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Light dance③

 内心、私はホッとした。

 連絡がとれなくなった彼がまだ生きている。

 だがまだ安心はできない。

 警察は悪に立ち向かう強い意志を持った人間の集まりである。しかし、地下鉄事件の時のように、薬物によって改心させられてしまうケースもある。それほど、薬物とは怖いものなのだろう。

 連絡がとれなくなってしまい手遅れかもしれないが、彼の警察官としての素質を信じたい。

 私は、その人通りの少ない路地裏に何度か通った。

 しかし、彼と接触することは一度もない。

 それどころか人を見かけたことさえない。

 なぜだ。なぜ彼はこの場所に?なにか理由があるに違いない。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 彼の情報が入ってもう一ヶ月が経とうとしている。

 未だ、彼との接触はない。

 私は、会社のデスクに座りながら、頭を抱えていた。

 あの新しい宗教団体にも動きが見られない。

 情報が全くと言っていいほどないのだ。

 その時、隣の刑事課のシマが騒がしくなった。


「只今、〇〇市の一角にある道路横の路地で、誘拐事件が発生しました。犯人は黒いバンに人質をのせて逃走中です」


 私は驚愕した。

 その路地というのは、あの新米刑事が度々目撃された場所だったからだ。

 誘拐?まさか、このためにあいつは。

 私は急いで刑事課に掛け合い、薬物対策課で追っている宗教団体との類似性を話し担当に加わった。

 人質を乗せた黒いバンの捜索は、かなり大掛かりなものとなった。通報時に車のナンバーがわかったことも大きい。その黒いバンは、港近くで働いている港湾作業員のものだったのだ。警察の総力を挙げて、港近くを一斉捜索した。

 ーーーー見つかった。黒いバンは、港の近くにあるレンタルコンテナ置場に乗り捨ててあった。

 犯人と人質がいるであろう貸しコンテナも発見された。

 近くにいたパトカーや救急車、機動隊も貸しコンテナの前に集結した。

 しかしここで犯人を刺激してしまうと、人質の命を脅かすことになる。事態は慎重な対応を要求された。

 まず、コンテナのドア越しに犯人へ投降を呼びかける。


「誘拐犯に次ぐ。私は県警薬物対策課の刑事だ。あなた方のいるコンテナの周りは、たくさんの警察で包囲されている。人質を連れて出てきてもらえないだろうか?」


 これで出てきてくれれば一見落着なのだが。

 しかし、コンテナの中からは何の反応もなかった。

 次に、スパイとして送った新米刑事に語りかける。


「吉田。君がいるのはわかっている。どうだ。もう一度、私と一緒にやり直してみないか?君の言う通り、私も次へ進む決意をしたんだ。今度は君の番じゃないか」


 頼む、君の警察官の心が少しでも残っているのなら、答えてくれ。

 コンテナの中からは、何も聞こえない。

 ダメか。もう彼はあの宗教団体に取り込まれてしまったのか。

 私は落胆した。

 しかし、あることに気づく。


 あまりにも無反応すぎやしないか?


人質をとってコンテナに隠れている誘拐犯を、警察が完全に包囲し説得を試みている。しかしその状況で返事すらも返さない。おかしい。

 私は意を決して、コンテナのドアに耳をつけ、中の音を聞いた。それを見た他の警察官たちは、あ!青井さん!と驚いていた。


 中の音を聞くことだけに集中する。

 バクバクする心を落ち着かせろ。


 すると、中からは女の子の鼻歌が聞こえてきた。


 どういうことだ。

 全く状況が掴めない。

 今は、誘拐犯との交渉中だ。

 私はそのあまりにも異常な状況に、耳を疑った。

 しかし、人質はどうやら生きているようだ。まだ安心はできないが。


 私は交渉を諦める。

 人質である中学生の女の子の家族に来てもらい、コンテナへ突入する決心をした。

 人質の家族は、一人しかいなかった。

 この春、高校へ入学したばかりの少年だ。

 両親はいない。

 なんて運命は残酷なのか。

 二人だけしかいない家族を、これ以上引き離さないで欲しい。まあ、私が望んだところでしょうがないことだが。

 少年に電話をかけた。


「もしもし、妹は見つかったんですか?無事ですか?」


 少年は、電話のコールがかかった瞬間に出たようだ。

 無理もない。

 心配なのだろう。


「落ち着いてください薬師寺さん。私は県警本部の薬物対策科に所属している刑事で、青井と言います。現在、教えていただいたナンバーの車が、港の近くのレンタルコンテナ置場で発見されました。すぐ近くにカギのかかったコンテナがあり、妹さんはそこへ連れ去られたようです」


「本当ですか⁉︎妹は、セナは無事なんでしょうか?」


 無事。私もそうあって欲しいが、しかし......


「ひとまず、犯人をできるだけ刺激しないように声をかけているのですが、返事が返ってきません。しかし、中では女の子の鼻歌が聞こえてきます」


「え?鼻歌?セナですか?セナは生きてるんですね?」


 生きている。確かに生きてはいるだろう。

 だが......私は答を濁した。

 もしかすると、彼には刺激が強すぎる事実が待っているかもしれない。


「まだ断言できません。しかし、セナさんのものである可能性は高いです。今から突入し救出作業に入ります。お兄さんもこちらに来て、セナさんかどうかの確認をお願いしたいのですが?」


「行きます。すぐに行きます」


「わかりました。今駐在所にいるとお聞きしたのですが、そちらの警察官に車を出させますので一緒にご同行ください。それでは、警察官に代わって頂けますか?」


 駐在所の警察官に、少年を港に連れて来るよう話した。

 電話を切ると、胸ポケットから取り出したタバコに火をつけ、少年の到着を待った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お待ちしてました。改めて、私が薬物対策科の青井です」


 その少年は、初めて見る大勢の警察官に圧倒されている。

 少年の緊張を解きほぐそうと、まず自己紹介をした。


「俺は、じゃなかった僕は、薬師寺クリスといいます。セナがあそこにいるんですね?」


 やはり、気が気でないのだろう。

 今にもコンテナに突入しそうな勢いだ。


「そうだ、とは言い切れませんが、その他のコンテナや周辺を調べた結果間違いないでしょう」


「そうですか。じゃあ、早くセナを助けてください」


 そんなことはわかっている。

 しかし、君には現実を受け止められる器があるのかい?


「焦らないでください。ひとつ、覚悟しておいて欲しいことがあります」


「か、覚悟ですか⁉︎」


 少年は一瞬、え?と言う顔をしたが、私が言った覚悟の意味を理解したらしい。

 すぐに不安そうな顔に戻った。


「そうです。鼻歌は今も聞こえていますが、妹さんは無事とは限りません。むしろこの状況で鼻歌を歌っているということは、異常だとも言えます。コンテナの中には、妹さんを連れ去った犯人もいるはずです」


 少年の、ゴクリ、と言うツバを飲み込む音が聞こえた。


「............わかりました。よろしくお願いします」


 少年は、低くつぶやくような声で言った。


「私達も妹さんのご無事を祈っています。それでは突入します」


 少年の覚悟を聞くと同時に、自分にも覚悟を強いた。

 私の、突入!と言う号令で、コンテナのドアは打ち破られ、中へ機動隊が突入!するかに思えた。しかし、最初にコンテナ内部へ入った隊員の、


「な、なな、なんだこれはーーーっ」


 と言う声と共に、機動隊の足が止まった。

 少年は我慢できなかったのだろう。

 機動隊をかき分け、中へ入っていった。

 私も少年の後を追う。


 少年はコンテナの中へ入るなり、立ち止まった。

 すぐに追いついた私も、少年の背中越しに見る光景に足を止めてしまった。



 一瞬、地下鉄事件の惨劇が頭に蘇る。



 それほど、今私が見ている光景はそれに近かったのだろう。

 人質の少女は、鼻歌まじりにバレエを踊っていた。

 誘拐犯と思われる男達の死体の上で。

 この世のものとは思えない、異常な光景だった。

 あの死傷者が多数でた地下鉄事件よりも、異常だ。


 下に転がっている男達の死体には、後頭部がない。

 コンテナの内壁、少女の制服や肌に、赤い液体や小さい塊が付着していることから、その男達の後頭部であることが予想される。いや、そうだろう。

 少年は、ゴクリと胃から登ってくるものを飲み込んだあと、踊っている少女に駆け寄り声をかけはじめた。

 私はその間、少女の下に倒れている死体に目を通した。


 ..................いた。


 私が探していた新米刑事、吉田は、そこで安らかに眠っていた。

 ............吉田。

 本当にすまないことをした。

 まだこれから先、君は必要とされていたのに。

 君は素晴らしい警察官だった。

 スパイを頼んだばかりに............すまない......


 吉田や他の男達の額には丸い焼印がある。

 これが、あの宗教団体の印か。

 しかし、この異常な死に方。

 コンテナ内部には、凶器のようなものは見当たらない。

 だとすれば、やはり、薬物か。

 私は機動隊の一人に、検死を要請するよう頼んだ。


 ドサっ、と音がした。


 音のした方を見ると、少女が倒れていて、それを兄が抱き抱えている。


 恐れていたことが起きた。

 少女の異常な行動。

 おかしいと思った。

 無事なわけがない。

 気づくと、私は大声でタンカを持ってくるよう叫んでいた。

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