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入獄初日

 馴染みの怪物が四匹、俺の体にへばりついていた。


 申し訳程度に数本の毛が生えている禿げ上がった頭が自己主張し、たるみきった腰周りにはズタ袋から切り出された汚れた布が巻かれている。

 ぶひぶひと、どデカイ鼻から息を吐き出す醜い豚どもの手のひらにはしっかりと五本の指があり、丹念に俺の四肢を握り締める。


 五匹目の豚がこちらに歩み寄り、棒状の物体を見せ付けるかのようにわざわざ目の前を交差させる。

 橙色になるまで執拗に熱せられた金属片の先端は凸凹していて、一々見せ付けなくても何の目的で使われるのかなんて分かりきっていた。


 いつものように逃げようともがくが、体にまとわりつく四匹の豚どもはいっそう興奮したようだ。

 両肩と股関節が脱臼するんじゃないかというくらいの力で押さえつけられ、左胸の当たりに棒が押し付けられる。


 じゅうと肉の焦げる鈍い音が耳を蹴り飛ばし、嫌な匂いが鼻にぶち込まれる。

 痛みと意識がぶった切られ、耳にまとわりつく自分の絶叫がどこか遠くから聞こえるようだった。

 肉と熱せられた金属片が、血の蒸気を上げ、肉を焦がして複雑に絡みつく。

 しっかりと押さえつけられた金属片は名残惜しむかのように剥がされ、その跡には黒々とした『5392』という意味の数字が俺の左胸に残された。


 恋人ヤキゴテとの情熱的なキスを終えた俺へ、ぶひいぶひいと豚語で喜ぶ豚たちが歓声を上げてはやす。


 おめでとう。

 ありがとう。

 くそったれの一日の始まりだ。


 幸いなことに、痛みが意識をもぎ取り、視界が狭まり、脳みそが強制的にシャットダウンしてくれた。



 ――――――


 ――――


 ――



 汚水をぶちまけられ、無理やり意識の外から叩き出された。

 拘束帯が俺とイスを付き合いたての恋人同士のようにびっちりと密着させていて、身動き一つ取れない。


 目を爛々と輝かせた男が、嬉々として俺の顔を覗き込む。

 豚とは違ってぴっちりと撫で付けられた七三分けの頭と小奇麗な正装をしていたが、中身が豚以上にどす黒く醜いことを俺は知っていた。


「おはようございます」


 鼻の下の肛門から息を撒き散らしながら、所長は言った。


「私は誰ですか?」


 こいつはいつも同じ質問を新入りにして、その答えが不満だと足の小指を踏みつけ骨を砕いた後にしこたま棍棒で殴りつけるサディストだ。

 そのせいで、初日にさっそく囚人の半分は体中に黒々とした青あざをこしらえ、小指の骨が変な風にくっつき毎夜その痛みをかみ締める羽目になる。


「あなたは、王、です」


 俺は思ってもいない言葉を嫌々吐き出す。

 俺が王と呼んだ外見だけは綺麗な男は、おやと顔をしかめ、次に満足げな表情に変わった。


「そんな失礼なことを言ってはいけません。私は王ではありませんよ。ですが、そういう態度は大変結構」


 手に持った棍棒をタクトのように振り、嬉しそうに濁った言葉を所長(、、)は続ける。


「勘違いをしている方がたくさんいらっしゃいますが、貴方たちには人権などありません。ルールは唯一つ。私に従いなさい」


 わざわざ言わなくたって、ここには人権などと言った噴飯物の綺麗ごとを期待している者などいないことを俺は知っている。


「私が止まれと言ったら、その通りにしなさい。私が靴を舐めろと言ったら、ピカピカになるまでそうしなさい。貴方の生きる権利は、私の気分よりも軽い。そのことを良く理解しておいて下さい」


 俺は挑発するようなその言葉に反応しなかった。

 なぜなら、尋ねられていないからだ。

 勝手に口から糞を発したため、顔面が陥没した経験(、、)がある。

 むしろコイツはわざと逆らうように仕向けて、狩りのように囚人を追い詰めることを喜ぶことを俺は知っている。


「そう言った意味ではなるほど貴方の意見は正しい。私はここの王です」


 ふふふと息を吐き出し、豚よりも醜い笑顔が目にこびりつく。


「貴方は大変聞き分けの良い方のようですね。そういった態度はここでの生活を円滑に進めてくれます。困ったことがあったら、いつでも私に言いなさい」


 これも薄汚い罠だ。

 本当に所長に泣き言を入れたザコは、豚どもの皿の上に乗り、人生を終える。

 例えば、一回目(、、、)の俺がそのザコだ。

 状況を理解出来ず、所長に食って掛かり、小指を砕かれ棍棒で背中側の肋骨と右鎖骨と右腕と左太ももにヒビを入れられた哀れな俺は、同室の囚人に犯されかけ、心をぶっ壊された。

 ぎゃあぎゃあと泣き喚き小便を撒き散らし、所長にすがりつき心の底から助けを求めてしまった。

 所長の就寝時間を30分ばかりずらしたせいで、俺は生きたまま八つ裂きにされ、豚どもの糞になって死んだ。

 記念すべきハッピーニューイヤーだ。

 忘れたくても忘れられない。


「ここは外の世界とは違って、死刑囚しかいない大変珍しい場所です。ですので、ここが貴方の最期の地です」


 お使いを済ませたガキをあやすように気色の悪い猫なで声で続ける。


「行儀良く日々を過ごして下さい。いつか貴方にも神の祝福が与えられることでしょう」


 恐ろしく縁起の悪い意味を含んだ言葉を吐き、所長は部屋を出て行った。


 無事に二五回目(、、、、)の入獄の儀式が済み、忌まわしき悪魔の住む囚人部屋に移された。


 悪魔はここにいる。

 地獄はここにある。


 そんな地獄と地獄を往復しているのが俺だった。

 何度死んでもこのループから抜け出せない。


 永遠なる死はもはや憧憬の的だ。

 手を伸ばせども届かない、遠い遠い望み。


 もう生き返りたくない。

 もう苦しみたくない。


 誰か俺を殺してくれ。

 

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