Light dance②
「い、いかん!誰かタンカを持ってこい!早く!」
なんてことだ。ついに犠牲者が出てしまった。
誘拐犯はこの通り死んでいると言うのに。
やはり、薬物対策科のベテランである俺の目に狂いはなかった。しかし、また私の行動が遅かったせいでなんの罪もない人が犠牲になった。すまない。許してくれ。
私は救急車に乗って病院へ搬送される幼い少女と、その付き添いの兄を見送った。
ーーーーーー私が県警薬物対策科へ配属になった最初の年。その事件は起こった。
テレビでも大ブームとして取り上げられていた、ある新興宗教団体は、裏では薬物を使用して信者を増やしていると言う噂が後を絶たなかった。
配属したての新米刑事の私は、汚い手を使って信者を増やすカルト教団が許せなかった。
宗教自体に全く興味はなかったが、人の信じる心を踏みにじるその姿勢に、メラメラと怒りの炎を燃やしていた。
使用していると考えられる薬物は、人を直接殺すようなものではない。しかしそれを投与された信者は、その薬物の強い依存性に耐えることができなかった。
だんだんと増える使用量と共に、信者は新興を深め、いや強制された。
宗教のためになんでもやるサイボーグとなったのだ。
私はそのサイクルを早い段階で察知していた。宗教団体へ、警察のスパイを忍びこませていたからだ。
ーーーーあの事件のことも、スパイから多少は情報が入っていた。しかし、スパイは噂程度だと言っていた。その事件を起こすと言う明確な情報がないため、私は行動を起こすことができなかった。
事件は起こった。地下鉄の電車内に信者を配置したその宗教団体は、一斉に毒を撒き散らすテロを開始した。
そのテロによる死傷者は、宗教団体の犯罪として戦後類を見ない人数になった。
テロの報せを聞き現場へ駆けつけた私は、その電車内の惨劇が目に焼き付いて離れなかった。
信者さえも巻き込む、毒殺。
電車の中にいては死んでしまうと、苦しみながらドアを必死にこじ開けようとした死体。
ドアには血の付いた爪痕が残っていた。
私が送り込んだスパイも、そこにいた。検死の結果、スパイから薬物の反応がでた。彼もまた、カルト教団のサイボーグになっていたのだ。
私は酷く後悔した。
この平和な日本にこんなことは起こるはずがないと、タカをくくっていた。スパイから情報が入っていたのにだ。その情報を信じていれば、この惨劇を未然に防ぐことができたかもしれない。なんの罪もない人が死ぬこともなかった。この事件は、今後の私の人生を大きく変えるものとなった。
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「最近、また薬を使って信者を増やす宗教団体が出てきたみたいですよ」
会社の休憩室でコーヒーを飲んでいた私に、新米刑事は話しかけてきた。
私があの地下鉄事件の宗教を担当していたと、おしゃべりな掃除のおばさんにでも聞いたのだろう。全く迷惑なババアだ。思い出したくもないあの地下鉄の惨劇が、頭に浮かんできた。
「そうか」
とだけ言った。
新米刑事は、ちょっと待ってくださいよお、と私に突っかかる。
「青井さん、地下鉄事件の宗教を担当してたんですよね。それなら今回の宗教団体の件も担当するべきですよ」
新米のくせにおせっかいなやつだ。
確かに、あの事件から宗教団体は衰退していった。メディアには自然消滅と取り上げられていた。しかし実際は、スパイから情報をもらっていた私の功績が大きい。しかし、できればもうあの地下鉄事件のような失敗は、起こしたくない。
「まあ、担当は私が決めるわけじゃない。そうだ。君が志願してみてはどうだ?いい勉強になるぞ」
新米刑事は、違うでしょう、と声を荒げる。
「青井さん、地下鉄事件のことをずっと気にしてるって聞きました。自分のせいであの事件が起こってしまったと考えてるんですよね。だから、ずっとヒラの刑事を続けてる。実力はあるのに。それなら、今回の宗教を担当してあの時のつぐないをするべきです。青井さんは、次へ進むべきなんです」
少し圧倒されてしまった。
若いくせに熱いやつだ。
いや、若いからか。
私は、自分の若い頃を思い出していた。
あの時もこんなに燃えていたっけな。
次へ進む、か。
「わかった。考えておくよ」
「よし!絶対担当してくださいね。応援してます」
そう言って、新米刑事は仕事にもどった。
私は、もうぬるくなったコーヒーを一口飲んで、タバコに火を付けた。
ーーーーーーこの歳で上司にワガママを言うと、割と融通がきくらしい。私は、その新しく出てきた宗教団体の担当を受け持つことになった。
その団体は急に姿を現し、勢力を伸ばし続けていた。
そのスジに詳しい専門家に話を聞くと、
・信者の特徴は、額に丸い焼印がある。
・信者には、なんらかの薬物を投与する。しかし、投与したからと言って、宗教への依存を強制するわけではない。むしろほったらかし。
・その宗教の考え、目的が不明。
と言うことだった。
異常だ。
丸い焼印を入れるのもそうだが、薬物を使用する目的もわからない。これではただの薬物中毒サークルだ。多分、なんらかの目的はあるのかもしれないが、全く見当がつかない。
私はとりあえず、この宗教団体の目的を探るため、あの地下鉄事件の宗教の時と同じようにスパイを派遣した。
あの新米刑事だ。
宗教団体とのコンタクトは、ネット上で行われた。
相手は、居場所を逆探知できないようにしており、拠点の特定はできなかった。しかし、その新米刑事をスパイとして送り込むことには成功した。
スパイとして潜り込んだ新米刑事は、肩透かしをくらったと言っていた。基本的に活動はなかったからだ。自分の家で、ヒマそうにしているらしい。私は何度かその新米刑事の家へ足を運び、状況を確認した。しかしなんの進展もなかった。
ところがある日、新米刑事から連絡が入った。さっき連絡がきて、集会が行われるというものだ。私は喜んだ。ついに謎の宗教団体が、動き出したからだ。
私は、新米刑事にどこであるのか、いつあるのかを聞き出そうとしたが、彼は一向に喋らなかった。
自分の手柄にしたかったのだろう。
若気の至りと言うやつだ。
私は諦め、彼から集会の内容の報告を待った。
しかし、彼から集会の報告が来ることはなかった。
むしろ彼との連絡さえ途絶えてしまったのだ。
私はまた後悔した。
あの時、諦めずに無理矢理にでも集会の場所や内容を聞き出していたら............
なんてことだ。
新米刑事と連絡がとれなくなり、二週間ほどが経過した。
私にある情報が入った。
それは、あの新米刑事が、ある場所で何度か目撃された、と言うものだった。
そのある場所とは、人通りの少ない路地裏だった。




