第六話 崩壊……
ミヤビは昼間の内に首都ヤマトに到着し、情報収集がてらに街を散策、注目を浴びない程度の速度で足早に街中を歩いて行く。
だがやはり、維新軍と幕府軍の衝突もあり、ピリピリと緊迫した空気が街に満ちている。
夕方、ミヤビは街の散策で収集した噂話等を統合し分析すると、維新軍に反発し幕府軍と共に闘おうとしている住民は残留者の八割を超えている事が判明した。
残り二割の住民も、近日中には街を離れ避難するとして準備を進めている。
だが、その動きは時既に遅し、事が起こったのはその日の夜半、日が落ちて直ぐの事だ。
日も沈み、普段なら闇夜に包まれる刻になっても、現在の首都ヤマトは己が発する紅蓮の灯りによって煌々と闇夜に輝いていた。
「……何で停戦交渉なり終戦交渉なりをしないんだ?」
ミヤビは困惑一杯と言った感じで、高空から眼下で燃え盛る首都ヤマトの城下町を眺めていた。
幕府の本丸である城は町の中心にあるが、周囲を水堀に囲まれている為今の所は延焼を免れている。
それに対し維新軍は、都市の周辺を包囲して首都からの脱出者を排除しつつ火災が沈下する待っていた。
(街……それも国の首都で住民諸共敵軍の殲滅戦なんて、尋常な事態じゃないぞ?)
ミヤビが情報収集した限りにおいて、元々の戦端の原因は鎖国派が開国派の首領を拘束した事だ。
そして開国派の一部急進派が首領を開国派から強襲奪還した時点で、両派は武力衝突の道を進み始める。
だが、間違っても相手を殲滅するまで止まらないと言うほど、両派の関係は逼迫してはい無かった筈なのだ。
「……誰かが裏で糸を引いてる?」
ミヤビは難しい顔で、自身の予想に有り得なくも無いなと感じた。
民族浄化戦争でも宗教戦争無いはずの内戦で殲滅戦、余りにも常軌を逸した事態である。
誰かが意図してこの末期状態に持って行かなければ、自国民同士での殲滅戦などまず起きない。
(有力そうなのは、外部勢力による介入……もしくは国内の別勢力が漁夫の利を狙ったか)
何にしても、厄介な事態に成るなとミヤビは頭を掻く。
記録に残る事象としては維新軍による幕府軍の殲滅、しかし裏では別の思惑が着々と進行している……。
「まぁ、俺に直接関係しないんなら別に良いんだけどな?」
ミヤビは思案にふけていた顔をあげ、朗らかな笑みを浮かべながら黒幕論を切り捨てる。
元々ミヤビにとって、この国の行く末が何処へ行こうと特に興味は無かった。
精々、住み辛くなるかな?と言う位の物でしかない。
(黒幕と対峙して如何のこうのとする気は無いしな、それに余りに酷かったら別の所に行けば良いだけだし)
ミヤビが人間であるならば、ここまで無関心ではいられなかっただろう。
しかし、今のミヤビの体は衣食住を特に気にする必要が無いアンドロイドボディーなのである。
あえて必要な物を上げるとしても、精々不定期な人との交流と言った所であろう。
「あっ、城に燃え移った。 ……ってか、あれってファイヤーストーム?」
最後まで燃えずに残っていた城に、飛び火が燃え移る瞬間をミヤビの目が捉えた。
しかも、飛び火は飛び火でも火の粉等と言うレベルではなく、滅多な事では起きない炎の竜巻……ファイヤーストームが発生したのだ。
しかも、炎の竜巻は已然として急成長中、周囲の火災を吸収しつつ首都ヤマトを飲み込む規模に拡大していく。
(おいおい、やばく無いかアレ? 高温の輻射熱で、周りの維新軍も全滅するぞ……)
間の悪い事に、海風が吹き込み炎の竜巻は更にその火力を増していく。
維新軍もファイヤーストームと言う異常な事態に漸く意識が追いついたのか、大慌てで首都の包囲を解き後退を開始し始める。
そんな中、大半の部隊は着の身着のままと言う様子である程度の集団を維持しつつ全力で後退していくのだが、一部の部隊は何故か後退もせずに首都の包囲を続けると言う異常な行動を取っていた。
「……うわぁ」
ミヤビは思わずと言った様子で口から、呻き声が漏れる。
ファイヤーストームは遂に首都中の火災を飲み込み、一個の炎の竜巻として空を焦がす。
ミヤビの無駄に高性能なセンサーは、その炎の竜巻が一千度を遥に超える高温であり、周囲に強烈な輻射熱を撒き散らかしていると克明に知らせていた。
正に夜中の夜明け……首都ヤマトに第二の太陽が降誕した瞬間だった。
(おいおい、どうすんのよコレ? 燃え尽きるまで放置か? ってか、一晩で終わる物なのかコレ?)
余りの規模のファイアーストームに、ミヤビは如何対応した物かと困惑しながら周囲を見渡す。
眼下の維新軍は直視するのも憚れる様な壮絶な光景を前に統制し切れていないのか、幾つもの部隊が右往左往している様子が見て取れる。
ミヤビはその様子に溜息を付いて目を逸らし、周囲の大気状態を観察した。
「……雨雲も見当たらないと言う事は、燃料が燃え尽きて自然に鎮火するのを待つしかないって事だよな」
ミヤビはファイヤーストームを諦めた様な眼差しで見つつ小さく呟く。
既に事態は、人力でどうにか成ると言う様な問題を遥に超えていた。
出来る事と言えば、精々首都の外に延焼しない様に努力すると言う事位だ。
「首都崩壊、幕府は消滅、維新軍の被害も甚大……国として、致命的じゃないかなコレ?」
内乱自体は幕府消滅で維新軍の勝利であろうとミヤビも判断するが、国としては致命傷を負ったとも判断を下した。
何せ、現段階までの国を統治して来た組織のあらゆる分野の公文書等の資料が全て消滅したのだ。
維新軍にしろ、維新政府にしろ、新たに統治者として国を統治する為には、各分野の必要なデータを一から集めて資料作りから始める必要がある。
よって、前任の資料を受け継げ無いと発覚した時点で、新統治者達は国難の時に数年と言う時間を浪費する事が確定した。