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プロローグ 異変は突然に

 



 何時もと変らない日常に、特に不満がある訳でもない。

 朝起きて食事を取り電車に乗って出勤、同僚との馬鹿話や上司の小言を聞きつつ行う仕事、稀におきる上司との飲み会と言う名のサービス残業、無駄に込む帰りの電車、1人暮らしの少し物寂しいアパートへの帰宅、特にコレと言った不満は自分には無かった。

 先行きの見えない不況が長年続く中、そこそこの給料が出る安定した仕事。

 飲み会の席で年を重ねた上司は、何か夢を持てと言うがそんな物、入社半年もすれば無くなった。 

 一応、入社前までは社会人として夢を持って頑張ろうとしていたが、昨今の社会情勢という現実を前にして……。

 まぁ取り合えず、不況が明けるまでは今の会社で頑張ろうと言うのが、今現在の消極的な夢と言う物だろう。



 だから、俺は……こんな事態を望んではいなかった。


 

 


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 

 

 雄大に広がる青い海に、揺ら揺らと白い雲が漂う澄み渡る青い空。

 太陽に焦がされ、ジリジリとした熱さを照り返し伝えて来る白い砂。

 それは、絶好の海水浴地と言っても過言でない海岸線。

  

 そして海中から姿を現すオマケの……赤く硬そうな甲羅と威圧的な二本の鋏を誇示する、大きな蟹モドキ。


 海中から姿を見せた蟹モドキは、海岸線に膝を抱えてボーット海を眺めている小さな人型に狙いを定め、大きな鋏みを振り被り叩き付ける。

 だが、本来なら苦も無くペースト状に叩き潰される筈の人型は潰される事無く、変わらぬ姿でその場に存在していた。

 何故なら、大きな鋏は人型に触れる寸前でその動きを淡く光る壁が強制的に止めていたからだ。

 そして、その事実に苛立ったのか蟹モドキは、両方の鋏を連続して人型に叩き付け始めた。

 暫くの間蟹モドキが鋏みを叩き付けて居ると、いい加減鬱陶しくなったのか人型は蟹モドキに僅かに視線を流し、右の人差し指を蟹モドキに向ける。

 次の瞬間、人型の指先が光ると共に大気をカキ混ぜ切り裂く轟音と、超高温の輻射熱が砂浜を焦がし海水を蒸発させた。

 海水が蒸発し発生した高温のスチームの霧が晴れると、甚大な傷跡を残す惨状が姿を現す。

 蟹モドキは溶解仕掛けた特徴的な鋏を残し本体は蒸発、人型と蟹モドキを結ぶ直線上の砂浜は半円形に抉れ表面は真っ赤に熱せられ硝子化、海水は今なを沸騰し大小様々な種類の魚が浮かび上がっていた。


 「……はぁ。 何でこんな事に成ったかな……」


 共振粒子砲……別名、リフェーザー砲と呼ばれるビーム兵器だ。

 人型、ミヤビは冷めた眼差しで惨状を眺めつつ溜息を漏らす。

 口から漏れるのは、疑問と諦めにも似た愚痴ばかり。

 ミヤビは顔を上げ、無駄に青く感じる空を見上げ、ふとコレまでの出来事を振り返る。




 ◆




 VRMMO、それは10年程前に実用化された量子演算コンピューターを用いた、旧来のゲームとは一線を画す新世代のゲーム、プレイヤーがゲームの中に入り込み仮想現実で遊ぶと言った物である。

 その中でもミヤビが遊んでいたのは、COTS(cleam of the star)と呼ばれるロボット戦闘物のゲームだ。

 ゲーム開発スタッフ曰く、開発コンセプトは【自重とは投げ捨てる物】である。

 そしてゲームはコンセプト通り、自重と言う物が存在しなかった。

 ストーリーのあらすじは、アンドロイドの主人公が自身を強化しながら敵を倒して行くと言うオーソドックスな内容なのだが、レベルやスキル、装備によるプレイヤー間のパワーバランスや、敵NPCの強さや出現数等のゲームバランスの調整と言う物が、他のゲームに比べて一切考慮されていなかった。

 だが、ゲームフィールドは陸海空宙、ゲームスタイルも対人戦闘から恒星間戦闘、敵NPCの出現数も1~数十億と、色々な意味で幅が極めて広い。

 特に初心者とトッププレイヤーとの戦闘力の差は、他のゲームに比べ絶望的とも言っていい物であっる。

 普通なら、こんなに壊れたと言っても良いゲームは早々に廃れる物なのだが、COTSは根強いファンを獲得していた。

 理由の一つは、COTSの売りの一つである他のVRMMOで禁止されている、建物等の固定オブジェクトの破壊が禁止設定されていない事だ。

 例えば、対人戦闘で建物事爆破して敵を倒す事や、ダム湖を破壊して濁流でフィールド上の敵を撃破する等の、アレな戦術が採れると言うのがコアなファンに受けた。

 そしてもう一つの理由は、難易度である。

 プレイヤーの戦闘力が壊れている事を前提に、開発スタッフが難易度調節に使った手段は単純明快、ソコソコの強さを持った敵NPCを数多く揃える事だった。

 開発スタッフ曰く【戦いは数だ!!】と。

 特に、恒星間戦闘フィールドでのイベントで数十億の敵NPCを用意して事は、未だに伝説として語り継がれている。

 イベントに参加した某プレイヤー曰く、真逆GBの真似事をするとは……、と語ったとかなんとか。

 まぁ、様々な理由によりCOTSはメジャーでこそ無いが、そこそこの人気とプレイヤー数を確保して運営は順調と言えた。




 「さて、今日はどこに行くかな……」


 仕事を終え帰宅したミヤビは食事を取った後、バイザー型のVR機材を被りながらCOTS内での行動予定を考える。

 日頃のストレス解消を兼ねて始めたCOTSではあるが、凝り性なミヤビはCOTSでは古参プレイヤーの一人であり又、COTSのトッププレイヤーの一角に名を連ねていたのだ。

 まぁ、それ故に悩んでいた。


 「今日は平日だから、余り時間取れないんだよな。 かと言って、低レベル帯での戦闘って言う訳にも……」


 ミヤビが悩むのも無理は無かった。

 ミヤビを含めたトッププレイヤーに適したレベル帯での下手に戦闘を行おうとすれば、1戦闘に2時間以上掛かる等と言う事がザラにあるあるからだ。 

 コレは、開発スタッフが数で押し潰すと言う方法を採用して事で発生した一種の弊害である。


 「よし、今日はホームに行って装備品を整えるか」


 ミヤビは少し悩んだ後、その日の行動予定を決める。

 バイザーを電源を入れゲームソフトを起動、登録しているアカウントとパスワードを入力、するとミヤビの意識は次第に遠退き始めゲームが開始した。

 


 噴水が中央に配置された公園の端、ストーンサークルで作られた広場の中に淡い光りが集まり人型を形成する。

 現れたのは、全身を白い縁取りの黒い服装で統一した、黒く長いポニーテールが特徴的な10代後半の青年だ。

 人型が完全に実体化し、微睡んでいたミヤビの意識がユックリと覚醒した。

 最初にミヤビが認識したのは、ゲーム内で使っている自キャラクターの両手だ。

 そしてミヤビは両手を握り開して、思考リンクの調子を確認し始める。

 1分ほど掛けて、一通りの感覚チェックを済ませリンクに問題がない事をミヤビは確認した。

 

 「よし、問題ないな。 さて、ホームに行くか」


 ミヤビはロングコートの裾を靡かせながら、ストーンサークルを出て自分のホームがある道へと足を向ける。

 噴水がある公園を出て、ホームがあるプレイヤー居住地に入った辺りでミヤビは片手を胸の前に差し出し内心で一言。

 (ステータス表示)

 すると空中にA4サイズの半透明なスクリーンが開き、ミヤビは足を進めながらステータスの中身を確認をする。



 名前:フウゲツ

 LV:1000

 HP:48735/48735

 EN:89832/89832

 STR:25866 

 VIT:8935

 AGI:28925

 DEX:26565

 INT:19654

 LUK:9631


ミヤビは生温い眼差しで、表示されているステータスを眺める。

 

 「相変わらず壊れたステータスだよな……五桁って何だよ」


 完全にインフレを起こしている数値に、ミヤビは呆れた様に溜息を吐く。

 (ストレス発散を兼ねて暴れた結果、カンストするまでやり込んでる奴が言うのも何だけど、相変わらずこのゲームは……)

 開発スタッフの悪乗りも、行き着く所まで行ってると言った感じだ。


 「……っと、何時の間にか到着してたな」


 ミヤビは一軒の古びた武家屋敷風の家の前で立ち止まった。

 歴史を感じさせる重厚な一枚板の両開きの門、その中央にミヤビは手を置き所有者認証が行われた後に押す。

 すると、扉は軋む様な重々しい音を立てながら、ユックリと左右に開き始めた。

 

 「……うん、何時もと変らないな」

 

 門を開けた先には、素人が見よう見まねでそれっぽく頑張って作って見たと言う感じで溢れる、日本庭園風の庭が姿を見せる。 

 ミヤビは庭を一瞥した後、不満が浮かぶ表情と共に溜息を吐く。

 

 「……土倉に行くか」


 ミヤビは少し重くなった足取りで、土倉へ足を進める。

 足取りは重いが十数秒の歩みで土倉に辿り着くと、ミヤビは土倉の扉に手を付き表門と同様に所有者認証を行った後、扉を右方向にスライドさせた。


 「何時見ても、コノ中は混沌としているなぁ」


 ミヤビは土倉の中を一瞥すると、陰鬱とした溜息が漏れた。

 土倉の中には、様々な種類の工作機械やインゴット化された各種素材、製作途中の試作品や廃棄予定の実験機等々が、うず高く積み上げられていた。

 

 「まぁ良いか。 えっと、整備し直す装備品わっと」


 ミヤビはコートをハンガーに掛けた後、土倉のほぼ中央部に設置してある作業台の椅子に座り、先程と同じ手順でステータスを開いて、装備欄を拡大表示し内容を確認する。

  

 「ここ暫く大規模戦闘はしてないから、メイン武装は今の所問題ないな。 サブウエポンの銃身が一寸ヘタれてるかな? まだ大丈夫だと思うけど、念の為に一応交換しておくか」


 ミヤビは武装のステータスを確認した後、腰のホルスターからハンドガンを抜き作業台の上に置く。

 外装モデルはFNファイブセブン、使用弾頭は縮退物質を弾芯として使用した超高密度高重量フレシェット弾、プロペラントを用いず直接重力加速によって発射する方式を採用した、貫通力を最重視したハンドガン。

 開発スタッフが悪乗りしたユニークアイテムの一つで、キャッチフレーズは【星をも貫く最強ハンドガン】である。

 しかし実際には……。

 (星を貫く所か、敵に命中した瞬間に重力崩壊を起こしてマイクロブラックホールを形成するだろうが)

 そう、ミヤビ達トッププレイヤーが狩場にしているフィールドの敵は防御力が極めて高く、外殻に命中した途端に弾芯が潰れ、重力崩壊を起こしながら極小規模のマイクロブラックホールを形成するだけの、比較的低威力に分類される補助兵装の扱いになっているのだ。

 ミヤビは工具を取り出しFNをパーツ単位に分解、銃身を取り出す。

  

 「銃身用の素材は確かこの辺に……あったあった」


 席を立ったミヤビはうず高く積み上げられたインゴットの中から目的の素材を取り、工作機械にセット、ステータスウインドウの中から銃身を加工する設計図を選択肢し、工作機械を起動した。

 

 「コレで良し。 加工完了までは00:09:54か」


 加工終了時間を確認した後、ミヤビは作業台に戻り分解したFNのパーツを清掃し始めた。

 エアーでホコリ等を払った後、専用の機材を使って可動部に磁力を塗布。

 大体の部品の清掃が終わる頃、加工機から終了を知らせるブザーがなった。

 ミヤビは加工機から完成した銃身を取り出し、検品チェックをする。


 「うん。 コレなら大丈夫だな、後は銃身内部に磁力を塗布して組み上げれば終了だな」


 ミヤビは銃身に磁力を塗布した後、FNを組み立て直す。

 組み立て直したFNを構え数度ポージングした後、ミヤビはFNを納得した表情を浮かべて腰のホルスターへ戻した。 


 「装備の整備はコレで良いな。 後は……ガチャを引いて、今日は上がるか」


 作業台に広げた工具を片付けた後、ミヤビはコートを羽織り戸締りをしてホームを出た。 

 住宅地を抜け再び公園内を横切って通った後、反対側の出口から商業地へと足を進める。

 商業地に入ると多種多様な店が軒先を連ね、店主達が忙しそうに接客を行っている姿が至る所で見られた。

 

 「平日の夜の割には、今日は結構人がいるな。 何かあるのか?」


 ミヤビは普段に比べて比較的多いプレイヤー数に一寸した疑問を感じたが、取り合えず気にせず足を進める。

 暫く歩いていると、プレイヤー数が多かった原因が判明した。

 ミヤビが赴こうとしていた目的地のガチャ屋に、プレイヤーの長蛇の列が出来ていたのだ。

(あれ? マジで今日、何かあるのか?)

 取り合えずミヤビは他のプレイヤー達と同じ様に、最後尾と書かれた看板を掲げたNPCの前に並ぶ。

 そして並ぶ事10分、ようやくガチャのノボリが見えた。


 「何々、特賞は新フィールドの優先利用券? それでこの行列か」


 ミヤビが見たガチャの特賞欄には、黒地に白抜きの?マークの写真と優先利用権の文字があった為、ミヤビは行列の理由に納得がいった。 

 何故なら、COTSの追加新フィールドにはユニークアイテムが隠されている事があり、優先利用券はプレイヤーに人気があるのだ。

 ミヤビがアレコレ考えている間に、ガチャの順番が回って来る。


 「今日は一人一回限りか……まぁ、仕方無いか」


 ミヤビはチラリと未だに自分の後ろに列を成すプレイヤー達を見る。

 この状況下で、何度もガチャを引いていれば確実に顰蹙を買うだろう。

 気を取り直しミヤビはガチャに触れ、ゲーム内通貨の入金認証を済ませスロットを回した。

 レトロな落下音と共に、黒い球体カプセルが取り出し口に出てくる。

 ミヤビはカプセルを取り出した後、ガチャの前から退き後続者に場所を譲った。

 (スカだけは勘弁して欲しいな)

 ガチャ屋から少し離れたミヤビは、特に中身に期待を持つ事も無く気軽な気持ちでカプセルを開く。

 するとカプセルが消え、掌の上に一枚のチケットが姿を見せた。 


 「……こ、これは」


 ミヤビは目を見開き、驚きの表情を浮かべる。

 何故ならチケットの表面には、特賞・優先利用券の文字が明記されていたからだ。

 ミヤビは慌ててチケットをアイテムボックスに収納し、周囲の目を気にしつつ出来るだけ目立たない様に素早くその場を離れる。

 商業地を離れ公園の端にあるベンチに座った所で、ミヤビは漸く息を吐きつつ体の力を抜いた。 

 

 「まさか又、優先利用券が当るとはな」


 ミヤビは溜息を吐きつつ、何度目かになる優先利用券に付いて思いを巡らせる。

 (今されユニークアイテムと言われてもな……)

 ゲームを始めて半ばの頃まではミヤビもユニークアイテムは是非とも欲しかったのだが、カンスト状態にある今、FNと同様に特には役に立たない物が多いので優先利用券は厄介事の種でしかないのだ。  

  「まあ良いか。 今日の所はこのまま落ちて、又明日どうするか考えよう」


 ミヤビは結局優先利用券の対処を後日決める事にし、若干重くなった足取りで同じ公園内にあるストーンサークルに足を向けた。

 暫く歩き、ストーンサークルの中に入るとミヤビはステータを開きログアウト操作を行う。

 すると自キャラの人型が足元から光りの粒子に分解され始め、リンクしていた感覚も順次切断され始める。

 しかし、ミヤビはリンク最終切り離しの寸前、視界の隅にアイテムボックスに収納した筈の優先利用券が出現し発光する姿を捉えた。

 (……アレはいったい何だ?)

 ミヤビはその姿に疑問符を浮かべるが完了直前のリンク最終切り離しを止められる筈も無く、次第に遠退く意識を大した抵抗も出来ずに手放す。

 只、ミヤビは意識が途絶える直前【Welcome TO My World】と言う声を聞いた様な気がした。






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