第2章 中学生日誌 ~その1~
中学生時代はあまり文字数が増えないと思っていましたが、それなりの量になったので、このサブタイトルになりました。
――1987年。
4人だけどゲーマー三銃士も中学生になっていた。
俺、桜井遥斗も学生服を着て学校へ通う身分である。
バブル期の当時、受験というのは大変厳しく、2年後に備えて真剣に勉強しなくてはならない身分でもあった。
だが、もちろん俺にとって高校受験とは具体的に想像できるものではなく、相も変わらずゲームばかりしていたのだ。
この年に発売されたゲームのビッグタイトルといえば、「ドリンククエストII」であることに異論の余地はないだろう。
Iが発売されてから、わずか8か月後に発売されたために売り切れ店が続出。
小学校から中学校へと環境が移行する非常に大事な時期と重なり、俺はまともにプレイ出来ていなかった。
ようやく本腰を入れてドリクエIIの攻略に取り掛かったのは、情けない事に中学に上がって最初のゴールデンウィークの事だった。
おまけに俺は部活選びを完全に失敗してしまう。
ただでさえ中学という場所は小学校よりも遊べないというのに、部活動のせいで何の因果か多忙を極めてしまい、大好きなゲームをやる時間が削られてしまうのだ……。
「よし! ホームラン!!」
「桜井君、鉄道連合を使うのは卑怯ですよ」
「え? だってチームとして存在するわけだし」
俺と沢渡は、ゴールデンウィークのある1日に、沢渡の家でファイナリースタジアム、通称ファイスタで対戦をしていた。
1987年の今年、新作のファイスタ87が年末発売予定だ。
スポーツゲームにデータが搭載され、選手に個性がついたのはファイスタが発売された頃だと記憶している。
もちろん家庭用ゲーム機しか知らないので、アーケードやパソコンではファイスタよりも以前に選手の差別化を図ったスポーツゲームがあったかもしれない。
中学1年となった俺たち、4人だけどゲーマー三銃士は前みたいに集まってゲームをする頻度が下がっていた。
俺は淋しいよ。
で、沢渡とファイスタで対戦していたところだった。
俺はパ・リーグとおぼしき3つのチームが、1つのチームにまとまったチームを使用していた。
選手の名前が全て平仮名だったのが懐かしい。
3チームの連合なので、鉄道連合は選手が揃い過ぎていた。
沢渡が不平を述べるのも無理はないのだ。
「同じチームで対戦できればなあ」
そうすれば不満は出ないはずだと俺は考える。
この当時は同チーム、同キャラ対戦というのは馴染みのない時代なのだ。
少し気が早いが、1991年にゲームセンターに登場する『ストリートソルジャーII』でさえ、同キャラ対戦はなかった。
「ところでドリクエIIは、もうクリアしましたか?」
沢渡が気分を変えるため、話題を転じた。
実は小学校卒業以前に発売されていたのだが、やり始めたのは中学に上がってからだ。
これには理由があった。
とにかく品薄なのである。
売り切れの店ばかりでドリンククエストIIのカセットが手に入らないのは、子供の努力ではどうにもならない。
そのうえ、
「あれ、再起の呪文が長過ぎるよな……」
よく俺は間違える。
余計に時間を食ってしまい、つまりクリア出来ていないのだ。
今では信じられないが、中断するたびに52文字もメモしなければならない。
多くのプレイヤーの怨嗟の声が聞こえる……。
「ボクもまだですよ。レンダルキアの洞窟がなかなか突破できなくて」
「沢渡でも、そこで躓くのか」
沢渡は分析力や情報収集能力では、俺よりずっと上の少年だ。
それでも突破出来ないと言うのだから、レンダルキア台地は遥か遠くの高みにあるということになる。
俺は気が遠くなってしまった。
「レベルが足りていないのかなあ?」
「桜井君のリーレシア王子のレベルは、いくつなんです?」
「25!」
「……低すぎでしょう」
やや呆れまじりに沢渡は溜め息を吐いた。
一般的にドリンククエストIIのクリア目標は34と考えられていた。
レンダルキア台地に到達したら残すは最後のダンジョン、バーゴンの神殿だけなのでレベル25というのはいくら何でも低すぎる。
「今から沢渡のドリクエIIを進めようよ」
急遽、俺はそのように提案した。
沢渡がドリンククエストIIをやっている間、俺は暇になってしまうが構わない。
ここは沢渡の家なのだし。
「別にいいですけど」
すくさま沢渡はカセットをドリンククエストIIと差し替え、ノートを取り出し再起の呪文を入力し始める。
打ち込みなれているせいか、妙に手際がよかった。
最後の文字を入力し終えると、聞き覚えのある音楽がブラウン管テレビから流れてきて俺と沢渡はほっとした。
この瞬間はいつも緊張する。
再起の呪文がドリンククエストII最大の敵といっても過言ではない。
カセットに記録できるようになるのは、次回作のドリンククエストIIIからだ。
「行きますよ」
沢渡がレンダルキアの洞窟に挑戦を開始した。
と、そこへ……、
「お邪魔しま~す!」
可愛らしい女の子の声が沢渡の家の玄関から響いた。
沢渡の家に訪れる女子など1人しかいない。
「古式か」
ずけずけと男子2人が籠っている部屋に、平然と入ってくる古式の神経に俺は面食らった。
小学生の頃よりも古式は何というか、ずいぶん大人びた女子に見える。
実際、肉体的にも精神的にも成長しているのだろう。
どことなく余裕が窺えた。
つい、この間までランドセルを背負っていたはずだが、女は短い期間で化けるものだ。
毎日顔を合わせなくなったせいもあるかもしれない。
かすかではあるが、俺はどぎまぎしてしまう。
「お! ドリクエIIやってるのね。私はクリアしたわよ?」
「古式さん、それは本当ですか?」
「沢渡君でもクリアしてなかったのか。ふふ、これは優越感に浸れるわね」
両手を腰に当て、古式は薄い胸を張った。
正義は我にあり!
といった風情だ。
その古式の指導で沢渡はレンダルキアの洞窟を進めていく。
通るルート、落とし穴の位置まで古式は記憶していた。
これからクリアする俺にとってもありがたい話である。
ブラウン管の画面を俺は目に焼き付けた。
「「おお!」」
俺と沢渡は感嘆の声を上げた。
レンダルキアの洞窟を抜けると、そこには白い台地が現れたのである。
「これがレンダルキアの台地か」
その白い台地はとても荘厳な雰囲気を醸し出しており、俺は妙に感動した。
洞窟のクリアの仕方もわかったし、とっとと自分のキャラで進めなくては!
沢渡にドリンククエストIIをプレイするように勧めた理由は、ここにあった。
古式が来たからあっさりとレンダルキアの洞窟を踏破できたが、そうでなかったら突破できたか怪しいところだった。
いち早く教会にキャラクターを向かわせ、沢渡は再起の呪文を丁寧に、念入りに書き写す。
ここで再起の呪文を間違えたら一巻の終わりなのだ。
何度も何度も何度も……、沢渡は再起の呪文を見直していた。
それだけレンダルキアの洞窟は辛かったのである。
「古式の最終装備は何だった?」
これも聞いておくべきだと判断した。
今ならネットで調べればすぐにわかるが、この当時は横のつながりが全てである。
クリアした人間に聞くのが一番確実だ。
「ん?」
ここで何故か古式は小首を傾げた。
古式の顔は小さい……、ではなく、どうして誤魔化すような素振りをしたのか俺にはわからない。
「いや、だからクリアしたときの装備をだな」
「んん~?」
「古式、本当にクリアしたのか?」
どうも古式の反応を見ていると、まだクリアしていないのではないかという疑惑が浮かんでくる。
しかし、それにしてはレンダルキアの洞窟について精通しているし……。
「もしかして、二重装備のバグ技を使いました?」
俺の疑惑に答えたのは沢渡だった。
ようやく再起の呪文を控え終えたらしい。
「沢渡君は知っているのね」
「ええ、かなり有名なバグ技ですよ」
「破滅の剣と鷲の剣を合体させたわ」
破滅の剣というのはゲーム中最大の攻撃力を誇る武器だが、一定の確率で呪われてしまい攻撃が出来なくなる、まさに諸刃の剣だ。
鷲の剣は2回攻撃するが、攻撃力自体は低い微妙な武器だった。
「それは呪われないのか?」
俺の脳裏をかすめた当たり前の疑問に対し、
「そしたら、誰も合体させないわよ」
古式は当たり前に答えた。
言われてみれば確かにそうだ。
「破滅の剣で2回攻撃可能という事か」
俺は腕を組んで考え込んだ。
これは反則級の強さではないのだろうか?
しかも呪われないのだから、何のペナルティもないのである。
絶対に真似をしよう!
俺は心の中で誓うのだった。
「まあ、簡単過ぎちゃうけどね。だって武器が戦ってくれるんだもの」
古式はその可愛らしい顔に苦笑を刻む。
そんなものなのか。
「ところで、北川君は来ていないのね?」
今度は意外そうな顔を古式は浮かべた。
一緒にいるものと思っていたらしい。
「北川は中学に上がって野球部に入ったからな、小学校のときはソフト部だったから、野球になって張り切ってるんだ」
俺は野球部に入った友人の近況を報告した。
「おまけに1年で補欠なんだよなあ。もう試合の遠征に行くとか、信じられん」
この時代、一番人気のあった部活は野球部ではなかろうか?
入部希望者は多く、ユニフォームを獲得する倍率は非常に高くなる。
すでに補欠としてユニフォームを着ているというのは、かなり凄い事実だった。
だから女子達(複数形だ!)にも北川は人気がある。
ま、まあ、この情報は僻みに思われるため、古式に伝えるのは止めておこう。
いや、決して俺は僻んでいる訳じゃない……。
「北川君はソツがなさそうよね。で、2人は?」
「ボクはパソコン部です」
「沢渡君らしいわね」
妙に古式は納得している。
それは俺も同じ意見だ。
漠然とではあるが、沢渡はゲームを作る側になりたいと考えているらしい。
ちらと古式が視線をこちらへ向けた。
お前は何の部活に入ったんだと、その目が語りかけていた。