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第1章 あの頃の少年少女たち ~その2~

「う、うん……」


 俺はどもってしまいつつも、何とか返事を絞り出す。

 大会の予選よりも、古式の手を握る方がテンパってしまう事件だった。


 ただ子供心に性根がねじ曲がっていた俺は、


――これは口止め料かな?


 何て事がチラッと脳裏をかすめてしまう。

 別に同級生女子と口を利いたことがないとか、そんなことはない。


 だけど上手に言えないが、これは何か違う気がした。

 こんな事をしなくても、別に俺は古式のらしくない趣味について吹聴したりはしない。


「どうしたの?」


 急に立ち止まった俺に対し、古式は首を傾げる。


「一緒には帰るから、別に手を繋ぐ必要はないだろ?」

「何? 恥ずかしいの?」

「そ、そんな事ないよ!」


 嘘である。

 俺はとっても恥ずかしかった。


「桜井君が何を言いたいのかわからないけど、私は1人で帰るのが怖いのよ」


 古式が俺の目を見据えて本音を吐露する。


「なんだ、そういう事か」


 俺は内心かなりほっとしたし、意識し過ぎで恥ずかしかった。

 確かに周囲に目を向ければ、大会が終わり大勢の人でごった返している。

 女の子1人では心細いに違いない。


 ていうか俺、よく1人でここまで来れたな。

 たまに子供というのは無茶をしてしまう生き物だが、このときの俺と古式はまさにその典型例だった。


「はぐれたら、怖いもんな」


 急に俺も心細くなっていた。

 大会が終わったあとの淋しい空気の影響もあるのだろう。


 俺と古式はしっかりと手をつないだまま、電車に乗り込んだ。

 よく考えれば保護者無しで電車に乗るのは、今日が始めてだった。


「古式は予選を突破したけど、あの黄色いジョイスティックを持ってるの?」


 まさにアレのせいで勝負にすらならなかった俺は、素直に訊いてみる。

 電車内におけるポジション争いの気晴らしに。


 押し合いへし合いが猛烈なのだ。

 俺は古式を庇うように、庇いきれていないが踏ん張っている。


「ええ、弟がね。両親がいない隙を見ては、私がファイコンごと借りてるわ」

「やるなあ」


 それであの腕前なのかと、俺は心から賞賛した。

 弟くんは可哀想だが、姉弟というのはそういうものだから仕方ない。


「桜井君は……、見ててわかったわ」

「はいはい」

「また来年があるわよ」


 古式が励ますが、逆に俺の気持ちは沈んだ。

 敗者が勝利者に情けをかけられた、そんな感じである。

 事実、その通りだった。


 この全国大会は一般的にあまり知られていないが、実は1998年まで行われていたのだ。


「多分、中学生になったら出ないわね、さすがに」


 ぽつり、と古式が呟く。

 その可愛い横顔には、どこか翳りがあった。


「来年、また来るか」


 俺はそう決心する。

 今でこそネットの普及により、家に居ながらにしてゲームイベントに参加出来たりするが、当時は自分から動かないと無理だった。


 交流といえば学校の仲の良い友達同士のつながりだけが、全てだったのだ。

 だから自分のゲームの腕前がどれほどなのか、確かめる術はない。


 この状況に変化の兆しが見られるのは、全国各地のゲームセンターで格ゲーブームが起き、アーケードゲーム雑誌が発売されるようになってからなのだが、それもいずれ書く機会があるかもしれない。


「私も参加するわよ」


 同じ駅で電車を降り、別れ際に古式は言い放つ。

 その後ろ姿を見送りながら、次は負けないと俺は誓うのだった。






 全国大会のあった熱い夏休みを終えた俺は、久し振りに学校のゲーム仲間に再会した。


「桜井、大会の方はどうだった?」


 早速、そのゲーム仲間の北川透哉きたがわとうや沢渡和成さわたりかずなりが、急かし気味に結果を尋ねてくる。

 俺は仏頂面で迎えた。


「その顔は、どうやら駄目だったようだね」


 すかした顔で北川は的確な予想を述べる。

 妙に大人びていているのにゲームもやるタイプの小学生だ。


「むう。やっぱりボクも行けば良かったか」


 対照的に沢渡は見た目からして、ゲームをやっているのが明白な小学生である。

 しかし成績は良かった。


 世の中どこか間違っているんじゃないか?


 沢渡を見る度に、俺は失礼な疑問が浮かんでしまう。

 だが貴重なゲーム仲間であるし、試験勉強や宿題でとても頼りになる友達だ。

 いらん事は言わない。


「参加したことに意義があるんだよ!」


 そうとしか俺は返せなかった。


「あのジョイスティックじゃなければ……」

「桜井君、持っていなかったんですか?」


 ずれた眼鏡を直しながら、沢渡は呆れたような顔を俺に向ける。

 何か言いたそうだった。


「……ない」

「それでは勝てませんよ」

「沢渡はあるのか?」

「無論です」


 したり顔で沢渡は勝ち誇る。

 参加するべきだったと悔やむわけだ。


「まあまあ。ところでスーパーヘリオブラザーズがもうすぐ出るけど、2人は買うの?」


 重たくなった空気を変えようと、北川が話題を転じる。

 こういうソツの無さが、俺の目には大人びて見えるのだ。


「もちろん買います」

「それを沢渡がやる前に、俺が借りる」

「ちょっと、桜井君!」


 俺の冗談に沢渡が乗っかる。

 これで和やかな、いつもの雰囲気へと戻った。


「スーパーヘリオブラザーズか。確かヘリオブラザーズの続編だったっけ?」


 ヘリオブラザーズは1人プレイ、もしくは2人で協力してクリアしていくゲームなのだが、俺にはもっぱら殺し合いばかりしていた記憶しかない。


 ヘリオというキャラクターは確立していたが、続編を作るほど面白かったかというと首を傾げてしまう。

 この俺の意見に、真っ向から異議を唱えたのは沢渡だった。


「全くの別物ですよ、桜井君」


 キランと沢渡の眼鏡が輝いた、ように俺には見えた。

 その沢渡によると、スーパーの付いたヘリオは横スクロールのアクションゲームだそうだ。


 スムーズなマイキャラの動き、豊富なアイテムや敵の種類、隠しアイテム要素、多彩なマップ、自由なルート選択など、その魅力を挙げればきりがない。


「しかし、一番はアクションゲームなのに、しっかりとした物語があるということでしょうか?」


 それが沢渡にとって一番のキモであるらしい。

 下地さえあれば、自分なりの物語を紡ぎ出せるという理由だ。


 これは翌年以降にファイコンで発売される『ドリンククエスト(ネーミングセンス悪くてすまん)』シリーズにも言えることだが、物語があるということはそれだけ感情移入できるということを意味していた。


「物語ねえ」


 俺は沢渡の熱弁を話半分しか頭に入れていなかった。

 ザビウスに端を発したシューティングゲーム全盛の時代に、アクションゲームと言われてもピンとこないのだ。


 しかし、スーパーヘリオブラザーズをプレイした瞬間に、俺はものの見事に手の平を返すことになる。

 沢渡や北川に白い目で見られるほどに。

 何度クリアしても、猿みたいにプレイしてしまう。


 コイン! コイン! コイン!


 の音が耳から離れなくなったりしたことが、きっとあるはず。

 世界で1番売れたソフトとして、ギネスに載るだけのことはある。


「桜井君の好きなザビウスにだって、物語があるじゃないですか」

「え、そうなの?」


 俺はそんなことは全く気にせずにザビウスをプレイしていた。

 当時としては美麗なグラフィック、隠しアイテム要素、何となく謎を臭わせる雰囲気だけで十分楽しめたのだ。


 全国大会のスターフォレストよりも、俺は圧倒的にザビウス派だった。

 また、ここのゲーム製作会社のファイコンのカセットは独特の色と形をしているのもいい。


「楽しみ方は、人それぞれだよ」


 全くもって北川の言う通りだった。

 俺も沢渡も、激しく同意する。


「ザビウスは、ボクも大好きですからね」


 好きだからこそ、沢渡は色々と知識を深めているらしい。


「おお! 俺も負けないぜ!」


 せっかく盛り上がってきた久し振りのゲーム談義だが、担任の教師がやってきたことにより中断した。

 会話に加わりたいが、加われない古式がチラチラとこちらを窺っている。

 それがおかしく、俺は口もとが綻んでしまった。

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