Red hot①
桜も散り、木々もだんだんと明るい緑色になってきた。
二、三日前は黒々としていた教室の中の風景も、、真新しい長袖シャツの白で眩しいくらいだ。
いくら地球温暖化だからと言っても、少し衣替えが早いのではないかと思っていた。
しかし、そんな心配は無用だった。日を追うごとにゆっくりと上がる気温が、優しくこの教室を包んでくれている。
春でもなく夏でもない。どっちつかずの季節。
暑くもなく寒くもない。心地よい日差し。
そんなポカポカとした一日のおだやかな午後は、人を夢の中へと誘う不思議な力が働いている気がする。
しかもだ。
難しい魔法の呪文を話しているような、中年数学教師の低く渋い声というオマケまでついている。
無理だろう。
子守唄だよこれは。
これで寝るなと言う方が間違っている。
暴動が起きてもおかしくはないと思う。
いや、起こすべきだろう。
俺はついさっき、授業中の居眠りを注意されたばかりだった。
少々ふてくされたような態度をとりながら、日差しが差し込む窓の外を見つめていた。
ーーーーーードラッグストアでのバイト二日目。俺は、バイト先に向かうと言うただそれだけの行動で最速ラップを叩き出した。前日に俺がチョコレートを配達したラブホテルのカップルが、変死体で見つかったと言うニュースを見たからだ。
驚いた。正直、全く現実感がなかった。
なにせ昨日自分と話していた人が、今日死んで見つかったなんてそうそうあるわけじゃない。
いや、ないだろう普通は。
しかし驚いただけではなかった。
驚いた次の瞬間、恐怖が襲ってきた。
俺が届けたチョコレートは非合法な成分を含んでいるからだ。
俺はこのチョコレートの効能を全て理解しているわけではない。なぜなら、食べたことがないからだ。これから先も食べようとは思わない。
しかしそれで、カップルが変死体になった原因が、このチョコレートなのかもしれないと言う考えが頭をよぎった。
ドラッグストアのオーナー、スティーブに確認せずにはいられなかったのだ。
俺はドラッグストアに着くと、息を切らしながらスティーブのいる部屋へ向かう。
スティーブは、ソファに座りながらダラけていた。
テレビにはクマのぬいぐるみが動く映画が映し出され、机の上はパックのイチゴミルクにエンゼルフレンチやオールドファッションが並んでいる。
俺は机の上にあったパックのイチゴミルクを勢いよく飲み干し、息が正常に戻るのを待った。
「あれー?クリス君じゃないか。どうしたんだい、そんなに慌てて。バイトまではもう少し時間があるはずだけど」
相変わらずのニヤけ顔でヘラヘラと聞いてきた。
しかし、いつもより目が赤い。寝不足か?
「はあ、はあ、スティーブ!昨日の、昨日のラブホテルの客が死んだって、ニュースで!」
スティーブは、なんだそのことか、と言って机の上にあるドーナツに手を伸ばした。
「知ってたのかよ!このチョコレートのせいなのか!」
さも、他人事のようなスティーブに声を荒げて聞いた。
スティーブは、ドーナツをかじりモグモグと口を動かしながら喋り始めた。
「安心しなよ。このチョコレートは関係ない」
マナーの悪いおっさんだ。
しかし、チョコレートは関係ない?
「どうしてそう言い切れるんだ!このチョコレートは、違法な成分が入って......」
最後まで言い切る前に、スティーブは俺の口にドーナツを押し込んだ。
「僕達が扱うチョコレートには人を殺すような成分は入ってない。現に、君が来る五分前にも僕はチョコレートを食べているが、この通り生きてるだろ?」
食べてる?
こいつ、仕事の前になにしてんだ!
スティーブに抗議の言葉を浴びせようとしたが、口の中いっぱいに入っているドーナツのせいでモゴモゴとしか喋れない。
オールドファッションか。パサパサする。
しかし、チョコレートじゃないとすると、一体なにが原因なんだ。
スティーブは続けた。
「おっと、じゃあ何が原因だ。って顔をしているね。教えてあげよう。あのカップルが食べたのは、Light danceだ。君の妹さんみたいに、無理矢理ではないだろうがね」
Light dance!
セナが食べさせられたのと一緒のやつか!
しかし、無理矢理ではないって、なんでだ?
あのガムは危険すぎるだろ。
「副作用のことも知らずに、軽い気持ちで食べたんだろうね。只々遊びたいために。ははは、自業自得ってやつさ」
スティーブは笑っていた。
昨日あのカップルと会ったばかりの俺でさえこんなにショックを受けてるのに。
こいつは......この中毒者ときたら............
俺はドーナツを飲み込み、言った。
「笑い事じゃないだろ!人が死んでるんだ!客とはいえ、自業自得だとしても、人間が死んだんだ。笑うのは不謹慎だろ!」
スティーブは、俺が一生懸命喋っている間も声を上げて笑っていた。
しかし、俺が喋り終えると真面目な顔になって。
「うーん。不謹慎か。しかしねクリス君。客は他人だ。初めて客が死んだから君はうろたえてるんだろうけど。こんなことは日常茶飯事さ。いちいち気にしてられないよ。それに、客にあまり感情移入しないことだ。僕達は非合法な商品を扱っているんだよ。客もいい奴ばかりではない。そのうち君もわかってくるだろうけど」
日常茶飯事だって?
人が死ぬのが?
なんてことだよ。
とんでもないバイトを始めてしまった。
なにも喋る言葉が見つからない。
「じゃあ、今日の配達よろしく!っつ............ぷ、ははは、ぷははははははははは」
スティーブは、配達先の住所が書かれたリストとチョコレートを俺に渡すと、急に笑い始めた。
どうしたんだよ、と聞いたが、スティーブの笑いは止まらない。
「ちょ、ぷはははは、いや、あははははは、違っ、あははははは、君の、あははははは、顔が、あははははは」
俺の顔?
なんて失礼なやつなんだ。
そんなに爆笑するほど俺の顔がおかしいのか?
不機嫌な顔でスティーブを睨む。
「やめて、あははははは。その顔もヤバい、あははははは。ダメだ、入った、入っちゃった。あはははははは、もう、行ってくれ、あははははは、あと、三十分は治らない、あははははは」
入った?
なんのことだ?
俺にはさっぱりわからない。
なんか気持ち悪くなってきた。
俺は、笑い転げているスティーブを蔑んだ目で見ながら、ドラッグストアを後にした。




