第4話 〝ゲーム〟という名の戦争
※ レティシアナ視点です。
―――「勇者になってほしい」
そう告げると、ヒビキが持つカップが、ガチャン、と耳障りな音を立ててソーサーに落ちた。
彼は口を閉ざし、視線をカップに向けた。
(……他の人たちとは反応が?)
レティシアナには、姫巫女として受け継いだ記憶があった。
その中で、同じように告げられた歴代の勇者たちの様子とヒビキの反応は大きく異なっていた。
「〝ゲーム〟について、簡単にご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
その事に首を傾げつつ声をかけると、ヒビキは俯いていた顔をゆっくりと上げ、頷いた。
そこについさっきまでの飄々とした雰囲気はなく、少し引きつった笑みが浮かんでいる。
「〝ゲーム〟は二百二十二年ごとに開催されます。それに勝利した世界が次に〝ゲーム〟が開催されるまでの間、〝境界線〟に関するあらゆる権利を得ます。その間、負けた世界は〝境界線〟に対して一切の接触が禁じられ、これを犯せばその世界に天災が起こることになります」
「……神様が決めたから、天災か」
「はい。そして、〝ゲーム〟に関する〝掟〟は七つ。
一つ、〝ゲーム〟は二百二十二年目に行う。
一つ、〝審判者〟は〝ゲーム〟に関する全権を担う。
一つ、〝境界線〟に関してのあらゆる権利は、〝ゲーム〟の勝者のものとする。
一つ、〝ゲーム〟の敗者は次回の〝ゲーム〟まで一切の手出しを許さない。
一つ、〝ゲーム〟の参加者は各世界十一名ずつ、計二十二名とし、参加者の意思を尊重する。
一つ、〝ゲーム〟の参加者に世界の統治者は含まれない。
一つ、〝ゲーム〟以外での各世界の争いを禁ずる。
以上のことを犯した場合、その世界には罰を与える。これにさらに各世界に四つ、加えられています。エカトールでは、
一つ、教導院を設立し、世界に等しく知識と技術を学ばせる。
一つ、〝ゲーム〟参加者は五カ国に二名、教導院に一名とする。
一つ、教導院の参加者は異世界人とし、〝ゲーム〟終了後には無事に帰還させる。
一つ、〝ゲーム〟結果による抗争を許さない。
魔界の〝掟〟については存じませんが、十一の〝掟〟によって世界の均衡を保っています」
レティシアナが話し終えると、セリアは彼に紙を差し出した。事前に〝掟〟を書いておいたものだ。
ヒビキはそれにさっと目を通し、
「つまり、〝ゲーム〟で魔界との抗争禁止、〝ゲーム〟結果での各国との抗争も抑えられているんだな」
「はい。そして、必ずあなたを無事に帰還させることは定められています」
「教導院が〝掟〟で設立されたのは分かったけど、何故、異世界人なんだ?」
「そうですね。そのお心を推し量ることはできませんが……私たちはあくまでも教え、導く者。異世界の方をお呼びするのも、その後、他国に利用されないためではないでしょうか?」
〝掟〟により、〝ゲーム〟での勝敗で抗争が起こることを禁止している。
だが、どこまでが抗争となるのか、その線引きはされていなかった。〝掟〟の抜け道も数千年の間に見つかっており、毎回、頭を痛める問題も少なからず起こっている。
「これを見る限り、異世界人が手を貸すメリットはないようだけどな?」
目を細めたヒビキに、レティシアナは背後で息をつめる音を聞いた。
レティシアナはそれを無視して、ヒビキを見つめて口を開いた。
「いいえ。これは世界が知る〝掟〟で、私たち教導院にはさらに五つの〝掟〟が加えられており、そこに異世界人に関することが定められています」
「へぇ?」
「一つ、異世界人の召喚は〝ゲーム〟開始の二年前からとする。
一つ、異世界人の意思を尊重する。
一つ、異世界人の参加可否に関わらず、その者を保護し、帰還するまでサポートを行う。
一つ、エカトールが勝利した場合、異世界人は一つだけ願いが叶う。
一つ、エカトールが負けた場合、この世界の記憶を剥奪する。
以上のことを犯した場合、異世界人は強制送還させ、教導院は次回まで参加の権利を失う。
つまり、あなたが勇者となるか否かは、あなた次第。勝利すれば一つだけ願いが叶い、敗者となってもここでの記憶を失うだけです。ただ、私たちも無理な願いを受け入れることは出来ませんので、ご了承ください」
「……なるほど。願いね」
ふぅん、とヒビキは頷いた。
「ただ、一つだけ問題があります」
「問題?」
これだけは伝えておかなければならない。
レティシアナは大きく息を吸い、
「〝ゲーム〟まで、あと一年と二ヶ月しかありません」
「は?」
「召喚できるのは、〝ゲーム〟開始の二年前から。今までは一年半前までには行えていました。〝ゲーム〟の二年前から魔法陣が待機状態であったことは確認していますが、何故か召喚を行えたのはその十ヵ月後の今――つまり、〝ゲーム〟開始まであと一年と二ヶ月だけです」
「………」
「何故、十ヶ月も遅れたのかは分かりません。本来なら、二年間の間に世界のことを知っていただき、戦闘技術も鍛えることになっていました」
「戦闘技術……代表戦と言ったのは、そういうことか」
「はい。互いの世界で一番の強者が勇者となって、その技術を競い合います」
レティシアナは一息つき、
「召喚させていただいた時に使われた魔法陣や加護についてもご自分でなさったことから、ヒビキ様は魔法についてお詳しいと推測させていただきましたが…?」
「ああ。俺たちの世界は魔術って呼んでいるんだけどな。そこそこ詳しい方だ」
「では、言葉が通じることも……」
「あの陣と加護だろ?」
はい、とレティシアナは頷き、ずっと気になっていたことを口にした。
「それでは、召喚の魔法陣は……」
ヒビキは片眉を上げ、「……あぁ」と何かに納得したように頷いた。
「こちらの世界の陣が分かった理由か……」
「は、はいっ」
「理由を聞かれてもなぁ………ただ、〈眼〉がいいだけさ」
「〈眼〉?」
「俺たちのいる世界だと、そういう特殊な〈眼〉を持つ奴らが七人いるんだ」
(……〝才能〟と似た力のことかしら?)
ヒビキはふぅ、と息を吐き、
「……さて。話はだいたい終わったか?」
「はい。簡単な説明は以上ですが……」
「そうか。……ゆっくり、考えたいんだが?」
ヒビキの申し出に、レティシアナは目を瞬いた。
〝召喚の間〟での彼の様子から、すぐに可否が返ってくると身構えていたからだ。
(可能性が……ある?)
まさか、「一考する」と言われるとは思わなかった。すぐに気持ちを立て直して、レティシアナは頷いた。
「そうですね。では、お部屋まで案内させますので、数日ほど考えていただけないでしょうか?」
「わかった。それまで、世話になる」
ヒビキを彼の専属侍女と会わせ、彼女に部屋までの案内を任せてレティシアナは自室に戻った。
一息ついていると、セリアが新しいお茶を淹れてくれた。
「お疲れ様です。レナ様」
二人っきりの時だけ、セリアは愛称で呼んでくる。レティシアナも気の置けないセリアの前だけでは、素でいられた。
「本当に。……まさか、話を聞いていただくだけで、ここまでかかるなんて」
「まさか、自力で帰ろうとするとは思いませんでしたが」
「……そうね」
セリアの呆れた声にレティシアナは苦笑した。
あの時の衝撃はまだ抜け切れていないが、セリアの明るさが心を落ち着かせる。
(やっと、召喚できた異世界の勇者候補の人……)
彼の魔法陣を思い出し、レティシアナは目を閉じた。
姫巫女に受け継がれる記憶では、代々、〝ゲーム〟開始の二年前から一年半前までには召喚は終わっていた。
だが、今回は半年以上召喚が行えず、教導院でのレティシアナの立場が悪化の一途を辿っていたのは確かだ。
そして、十ヶ月を経て成功した〝勇者召喚〟。
次の候補が現れるか分からない今、彼にはぜひ引き受けてもらいたいが〝掟〟によって、強制することは禁じられていた。
レティシアナたちが出来ることは、彼が引き受けてくれることを願うしかない。
「あの方が考えていることは、よくわかりませんね」
セリアの言葉は辛らつだったが、否定出来なかった。
話もせずに帰ろうとしたり、勇者と聞いて唖然としていたかと思えば的確に情報を把握したりと、よく分からない人だった。年も、二十歳にもいっていないだろう。
「……彼のこと、どう思う?」
「そうですね。……先ほども言いましたが、魔法に関して秀でている方かと。知識と技術、ともに高いレベルと思います。あの魔法陣も見たことはありませんし、〝召喚の間〟に入っていたこと、召喚の魔法陣を見抜いて扱ったこと――そして、〝世界〟への適応性」
「………」
「彼のいう〈眼〉とは、おそらく私たちの世界では〝才能〟のようなもので、魔法陣に特化した力ではないでしょうか?」
「そうね。………彼が勇者を引き受けてくれると、心強いけど」
〝世界〟に拒絶された時の対応と特殊な力だという〈眼〉。
その力を借りれば、今回の〝ゲーム〟が有利になることは間違いない。
四百年以上前から今に至るまで、〝境界線〟は魔界の領地となっている。
つまり、エカトールは〝ゲーム〟にて、魔界に二度も負けているということだ。
〝境界線〟の恩恵は魔界との交易で得てはいるが、主導権は魔界に持たれ、月日を重ねるごとにエカトールの世界情勢は悪化している。
それを打破するため、高い能力を持つであろう彼にぜひ勇者となって欲しい。
(―――それに……)
彼ともっと話がしたかった。