第1章 あの頃の少年少女たち ~その6~
「小学生だから、ああいった事が出来るんじゃないか?」
言い訳ではないが、中学生以上になったら古式は俺に抱き付いてこないはずだ。
今だからこそ、小学生だからこそ人目も憚らずああいう事が出来るのだ、と俺は思う。
「俺が好きだからとか、そういうのじゃないと思うぞ、あれは」
そのように俺は結論付けた。
では北川にも古式が抱き付くか?
と問われれば、答えはNOとなってしまうが……。
「まあ、そういうことにしておきますか」
今一つ納得していない様子の北川だったが、これ以上は追及してこなさそうだった。
しかし、北川は古式が好きなのか。
忘れないようにしておこう。
いや、うっかり口にしてしまいそうだから忘れた方のがいいのか?
俺はどうしていいか、わからなかった。
「2人とも頑張ってるな」
北川に言われ、俺は視線を決勝が行われている会場に移した。
沢渡はいつも得意気にゲームの知識を披露するだけあって、かなりの好結果となりそうだ。
「沢渡の奴……」
できれば俺がその位置にいたかった。
なぜ俺は決勝を見守る立場に甘んじているのだろうか?
「悔しいですね」
どうやら北川も同じ気持ちのようだ。
恐らく来年の大会は参加しない。
環境が大きく変わってしまうからだ。
つまり北川にとっては最初で最後の大会となる。
それで予選落ちしては面白くないのだ。
しかし俺は前回も予選落ちで、2回連続である。
やはり非常に悔しかった。
「沢渡くん、どうやら表彰台のようですね」
北川が感心した様子で会場の模様を伺っていた。
「みたいだな……」
マジかよ、あいつ。
それが俺の正直な感想だった。
沢渡と古式は名人の弟子を名乗る人物と握手を交わし、俺と北川の所へ戻ってきた。
2人とも満足そうだ。
そりゃそうだろうさ。
大会を最後まで楽しめたのだから。
まあ、俺みたいな途中下車の人間の方が圧倒的に多いのだが。
「古式さん、沢渡君、おつかれさま」
北川は早速2人を労い、古式の方へ歩み寄る。
う~む、如才ない。
ここは邪魔をしてはいけないので、俺は沢渡に声をかけた。
「表彰台とは、さすがだな」
「日頃の訓練の賜物ですよ、桜井君」
沢渡の眼鏡がキランと光った、ように俺には見えた。
いや、訓練て。
「みんなで来ると、楽しいわね」
古式が見目麗しい笑顔を見せた。
俺を含めた3人の男子は思わず見蕩れてしまう。
うん、確かに一緒に来てよかった。
こうして俺達の小学生最後の夏は終わりを迎えたのである。
まあまあ満足できる夏休みだったのではなかろうか?
「付属中学? 何それ?」
「桜井君、本気で言っているんですか?」
呆れたと言わんばかりに沢渡が肩を竦める。
どうせ俺は物を知りませんよ。
「某大学直系の中学ですよ。古式さんはそちらへ進学するそうです」
「え? 俺達と同じ中学に行くんじゃないのか……」
「古式さんは成績も優秀ですからね」
「沢渡も十分、成績優秀だと思うけど」
沢渡からもたらされた情報は、俺の心にクリティカルダメージを与えた。
仲の良いゲーム仲間が離れてしまうのがショック、のはずだ。
北川は古式にべったり張り付いている。
もうすぐ卒業式だ。
一緒にいられる時間は少ない。
だからといって小学生のみそらでは出来る事など限られている。
ゲーマー三銃士で集まって(恐らく沢渡の家)、ゲームをやるくらいだろう。
何となく先が見えてしまい、俺はがっかりしてしまった。
やはり中学に上がると生活が変わってしまうようだ。
再び全国大会にも参加することもないはずだ。
「はあっ」
俺はわざとらしい溜息を吐いた。
今いる小学校の生徒は2つの中学に別れて進学するのだ。
たまたま俺と北川、沢渡は同じ中学に進むことになっている。
本来なら古式もそうだった。
しかし、それとは別の中学に進学してしまうとは。
「ゲーマー三銃士は解散ですかね?」
沢渡の表情に残念そうな色が滲んでいる。
「かもしれんな」
同じ中学でも、違うクラスになったら疎遠になってしまう。
学校が変わるということは、そういうことなのだ。
古式と同じ中学に通っていても、結局は遠い存在になってしまったかもしれない。
「ま、たまにゲームをやるくらいなら大丈夫さ」
俺は空気を変えるために、楽観論を述べた。
そう、学校以外の場所で仲良くする分には何ら支障はないはずだ。
「そうですよね」
沢渡も俺に意見を首肯した。
何というか、こいつとは長い付き合いになりそうである。
――そして迎えた卒業式。
半分の生徒が別々の中学に進級するため、何となくしんみりした雰囲気の中で進行した。
煽げば尊しを〆に斉唱し、各々自分の教室に戻る。
ここに通うのも、今日が最後だと思うと感慨深いものがあった。
「このあと、どうするの?」
もう卒業だからか古式の方から俺達に声をかけてきた。
古式の場合は小学生の知り合いが、きわめて少ない付属中学に通うため別に周囲の目を気にしなくても構わないのだろう。
「もちろん沢渡の家でゲーム三昧」
「ちょっと、桜井君! どうしてボクの家なんですか?」
「一番広いからな」
俺は反論を許さない。
それに立地もいいのだ。
みんなの家から程よい位置にある。
「わかった。一度ウチに帰ったら行くね」
古式は手を振って仲の良い女子の輪の中に戻っていった。
この当時は携帯もなく、手帳に何か一言書いてもらうとか、そういうやりとりをしていたはずだ。
はずだ、というのは俺はそんなことをしていなかったから、わからないのである。
恥ずかしい限りだが。
ホント、この頃は携帯も無しに、どうやって連絡を付けていたのだろうか……?
「さて、じゃあ行きますか」
俺と沢渡は足早に教室を出た。
もう2度と足を踏み入れることはない。
しかし、俺の頭の中はゲームで一杯だった。
早くファイナリースタジアムをやりたくて仕方ない。
それにドリンククエストIIも今年発売だ。
小学校卒業という感傷に浸っている暇はなかった。
俺のゲーム道はまだまだ続くのである。
「じゃあ、後でな」
沢渡と別れると、俺は駆け足で帰宅した。
ゲーマー三銃士で何をしようか考えながら。
小学生編は、これで終わりです。
次回からは中学生編ですが、全く書けておりません。
申し訳ないです。