Red hot⑤
翌日、俺はいつもより早めに学校へ登校した。
眠れなかった。
事故とはいえ、自分のせいで人が死ぬかもしれなかったんだ。眠れるわけがない。
あの大男は、ナタが刺さったにも関わらずその脂肪のおかげで、命に別状はなかった。
昨日はあれから、警察署で詳しく事情を聞かれた。
ツインテールの女の子も、事情聴取されたらしいがすぐに解放されていた。彼女はこの学校の二年生らしい。名前は、城之内・ジェネリック・エレナ。父親が外国人らしく、親日家で母親の実家の姓を名乗っているそうだ。どうりで髪が明るかったはずだ。明るいところでまじまじと顔をみると、上品そうな白い肌に、青い目が際立っていた。
俺の事情聴取は、かなり時間がかかると思われた。
事情聴取だけで済めばいいのだが、俺の起こした事故は正当防衛ではなく過剰防衛と言う罪になってしまうらしい。
それに、チョコレートの件を隠してあの状況を説明するのは、かなり難しかった。最終的に、あの大男から助かるためにナタをどうにか奪い、壁に当てて破壊しようとした、大男はナタが刺さった後に、倒れて意識がなくなった。と言うまとめ方に落ち着いた。なかなか信じてもらえなかった。無理もない。ウソなのだから。
しかし、顔見知りの刑事の登場で、状況は一変する。
そう、薬物対策課の刑事、青井が現れたのだ。
青井は、俺の事情聴取をしている警察官に、なにかを耳打ちした。すると、もう帰っていい、とすぐに解放されることになった。帰り際、青井は俺に目線で合図を送ってきた。
青井が何を話していたのかはわからない。
しかし、青井が出てきたと言うことは、あの宗教団体と関わりがあることなのかもしれない。
なんにせよ、青井のおかげで俺は、過剰防衛の罪にも問われずに済んだのだ。
あのまま過剰防衛で裁判などになっていれば、セナの治療費を稼ぐことができない。それに、チョコレートを持っていることもバレてしまっただろう。
青井の言っていた、『責任』を果たしてもらったのかもしれない。今度会った時は、しっかりとお礼を言っておこうと心に決めた。
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「おはよう!クリス君!」
教室に入り、自分の席で昨日のことを思い出していると、突然元気な挨拶が聞こえた。
声の主は、恵ちゃんだった。
昨日座っている時は気づかなかったが、わりと背が高い。
スタイルがいいと言うのだろうか。
長いツヤのある黒髪が、恵ちゃんの胸元辺りでサラサラと揺れていた。
うむ、いいものを持っている。
しかし、それを見ても今日の俺はどうもテンションが上がらない。
おはよう、と小声で返す。
「あれ?今日は元気ないね?あ!もしかして、あの繁華街裏の事件とか?」
「え!なんでそれを?」
びっくりした。
なぜ恵ちゃんが知ってるんだ!
「え?図星だったの?かなり噂が広まってるよ。私もクラスのグループラインで知って、ビックリしちゃった」
「もう噂が広まってるって!グループライン?オレ知らない......」
あの警察官は、ニュースには出さないと言っていた。
確かに、繁華街近くで起こったためギャラリーはいたが、それにしても噂が広まる速度が早すぎる。
それにオレはグループラインなんて教えてもらってない......
「あ!クリス君が休んでた時に、みんなでラインIDを交換し合ってたんだよ。別にクリス君を仲間ハズレにしたわけじゃなくて......」
「いいんだ......恵ちゃんは優しいね。そういえば、俺はこのクラスの人達の、ラインもスマホの番号もしらない......」
ああ、俺は結局クラスに馴染めてないのか......
やっと、挨拶や軽い冗談を言い合えるような空気になってきたのに......
「クリス君は妹さんのこととかいろいろ忙しかったんだし、仕方ないよ。そうだ、クリス君のラインID教えてよ!」
え?
今、恵ちゃんはなんと?
俺のラインIDを教えてって言ったのか?
まさか!
俺は今まで女の子から連絡先を聞かれたことはない。
単なる空耳だろう。うん、そうだ!
昨日のことがショックすぎて、幻聴を聞いているに違いない!
今のは聞こえなかったフリをして、もう一度聞いてみよう。
落ち着け俺!深呼吸しろ!頭の中から、煩悩を消せ!
悟りを開け!宇宙だ!宇宙を思い浮かべろ!
「えっと、今なんて?」
聞こえなかった?と言って恵ちゃんは、笑顔で
「ライン交換しよ!」
と言った。
セナ、お兄ちゃんは今日、一段だけ大人の階段を上がった気がします。セナをおいて、お兄ちゃんだけ大人になってごめんな、しかし、お兄ちゃんは嬉しくて涙が出そうなんだ。
「はい!是非、今後ともよろしくお願いします!」
大げさだよー、と恵ちゃんは言った。
「私は委員長だからね。クラスのみんなのラインぐらいは知っとかないとだから。」
ん?あれ?
いや、今のは聞かなかったことにしよう。
それよりも、可愛い女の子のラインをゲットしたことを喜ぶべきだ。
「それより、昨日の事件ってなんだったの?なんか最近出てきた宗教団体が絡んでるって噂だよー」
急に現実に引き戻された。
昨日の事件のことは口止めされているし、宗教団体が絡んでるって言う噂も初耳だ。
やっぱり青井はあの宗教団体と、大男が食べたと言うアッパー系のアメが繋がっている、と思ったに違いない。
セナをあんな状態にした、元の原因である宗教団体。
次は、一体なにを企んでいるんだ。
「いや、それが......警察の人から口止めされてて!俺も巻き込まれただけだから、宗教団体と関係あるかはちょっとわからないな...ははは」
ふーん、そうなんだ。と恵ちゃんは言って、すぐに違う話題を振ってきてくれた。
優しい!俺が困っているのを察してくれたのだろう。
女神だ!嫁にしたい!
俺は昨日のあの大男の件を忘れ、その日一日をずっとニヤニヤしながら過ごした。
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放課後。
俺はバイトに行くため、急ぎ気味に帰る準備をしていた。
「見つけた!このクラスだったのね!」
教室中に響き渡る、澄んだ高い声だった。
声のする方を見ると、昨日のツインテールの女の子が、教室の入り口でこちらを指差していた。
「え?俺?」
クラスの視線が俺に集まる。
ツインテールの女の子は、ズンズンと肩を揺らし、俺に近づいてきた。
「まずお礼を言っとくわ!昨日はどうもありがとう。おかげであの変態デブ男に襲われずに済んだ。感謝してるわ!」
「い、いえ、どうも、城之内、先輩ですよね?」
急なお礼に戸惑った。
背は小さいのに、気迫というか勢いがすごい。
そして、ハーフらしい端正な顔立ちに、クラスの男子が見惚れているのがわかった。
「エレナ様、もしくはエレナ先輩様と呼びなさい!」
「は、はい。エレナ先輩......様」
どっちにしろ様がつくのかよ!
何様だよ!............エレナ様か。
「もう!そんなことはどうでもいいのよ!今日はあんたに頼みが合ってきたの!」
どうでもいいのかよ!
頼み?なんだろう。
「なんですか?頼みって」
「私と一緒に、咲の仇をとりなさい!いや、詳しく言うとラムネを売ってる悪党を退治するのよ!」
え?昨日俺がやられたみたいなことを、やれと?
と言うか、ラムネは売ってないけど俺も実は悪党なのだが。
「えっと、それは......ちょっと......」
バン、と机を叩かれた。
「あんた、誘拐犯と戦ったことがあるんでしょう?それに、昨日のあの勇敢な行動で確信したわ!あんたは、私と組んでこの街の平和を守るべきよ!」
「え?いや、そ、それはですね。噂に尾ひれがついたと言うか、なんと言いますか......」
おいおい!待て待て!
その咲って人の仇をとるんじゃないのか?
このツインテールは、今この街の平和を守るとかいわなかったか?
むしろ俺は、平和をみだしてる方です!
とは、言えないよな......
「とにかく、私が決めたことなんだから、従いなさい!それとも、先輩の言うことが聞けないって言うの?」
エレナ先輩は、手をポキポキ鳴らしながら睨みつけてきた。
怖えー!パワハラだ!これは、体育会系のノリだろう!
しかし、昨日の木刀の一撃の重さを考えると、断ったらどうなるかわからん。
「あ、いや、その、俺、放課後はいつも用事があって......」
用事?と、疑いの眼差しで見られる。
ヤバい。キョドッてしまう。
「もしかしてあんた、バイトしてるとか?ははーんバイトでしょ?」
エレナ先輩は、ニヤニヤし始めた。
え?なぜバレた。
しかし、バイトの内容までは絶対にわからないはずだ。
それに、バイトが毎日あるなら先輩も諦めてくれるだろう。
「この学校って、バイト禁止って知ってるー?」
「え?禁止?」
禁止だったの?ウソー?
「あんたがバイトしてること、先生が知ったら、どうなっちゃうと思うー?あ!先生ー!この薬師寺君が.....」
ちょうど通りかかった先生に、エレナ先輩は話かけようとしている。
「お供します!いや、お供させて下さい!エレナ様」
負けた......
この女......鬼畜だ。
「わかればいいのよ!それじゃあ、早速今日から見回りを始めるから、帰る準備ができたら校門に集合よ!あと、やっぱり辞めたくなって、逃げようとしたら...こうよ」
エレナ様は、机に置いてあった飲みかけのオレンジジュースのパックをグシャっと潰した。
ヒエッ!
逃げようとしたら、許さないと言うことらしい。
「じゃ、またあとでね!あんたには期待してるんだから!」
そう言って、エレナ様は教室から出て言った。
後に残された俺は、机の上にこぼれたオレンジジュースを見つめて、ため息をついた。




