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Red hot⑥

『もしもし、俺だよ。クリスだ』


 帰る準備が終わった俺は、校門の前に行く前にスティーブに電話した。もちろん、誰も来ないであろう体育館の裏で。


『やあ、クリス君。珍しいね、こんな時間に電話をかけてくるなんて。ちょうど良かった!今からオヤツを食べるところなんだけど、コーンポタージュスナックにするかフライドチキンにするか悩んでいたんだ。どっちがいいと思う?』


『どっちでもいいよ!あえて選ぶならコーンポタージュスナックだ!フライドチキンはオヤツではない!』


『そうかい?まあ、両方とも食べちゃうだろうから、どっちって言われても意味はないのかもね。ははは』


『じゃあ聞くなよ!はははじゃねーよ!それより、今日だけでいいんだけど、バイト休んでもいいか?』


 スティーブは、少し考えている様子だった。


『やけに急だね。別にいいけど。何か用事でもできたのかい?ははーんデートだな〜』


『違うよ!むしろデートのほうがいい!ちょっと先輩の用事に付き合うだけだよ』


『へー。クリス君に仲のいい先輩がいたとはね。初耳だなー。女の子かい?もしかして、やっぱりデートとか?』


 なんでこのおっさんはやけにデートにこだわるんだ。

 あのワガママで暴力的な先輩と、デートするわけがない!


『違うって言ってるだろ!デートじゃない!人助けだ!』


『人助けねー。人をナタで刺しちゃったクリス君が、人を助けられるのかい?ははは』


 え?


『いや、あれは事故だ!てかなんで知ってるんだ!』


『薬屋さんの情報収集力は凄いんだよ。チョコレートはバレなかったみたいだね。でも、昨日の今日でまたやっかい事に首を突っ込むのは、あまりオススメしないなー』


 おとなしくしてろ!、と聞こえた気がした。


『い、いや、ちょっと事情があるんだ。す、スティーブに迷惑はかからないさ。ははは』


『まあ、いろいろあるんだろうけどさ。ドラッグストアの三ヶ条だけは忘れないようにね。じゃ、僕はオヤツを食べるよ』


 そう言って、スティーブは電話を切った。

 ドラッグストアの三ヶ条......


 一つ、絶対にバイトの事を知られてはならない。

 一つ、絶対に商品に手を出してはならない。

 一つ、絶対に同業社の邪魔をしてはならない。


 もしかして、今から俺がやろうとしていることは、この同業者の邪魔をしてはならない、と言う約束事を破ることになるのか?

 いやいや、考えすぎだ。

 まだ、同業者と決まったわけじゃないし......

 でもラムネって言ってたな......


 そんなことを考えつつも、俺は校門へ向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 重い足取りで校門へ行ってみると、すでにエレナ先輩は俺を待っていた。どうやら、長い時間待たせてしまったらしく、お怒りのご様子だった。


「遅い!レディを待たせるなんて、紳士の風上にもおけないわ!まったく、これだからチェリーボーイは!行くわよ!」


 そう言うと、エレナ先輩はズカズカと歩き始めた。

 いや、俺は紳士じゃないし、まあチェリーボーイではあるけど。

 って俺がチェリーボーイって、なんで知ってるんだ!


「ちょ、チェリーボーイって!」


「あら、違ったの?それはごめんなさい!明日から薬師寺クリスはヤリチンボーイって、あんたのクラスに広めとくわ!」


「すいません。チェリーボーイです」


 俺はシュンとなった。


「わかればいいのよ。早く着いてきなさい!日が暮れるわ!」


 エレナ先輩は急ぎ足になった。


 トボトボと、エレナ先輩の後をついていく。


「エレナ先輩......様!これからどこにいくんですか?」


「昨日と同じ。あの繁華街の裏道よ」


 マジか!この人も学習しないな。

 昨日あんな目にあったばかりなのに。


「あそこは、危ないんじゃないですか?昨日のあの大男みたいなのもいるかもしれないし」


 同業者も、だ。


「仕方ないじゃない!あそこにターゲットがいるのよ!」


「ターゲットって、ラムネを売ってる人でしたっけ?」


「そうよ!あのラムネを売って回ってるやつが、咲をあんな姿に......」


 うわ、ビンゴだ。多分、同業者だろう。

 一体なにがあったんだ。


「その咲って言う人のこと、教えてもらってもいいですか?」


 するとエレナ先輩は、少し顔を落とし、暗い表情をしたまま口を開いた。


「咲はね、私の親友だったのよ」


「だった、って今は違うんですか?」


「今は......わからない。私は親友だと思ってるけど、咲は私のこと嫌いかも」


「わからないとか、嫌いかもとか、なんか親友だったわりにはあいまいな表現ですね」


「なんですって!」


 え!なんで怒るの!


「ご、ごめんなさい!続けてください!」


 エレナ先輩は、キッと怒りの表情になったが続きを話し始めた。


「咲と私が出会ったのは、中学一年生の時なのよ。私ってハーフで可愛くて清楚じゃない?だから、女の子たちから嫌われちゃってて。恥ずかしいけど、不登校だったのよ」


 自分で可愛いとか言うな!

 確かに、その通りだけども。

 それより、この先輩が不登校?

 今じゃ考えられない。


「でも、担任の先生に説得されて、学校にもちょっとずつ顔を出し始めたんだけど。やっぱり、クラスの女の子は誰一人私と話してくれなかったわ。でもね、咲はちがったの。咲は、私が登校してくる度に話しかけてくれた。どんなに私が嫌われてても、咲だけは私と友達でいてくれたの。」


「へー。いい人なんですね。咲さんは」


「そうよ。あんたの百億倍いい人なんだから!そんな咲がこの高校を受けるって聞いて、私もここに決めたわ。でもね、あれは高校に入ってまだ一カ月。ちょうど今ぐらいの時期に、今度は咲が嫌われちゃったの」


「え?なんでそんないい人が!」


「わかんない。理由なんてないのかもね。女子のリーダーみたいな子があの子をイジメろって言ったら、それに従うしかないの」


 理由なんてない?

 なのにイジメられた。

 まるで、オレみたいだ。


「私もね、最初は咲をかばってたの。すぐに終わるから、時間が経てばみんなすぐに忘れるって言ってたのよ。でもね、ある時、私とクラスの女の子が喋ってたの。その女の子が咲の悪口言ってて。私は言わなかったんだけど、外から見たら、私も咲の悪口言ってるみたいに見えたらしいの。いつのまにか、それが咲の耳に入ったみたいで。次の日から、咲は学校に来なくなったわ」


「え?それって、誤解じゃないですか!咲さんに言えば分かってもらえたんじゃ!」


「何度も咲の家に行って、誤解を解こうとした!でもね。咲は話を聞くどころか、私と会ってもくれなかったわ。そのうち、咲のお母さんから連絡が入ったの。咲が倒れたって」


「倒れた?急にですか?なんでまた......」


「咲は、ストレスのせいで不安定になったらしくて、病院で薬をもらってたみたい。その薬を飲んでるうちにオーバードーズして遊ぶようになったらしいの」


「オーバードーズ?ですか?」


「そう、病院でもらった睡眠薬や安定剤を多量にのんでしまうことよ。最悪死ぬこともあるらしいわ。でも、咲の場合はかなり薬に耐性がついてたみたいで、死んだりはしなかった。薬の副作用を楽しんでたみたい」


 そうなのか。嫌な現実から逃げるために、そんな行為を。

 どこか、セナの自傷行為をしていた時期とかぶるものがあるな。


「その薬のせいで、倒れたんですか?」


「違うわ。オーバードーズは、すぐにお医者さんやお母さんが気づいてやめさせたらしいの。でも、咲はどうしても薬が欲しかったみたい。いつのまにか、その睡眠薬や安定剤と似た効果のあるお菓子を手に入れてたみたい」


「そのお菓子が、ラムネってことですか?」


 そうよ。と言ってエレナ先輩はこちらを見た。


「そのラムネは、睡眠薬や安定剤よりも凄い効果があるらしいの。咲は、それを今までやってたようにオーバードーズしちゃったのよ。それで、倒れたの」


「効果が強すぎて、咲さんの耐性では処理しきれなかったんですね」


「うん。それから咲は意識不明のまま。今も病院で眠っているわ」


 俺とセナの関係に似てる。


「そ、そんな......咲さんの意識は一生回復しないんですか?」


「わからない。もう戻らないかもしれないって、言ってたわ。私のせいなのよ。私があの時、咲の悪口を言う友達を止めてたら、こんなことにはならなかったわ。咲が意識不明になっちゃって、もう誤解を解くこともできない。最低よ。最低の親友でしょ?」


 エレナ先輩の目が、若干涙ぐんでいた。


「そ、そんなことないですよ。だってエレナ先輩は、今もこうして咲さんのために、仇をとろうとしてるじゃないですか!咲さんの意識が戻って、エレナ先輩が仇をとったって言ったら、咲さんは絶対に喜んでくれますよ!」


 そうね。と言って、エレナ先輩はこぼれそうな涙を指で払った。


「なによ!しんみりしちゃったじゃない!さっさと行くわよ!」


 そう言って、エレナ先輩は走りだした。


「え?切り替え早すぎですよ!ちょっと待ってください!」


 俺は、走りだしたエレナ先輩を追いかけた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 繁華街の裏に着く頃には、もう辺りは暗くなっていた。

 エレナ先輩が言うには、この治安の悪そうな裏道のどこかに、そのラムネを売っている薬屋がいるらしい。

 咲さんが、その薬屋からラムネを買っているのを、同級生がたまたま見たらしいのだ。


 俺たちは、ひたすら裏道を探し回ったあげく、疲れて道の端に腰を下ろした。


「ダメね。今日もいないのかしら」


 実は、いないほうがいい。

 しかし、さっきの咲さんとの話を聞くと、どうにか仇をうって欲しい気持ちもあった。

 うー、俺はどうすればいいんだ。


「何よ、黙り込んじゃって!あ!あんた怖くなったんでしょ!男のクセに弱虫ね!」


「違いますよ!ちょっと歩き疲れただけです!それに、俺は弱虫じゃないですから!」


「あー!ムキになってるー!かーわいいー!ママのおっぱいが恋しくなったのー?」


 クソー!この女!

 先輩じゃなかったら、殴りかかってるぞ!


 その時だった。


 ゴン!


 と音がした。

 しかし、この音は俺のすぐ後ろ、いや俺の後頭部から聞こえてきた。

 何か硬くて重いもので頭を殴られたらしい。


 頭がグラついて、体が言うことを聞かない。


 目の前のエレナ先輩は、体格のいい男に押さえられ、声が出ないように口を塞がれている。

 恐怖に怯える目だ。青い目が悲しく揺れていた。


 だんだん眠くなってきた。

 俺は、薄れゆく意識の中でドラッグストアの三ヶ条を思い出していた。


 一つ、絶対に同業社の邪魔をしてはならない。



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