第3話 とりあえず説明を
姫巫女の案内で応接室のような場所に通された響輝は、促されてイスに座った。
その正面に姫巫女が座り、壁際には騎士たちが並ぶ。姫巫女の護衛だろう。
「――どうぞ」
「あ。どうも」
淡い水色の髪の女性がお茶を出してくれたので、響輝は軽く会釈をした。
ちらり、と彼女の服装を見て、
(何で、メイド服?)
地下まで侵入した時、すれ違った人たちは屋根の上であった少年と似た、前後の裾が長い服を着ていた。腰の辺りで紐をくくり、その下にはゆったりとしたズボン姿でそれが制服なのだろうと思っていた。
カップに注がれているのは紅茶に似ていた。一口飲むと、程よい香りと甘味があり、あと味もスッキリとしている。
「三日ほど食べられていないので、軽い物にしました」
「ありがとうございます。……えっと?」
「失礼いたしました。私、レティシアナ様専属侍女のセリアと申します」
「……ご丁寧に、どうも」
響輝は自然に一礼する女性――セリアに目礼を返す。
「どうぞ、召し上がってください」
「……それじゃ、遠慮なく」
用意されたのはリゾットのようなもので、あとは黄金色のスープと温野菜のサラダ、綺麗に切られたフルーツだ。
(……いただきます)
口の中で呟いて、響輝はスプーンを手に取った。
正面で見つめてくる姫巫女やセリア、護衛たちの視線に食べにくかったが、手を進めていくうちに気にならなくなっていった。
(……ちょと、もの足りないな)
響輝が食事を終え、お茶を飲んで一息ついていると、
「それでは簡単に説明させていただきます」
姫巫女が本題を切り出した。
「……ああ」
視界の隅で、響輝の口調を無礼だと思ったのか、護衛の面々が目を細めるのが分かったが、直す気にもなれない。
当の本人である姫巫女も特に気にした様子もなく、説明を始めた。
「この世界はエカトールと呼ばれ、五つの国と一つの教導院によって成り立っています。
ここはテスカトリ教導院――この世界を創造した神、ケツアルコアトル様を崇め、その恩恵を等しく世界に広める役割を担っています。
恩恵とは知識や技術のことで学業だけでなく、生活に必要な技術、戦闘術、魔法などですね。
また、ギルドと呼ばれる人材斡旋所も経営し、日々、優秀な方々を世界各国に紹介しています。
ただ、教導院は世界に大きな影響を与えるため、私たちは権力を持ちません。それを神に誓い、あくまでも導き手としての役割を守っています。
簡単にですが、五カ国についても。
五カ国は教導院の本拠地、つまり、私たちがいるココを中心として、
北のトナッカ公国
北東のクリオガ
南東のナカシワト
南西のシドル
北西のオメテリア王国
この五カ国は、それぞれに秀でた技術などを持っています」
「そして……」と、そこまで呟いて、姫巫女はカップに口をつけた。
響輝は、姫巫女の緊張した様子に内心で眉をひそめた。
「そして、この世界はとある世界と繋がっています。いわば、コインの裏と表のように……」
「大陸があるわけじゃなくて?」
「はい。その世界の名は〝キアウェイ〟――魔王が統べる魔界です」
(……魔王か)
響輝は目を細めた。きな臭くなってきた。
「魔界は、ここよりも西の果て――〝境界線〟の向こう側にある世界です。そして、〝境界線〟こそ、かの世界と繋がる唯一の場所であり、あなたをお呼びした理由でもあります」
「……まさか、その魔王を倒せってか?」
頬が引きつっているのは分かる。
(おいおいおい……っ)
薄々、そうではないかと思っていた。
響輝は詳しくないが、悪友曰く、召喚といえば魔王――そういう話はテンプレらしい。小説やマンガを勧められて、いくつか読んだりしたが、実際、魔王を倒せと言われたら引く。
人の顔を見て言え、と言いたい。
悪友が響輝に読ませたのも、ただの嫌がらせだ。
生きてきた世界でもない、見ず知らずの場所。
いくら姉たちに「女性には紳士的に」という精神を叩き込まれたとはいえ、無理だ。
響輝の様子に気づいたのか、姫巫女は小さく首を横に振った。
「いえ。魔界とは数千年以上、戦争をしていません。小競り合いを行うことも〝掟〟によって禁じられています」
「なら?」
「ですが、魔界とエカトールは常に敵対とまでは行きませんが、それなりの緊張状態にはあります。その原因が〝境界線〟の所有権です」
「………」
「〝境界線〟にはこの世界にはない豊富な資源が溢れ、なおかつ、枯渇する様子はありません。その権利を巡って、数千年前までは血で争い、戦争を行っていました。ですが、現在は双方の世界の創造神であるケツアルコアトル様のお告げによって、戦争は起こってはいません」
(お告げ? ……魔界にもか?)
「そのお告げとは、二百二十二年ごとに〝ゲーム〟を開催し、勝利した世界が次の〝ゲーム〟までその所有権を有する――というものです。〝ゲーム〟とは、いわば各世界の代表者たちが争う代表戦のことなのです」
(国盗りゲームかよ……)
内心でツッコミを入れた。響輝はカップに手を伸ばし、
「〝ゲーム〟の参加者は双方十一名ずつ。そして、あなたには私たち教導院の代表者――〝勇者〟として、〝ゲーム〟に参加していただきたいのです」
一瞬、響輝は何を言われたのか分からなかった。
「何、だって?」
「あなたを召喚したのは、私たちの代表者になってほしいからです」
丁寧にレティシアナは繰り返した。
「〝勇者〟……」
聞き間違いではないようだ。二度、はっきりとその単語を口にした。
「名と言うより、役職とか職業だな」と遠い目をして現実逃避をこころみるが、力なく落ちた手の中でソーサーに当たったカップが耳障りな音を立ててしまい、逃げることも出来ない。
―――〝勇者〟
魔王を倒す、絶対的な存在であり、救世主。
悪の魔王と正義の勇者。
それぐらいの知識は、響輝にもある。
(……魔王に対するのは勇者って、世界が変わっても当たり前なのか?)
手元に視線を向けると、カップからこぼれたお茶が少しだけテーブルクロスに染みを作っていた。
じっとそれを見つめ、
(………やっぱり、バカ師匠の手口か?)
どこかでほくそ笑んでいるのではないか、そう思わずにはいられなかった。
何故なら、響輝はあちらの世界では【狂惰の魔王】と呼ばれていたからだ。