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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第1章 召喚した者は
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第6話 実は…

※ レティシアナ視点です。


 数日後。

 キルエラを通して、ヒビキから「話がある」と伝言を受け、レティシアナはすぐに予定を変更させてヒビキを呼んだ。

 ヒビキとは、夕食の席や仕事の合間を縫って顔を合わせており、少しずつ、互いの世界のことは話していた。

 ドアがノックされ、セリアが声をかけるとキルエラに連れられてヒビキが入ってきた。


「悪いな。忙しいだろうに」

「いえ。大丈夫です」


 ソファで向き合って座り、キルエラにも同席を促した。

 ヒビキと言葉を交わしていると、彼が高いレベルの教育を受けていることが分かった。

 〝召喚の間〟での二度目の邂逅の時、姫巫女と名乗るとそつなく敬語を使い、セリアやキエルラたち年長者も敬い、礼儀も供えている。

 ただ、レティシアナだけは無理矢理引きとめた時から素で話すようになり、近衛騎士団長たちが苦い顔を見せてもそのままだった。レティシアナ本人は気にしていなかったが。

 ヒビキがセリアが淹れたお茶を一口飲んだところで、レティシアナは口を開いた。


「それで、ご用件は?」

「ああ。〝ゲーム〟の話だ」


 レティシアナは顔を強張らせた。セリアやキルエラも息を潜め、ヒビキの言葉に耳を傾けている。

 そんな様子を気にせず、ヒビキは続けた。


「正直、たった数日でこの世界のために戦おうとは思えない。願い事なんて、ただ互いに納得したいだけだろ?」

「……そうですね」


 本来なら時間をかけて〝勇者〟になるか否かを決めてもらうので、たった数日で彼に是非を問うのは、召喚を行った者としてレティシアナも心苦しい。

 顔を強張らせたレティシアナにヒビキは目を細め、小さく笑った。


「あっちの世界でも魔法に似て異なる力――魔術があるのは話したよな? 魔術を使う者として、こっちの魔法には興味はある」

「!」

「それを知ることが出来るのなら、〝勇者〟を引き受けてもいい。だが、これは俺の欲望のためだ。それでもいいのか?」


 ヒビキから、飄々とした雰囲気が消えた。真っ直ぐに金色の瞳がレティシアナに向けられる。

 はっきりと世界のため、己の願いのためではないと言い切ったのは、レティシアナたちを見極めるためだろう。


(でも、少しでもこの世界に興味があるのなら………)


 それはレティシアナの身勝手な願いだ。

 彼が今後、何を思い〝ゲーム〟に挑むことになるかは分からない。けれど――。


「……はい。それは承知の上です」


 テスカトリ教導院(レティシアナたち)もそれは理解していた。

 歴代の〝勇者〟全員が、善意で引き受けていたわけではない。記憶に新しい前任の〝勇者〟も、彼の願いのために参加している。

 ただ、「魔法に興味があるから」と言う理由で引き受けるのは、ヒビキが初めてだった。


「でも、一つだけ条件がある」

「条件ですか……?」


 ぴくり、と肩が震え、レティシアナは身を固くした。


「ああ。別に難しいことじゃない」


 ヒビキは肩をすくめ、




「俺を〝勇者〟と呼ばないでくれ」




 一瞬、レティシアナは理解が出来なかった。


「……えっ?」

「〝ゲーム〟の代表を〝勇者〟って呼ぶのは、まぁ、魔王に対してだから分かる。あっちの世界でも常識に近い対の存在だ。けど、俺を〝勇者〟とは呼ばないで欲しい」

「……えっと」


 予想外の条件に、レティシアナは目を瞬いた。思わず引き継いだ記憶(記録)をあさり、「〝勇者〟と呼ぶな」と言われた過去がなかったことを確認してしまう。


「……理由をお聞かせいただいても?」


 困惑しつつ尋ねると、ヒビキは眉を寄せた。


「言わないとダメか?」

「〝ゲーム〟の代表を〝勇者〟と呼ぶのは伝統です。他国にはそう発表することになりますので、教導院関係者だけになりますが……」

「……だろうな」


 ヒビキも無理だとは思っていたのだろう。諦めたようにため息をついた。


「まぁ、それでいいよ。そっちの体面もあるだろうしな」

「ありがとうございます。………それで、理由の方は?」

「………」


 ヒビキは目を逸らした。言いにくいことなのだろうか。


「……あっちの世界で、俺が魔術師だとは話したよな?」

「はい……?」


 唐突に話題を変えられ、戸惑いつつもレティシアナは頷いた。

 ヒビキの世界では魔法を魔術と呼び、この世界と同じようにほとんどの者たちが扱えるという。

 その魔術がどんなものかは見せてもらっていないが――近衛騎士団が断固として了承しなかった――魔法と同じように魔素と魔力を使うらしい。

 ただ、〝召喚の間〟であれだけの魔法陣――彼は〈魔成陣〉だと言っていた――を展開していたにも関わらず、あまり使わないということが気になった。


「その魔術師の中でも、トップクラスの実力者を【魔人】。【魔人】以上の実力を持つ術師を〝魔を導く者〟――魔導師と呼んでいる」

「【魔人】?」


 魔界(キアウェイ)に住む者――魔族に近いニュアンスにレティシアナはわずかに身を震わせた。


「で、魔導師はある別名が付けられている」


 ヒビキは真っ直ぐに金色の瞳をレティシアナに向けた。


「それが【七導眼(オセロトル)の魔王】――」


 レティシアナは大きく目を見開いた。聞き間違いかと思って「ま、おう……?」と呟くと、彼は大きく頷いた。


「あっちの世界では、魔術師の頂点(・・)に君臨した七人の魔導師を〝魔を極めた王〟――【魔王】と呼んでいる。で、俺もその一人――【狂惰(マドネス)の魔王】として名を連ねているんだ」


 ヒビキは、にやり、と嗤った。


「つまり、おたくが召喚したのは、異世界の【魔王】と言うことになる。【魔王】が〝勇者〟と呼ばれるなんて、滑稽だろ?」


 エカトール人にとって、魔王とは魔界(キアウェイ)を治める者の名だ。

 〝ゲーム〟の対戦者であり、〝ゲーム〟以前では戦争を繰り返していた相手。

 〝ゲーム〟が始まり、表面上は平和を保っているが、未だに互いに忌避している存在であることには変わりない。

 硬直するレティシアナたちにヒビキは苦笑した。


「まぁ、証拠もないのに馬鹿げたことを話しているのは分かるよ。戯言だと思ってくれてもいい。こちらの世界の魔王とはどれぐらいの差があるのか、魔術の威力はどうなるのかも分からないからな。……一応、向こうでは一騎当千は余裕だったんだが」

「……一騎当千?」

「あー……一人で千人の力はあるってことだ。もちろん、魔術師の」


(……【魔王】)


 【魔王】だという彼に何を言っていいのか分からなかったが、レティシアナは彼の言葉を受け入れている自分もいることに気づいた。

 ヒビキが加護を受けた直後に感じた強大な魔力。一目で陣の構成を見抜いた目。加護の知識と異世界への順応性。

 それらの異常性を持つのは、彼の世界で〝魔を極めた王〟と呼ばれるほどの人物だったということなら、少なくとも説明はつく。


「このことを話したのは、召喚した奴が何者(・・)かは知っておいた方がいいかと思っただけだ。魔王って単語がこっちの世界では忌避されていると思うから、他言無用になると思うけどな」


 絶句するレティシアナたちの様子にヒビキは苦笑した。


「……それとも【魔王】はお断りか?」


 からかうように問う彼の表情を見た瞬間、レティシアナは胸が痛んだ。


(……っ?)


 何かを諦めたような表情は、一瞬で消えてしまう。見間違いかと思ったが、胸の痛みは幻ではなかった。

 レティシアナは知らずと拳を握り、真っ直ぐにヒビキを見返した。


「いえ……私たちにとって、あなたは大切な異世界からの客人です」


 一切の迷いなく、レティシアナは言い切った。

 ここで少しでも不安を見せれば、彼との信頼は築けなくなるような気がしたからだ。

 姫巫女――召喚した者として、誰が何を言おうとも彼の味方でいなければならない。

 それが、彼に対するレティシアナなりの誠意と――エカトール(この世界)の問題に無関係の者(異世界人)を巻き込む謝罪(・・)だった。 


「一つ、お伺いしたいのですが?」

「何だ?」

「先日、お伺いした〈眼〉はもしかして……?」

「ああ。あれも【魔王】の能力の一部みたいなものだ」

「!」

「本来の名前は別のものなんだが、【魔王】にちなんで〈魔眼〉と呼ばれている。魔力を見抜くことに特化しているんだ」


 ヒビキは目を閉じ、ゆっくりと瞼を開くと、金色の瞳は黒く染まっていた。


「っ!」


 それにはレティシアナはおろか、セリアとキルエラも息を呑んだ。


「これが通常の目の色だ。生まれ故郷は、黒髪黒目が一般的だからな。金色になるのは〈魔眼〉を使っている影響さ」

「それでは、ずっと〈眼〉を?」

「……そういうことになる」

「………」

「謝らないぜ?」


 レティシアナは俯いた顔を上げた。


「会って一週間ぐらいなんだからな」


 〈眼〉の力については詳しくは語らないが、それが発動状態だったのはレティシアナたちを警戒していたということだ。無理もないと思う。

 レティシアナたちにとって〝(レーグル)〟は絶対的なものだが、異世界人の彼は違うのだ。

 そして、自然に(・・・)周囲を警戒することは、あちらの世界で彼がどのような状況に身を置いていたのか、語っているような気がした。


(〈眼〉のことを話してくれるのは、少しだけでも信用してもらえたのかな……)


 飄々としていながら、隙を見せない青年。

 彼が〈魔眼〉のことを話してもいいと判断できる程度には、レティシアナたちは信用されたのだろう。


「………そうですね。そのことについては異論はありません」

「そうか……」


 レティシアナは目を伏せ、心を落ち着かせた。

 偽りなく「知識のためだ」と本心を明かした彼の性格と、彼の世界で【魔王】と呼ばれるほどに魔術に秀でた力。

 【魔王】の名には忌避感はあるが、それは彼自身の一部でしかない。

 わずかな交流で知った彼の人柄から、本当に魔法に対する純粋な知識欲から残るのだと思った。


「あなたの世界で、あなたが【魔王】と呼ばれていても、私たちには関係がありません」


 そして、すぐにでも帰還することが出来たにも関わらず、ヒビキはレティシアナの話を聞いて〝勇者〟のことを真摯に考えていた。

 差し伸べた手は下ろさない――それが彼の本質だと思う。

 姫巫女としての記憶(知識)とレティシアナの直感が、信頼にたる人物だと告げていた。


「私たちにとって、あなたは〝勇者〟です。ですが、〝勇者〟と呼ばないで欲しいと願うのなら、私たちはそれを尊重しましょう。……ただ、他国には〝勇者〟と呼ばれることをご了承ください」

「ああ。あと、ヒビキだけでいいよ。敬語も」

「いえ。呼び捨ては出来ませんが、敬語は出来るだけ抑えるようにします。……私のこともレナと呼んでください」

「いいのか?」

「はい。代表を引き受けていただいた方ですので」

「……分かった」


 レティシアナは姿勢を正した。


「クジョウ・ヒビキ様。テスカトリ教導院代表を引き受けていただいき、ありがとうございます。〝(レーグル)〟の定めにあるように、あなたを召喚した者としてテスカトリ教導院は最大限のサポートをさせていただきます」

「ああ。〝ゲーム〟までよろしく頼むよ」





 テスカトリ教導院の〝勇者〟に、異世界の【魔王】がなった瞬間だった。


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