Red hot⑦
......ぴちゃ
水滴が高い場所から落ちて、床に跳ね返る音が聞こえた。
「ん?ここは......?」
目が覚めた。
何も見えない。真っ暗だ。
さっき殴られた後頭部に、まだ痛みが残ってる。
ううぅ、頭痛も凄い。
ガシャン
頭痛のする頭を抑えようと右手を動かすが、頭まで来る途中にどうしても止まってしまう。
??????
首を動かして、自分の体がどうなっているのかを確認する。
暗い。なにも見えない。
闇に目が慣れて、徐々に自分の体がどうなっているのかが見え始めた。
なんてこった......
俺の体は、地面から生えた重厚感のあるイスに、鎖で縛り付けられて身動きが取れなくなっていた。
両腕は鎖に吊られていて、自由がきかない。
「え?なんだこれ?クソ!」
絶対に無理だとわかってはいるが、一応暴れてみる。
しかし、やはりこの何十にも巻かれたクサリを解くのは不可能だった。体力だけがなくなっていく。
とりあえず、落ち着こう。
確か、繁華街の裏道でラムネを売る怪しい奴を探してる途中に、後頭部を殴られて......あ!
エレナ先輩はどうなったんだ?
俺がこうして縛られているという事は、エレナ先輩も......
辺りを見回す。
しかし、目が慣れてきたと言っても、この部屋は暗すぎた。目の前に、大きな机のようなものがあると言うこと以外は、確認できない。
エレナ先輩は無事だといいが。
途方に暮れる。
一体なぜだ。なぜ、こんな目にあうんだ。
入学式以来、こんな事ばっかりだ。
俺が何か悪い事をしたのか?
............した。
いや、現在進行形だ。
今まさに、悪いお菓子を配達するのをサボって、悪いバイトの悪いルールを破ると言う悪い事をしている。
自業自得。その言葉が頭を何度もループしていた。
そうだ。俺達を襲った犯人を俺は知ってる。
多分、”同業者”だろう......
そんなことを考えていた時だった。
カチャと言うドアが開く音と共に、部屋中の電気がつく。
眩しい。
右手で目を隠そうとしたが、鎖が暴れるだけで目をつぶる事しかできない。
ゆっくりと、光に慣らすように目を開ける。
「そ、そんな!おい!起きろ!おきてくれよ!エレナ先輩!」
俺の前にあった縦長の大きな机の上には......
エレナ先輩が倒れていた。
息は............してる。
良かった。眠らされてるだけか。
しかし、安心すべきではない。
エレナ先輩の両腕や両足は、それぞれ机に固定されている。
服も制服ではなく、ライトブルーを暗くしたようなノースリーブのワンピースになっている。
これじゃどちらかと言うと、手術前の患者が寝ているみたいだ。
「おやおや、目が覚めたようだね」
エレナ先輩に必死に呼びかけていた俺は、叫ぶのをやめた。首だけを動かして、声のした方を見る。
そこには、背の高いひょろっとした男が、ユラユラと立っていた。
黒いハットに黒いジャケット。ズボンやインナーまで真っ黒だ。ハットからはみ出す金色の髪が、男の片目を隠しているため顔全体は確認できない。服装の黒とは対象的に、男の肌は青白く、若々しく見えた。二十代ぐらいか?
「初めまして。俺はピル・フライブルク。フライと呼ばれてるよ。繁華街の裏道でラムネを売っている薬屋さ」
そう言ってそのフライと言う男は、ポケットから赤いラムネ菓子を取り出して見せた。
「く、薬屋だと!お前が俺達を!」
咲さんの仇もこいつか!
俺は、動かない体を精一杯揺らして暴れた。
「そのとおりさ。しかし、あんまり叫ばないでくれないか?僕は貧血なんだ。ちょっとしたことで倒れてしまうからね」
「弱すぎるだろ!そんなに叫んで欲くないなら、俺達を解放しろ!」
できるだけ大声で叫ぶ。
フライは両耳を手で押さえて、うるさいなぁもう、と言った。
「そんな取引はできないなぁ。君たちのやったことは、叫ぶのをやめるだけじゃ償えないよ」
俺達がやったこと?
償えない?
「じゃあどうすれば解放してくれるんだ!それに、俺達が何をしたって言うんだ!お前らを襲ったりはしてないぞ!」
そうだ。
俺とエレナ先輩は、犯人を見つけられなかった。
まだこいつらに危害は加えてない。
「ふーん。襲ったほうがまだ良かったかもね。君達は昨日、あの場所に警察を呼んだだろう?昨日の夜からずっと、警察が裏道を巡回してる。目をつけられたってことさ。もう、あの場所ではラムネは売れない」
ハッとした。
昨日の大男の事件か!
「まさか警察を呼んだ張本人達が、昨日の今日でノコノコ現れるとは思わなかったよ。逆にお礼を言いたいね。今から君たちに、場所代を弁償してもらうのだから」
「ば、場所代だと?金ならないぞ!」
俺のバイト代はセナの治療費に使ってる。
ハッキリ言って、貧乏だ。
エレナ先輩はわからないが。
「高校生に払えるとは思ってないさ。現金ではね。それよりも、君たちは、いいものを持ってるじゃないか」
フライはニヤリと笑い、俺達を品定めするかのように眺めた。
「いいもの?」
「そう、その体さ」
え?
「や、やめろ!俺は男だし、エレナ先輩は性格が悪い上に胸もそんなにない!エッチな店に売っても、絶対に人気はでないぞ!」
必死に理由を作った。
身体で稼ぐなんて、絶対に嫌だ。
「なにか勘違いをしてるね?未成年を風俗に売るわけないだろう。厳しいんだよ最近は。ははは、君は愉快だ」
イライラする。
このフライと言う男の笑い方は、どことなくスティーブに似ている。
「じゃあ、どうやって弁償させるんだ!」
フライは、フーっと息を吐いた。
そして、鋭い眼光で喋り始める。
「ダルマ女って知ってるかい?」
「だ、だるまおんな、だと?」
「知らないかぁ。両腕両足がない女のことさ。戦前は見世物小屋で人気があったらしいけど、今じゃ都市伝説になってる。でも、裏の世界じゃ結構人気があってね。ダルマ女やダルマ男を欲しがる、変態金持ちオヤジがわんさかいるのさ」
血の気が引いた。
両手両足がない?
それってまさか......
俺達の手や足を......
切るってことか。
嫌だ。
それならまだ、風俗に売り飛ばされた方がマシだ!
「おい!考えなおせ!そんなに手間のかかることをするより、風俗で働かせた方が楽だ!」
「無理だね。これは君達への罰なんだ。僕達は怒っているんだよ。わかるかい?ええ?」
急にフライは凄みはじめた。
怖い。これが薬屋の本気の顔か。
「いくら交渉しようとしても、もう遅い。準備はとっくの昔に終わってるんだよ」
そうフライが言い終わった瞬間、バーン、とドアが開き体格のいい男が三人入ってきた。
三人とも黒いパーカーに黒いデニムを履いていて、その中の一人が、チェーンソーを抱えていた。
「おい!やめろ!そんなことしたって、なんにもならない!」
「金にはなるのさ!悔しかったら、金持ちに生まれなかった君とその女の子の人生を恨むんだな。おい、女から殺れ」
フライの掛け声と共に、パーカーの男はチェーンソーのエンジンをかけた。
うなるエンジン音が、部屋中に響き渡る。
おいおいおいおい、ウソだろ。
エレナ先輩は、俺のために警察を呼んだんだ。
それに、こいつらを襲おうとした理由も間違ってない!
正しい!正義だ!
悪いのは、こいつらだろ!
なのに......なのになんで!
正義は勝つんじゃないのかよ!
クソクソクソクソ!
「おい!頼む!やめてくれ!」
誰も俺の声に反応しない。
チェーンソーを持っていないパーカーの男達が、エレナ先輩の固定具を外しはじめた。
「おいってば!聞けよ!お願いだから!」
男達は、エレナ先輩の腕だけを台の外に出し、体が動かないように押さえ始めている。
「んんん。あれ?私はなんでここに?体が動かない、え?誰よあんたたち!キモい!触らないで!」
最悪のタイミングで、エレナ先輩が目覚めてしまったらしい。
訳もわからないまま、恐怖だけが襲っているのだろう。
エレナ先輩が起きたことで、チェーンソーを持ったパーカーの男の動きが止まったが、すぐに動き出した。
「やめて!お願い!近づかないで!私がなにしたって言うのよ!そんな危ないもの持ってたら逮捕されるんだから!警察を呼ぶわよ!ほんとに、お願いだから!謝るから!ごめんなさい!すみませんでした!ほら!どう!ねえ!ねえってば!何か返事してよ!なんで......なんでなのよ。うう......誰か......助けて......」
エレナ先輩は察したようだ。
今から自分の腕が切り落とされると言うことを。
威勢が良かったのは最初だけで、後半は恐怖からか声が震えていた。青い目から涙がこぼれている。
「さあ、ショータイムの始まりだ!君も楽しみだろう。僕は海外映画のスプラッタが大好きなんだ」
フライが機嫌よく俺に話しかける。
「うるさい!やめてくれ!先輩も反省してる!お願いだ!もう一生あの裏道には近づかないから!」
必死にフライを説得する。
「だ、か、ら、無理。悪いことをしたら、罰を受けるのは当たり前だろう?」
「悪いのは、お前らだろう!そもそもあのラムネをお前らが売ってなければ、こんなことには......」
ちょっと待てよ、とフライは言った。
「悪いのは僕達だって?ははは、笑わせるね。やっぱり君は面白い。正義の味方を気取ってるんだね。ひとつ言っておこう。正義って言うのは、人それぞれだ。僕達は悪いことをしてると思っちゃいない。むしろ、この仕事に誇りを持ってる。僕達にとっては、この仕事こそ正義なのさ。仕事の邪魔をしたってことは、僕達の正義に対しての悪だ。罰を受けるべきなのさ。それに、僕達はラムネを買った人たちに、しっかりと『食べ方や食べる量』をレクチャーしてる。ラムネが悪いって言うより、食べ方を誤った中毒者の方が悪いと思わないかい?」
その話の説得力に、少し納得しそうになってしまった。
しかし、そうじゃない。
そのラムネが存在するから、ダメなんだ。
そのラムネを売るから、ダメなんだ。
「お前らは、正義じゃない!気づけ!今ならまだやり直せる!だから、こんなことはもうやめてくれ!」
しかし、フライはまた鋭い眼光になった。
「聞き分けがないなぁ。少し黙ったらどうなんだい?君がなんと言おうと、もう遅いんだって。彼女も君もダルマになるんだよ」
「何度でも言うぞ!やめ......!」
俺は言い返そうとした。
しかし、途中でやめてしまった。
いや、喋れなくなった。
俺が叫ぶと同時に、フライがポケットに入っていたナイフを、俺の首に突きつけたからだ。
「そうそう、やればできるじゃないか。おとなしく彼女の腕が切り落とされるのを見ようよ」
そう言って、フライはナイフを下げた。
チクショウ。
ホッとしてしまった。
涙が一粒こぼれる。
死にたくない。
こんなところで死ぬのはいやだ。
ここで俺が死んだら、セナの治療代はどうなるんだ。
いや、ダルマになっても同じことだ。
クソ......
「それじゃあ、始めよう」
フライの掛け声で、パーカーの男はチェーンソーを天高く振り上げた。
標的はエレナ先輩の右腕の付け根だ。
「カウントダウン♩三」
やめてくれ。お願いだ。
「ニ」
「やめてー!助けてー!」
エレナ先輩が、叫んだ。
「一」
「やめろーーーーーー!」
俺も我慢できずに、叫んだ。
「ゼロだ」
チェーンソーが勢いよく振り下ろされる。
もうダメだ......
そう思っていた。しかし、
「すとーっぷ!ヒーロー参上ぉ!」
このエンジン音と、叫び声のあがる部屋で、その声はなぜか響いた。
声を聞いたパーカーの男のチェーンソーは、エレナ先輩の右腕ギリギリで止まる。
部屋にいた俺達は、一斉に声のする方を確認した。
そこには、気だるそうに壁にもたれかかる赤目のドレッド男、スティーブが立っていた。




