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Red hot final

「スティーブ!助けに来てくれたのか!」


 絶望が、一気に希望に変わる。


「おいおい、ヒーローだって?お前が?チョコレートの食べ過ぎじゃないのかい、このガキとなんか関係あんのかよ。スティーブさんよ。ええ?」


 次にフライが口を開いた。

 やけに攻撃的だ。

 って、こいつら知り合いなのか?


「全く、こんなことだろうと思ったよ。オヤツを食べずに探し回ったかいがあったね。どうだいクリス君。ドラッグストアの三カ条を破った感想は」


 か、感想って!


「............最悪だ。反省してる。だから、頼む。助けてくれ!」


「おい!無視するな!僕の獲物だ。お前が手を出すのはおかしいだろ!そう言う決まりになってるはずだ!」


 間髪入れずにフライが怒鳴る。


「ほんとにしょうがないなぁクリス君は。まあ、まだ入ったばかりの新人だから大目にみるけど、次は無いと思ってほしいな」


 次は無い。


 その言葉がやけに重く感じた。

 ゴクリとツバを飲み込む。


「おい!僕の話を聞け!一体どれだけ無視するきだ!しかし、新人?このガキが?ははは、じゃあこいつもお前と一緒のチョコレート屋なのか!愉快だ!愉快すぎるぐらいだ!お前の配達員はいつも面倒事を起こすよな。呪いじゃないのか?ははは」


 散々無視され続けたフライは、気が狂ったように笑い始めた。

 配達員がいつも面倒事を起こす?

 俺の前の配達員も、なにかやらかしたのか?


「黙れ」


 久しぶりに、本気の顔のスティーブを見た。

 その一言で、場の空気の温度が、五度ぐらい下がったきがした。

 涙を流す程笑っていたフライも、ピタっと笑うのをやめた。


「配達員がいつも面倒事を持ってくるだって?その配達員だった君がよく言えたものだ。君の面倒事を解決してやった恩を忘れたわけじゃないよね。ええ?どうなんだい?ピルピルく〜ん?」


 え?

 フライが配達員だったって?

 じゃあ、俺の前に辞めたバイトって、

 もしかして......フライなのか?


「その呼び方はやめろ!本当にお前と話すと腹がたつ!もう一ヶ月前の僕とは違うんだ!今は、ここのリーダーなんだぜ?恩はあるが、それはそれ、これはこれだ。」


 フライがやけにスティーブに突っかかる。

 一体俺がバイトを始める前に、なにがあったんだ?


「そんなことはわかってるさ。僕の不注意でもある。だから、僕の配達員とそこの台に寝てる女の子を解放する代わりに、取引しようじゃないか」


 取引って、スティーブは頭がおかしいのか!

 そんな話、通用する訳がない!

 目も赤いし、どうせチョコレートを食べてきたんだろう。

 うう、心配だ。


「取引?ほう、面白いな。一体全体、老舗のチョコレート屋はどんな取引材料を出してくるんだい?分かってると思うが、百万や二百万なんてはした金じゃ話にならないんだぜ?」


 フライがニヤつきながら返した。

 しかし、意外だ。

 あれだけ俺とエレナ先輩に、罰を与えるのを楽しみにしていたフライが、モノによっては取引しようとしてる。

 一応、昔の恩を感じているのだろうか。


「これじゃ満足できないかい?」


 そう言ってスティーブは、甚平の胸の合わせからファイルを取り出し、フライに見せた。


「なんだよそれ?」


 ただのファイルじゃん。

 つい、口に出してしまった。

 終わった。

 ついさっきまで、スティーブはやる時はやると思っていたが、撤回だ。


「お、お前、そんなにこのガキ共が大事なのか!」


 え?


 フライは動揺していた。

 少し汗ばんでいる。


「顧客リスト、さ。このファイルの中には、僕の大事なお客さんの情報が入ってる。ラムネを売る場所をなくしたピルピル君にとっては、喉から手が出るほど欲しいモノだろうね」


 顧客リストだって?


「おいスティーブ!それを取引に使ったら、仕事がなくなるんじゃないのか!」


 反射的にスティーブに疑問をぶつける。

 仕事が無くなれば、無事に解放されたとしても、セナを救えなくなってしまう。


「心配いらないさ。この顧客リストはほんの一部だ。まあそれでも、将来的には一千万の価値はあるかな?」


 驚いた。

 ほんの一部の顧客リストで、一千万だって?

 時給五千円を払える理由が、わかった気がする。


「いいだろう」


 フライはボソッとつぶやくように言った。

 取引成立だ!

 こ、これで解放される!


「あんたたち、一体何の話してるのよ!もう意味わかんない!その取引が成功したんだったら、早く私を押さえてるこの変態グラサン野郎を離しなさいよ!」


 エレナ先輩だった。

 意味もわからずに腕を切られそうになったかと思ったら、今度はファイルに助けられた。

 そりゃ意味もわからんだろう。

 しかしマズい。

 話はわからないのだとしても、俺がチョコレート屋の配達員だってことがバレてるかもしれない!

 このまま解放されたら、エレナ先輩は俺の事を警察に言うだろうか......


「ただし......」


 フライの話がまだ続いていた。


「その女の子には、少しくらい罰を受けてもらわないとね」


 何を言ってるんだこの貧血ヤサ男は。


「その子が、警察を呼んだ張本人だ。そこのガキは解放するにしても、女の子の方には痛い目にあってもらわないと気が済まない」


「ちょっと待てよ!取引は成立したんだろ!約束が違うぞ!スティーブもなんか言ってくれよ!」


 エレナ先輩を痛い目に合わせる訳にはいかない!

 彼女がこの事件の一番の被害者だ。

 それに、スティーブも大事な顧客リストを渡すんだ。

 フライのワガママを聞くはずがない!


「いいよ。でもダルマはダメだ。左手ぐらいならいいんじゃない?」


 !!!!!!!!


「おい!スティーブ!何を言ってるんだ!俺達を助けにきたんだろ!それに左手ぐらいって!いいわけないだろ!」


 スティーブの、あまりにも当然そうな答えに、俺は叫ばずにはいられなかった。


「なんでだい?その女の子が警察を呼んできて、ピルピル君がラムネを売る場所を無くしたのは、本当のことだろ?仮に、僕がピルピル君の立場だったとしても罰は与えるよ。それに僕は、クリス君がやらかしたことの責任をとりにきたんだ。彼女はオマケさ」


 冷や汗が流れた。


 正義のヒーローが一瞬にして、悪魔に見える。

 いや、スティーブも薬屋だ。

 ドラッグストアの三カ条を破った者には、不幸を与えるのが普通なのだろう。


「おい、待てよ!そんな......そんなことって......」


 スティーブを説得しようとしたが、言葉が見つからない。

 当たり前だ。

 この部屋の中では、俺とエレナ先輩が悪なのだから、スティーブに何を言っても無駄だ。


「それじゃあ気をとり直して、始めようか」


 フライの掛け声で、パーカー男が再度チェーンソーのエンジンをかける。

 また、部屋中に耳障りなエンジン音が響いた。


「や、やめて。お願い、お願いだから......」


 恐怖で引きつったほっぺたをなんとか動かし、エレナ先輩が言った。

 もう叫ぶ気力もないのだろう。

 当たり前だ。

 助かったと思ったあとに、また絶望に突き落とされたのだから。

 もう俺も叫ぶ気力はなかった。

 無理だ。

 もうどうにもできない。


 パーカー男が、チェーンソーを徐々にエレナ先輩の左手首に近づける。


「うううう、なんでなのよ。私は、私はただ咲の仇を討とうとしただけなのに......」


 エレナ先輩は、涙をボロボロ流しながらそう呟いていた。

 ダメだ。

 もう見たくない。

 こんなの絶対に間違ってる。

 しかし、もうあとほんの数センチで、エレナ先輩の手首にチェーンソーの刃が届く。


 俺は顔を下に向け、現実から目をそらした。


 しかし、グイっと髪を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。


「おい!やめろ!なにするんだ!」


 俺の髪を掴んでいたのは、あの本気の顔をしたスティーブだった。俺の横顔にくっつくのではないかと思うほど、顔を近づけてきた。


「目をそらすな。彼女がこうなってしまったのは、君の責任でもある。しっかりと目を開いて、ちゃんと見届けるんだ。いいかい、これが、ドラッグストアの三カ条を破った者に訪れる不幸さ」


 俺の責任。

 そうか。

 俺があの夜、繁華街の裏道を通ったばっかりに、エレナ先輩と出会い、大男に追い回された。

 俺が裏道を通らなければ、エレナ先輩が警察を呼ぶことも、今こうして拉致されることもなかったのだろう。


 見届けるんだ。

 もうこんなことはゴメンだ。

 俺のせいで、なんの罪も無い人が不幸になるのは、

 これが最後だ。

 ごめんなさい。エレナ先輩......



 大男のチェーンソーがエレナ先輩の左手首を切り始めた。



「ワーーーーーーーー痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 エレナ先輩は、叫び続けた。

 今まで見たこともない量の血が、そこら中に飛び散る。

 俺は震えていた。

 怖かった。ただ単純に怖かった。

 内心、自分じゃなくて良かった、と思う気持ちも出てきてしまった。


「あれ?あれ?」


 エレナ先輩の手首を半分程切った所で、チェーンソーのエンジンが止まった。


「おい、なにしてる。早く殺れ」


 フライはパーカー男を急かす。


「すいません!エンジンをかけ直さないと!」


 そう言って、男はチェーンソーのエンジンをかけるため、刃をエレナ先輩の手首に残したまま、エンジンのヒモを引っ張る。


「イヤーーーーーーーーー!!!」


 パーカー男がエンジンのヒモを引っ張る度に、エレナ先輩は叫び声を上げた。


 目をつぶりたくなった。

 しかし、ダメだ。

 最後まで、最後まで見届ける。

 それが、三カ条を破った者に訪れる不幸なのだから。


「うるさいなあ。そうだ。これを君に上げよう」


 そう言ってフライは、ポケットから赤いラムネを出して、嫌がるエレナ先輩の口に入れた。

 そして、俺に向かって喋り始めた。


「このラムネはね、Red hotって言うんだ。赤いラムネだから、そう名付けたんだけど。中身は睡眠薬を改造したものさ。これで彼女は、当分の間起きたまま夢を見ることになる。痛みも感じないだろうね。そして、喜びなよ。睡眠薬に耐性のない人がこのラムネを食べると、食べる一週間前ぐらいまでの記憶を失うんだ」


 記憶を?

 じゃあ、俺がチョコレートの配達員ってことも忘れるのか。

 いや、その前に、俺のことを忘れる。


 ラムネを口に入れられた先輩は、左手首を切り落とされたにもかかわらず、もう叫ぶことはなかった。

 その代わり、青い目を濁らせて、うっすらと微笑んでいる。


 赤いラムネを肯定する事はできない。

 しかし、エレナ先輩が一瞬でも痛みを忘れたのだとしたら、案外、いいお菓子なのかもしれない。


 いいや、これは言い訳だ。


 なぜなら、エレナ先輩のことをずっと見ていた俺の心は、鋭い痛みを感じていたからだ。赤いラムネを取り巻く環境のせいで。


 切り落とされた手首の付け根からは、止まる事無く血が溢れでていた............


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 フライをリーダーとした、赤いラムネを売るグループに拉致されてから、もう二ヶ月近くが経過した。

 もう、制服が夏服に変わるぐらい暑い。


 あの後、フライのグループはエレナ先輩が死なないように手首に応急処置をしてから、病院の前に放り出したらしい。

 俺は、エレナ先輩と一緒にいるつもりだったのだが、スティーブに連れられて先にあの部屋を出た。


 翌日、学校でエレナ先輩を探したが、

 見つける事はできなかった。

 それはそうだ。

 入院しているのだろう。

 病院まで、お見舞いに行けばいいのかもしれないが、中々足が進まなかった。

 俺は、エレナ先輩の左手が切り落とされるのをただ見ているだけだった。

 なにもできなかった。

 そればかりか、俺の体は健康そのものだ。

 合わせる顔がない。


 そう思っていたら、いつのまにか二ヶ月近く経っていたのだ。


 俺は決心を決めた。

 バイトを休み、学校帰りにエレナ先輩が入院している病院に向かう。

 緊張する。

 何て声をかければいいんだ。

 いや、その前に俺に会ってくれるのだろうか?

 フライの話が本当だとすると、俺のことは覚えていないはずだ。

 不安ばかりが募る。


 エレナ先輩か入院している病室の入り口まで来た。


「フーーーー」


 深く深呼吸する。

 まずはノックだ。

 そして、病室のドアに手をかけた。


 すると突然、病室のドアが開き、木刀が凄い勢いで振り下ろされる。

 ゴン、と俺の顔面に当たった。


「あれ?あんた薬師寺クリスじゃない!こんな所でなにしてるのよ」


「それはこっちのセリフだ!」


 死ぬかと思うほど痛かった。

 しかし、死ぬかと思うほど安心した。


 エレナ先輩は、義手だった。

 しかし、その義手はかなりのハイスペックで、もう軽く物を掴めるらしい。

 エレナ先輩の家は、中々の金持ちだと言うことが判明した。


「いやー、ヒマだったから素振りしてたんだけどね、飽きてきて看護師さんを驚かせようとしたんだけど......」


「そんな、物騒な驚かせ方はやめてください!死人がでてもおかしくないですよ!」


 全く、俺だったからいいものの。

 いや、義手のせいで本当の力は出せなかったのだろう。


 それからは、学校での出来事やエレナ先輩の実家の事を色々と話した。

 こうやってゆっくりエレナ先輩と話すのは、初めてだ。

 わりと盛り上がった所で、気になっていたことを聞いてみる。


「あのー、話したくなかったらいいんですけど、その左手がなくなった時のことって覚えてます?」


 ヤバい。

 直球すぎたか。


「............覚えてない。実は、左手を亡くした日から、前の記憶が断片的なの」


 断片的?

 フライのやつ、記憶は一週間分だけしか消えないって言ってたのに。

 しかし、なぜ俺のことを覚えてるんだ。


「そのー、断片的って、どのくらいですか?俺のことも、よく覚えてましたね?」


「なんか、記憶が飛び飛びって言うか......覚えてることは覚えてるんどけど、なにか大事なことは、忘れてるみたい。あんたのことは覚えてるわよ!一緒に変態デブ男と戦ったじゃない!でも......なんで私があの裏道であんたを襲ったのかが思い出せないのよ......」


 なんてことだ。

 もしかすると......


「あの、咲さんって知ってますか?」


「誰だっけ?私そんな友達いないけど」


 やっぱりか......

 だが、これでいいのかもしれない。

 エレナ先輩を突き動かしていたのは、咲さんの仇をとると言う信念だ。咲さんの事を覚えていない今、もうあのフライのグループと関わることはないのだから......


「なによ!質問しっぱなしで放置プレイなんて、百億年早いんだから!薬師寺クリスのくせに!」


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