表現が正しいのだろう。
しかし、麻美の目には涙が溜まっていた。
「わ、わかってくれるのか!じゃあ、今日はもう帰って明日また話そうぜ。そんな物騒なもの抜きでさ」
麻美は俺の声に反応しない。
ずっと俺を見て微笑んでいたかと思うと、スッとベランダの横のほうに行き消えた。
恐怖が引いていく。
安心とともに、どうやって麻美がここまできたのかが気になった。窓を開けて外に出てみる。
麻美が消えた方には、布団にかけるシーツのような布が何本も繋げられて、ベランダの非常扉にうまく結びつけられていた。これで下に降りて行ったのだろう。
しかし、三階までどうやって登ってきたんだ?
ふいに上を見てみる。
すると、屋上から同じようなシーツが最上階である三階の俺の部屋のベランダの上まで下がってきていた。
そうか、登るのではなく降りてきたのだ。
猟奇的な愛情と言うのは、こうも色々な方法を思いつかせるものなのか。ゾクッとした。
麻美の降りて行ったシーツの先を見た。まだ近くに麻美がいるのかもしれない。怖い。しかし確認せずにはいられなかった。
いた。
俺の部屋のベランダがよく見える位置。人通りの少なそうな道の電信柱に隠れるように麻美は立っていた。
俺が麻美の存在を確認したことに気づいたのか、首を斜めにかしげて、さっきの涙を浮かべた微笑みでこちらを見ている。
まだ、安心はできないらしい。
はやくスティーブにゼリーの解毒方法を見つけてもらわないと......
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翌日の昼に目を覚ました。
昨日は、あんなことがあったせいかなかなか寝付けなかった。やっと寝れたと思ったら、こんな時間になっていた。
起きるや否や、窓を開けてベランダにでる。
昨日麻美が立っていた電信柱の周辺を確認した。
「ふぅー。いない、みたいだな。」
安心した。
さすがに考えすぎか。ゼリーの効果ももう、切れてもいいだろう。二日経っている。
ブーブーブー
スマホに着信が入った。
スティーブからかもしれない。もしかすると、解毒方法が見つかったのか!
勢いよく電話に出た。
『おはよう。昨日はよく眠れた?』
麻美だった。
『や、やあ。まあまあかな。どうしたんだよ急に』
昨日の記憶が蘇る。麻美は本当に納得してくれたのだろうか?
『えっとね。クリスお兄ちゃんの気持ちは理解したよ。でもね、クリスお兄ちゃんはあんなおばさんとは合わないと思う。前にも言ったけど、クリスお兄ちゃんは騙されてるんだよ。あのクソビッチは、ボクとクリスお兄ちゃんを引き裂こうとする悪いやつなんだと思う』
おいおい、話がややこしいことになってる。
やはり、失敗だったか?
『そ、そんなことないと思うけどな。そそ、そうだ。今日は武器とか持たずに、一緒にセナのお見舞いでも行こうぜ』
『ううん。ボクね、昨日の夜考えたんだけど、あんな悪いやつがいるから、クリスお兄ちゃんはボクと付き合ってくれないんだよね。だから、あの悪い奴がいなくなっちゃえば、全部解決するよね。クリスお兄ちゃんもボクを好きになると思うの』
一瞬、思考が停止した。
いや、麻美が言ったことを受け入れられなかったのだと思う。
『ちょ、ちょっと待て!いなくなっちゃえばって軽く言うけどだな!』
『うん。殺すってことだよ。恵先輩を』
『おい!麻美!それはダメだ!恵ちゃんは関係ないだろ!』
『だーめ!もう決めたの。じゃあまたね』
『おい!待......』
強制的に電話を切られた。
なんてことだ。こんなことになるなんて、ちょっと考えればわかることだったじゃないか。
恵ちゃんが危ない!
靴を履き、家を飛び出したーーーー




