チョコレイトディスコ①
11/24 後半部分を改稿しました。ストーリーには影響ありませんのでご安心を!
春、それは別れの季節でもあり新たな出会いの季節でもある。中学校生活三年間を、目立つことなくまるで空気のように生きてきた少年少女にとっては、それは絶好のチャンスだと言えよう。
そう、新しい自分になれるチャンスなのである。
髪を少し茶色くしてみたり、明るい性格をよそおってみたり、女子ならスカートを短くするのもいいだろう。 そうやって過去の自分とおさらばし、イケイケのグループに入る。それを人は『高校デビュー』と言う。
ーーーー都会ではないが田舎でもない普通の町にある、県立薬丸高校。この高校にもこの春、高校デビューを決めようとやっきになっている少年がいた。
ーーーー俺だ。
待ちに待った入学式の日。
俺はこれから三年間毎日歩き続けるであろう、レンガ模様のオシャレな通学路を登校していた。
桜がひらりひらりと舞い、さも俺の新たな人生のスタートを祝福しているかのようだった。周りを見渡せば、俺と同じ高校の制服を着たういういしい男女が、キャハハ、ウフフとはしゃいでいる。
ああ、俺もあと数時間であの輪の中に入って、これから始まる青春をひたすらエンジョイするんだろうなあ、と思うと顔も自然とニヤけてしまう。
待ってろよ。新しい友達。新しい学校生活。
そして、あわよくば可愛い彼女。
ーーーー中学時代は悲惨だった。いや、イジメられていたとか嫌われていた訳ではない。友達も少なからずいた。しかし、だからと言って目立つことも話の中心人物になることも、皆無だった。
そう、クラスにいるのかいないのかよくわからないポジションだったのだ。そうだ、卒業アルバムを見返して見た時に、10人中9人が忘れている人物と言えば分かりやすいかもしれない。それほど、俺にはインパクトがなかったのだ。
自己主張せずただただ川に流される大木、いや小枝のような学生だった。まあ、家庭事情がそうさせたと言えばそうなのかもしれない。しかし、それを理由にするのは違う気がする。
だから、高校こそは絶対にイケイケなグループで、目立ちまくりの青春を送ることを心に誓った。
そのため俺は、俺のことを知っている(いや知らないかもしれないけど)奴らが受ける高校ではなく、同じ県でもわりと都会の俺の過去を知る奴らがいない高校を受けた。
陰が薄いのにその必要はないのでは?と考えた時期もあったが、いや、高校で劇的に変わった俺の姿を見て変な噂を流されかねない、と思い決断した。
すると、幸か不幸か高校合格と共に、唯一の血縁者である妹と二人で、高校の近くでアパート暮らしをすることになったのだ。
まあ、不幸のほうが多いか。
でも、あの家を出るのは非常に嬉しいことだ。
それに二人で暮らせることも今まで願い続けていたことだし、妹もそう思っているだろう。いやそう思っているに違いない。
かくして、俺と妹の二人暮らしが始まった。
ーーーーそしてついに、緊張の入学式後の自己紹介タイムが幕を開けたのだった。
ピカピカに磨かれた机や椅子。窓から入ってくるふんわりとした風が、机に座っている女子の短いスカートを揺らしている。しかし新入生達は、そのふんわりとした風とは対照的に、どこか不安気な表情を浮かべていた。
黒板には『黒井光』と、これから一年間このクラスを受け持つ担任の名前が書かれている。
「では、一人ずつ名前と、これからの高校生活で頑張りたいことや、自分の好きなことなど、自己紹介をして下さい」
ついに始まった。
この日、この時を待っていたんだ俺は。合格した時から、ずっと自己紹介での内容を考えていた。ここでビシッと決めれるか決めれないかで、これからの高校生活が華やかな青春になるか、はたまた中学時代がカムバックするかがかかっているいると言っても過言ではない。と言っても、自己紹介の内容が確定したのは、つい昨日のことだ。妹と入念な打ち合わせを重ね、ついにリア充感バツグンの自己紹介が出来上がった。
「あー、おれ西中出身の......」
昨日の妹との打ち合わせを、うへへと思い出していたらいつの間にか次が俺の番になってしまっていた。
しかし、案ずることはない。絶対にクラスの人気者になれるはずなのだから。
「じゃ、次は出席番号9番の人」
「は、はい!」
俺は、勢い良くイスを引き、シュッと立ち上がった。
クラス全員の視線が俺に集まる。人前で話すことなんて滅多にないが、不思議と落ち着いていた。
俺は目をつぶり、そしてゆっくりと開けた。
その異様な間にクラス全員の視線がさらに熱くなる。
俺は、拳を握った右手を真っ直ぐ伸ばし、くるりと手の甲を正面に向け、中指を上げた。
「お、俺がこの高校をピースにする薬師寺クリスだ!ヴァイブス満タンでノリノリな高校生活にしたいと思ってる!みんなヨロスィクー!」
静寂。
時が止まったと言えば正しいのかもしれない。
クラス全員の目が、まるでハイフン(ー)のようになっていた。
体の内側からなにか熱いものが上がってくる。
今の俺の顔は、ゆでたタコのように赤いのだろう。
暖かな日差しに、気持ちの良いそよ風が寄り添う、春の日の出来事だったーーーー