Red hot④
「はあ!はあ!おい!はあ!はあ!待てよ!」
俺は、先にあの大男から逃げたツインテールの女の子に追いついた。
後ろからは、まだ大男がナタを振り回しながらこちらに向かって来ている。
「はあ!はあ!なんなのよ!なんであのキモい奴は追ってきてんのよ!あんたの仲間じゃないの?」
ツインテールの女の子は、前を向いたまま苦しそうにそう言った。
無理もない。
木刀で襲われていた時は気づかなかったが、この女の子はわりと小柄な方だ。
後ろから追いかけてくる男は、身長もデカイしかなりデブなのに、一向にペースが落ちない。むしろ早くなってる。
彼女は、俺の倍ぐらい足を動かさなければ、追いつかれてしまうだろう。
「はあ!はあ!知らねえよあんなイカれた奴!お前こそ知り合いじゃないのか!」
「はあ!はあ!そんな訳ないでしょ!私も私の知り合いも、人を突然襲うようなマネしないわよ!バカじゃないの!」
ウソつけ!
俺はさっき襲われたぞ!
しかし、どうする?俺も息が苦しくなってきた。
このままだと、追いつかれる。
ツインテールの女の子も、同じことを思ったのか、俺に提案してきた。
「はあ!はあ!私、もう無理!あのT字路を左に行けば繁華街にでるわ!繁華街にでれば、人混みに紛れて逃げ切れる!」
繁華街か!
いや、それはマズい!
「ダメだ!確かに繁華街にでれば逃げ切れるだろうけど、あの大男はイカれてる!人混みの中であのナタを振り回すに決まってる!」
「はあ!はあ!じゃあ、どうすんのよ!もうあんたも私も限界なのよ!このままじゃ二人とも殺られる!」
苦しそうだ。
彼女はもうヤバイだろう。
俺は......まだ行けるはずだ!
「わかった。あのT字路で分かれよう!俺が囮になる!」
「はあ?あんた何言ってんのよ!殺されるわよ!」
確かに。
俺は平均的な男子高校生。
ケンカもやったことないし、争いごとも嫌いだ。
あの大男とやり合ったら、確実に負けるだろう。
そう、やり合ったら、だ。
俺は、このピンチを切り抜けるための、ある秘策を思いついていた。しかし、この女の子の前では秘策は使えない。
どうしても、この女の子とは分かれなければならなかった。
「大丈夫だ。俺はまだ死ぬつもりはないよ。それに君も、咲って子の仇をとるまでは死ねないだろ?」
「それは......そうだけど」
ツインテールの女の子が考えている間に、もうT字路の近くまで来てしまった。
「考えてるヒマはない!君は左に行って!俺は囮になって右に行く!」
「わ、わかったわ。すぐに助けを呼んでくるから......死んだら許さないんだからね!」
「ああ!わかってるよ!」
そう言って、俺はT字路を右に曲がり、足を止めた。
ツインテールの女の子が左へ曲がって、繁華街の方へ向かうのを見届けた。
「まぁ〜て〜〜!あれ?どっちに行けばいいんだ?グヘヘ」
大男は、T字路の分岐点で止まり、どちらへ向かうか考えている。
「オーイ!そこのデブ!こっちだ!いい物あげるからついてこーい!」
俺は、その大男に向かって叫んだ。
大男は、首をかしげて少し考えたあと、
「い、いもの?よこせ〜〜!」
と言って、俺の方へ走りだした。
俺も、道の奥に行こうと、振り返って走り出そうとした。
ーーーーしまった。
行き止まりだ。
T字路を右へ曲がった先には、短い道路と高い生垣があるだけだった。
ヤバイ!
そう思い、大男の方を見る。
ブオン!ブオン!ブオン!ブオン!
ナタを大きく振り回して、ニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。
覚悟を決めろ!俺!
「ストーップ!タンマ!止まって!お願い!」
必死で止まるよう説得する。
「たんま?グヘヘ」
大男は、歩くのをやめた。
なんだ、わりと素直じゃないか。
俺は、そのとっておきの秘策を使う。
「あんたは、お菓子が欲しいんじゃないか?」
「アメ!欲しい!グヘヘ」
やっぱり。
そうだと思った。
こいつは中毒者だ。
あのイカれた行動と、焦点の合わない目。
疲れを知らない持久力と、ニヤけ顔。
これは、お菓子による副作用だ。
「OK!あげるよ!欲しいんだろ?でも、あいにく俺はチョコレート専門なんだ!それで、我慢してもらえないかな?」
「チョコレート?」
「そう!多分あんたが食べたそのアメは、アッパー系のお菓子だ。そして、今俺があんたにあげるのは、ダウナー系なんだ」
「ダウナー?いらない!アメだけ!欲しい!」
「おいおい、待ってくれ!本当にいいのかい?アッパー系のお菓子とダウナー系のお菓子を混ぜると、スピードボールになるんだぜ?」
「スピードボール?なんだ、それは」
そう、このスピードボールこそが俺の秘策だ。
俺は、青井の娘が変死した事件のあとから、チョコレートやその他のお菓子について、スティーブに教えてもらっていた。まあ、基礎知識だけだが。
お菓子は、大きく分けて二つの系統に分類される。
一つは、ダウナー系。
これは、どちらかと言うと眠くなったり、ダラダラしてしまう感じのお菓子だ。
もう一つは、アッパー系。
これは、やる気がでたり、異常にハイテンションになるお菓子だ。
まあ、ダラダラするか、動き出すかに分けられる。
スピードボールと言うのは、この二つの系統のお菓子を、同時に食べた時に起こる現象だ。
食べるお菓子の組み合わせに寄って、効果が変わったりもするらしいが、大体は......
「アメを食べるより、スピードボールの方がイケイケだぜ?どうする?大男さん」
「イケイケ?ほんとうか?グヘヘ。チョコレート、よこせ!」
俺は、鞄の中からチョコレートを取り出し、大男に投げた。
大男は、チョコレートを受け取ると、すぐに食べ始める。
ガツガツムシャムシャ
大男がチョコレートを食べる音だけが、誰もいない暗い裏道に響いた。
俺は、ニヤニヤしながらその光景を見ていた。
「なんだ、何も起こらない......いや、これは......」
大男が何かを言おうとした。
しかし、
バターン!
とその場に倒れこんでしまった。
俺は、ヨッシャ!っとガッツポーズした。
そう、スピードボールは、そのあまりの気持ちよさのため、体が動かなくなるのだ。いや、体が動くのをやめると言ったほうがいいかもしれない。
異なる二つの系統の成分が混ざり、体内では麻酔に似た成分が出来上がるのだ。
しかし、スピードボールはあまり人気がない。
そのあまりの気持ち良さに、死んでしまうこともあるからだそうだ。
現に、スティーブはスピードボールを嫌っている。
倒れた大男は、グヘヘと笑いながら意識を失っている。
いや、別世界に意識があるのだろう。
しかし、これでなんとか助かった。
あとは、無事に家に戻るだけだ。
「こっちです!こっちに同じ高校の生徒が逃げ込んで......」
ヤバイ!さっきのツインテールの女の子が、警察を連れてきたらしい!
どうしよう。このままここに居たら、チョコレートを食べさせたのがバレるかもしれない。
しかし、この道は行き止まりだ!
あ!いいことを思いついた!
まずあの大男が持っていたナタを、生垣に突き刺す。そして、それを踏み台にして登れば、生垣を超えられる。
生垣を越えれば、こっちのものだ!そのまま逃げよう!
急がないと!
俺は、ナタを両手で持ち、壁の前に行った。
そして、そのナタを壁に向かって、おもいっきり振り下ろした。
ーーーー現実は甘くなかった。
カーン!
と言う音と共に、ナタの刃の部分だけが宙に舞った。
スローモーションに見えた。
ーー勢いよく宙に舞うそのナタの刃は、弧を描いて地面に落ちようとしている。
ーーしかし、その地面にはあの大男が眠っていた。
ーーナタの刃は、大男の腹の上に綺麗に着地した。
グサッ
「あ、え、えっと.....」
大男の腹に、ナタの刃が突き刺さってから数秒、何が起きたのかわからなかった。
「ちょっと!しっかりしてよ!」
我に返った。
あのツインテールの女の子が、その場に座り込む俺の肩を揺すっていた。
「一体なにが起こったの!なんであのキモい奴は気絶してて、持ってたナタが刺さってるのよ!」
「ち、違う!事故、あれは事故だったんだ!わざとじゃない。わざとじゃないんだ!」
ダメだ。頭が真っ白で何も考えられない。
俺は、俺は人を、殺してしまったのか!
わざとじゃない。本当だ!
「君、ちょっとこれから署に同行してもらってもいいかな?いろいろと聞きたいことがあるんだが」
ツインテールの女の子と一緒に来た警察官が言った。
俺は、涙目でその警察官を見上げた。




