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チョコレイトディスコ final

 翌日、俺は一週間振りの学校へ向かった。

 ドラッグストアのオーナー、スティーブが、行け行けうるさかったからだ。どうせ学校に行っても、俺は空気でしかない。いや、嫌がらせをされるのだからもっと深刻だ。足取りは重く、心なしか晴れた空さえも、薄暗く見えた。


 ーーーーーー学校の校門へ入り靴箱の前まで来ると、なんと、あのスキンヘッドのいじめっ子、近藤が待ち伏せしていた。近藤は、キリッとその細い目を俺に向ける。いかん、朝からボコボコにされるのはゴメンだ。俺は靴を履き替えずに、元来た道を戻ろうと、その場でターンした。


「ちょっと待ってくれないか。薬師寺君。いやクリス君」


 ギクっとした。マズい。俺は恐る恐る振り向いた。


「なんでしょう?」


「この前のことを謝らせてくれまいか?いや、クリス君に謝罪したいと思っておりますが、いかがでしょうか?」


 驚いた。どういう心変わりだ。あの近藤が、俺に謝ろうとしている。なんか気持ち悪いな。


「あ、あの。もう大丈夫なんで、その、謝らなくていいです」


「いいや。それじゃあ俺の気がすまない。そうだ!俺を殴ってくれないか?」


 ええーーっ!殴る?俺が近藤を?そんなのできるはずがない。怖すぎる。


「い、いや。本当に大丈夫ですから。ほら、もう傷も治ってるし。あの、ちなみになんですが、なんで近藤先輩は謝ろうと思ったんですか?」


 近藤の、謎の行動の理由が知りたかった。

 近藤は、そうか無理もない、と言って喋り始めた。


「クリス君の妹が誘拐されたらしいね?それでクリス君は、勇敢に妹をさらった犯人と戦い、妹を取り戻したんだろう?しかし、妹は誘拐されたことで心にショックを受けて、入院してしまった。それを君は......一生懸命看病していたと聞いたよ。ううぅ」


 言いながら、近藤は泣き始めた。それで、感動してってやつね。妹の誘拐事件を知っているのには驚いたが、話が微妙に間違っている。いや、どちらかと言うと、そう勘違いしてもらった方が都合がいい。

 近藤は泣き止むと、頑張るんだぞ、と俺の肩をたたき、どこかへ行ってしまった。


 ーーーーーー久しぶりの教室へ入った。どうせ、なんで学校に来た?、と言うような視線が集まるに決まっている。しかし、もう覚悟は決めてある。かかってこい。


「薬師寺君、おはよう!」


「おう薬師寺、元気だったか?」


「心配したぜ!薬師寺〜!」


 あれ?俺は入学して初めて、クラスメイト達から朝の挨拶をもらった。予期せぬ事態に、顔が引きつったまま、ああ、お、おはようと返す。


「妹はもういいのかよ?」


「誘拐と戦った時って、怖くなかったの?」


 次から次へと質問が飛び交う。

 なんなんだ。ここでも、誘拐事件の話が間違って伝わっている。しかしだ。近藤の時に比べて、これは気分が良い!人気物になったようだ!脱、イジメ!ウエルカムトゥーリア充!


 ーーーーーーその日、俺は初めて高校が楽しいと思えた。俺のことをイジメていたはずのクラスメイト達は、みんな俺に優しくなっていた。昼メシも、一人で食べることはなかった。まるで、住む世界が変わったみたいだ。俺は、新しくできた友達達との、楽しい会話の余韻に浸りながら、バイト先へと向かった。

 ドラッグストアという名の家に着き、チャイムを鳴らす。すると、カチャっとカギが外れる音がした。昨日、スティーブからカギが自動で開くから入ってきて、と言われていたのを思い出す。俺は、ドアを開け中へ入った。

 学校生活が折角上手く行き始めたと言うのに、これから俺は、犯罪を犯して金を稼がなければならない。人はストレスを感じると胃が痛くなると言うのは、どうやら本当らしい。最悪のコンディションで、スティーブのいる部屋へと向かった。


「やあ、久しぶりの学校は楽しかったかい」


 スティーブは、相変わらずのニヤけ顔で聞いてきた。

 オレンジ色の薄暗い電灯の下で、ソファにもたれかかっている。手にはレッドブルとピザを持っており、交互に口へ運んでいた。


「別に。普通だよ」


 気分が乗らない俺は、嘘をついた。

 無駄な会話を避けるためだ。


「そうかい。まあ普通が一番さ。それじゃ、早速仕事なんだが、その前にこれを渡しとくよ」


 ヒョイと何かを俺に向かって投げた。

 俺は、うわっ、とアタフタしたものの、なんとかキャッチした。

 それはプリペイド式のガラケーだった。


「そのケータイは、『飛ばし』って言ってね。警察から足がついても、僕たちの身元がバレないように、他人の名義になってるんだ。それで、僕と連絡を取り合ってもらう」


 どこから仕入れたかは聞かないでよ、と続けた。

 聞くかよ。そんなの。


「よし、じゃあ最初の配達先なんだけどーーーー」


 今日の配達は少ないと言っていた。

 まずは客の自宅に5グラム。

 ラブホテルの一室に2グラム。

 最後に、高校の近くの電話ボックスに1グラム。

 チョコレート1個が1グラム。

 値段は、1グラム8000円。

 かなりの高額だが、これでも良心価格らしい。

 買う奴の気が知れない。


「まあ、こんなもんかな。言い忘れたことがあったら、後から電話するよ。ああ、あと昨日言ったドラッグストアの三カ条は、絶対に忘れちゃだめだ。いいね。じゃあ、いってらっしゃい」


「ちょっと待てよ!最初は一緒に配達とかしないのかよ!」


 いきなり一人で配達なんて、できるわけがない。


「甘いなー。甘すぎるよ薬師寺クリス君。君は、決して安くはない時給をもらってるんだぜ。その時給の意味を、よく考えてくれないかな」


 そう言って、今日の配達分のチョコレートの袋を俺に突き出す。


「そ、そんな......」


 俺は渋々受け取ると、力なく玄関へ向かった。

 このチョコレートを持って外に出た瞬間から、俺は”犯罪者”なんだ。一気に緊張が俺を襲う。背筋がピンとなった。そして、ロボットのような足取りで、スティーブの家を後にした。後ろからは、おいおい大丈夫かい、と聞こえた気がした。


 ーーーーーー俺は、最初の配達先に公共交通機関(電車やバス)を駆使して向かう途中、昨日スティーブに教えられた『ドラッグストアの三カ条』を思い出していた。


 一つ、絶対にバイトの事を知られてはならない。

 一つ、絶対に商品に手を出してはならない。

 一つ、絶対に同業社の邪魔をしてはならない。


 この三カ条を破ってしまった場合、その都度自分に不幸な事が起こるだろう。とスティーブは言っていた。バイトのことなんか絶対にバラす訳がない、商品にも手を出してたまるか。しかし、最後の同業社の邪魔をしてはならない、だけ引っかかっていた。逆に同業社が邪魔をしてきた場合は、どうなるんだ。そもそも邪魔ってなんなんだ。そんなことを考えている内に、最初の配達先である大きな高級マンションに到着した。億ションと呼ばれるマンションらしい。その名の通り、一部屋一億以上するとスティーブは言っていた。こんなマンションに住んでいながら、このチョコレートを注文するなんて、一体どんなセレブなんだ。金持ちの道楽ってことか?

 オートロックの自動ドアの前で、インターホンに部屋番号を入力し、接続ボタンを押す。するとピンポーンとチャイムが鳴った。ゴソゴソ音がして、部屋主がインターホン越しに答える。


「はい、どちら様ですか?」


「あ、あのGIN様のお宅でしょうか?」


「............今、開けます」


 部屋主は少し考えた後、俺の質問には答えずに、オートロックの自動ドアを開けてくれた。俺は緊張していた。さっきまでは、あまり実感がなかった。しかし、客の声を聞いてしまうと、今から法律に触れる取引をするのだと、思い知らされる。

 開いた自動ドアをくぐり、客の待つ部屋までエレベーターで向かった。エントランスには、高級そうな壺や、絵が飾られていた。客の待つ部屋の前まで来ると、俺はチャイムのボタンを押した。すると、ガチャっと扉が開き、どうぞ、と中へ入るよう勧められた。俺が玄関の中まで入ると、客は誰も見ていないか外をキョロキョロと見回して、ドアを閉めた。まだ仕事帰りのままなのか、ピシッとスーツを着て、メガネをかけていた。インテリビジネスマンと言った感じに。へー、こんな悪いことしなさそうな人も、チョコレートを買うんだ。とまじまじと見てしまう。


「早く、チョコレート(ブツ)を出してくれないか?」


 ビジネスマンは、うっすら汗をかき、俺を急かした。

 俺は、チョコレートの入った袋から、ビジネスマンが注文した5グラムを取り出し、渡した。


「こちらで大丈夫ですか?」


「ああ、これだ。えっと、いくらだっけ?」


 8000円が5個だから......


「40000円です」


 ビジネスマンはスーツの内ポケットから、あらかじめ用意していたように、重なった札を取り出し俺に渡した。


「えっと、まいどありやーっす!」


 スティーブから、お金をもらったら言えと言われていた。

 ビジネスマンは、少しビックリしていたが、じゃ帰ってくれ、とそそくさと俺を追い出した。

 最初の配達完了!

 なんだ、思ってたよりもチョロい。

 この一瞬の取引だけで、40000円と言う大金を稼いだ。

 いい商売だな。

 初めての取引が成功したことで、俺の中の不安が少し晴れた気がした。この勢いで次の配達に向かう。


 ーーーーーー次は、県内でも有名な歓楽街にあるラブホテルだ。フロントに部屋番号を言えば入れてくれるらしい。しかし、俺はいつも、外観を見るだけでラブホテルの中には、入ったことがない。初めてのラブホテルが、まさかこんな感じで叶うとは、思いもよらなかった。いや、残念だ。

 おとぎ話に出てくるような城の形をしたホテルだった。ドキドキの初ラブホテル内に入ると、中は綺麗な白い家具で統一されていた。フロントは......あった。フロントから客の顔が見えないように、のれんのような白いフサフサで手元以外を覆われていた。


「すいません。○□△号室に用があるんですが......」


 こちらからもフロントの様子が見えないので、声が届いているか不安になった。しかし、


「あー、聞いてますよ。そのエレベーターで○階まで上がってね」


 おばちゃんの声でそう言われた。ラブホテルっておばちゃんがフロントマンなのか!なぜか感動した。人生に新たな1ページが、刻まれた気がした。

 おばちゃんの言った通り、エレベーターで○階まで上がり、客がいる部屋のドアの前まできた。ドアの前にはチャイムらしきものが見当たらない。どうしようか迷っていると、ガチャっとドアが開いた。


「おせーよ!何分待ったと思ってんだよ!」


 若い男にいきなり怒鳴られた。俺はヒエッ、と恐縮してしまう。


「す、すいません。急いで来たんですけど、道がわからなくて......」


「ったくふざけんなよ。出せよ」


「え?」


「早く出せって言ってんだよ!アレを!」


 一瞬なんのことかと思ったが、すぐにチョコレートだと気づいた。俺は、袋から2グラムのチョコレートを取り出し、若い男の前に出した。若い男は、それを奪い取るような勢いで受け取る。


「そうだよ、これだよ」


 中身を確認し、ポケットからクシャクシャの札を俺に渡した。俺は、その札を確認する。しかし、何度確認しても千円足りなかった。


「あのー、お代が足りないみたいなんですが......」


「あ?」


 若い男は、威嚇するように顔をしかめる。

 怖えー!


「あ、あの、ですから、16000円なんですが15000円しか貰ってなくて......」


「なんだよ。遅れたんだからちょっとぐらいまけろよ」


 顔をしかめたまま、若い男が言った。

 まける?それっていいのか?いやダメだろう。


「ちょっと......それは......出来ないって言うか、なんと言いますか......」


 値段交渉に四苦八苦していると、部屋の奥から、


「ゆうくんまだー?私もう待てなーい」


 と叫ぶ声が聞こえた。

 若い男はそれに答えるように、


「もうちょっと待っててくれよ!はるのために今交渉してっから!」


 と言った。

 リア充爆発しろ。

 若い男は、あ!と何か思いついたように、言い始めた。


「今俺と一緒いる女。あいつのオヤジは、刑事なんだぜ?チクられたくなかったら、その金持って帰れよ」


 トドメの一撃だった。クリティカルヒット。警察にチクられるのは、非常にマズい。俺は、力なくありゃしたー、と言ってホテルを出た。

 クソー、警察の娘がチョコレートなんて食うなよ!いや、チョコレートを食うことは何も悪いことじゃないか......

 俺は、飛ばしの携帯を取り出し、スティーブに電話を掛けた。


「お!クリス君?奇遇だねえ。僕も今、電話をしようと思ってたところだったよ」


 力の抜けた声で、スティーブが電話にでた。


「あの、ラブホテルの客が、チョコレート代をまけろってうるさくて1000円貰い損ねた、ん、ですが」


 単刀直入に切り出した。

 それを聞いたスティーブは、ああ、いつものことだよ、と言い始める。


「あの客の女が、警察とつながってるんだよねー。まあ、仕方ないさ。それより、次の配達なんだけど、ちょっとトラブルがあって、キャンセルになったよ」


 知ってたのかよ!早く言え!

 しかし、次の配達がキャンセル?なにがあったのだろうか。


「そーゆーことだから、今日はこれでおしまいだね。お金は明日バイトに来る時に持ってきてよ。それじゃ!」


 と電話を切ろうとするスティーブを、俺は必死で止めた。


「ちょっと待て!この余ったチョコレートはどうするんだよ!これ持ってたら、捕まるんだろ!」


 スティーブは、うるさそうに、


「今日の所は、持って帰ってよ。なあに、一晩持ってたぐらいじゃ捕まらないさ。警察に目をつけられてる訳でもあるまいし。じゃ、僕は忙しいから」


 と言って電話を切った。

 あのホームレスドレッド野郎!

 目をつけられる、つけられてないって問題じゃないだろう。

 しかし、持って帰れと言われたら、雇い主の言うことに逆らう訳にはいかないんだろうな。

 俺は渋々、チョコレートの袋をカバンの一番下に入れて、セナのいる病院へ向かった。


 ーーーーーーセナはICUを出て、一般病棟に移動された。

 今は、入院患者がおらず、セナの一人部屋みたいになっている。面会時間はとっくに過ぎているが、俺はなんとか病院内に入ることができた。そして、寝ているセナの横にあるイスに座り、セナの手を握った。


「セナ......、お兄ちゃん今日、初めてのバイトだったんだ。緊張したし、これから毎日こんな危ないことやるのかと思うと、逃げ出したくなるよ。でも、セナのために、お兄ちゃん頑張るからな。絶対辞めないよ。セナが元気に目を覚ますまで、お兄ちゃん絶対にこのバイト続けるからな。」


 それから小一時間、俺はセナに学校での出来事を語りかけ、家へ帰った。


 ーーーーーーー翌日、平日だが学校はなんかの記念日で休みだった。俺は、昨日の疲れからか、昼過ぎまで寝ていたらしい。起きて、身支度が終わる頃には、もう四時近くになっていた。バイトまでは、まだ少し時間があったので、暇つぶしにテレビを付けた。


『緊急ニュースです。本日昼頃市内のラブホテルにて、男女の変死体が発見されました。亡くなったのは、萩原優一さん22歳、青井はるさん20歳、いずれも大学生です。第一発見者は*******」


 はる?なんか聞いたことのある名前だな。と思っていたが、亡くなった二人の顔写真がテレビに映された時、驚きのあまり、腰が抜けてしまった。


「こ、この写真......昨日のラブホテルの男だ......」


 ガタガタと体が震えた。

 昨日俺が配達したラブホテルも、テレビに映っていた。

 まさか、俺が届けたチョコレートで?

 ニュースキャスターは変死体と言っていた。

 俺が帰ったあとにあの二人は............

 俺は急いでバイト先のドラッグストアへ向かった。

 スティーブに、二人が死んだ理由を聞くために............








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