Ice cube①
今日もバイトの面接を落とされた。
面接官が言うには、まず格好がなってないらしい。
私服面接OKと書いてあったのにだ。
ボサボサの頭とヨレヨレのTシャツに、便所サンダルで行ったのがまずかったか?
いーや、オレは間違ってない。
間違ってるのは、世の中だ。
と、三十路を過ぎてまだ無職のオレが言ってみる。
二十代の頃は、まあまあ充実した社会人生活を送っていた。しかし、些細なことがキッカケで会社の上司とケンカし、ついには会社を辞めるまでになってしまった。
会社を辞めてからは、次の就職先を見つけることもせず、ただダラダラと貯金を削りながら暮らしていた。
そのうち、貯金も底をついてきたので実家の親に生活費をせがむようになっていた。
親には、就職難で職が見つからないとウソをついた。
しかし、五、六年そう言う生活が続くと、さすがに親も黙っていない。バイトでも何でも働けと言われた。
働きたくない。
長くニートをしていると社会復帰が困難になると聞いたことがあったが、どうやらウソではないようだ。
さらに、一日の大半を家の中で、ロクに運動もせずゴロゴロしていたオレの体は、ブクブクと太っていった。
身長180センチ、体重150キロ。
いわゆる、デブだ。
若い頃は痩せていて、結構モテるほうだったが今は見る影もない。
ただの肉の塊だ。
この体型になると、けっこう動くのが辛い。
出かけるのも億劫だ。
そういうことで、親の言うことを聞き流し、ずっと無視していた。
ーーーー事件は起こった。
いつも金を振り込んでもらっていた銀行の口座に、金が一銭も入っていないのだ。
最初は見間違いかと思った。
しかし、何度見ても通帳の残高は0円だったのだ。
すぐに親に電話をかけた。
すると、なぜか親の代わりに弟がでた。
「兄さん、もう父さんや母さんに金をたからないでくれ」
と言われた。
ショックだった。
親は、借金までしてオレの面倒をみてくれていたらしい。
弟は、最後の生活費を入れるからバイトを探してくれ、と言い電話を切った。
そのあと、オレの口座には二十万が振り込まれた。
オレは、親に申し訳なかった。
まさかそんなに迷惑をかけていたとは。
一日、布団にくるまりいろいろと考えた結果。
やる気を出して、就職活動をする決心が固まった。
翌日から、オレの第二の就職活動が始まった。
とりあえず正社員で雇ってもらえる会社に、手当たりしだいに面接にいった。
しかし、五年以上もブランクのあるオレを雇ってくれる優しい会社は皆無だった。
チクショウ。
オレはこう見えて、わりとバリバリと仕事ができる使える男だ。
そんなオレを落とすなんて、見る目がない。
きっと、オレに嫉妬しているんだ。
次の会社なら、きっとわかってもらえるだろう。
そう思ながら就職活動を続けた。
しかし全く内定がもらえない。
オレはランクを下げることにした。
そうだよ。まずはバイトからだ。
バイトなら、まず落ちることはない。
オレみたいな使える人材は引っ張りだこだ。
そう思っていた。
しかし、もう十社以上面接を受け続けているのに、受からない。
コンビニのバイトにさえ落ちた。
オレは絶望した。
みんな、オレの隠れたポテンシャルをわかっていない。
オレは天才肌で、努力家で痩せればイケメンだ。
それなのに、一切聞く耳を持ってくれない。
なんでだ。
オレの一体どこがいけないんだ。
ーーーー弟から振り込まれた二十万も底をついた。
このままでは、生活ができない。
とうとうオレは、電柱に貼ってあった闇金の番号に電話をかけた。
絶対に返すから、就職すればすぐだから、と言って金を借りた。
闇金の人は、優しい。
しかも、オレがどういう人間なのかをわかってる。
三十万貸してくれたからだ。
信用がなければ、なかなかこんな金額は貸してくれないらしい。
まあ、会社を経営してる弟を保証人として立てたからかもしれないが。
保証書は、闇金の人がどうにかしてくれるらしい。
とにかく、金が手に入った。
仕送りを止められてから、節約節約でストレスはピークに達していた。
今日ぐらい、豪勢にいこうじゃないか!
オレは借りた三十万を握りしめて、焼肉に行った。
久しぶりに食った肉は、むちゃくちゃうまかったし、酒もガンガン進んだ。
一人焼肉で、周りからは白い目で見られていたが、そんなことはかまわない。
今は、溜まったストレスを発散させるのだ。
オレは肉をガンガン食い、酒を酔い潰れるまで飲んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お客さん、もう閉店時間です!起きてください!」
焼肉屋の店員に起こされた。
どうやら、久しぶりの酒に体がついていかず、酔っ払って眠ってしまったらしい。
オレは、勘定を済ませると外に出て夜風に当たった。
まだちょっと酔いが覚めていないようだ。
少しフラフラする。
繁華街の近くの焼肉屋だったので、あの人の多い道を歩かねばならない。
嫌だ。今は人ゴミは極力避けたい。
どうせ、この体型を見てバカにされるに決まってる。
オレは、繁華街の裏側にあたる細道を行くことにした。
裏道は結構暗かった。
街灯はいくつかあるが、あってないようなものだ。
繁華街はすぐ近くだと言うのに、ここは誰もいない。
まるで、オレだけの秘密の道を歩いているようで、とても気分がよかった。
しかし、目が慣れてくるとその通りに誰か立っているのが見えた。
その誰かは、オレのことに気づいたようなそぶりを見せた。
わざわざ街灯の下まで行き、オレに手招きしてきたからだ。
一体誰だ?
知り合いではなさそうなんだが。
街灯の下で手招きしている男は、黒い服、いやマントのような物を着ており、フードを被っているため顔が見えない。
いかにも怪しそうだが、オレはそいつのいる場所に向かった。
「そこのお兄さん、アメは入りませんか?」
女だった。
驚いた。男とばかり思っていた。
いまだに顔は見えないが、声は若そうだ。
しかし、アメ?
アメってキャンディーのことか?
「いらないな。それよりもねーちゃん声が可愛いな。今からオレと遊ばねーか?」
黒いマントの女は、オレの返答に全く反応しなかった。
そのかわり、マントの中から何かを取り出しオレの前に出した。
それは、透明な四角形のアメだった。
いや、これはアメと言うか氷砂糖か。
「あなたは、この世の中に不満がある。違いますか?」
「不満?」
オレは、コクリとうなずく。
「このアメは、その不満を解消し、あなたに凄まじいやる気と気力を授けるでしょう」
不満を解消?やる気と気力?
そのアメで?
ヘッと鼻で笑う。
「おいおいねーちゃん。あんまり大人をバカにするなよ」
しかし、黒いマントの女は続けた。
「信じていないのですね?いいでしょう。このアメは、あなたに差し上げます。そのかわり、このアメを食べて不満が解消されたら、ここに買いにきてください」
そう言って、オレに無理やりアメを渡すと走ってどこかへ行ってしまった。
「おい、待てって」
口ではそう言ったが、オレは追いかけなかった。
なぜなら、この手に握っている四角形のアメが気になっていたからだ。
正直、信じられない。
アメを食べただけで、不満が解消されてやる気がでるなんて。
しかし、気にはなる。
タダでもらったものだし、騙されたと思って食べてみるか?
いやいや、危ない。
もし毒とか入ってたら......
しかし、捨てるのもなんだか気がのらない。
オレはズボンのポケットにアメをしまうと、足早に家へかえった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「クソ!あの女の面接官、絶対に体型で判断しやがった!」
今日も面接に落ちた。
体型をジロジロと見られたあげく、面接途中に不合格だと言われた。
アリか?それはアリなのか?
しかし、困った。
なぜバイトにも受からないんだ。社会がオレを必要としていないのか?
そんなわけない。でも............
クソ。
このままだと、借金でクビが回らなくなって、自殺コースだ。
どうしよう。甘く考えていた。
オレは机の上に肘をつき、頭抱えた。
チクショウ。みんなこの世の中が悪いんだ。
オレはなんにも悪くない。
ふと、昨日の黒いマントの女が言っていたことを思い出した。
『このアメは、不満を解消し、凄まじいやる気と気力を授けるでしょう』
そうだ。
ものは試しだ。
アメを食ってみよう。
オレは、昨日履いていたズボンのポケットから、四角形のアメを取り出した。
しかし、いざ食べようとすると勇気がいる。
もし、このアメに毒とか入ってたらシャレにならない。
ーーーーオレはアメを見つめた。
どうしよう。
でも、どうせこのままの生活を続けても、いずれは自殺しないといけないだろう。
それなら、あの可愛い声のねーちゃんに騙されるのも悪くない。
オレはアメを口の中に入れ、バリバリと噛み砕いた。
スーッ
っと足の先から頭のてっぺんを抜ける、一本の線を通されたような感覚がする。
少し寒い。
背筋がゾクリとした。
おかしいな。今はそんなに寒くはないはずだ。
時計を見ると、昼を回ったばかりだ。
しかし、次の瞬間。
身体の内側から、力が溢れでるのを感じる。
なんだこれは。
オレは今............無敵だ。
なにも怖いものなどない。
さっき考えていた、金の話も全く気にならない。
それよりも、初めての感覚にビックリしている。
オレは最強だ。
今なら格闘技の世界大会でも優勝できる。
ふと、机の上にあった知恵の輪が目に入った。
なぜか、物凄く知恵の輪が魅力的に見える。
やりたい。
オレはすごい勢いで知恵の輪をやり始めた。
カチャカチャカチャカチャ
解けても、解けても、ずっと知恵の輪をやり続けた。
面白い。
オレはこんなに知恵の輪が好きだったのか?
百円ショップで、ただ暇つぶしに買っただけなのに。
この雑な感じが非常に面白い。
クセになる。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ
フー、そろそろ飽きたな。
オレは知恵の輪を机の上に戻した。
あんなに知恵の輪が面白いと思ったのは、初めてだ。
ふいに窓を見た。
暗い。ん?
時計を見る。なんだと?
時刻は、午後七時を指していた。
オレは約七時間も知恵の輪をやっていたのか!
全く気づかなかった。
そんなに集中していたのだろうか?
そうだ、ケータイをチェックしないと!
もしかしたら、あの女の面接官の気が変わって、バイトに受かってるかもしれない。
オレはケータイを開いた。
............ウソだ
ケータイの画面には、信じられない文字が書いてあった。
日付が変わっていたのだ。
という事は、オレは昨日の昼から今日の午後七時までずっと知恵の輪をやっていたのか!
そんなバカな!
喉も乾かなかったし、腹も減らなかった。
便所にも一度も行っていないし、眠くもならない。
く、狂ったのかオレは。
しかし、何度ケータイの画面を確認しても日付は変わらない。
頭がおかしくなったのかと思った。
しかし、それよりもなんだか身体が重く感じる。
なぜだ。さっきまで、全く気にならなかったのに。
今は気分も最悪だ。
ううぅ、なんだか冷や汗がでてきた。
欲しい......?
オレは今何を欲しいと思ったんだ?
あ!そうか!
アメだ............
その日から毎日、オレはあの繁華街の裏へアメを買いに行った。
あの黒いマントのねーちゃんは、いつもそこにいた。
一粒、一万五千円のアメを持って。
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あのアメを食べ始めてから、もう二週間近くたった。
アメを食べている間は腹も減らないし無敵なのに、その効果が切れると、ひどい空腹と共に自殺を考えてしまう。
嫌だ。死にたくない。
しかし、またアメを食べればすぐにそれは治るのだった。
金が底をつきた。
最初は、闇金から何度か借りることはできたが、もう無理だ。
バイトの面接なんて考えられない。
ただ、あのアメが欲しい。
オレは考える。
金はもうない。
しかし、アメは欲しい。と言うか、あのアメがないともう生きる意味がない。
どうすれば......そうだ!
あのアメを持っているねーちゃんを襲って、根こそぎアメを奪ってしまえば解決だ!
その夜、オレはアメが切れたせいでひどく体調が悪かった。しかし、どうにか身体を動かしてホームセンターでナタを購入した。
このナタを使って、あのねーちゃんを脅せば、すぐにアメを出すだろう。
オレは時間が来るまで、ひっそりと繁華街の裏道に身を潜めていた。
すると、ねーちゃんは現れた。
あれ?
いつもと服が違うようだ。
今日は黒いマントではなく、学生服?のような格好をしている。髪は長くツインテールだ。
それにあんなに小柄だったか?
はて?
よく見ると、なにやら全身黒い服を着た男と揉めている。
まったく、想定外だ。
しかし、逆に考えるとこれはチャンスか?
今ねーちゃんは、男の方に気をとられている。
今、ねーちゃんを襲えばアメを出すに違いない。
オレは覚悟を決めた......はずだった。
気の小さいオレは、迷っていた。
本当に成功するだろうか。
失敗したら、オレは殺されるのではないか。
えーい、考えるのはやめだ。
これを食えば解決する。
オレは、最後の一粒だったアメを口の中に入れて嚙み砕く。
来た来た来た来た!
無敵モード!全開!
さっきまで感じていた恐怖や、悩みは消し飛んだ。
今は、ただあのアメを奪うことだけに集中しる。
オレはねーちゃんと男を襲うため、飛び出して行った。




