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チョコレイトディスコ⑦

「先生!、セナは大丈夫なんですか?」


 タンカから、ストレッチャーに乗せ代えられ、緊急処置室まで運ばれるセナに、俺は付き添っていた。


「今は何とも言えません。お兄さんは外で待っていてください」


 そう言って、医者と数人の看護師は、セナと共に緊急処置室に入っていった。


 ーーーー俺はタンカで運ばれるセナに連れ添い、病院に来ていた。ここで初めて、都会の方に住んでいて良かったと思えた。青井さんが、この病院は県内で一番設備が整っている、と言っていたからだ。

 セナの意識が無くなってからまだそんなに時間は経っていない。お願いだ。死なないでくれ。俺は、緊急処置室の側にあった長椅子の、一番端に座りながら、ひたすらセナの無事を祈っていた。


 ーーーーーー緊急処置室のドアが開き、医者が出てきた。俺は、座っていた長椅子から跳ね上がり、セナの安否を確認した。


「先生、セナは、無事なんですか?」


 医者は、フーっと息を吐いた。


「ご安心ください。妹さんはまだ生きています。」


「本当ですか?やった!セナに会えますか?」


 はしゃぐ俺を、医者は無言の圧力で静止させた。


「妹さんは、これから数日の間は、ICUの方に入っていただき、経過を見ます。」


「あ、あいしいゆう、ですか?」


 なんのことかわからなかった。初めて聞く単語だ。しかし、セナは生きてるって......


「集中治療室のことです」


「集中治療室?なんで集中治療室に行く必要があるんですく?セナは大丈夫なんでしょう?」


 医者はなにも答えない。かわりに、


「妹さんは、アナフィラキシーショックの症状が出ていました」


 と言った。


「なんなんですか?それは?」


「簡単に言うと、食べ物や薬などが原因になって引き起こされるアレルギー反応の一種です」


「アレルギー?セナは今まで一度も、アレルギーの症状なんて出たことはありません!」


 本当だ。花粉症にもなってないセナが、アレルギーなんて。


「妹さんは、何か事件に巻き込まれたそうですね?」


「............はい」


「もしかすると、その時に薬物の類いを投与されたと考えるのが、私は正しいかと思っています」


「や、薬物......!」


 思いあたる節はあった。セナの、事件現場でのあの異常な行動と言動。あれは普通の精神状態ではなかった。確かに、なんらかの薬物の影響を受けていたとしか思えない。


「妹さんは山を超えましたが、まだ全く安心できません。もしもその薬物が未確認の物であった場合、投与された薬物によって起こったアナフィラキシーショックと、その薬物の副作用によって、妹さんの身体にどのような症状がでるか、私にもまだわかりません」


「そ、そんな......」


「できるだけ力は尽くすつもりです。ですが、一応お兄さんもにも、最悪の事態は考えて頂きたいと思っています」


 そう言って医者は、セナのいるICUへと向かった。

 俺のせいだ。全ては俺のせいでこうなったんだ。

 セナは自分のせいでお兄ちゃんがイジメられた、と言っていたが元はと言えば、俺が入学式の前日に、一緒に自己紹介を考えてくれと言ったのが悪かったんだ。

 いいや、俺が高校デビューをしようと思ったこと自体が、いけなかった。高校デビューなんて考えなければ、イジメられることもなかっただろう。目立つことはなくとも、友達はできただろう。セナは、俺が殴られるのを見て、あの路地裏には行かなかっただろう。

 全部、俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。




 ーーーーーーセナが病院へ搬送され、ICUへ入り一週間が経過した。しかし、セナは一向に目を覚まさない。俺は学校へは行かず、ICUの少ない面会時間のためだけに、病院へ通っていた。セナが目を覚ました時のために、俺がここにいた方がいいだろう。いや、いなければならない。俺の責任なのだから。すっかり定着した俺の定位置。長椅子の端に座り、今日もセナの意識が戻るのを待った。


「こんにちわ。薬師寺君」


 ふいに声をかけられた。見上げると、県警本部薬物対策科の刑事。青井が立っていた。


「どうやら、学校へも行かずに妹さんの意識が戻るのを待っていると言うのは、本当みたいだね。先生に聞いたよ」


 挨拶を返す間も無く、青井が喋った。


「刑事さん。どうしたんですか」


 俺は虚ろな目で、そう言った。


「それがね、私も、君の妹さんの意識が戻るのを待っていてね。妹さんには、聞かなければならないことがあるんだよ」


 青井は、その聞かなければならないこと、を俺に掘り下げて欲しそうな言い方をした。俺も気になったので、それに乗る。


「セナになにを聞くつもりですか?」


「いや、私が追っている事件のことでね」


 薬物対策科の青井が追っている事件?まさか。


「セナに投与された薬物のことですか?」


「ざっつらいと!その通りさ。実は、君の妹さんを誘拐した犯人は、私が前々から目を付けていてね。その犯人てのが、怪しい宗教団体なんだよ」


 青井は、”怪しい”を強調して、怪談を語るように言った。


「宗教団体?それと薬物になんの関係があるんですか?」


「宗教団体と薬物ってのは、切っても切り離せないものなんだよ。過去にテレビでも有名になったカルト教団も、信者に薬物を投与し、軽いトリップ体験をさせて信仰を深めさせたと言う事例もあるんだ」


 なんて教祖だ。


「ごほん、話を戻そう。私が追っていたその宗教団体も、薬物を使用して信者を増やしているらしい。しかし、その薬物が全く未知の物でね。わかっていることは、その薬物を使用すると死ぬという事だけなんだ」


「死ぬって......じゃあ、妹も......」


 それはわからない、と青井は言った。


「誘拐犯の男共の死体を検死した結果、妹さんみたいなアレルギー反応は見られなかった。多分、後から先生に聞かされるだろうが、君の妹さんは、その薬物とは相性が悪い体質らしいね。しかし、その体質のおかげで最悪の事態はまぬがれた」


 最悪の事態。あのコンテナでの、誘拐犯の死体を思い出した。吐きそうになる。


「まあ、これからどうなるかわからないが、一日でも早く妹さんの意識が戻って、捜査に協力してくれることを願ってるよ」


 そう言って、俺に背を向け出口の方に行こうとした。


「ちょっと待ってください。なんでその宗教団体は、信者が死ぬような薬物を使ってるんですか?信者を増やすっていう本来の目的を考えたら、本末転倒じゃないですか?」


 青井は、背を向けたまま答えた。


「それがわからないから、君の妹に話を聞いてみたいんだよ。それに、君はこの薬物の存在を知ってしまった。こんな意味不明な宗教団体だ。もしかしたら君も狙われる可能性があるかもしれない。おでこに、丸い焼印のある奴らには注意しなさい」


 それじゃ。と言って青井は帰って行った。

 丸い焼印?俺も狙われる可能性があると言っていた。

 本当だろうか?いや、青井にもわからないのだろう。

 謎の宗教団体なのだから。


 ーーーーーー青井が帰ったのと入れ替わりで、医者が俺を呼び出した。医者は、なにか浮かない顔をしている気がした。


「お兄さん、先程あなた方兄妹の叔父夫婦がお見えになりました」


 なんだと?あいつらが?セナの入院費を出してくれているのはありがたいが、病院に来たのは今日が初めてだ。


「それでですね。先にあなたの叔父さんに、妹さんの容体をお伝えしまして、これからのことを相談したのですが」


 なんだ。含みのある言い方だ。

 嫌な予感がする。


「いや、先に妹さんの容体について話しましょう。あなたの妹さんは、現在とても良好です。アナフィラキシーショックの治療は完璧に終わっていますし、身体はいつ動き出してもおかしくありません」


「それじゃ、セナももうすぐ意識を取り戻すんですね!」


「いえ、そのことなのですが。この一週間、ICUで容体を診たところ、もう目覚めていないとおかしい状態なんです」


「え?」


 目覚めてないとおかしい?そんなバカな。だってまだセナは眠ったままで、話もできない。


「恐れていたことが、起きたようです。アレルギー反応はもう見当たりません。しかし、刑事さんから事件のことをお聞きしましたが、妹さんの体質では、犯人の方と別の形で副作用が起きているようです」


「と言うと......?」


「妹さんは、目覚めることは難しいと言うことです」


 そ、そんなバカな。体はもう健康なのに、目覚めないなんて、あんまりだ。


「先生、絶対に目覚めないんですか?」


「いえ、そう言うわけではありません。妹さんの脳は、正常に機能しているため、目覚める可能性はあります。しかし、未確認薬物の副作用が働いているため、現状手の施しようがありません」


「ちょっと待ってください。先生、未確認薬物って言っても、その成分は体の中にずっとあるわけじゃないですよね?」


「それが...、妹さんの体の中には、今もその成分が存在します。一週間前と濃度が全く変わりません。つまり、妹さんの体は、未確認薬物の副作用によって、その成分を作りだせる体になってしまっているのです」


「ということは、つまり......」


「妹さんの体が、成分を作り続ける限り、目覚めることはないでしょう」


 もう、一生セナとは話せない。俺のせいでこうなってしまったのに、謝ることもできない。


「先生、なにか方法はないんですか?なんでもいい。俺、セナが助かるためならなんでもやります」


 医者は、うつむきながら、


「............ひとつだけ、案があります」


 と言った。


「なんですか?なんでも言ってください」


「未確認薬物の研究を進め、副作用を消す薬を作ることです。これが、遠いようで一番早い方法だと思います」


 なんだ。方法はあるんだ。希望はまだ消えていない。


「本当ですか?お願いします。今すぐ取り掛かってください。」


「それが......、できません」


 え?


「なんでですか?そんな、方法まで言っときながらできないなんておかしいじゃないですか!」


「私は薬学の専門ではありません。しっかりとした専門家に作ってもらうべきです。それに、ICUはもう大丈夫だとしても、妹さんの入院費を合わせると......五十万はいくでしょう」


「ご、五十万ですか?」


 高校生の俺にとって、それは雲の上の金額だった。


「あなたの叔父さんにもこのことはお話しました。しかし、叔父さんは入院費でさえ払えるかわからないと言っていました。それにセナさんの治療には保険が適用されません。自由診療になります」


「じゆうしんりょう?保険がきかないと言うことは、治療費を全部払うってことですか!それにおじさんが払えない?そんなのウソです。俺の両親の保険金があるはずだ」


「それは、私はわかりません。しかし、入院費も危ういとなるとまず、妹さんを目覚めさせることはできないでしょう」


 ダメだ。あいつらのことだ。入院費さえ出さないつもりだ。

 あいつらはセナを嫌ってる。このまま目覚めないほうがいいとさえ思っているだろう.....................。

 ちくしょう。ちくしょうちくしょう。俺に力があれば......。俺が金を稼げ、れ、ば......ん?

 そうだ!俺が金を出せばセナは助かる!働けばいいんだ!


「先生、俺が払います」


「ムリだ。高校生が稼げる金額じゃない」


 医者は、全く稼げるとは思っていない。それはそうだ。俺はつい最近高校生になったばかりの、小僧だ。しかし、俺は妹を助けるためなら、なんでもできる。どんな手段を使ってもだ。絶対に稼いで見せる。


「わかりました。それじゃあ、俺が一ヶ月以内にここに五十万を持ってきたら信じてもらえますか?」


 医者は少し考えたあと、


「わかった。やれるだけやってみてください。頑張れば入院費にはなるだろう」


 と言った。

 そうと決まればすぐに行動に移す。

 医者に、待っててください、必ず持ってきます。と言って部屋を出た。


 ーーーーーーICUの窓からセナに話しかける。


「セナ、待ってろよ。お兄ちゃんが絶対にお前を助ける。二人だけの家族だもんな」


 俺は病院をあとにしたーーーーーーーー


12/1 セナの治療費を自由診療に変更致しました。

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