Crazy sexy wild⑧
「いらっしゃい!道に迷わなかった?」
「う、うん!恵ちゃんに教えてもらった通りに来たら、すぐに着いたよ!」
「そっかあ!良かったー。ちょっと道順が複雑だったから不安だったんだよね。さあ、入って」
「お、お邪魔します!」
部屋着だろうか。
恵ちゃんは、水色と白のボーダーのゆったりとしたワンピース姿で迎えてくれた。
髪も後ろでまとめられている。
翌日、俺は約束通り恵ちゃんの家へと向かった。
恵ちゃんの家は洋風でオシャレな家だった。
赤茶色のレンガの壁でリビングには暖炉があり、この家だけ外国に来たような不思議な感覚を覚える。
「す、すごいね」
「その暖炉すごいでしょ。使ってないからキレイなままなの。パパの趣味だったんだけど、二年前に亡くなってからそのまま」
「あ!そうなんだ。ごめん!」
「ううん。いいの。私の家族のことクリス君に知ってもらえて嬉しい、かな」
「そ、そうかな」
「うん。私の部屋はこっちだよ」
そう言って案内された恵ちゃんの部屋は、白を基調としたメルヘンチックな部屋だった。
ベッドに勉強机。本棚には溢れんばかりの本が入ってるし、クマが好きなのか、ぬいぐるみもたくさん飾られている。
部屋の真ん中には小さい机が置いてあり、俺が来ることを見越してか、オレンジジュースにクッキーが並べられていた。
「適当に座って。クリス君はクッキー食べれる?」
「う、うん。大好きだよ!好きすぎて、子供の頃はクッキーになりたいと思ったこともあるぐらい、好きだよ!」
「あはは。そんなに好きなんだ。パティシエじゃなくて、クッキーそのものなんだね」
「え?あ!そ、そうそう!」
なにを天パっているんだ。俺は。
初めて入る女の子の部屋に、動揺が隠せない。
クールな感じとは裏腹に、メルヘンチックな恵ちゃんの部屋。
あのクローゼットのなかには、恵ちゃんの......
いかんいかん。
今日は勉強をしにきたんだ。
よし!やる気を出して頑張ろう!
「それはそうと、クリス君。今日は本気で夏休みの宿題をやりにきたんだよね?」
「そ、そうだよ!」
「じゃあ、その、それは......」
恵ちゃんは、俺の背後を指差した。
「お邪魔してますニャ」
そう。昨日のお泊りから、麻美は恵ちゃんの家まで着いてきてしまったのだ。今も俺にくっついたまま、ちょこんと座っている。
「クリス君。昨日は本気で勉強したいって言い出したから、本当にクリス君はやる気があるんだと思ったけど。これはどういうこと?」
恵ちゃんは腕を組み、座ってる俺達を冷たい視線で見下ろす。
「いや、これには深い訳がありまして......」
「深い訳?私にラブラブな姿をアピールするのが深い訳なんだ......へえー」
「いや、本当にこれは!おい!麻美もなんか言ってくれよ!俺達はなにもやましいことはないだろ!」
すると麻美は俺から離れスッと立ち上がる。
「あのー、恵先輩?ボクとクリスお兄ちゃんが仲良くしてるのに、なにか文句でもあるんですか?」
「おいおい!何いってるんだ!」
麻美は、恵ちゃんを見上げながら挑発するような視線を送っている。
「別に。麻美ちゃんとクリス君が仲良くしてることには文句はないけど。ただ、クリス君が本気で勉強したいって言ってたから......」
「負け惜しみ?嫉妬してるだけですよね?なら、ボクとクリスお兄ちゃんの仲を引き裂くようなことはしないでほしいんですけど。はっきり言って、迷惑なんですよね。おばさん」
「麻美やめろ!恵ちゃんも落ち着いて!」
ヒートアップする二人の間に入る。
それにしても、麻美の語尾に『ニャ』がついていない。
「クリス君は黙ってて!そもそもクリス君も悪いんだよ。麻美ちゃんのこと好きじゃないのに優しくするから」
「だから負け惜しみはやめて。あんたこそクリスお兄ちゃんのことが好きなのに、振り向いてもらえないからこんなこと言うんでしょ!いい加減諦めたら?」
「そんな、そんなこと......、クリス君、麻美ちゃんのこと本当に好きなの?」
突然、話を振られる。
オロオロして、どう答えればいいのこわからない。
「後輩としては......好きかな?でもでも、付き合うとかは......」
「ほら!勘違いしてるのは、麻美ちゃんじゃない」
その時、恵ちゃんのセリフを聞いた麻美の腕がすごい速さで動くのを見た。
パチン!
一瞬だった。
麻美の手が、恵ちゃんのほっぺたを打ち抜いた。
あまりにも力が強かったのか、恵ちゃんは打ち抜かれた方向に倒れる。
「い、痛った」
「あんたが変なこと言うからよ。クリスお兄ちゃんはボクのものなんだから」
「おい麻美!お前やっていいことと悪いことがあるだろ!恵ちゃんに謝れよ!」
気付いたら叫んでいた。
「なんでそんなこと言うの?なんでボクがこの女に謝らないといけないの?ボクはこんなにクリスお兄ちゃんのことが好きなのに......なんでクリスお兄ちゃんは......」
麻美は走って恵ちゃんの家から出て行ってしまった。
「恵ちゃん、大丈夫?」
「ごめんね。私が変なこといったから」
「いや、あれは麻美が悪い。まさか手を出すなんて......」
やはり麻美は異常だ。
昨日の夜はまだ話を聞いてくれる余裕があった。
しかし、今。
俺の言葉にさえ反応しなかった。
自我が抑えられていない。
これもあのゼリーのせいなのか。
そもそもスティーブは、ゼリーの効果はすぐに切れると言っていたが、まだまだ切れた様子はない。
そんなに強いクスリなのか。Crazy sexy wildと言うのは。
「クリス君、麻美ちゃんのこと追いかけなくていいの?」
「ああ。あいつは頭を冷やす時間が必要だと思う。それに、恵ちゃんの方が心配だから......」
俺はこの後に及んで何を言っているんだ。
「そっか。ちょっと嬉しいな」
「あ、え、そう?そうなの?いやー、まいったな」
「すぐ調子に乗るのはやめたほうがいいと思うけど」
「は、はい」
楽しみにしていた勉強会は、おひらきにすることになった。
勉強なんてする気分ではない。
それは恵ちゃんも同じだったようだ。
麻美のことも気になる。
事故とはいえ、ゼリーを食べさせてしまったのは俺だ。
どうにか麻美を正気に戻さないと......




