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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第1章 召喚した者は
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第2話 自力で帰れますが?

※ 姫巫女、レティシアナ視点です



 最後の書類にサインを書き、ふぅっ、とレティシアナは息を吐いた。


「お疲れ様です」

「ありがとう」


 侍女のセリアに笑みを向け、レティシアナはカップに口をつけた。

 少し甘味があり、さわやかな香りが鼻腔をくすぐる。

 お茶が身体に染み渡り、ほっと息を吐くと、少し離れた場所に立つセリアと目が合った。淡い水色の髪は一つにまとめられ、同じ色の瞳がレティシアナに向けられていた。


「まだ、お目覚めではおりません」

「え?」

「気になさっているのは、あの方ですよね?」


 にっこりと笑ってセリアは言った。

 レティシアナは視線を逸らす。


「医師の話では、もう、そろそろ目覚めるとのことですが……」

「……そうね」


 カップに視線を落とす。






 〝召喚の儀式〟を行って三日。

 召喚した青年は、未だに目を覚ましていない。

 その原因は、この世界に現れた瞬間に放った魔法だというのが医師とレティシアナの見解だ。

 本来は一通りの説明を行ってから〝契りの儀式〟を行う予定だった。

 だが、青年は突然の出来事に魔法を使ったため、それが彼の身体に大きな負荷をかけてしまったのだろう。

 青年は、この世界とは別の世界から喚んだ者。

 魔法はこの世界の〝理〟において、その下で行使される力だ。この世界の〝加護〟を得ていなければ拒絶反応が起こることは当たり前だった。

 その代償が、今、彼を蝕んでいるのだ。


「大丈夫ですよ。即座に自ら〝祝詞〟を紡いだのですから」

「……そうね」


 あの言葉。どうして、彼は知っていたのだろう。


「分からないことは多いですが、今回の候補者は魔法に秀でた方のようですね」

「………」

「レナ様?」

「――はい?」


 セリアの少し硬い声にレティシアナは顔を上げた。

 いつの間にか、セリアは執務机を挟んだすぐ目の前に立っていた。


「何か、あの方のことで気になることでも?」

「え? ――ううん。別に」

「レナ様……」

「セリア?」


 レティシアナが小首を傾げたその時、どんどんどんっ、と激しく扉がノックされた。


「失礼します! 至急、お伝えしたいことが!」


 壁越しに悲鳴じみた声が聞こえた。

 レティシアナはセリアに頷いた。主人の意を受けてセリアが扉に駆け寄る。


「何事です。姫巫女の部屋ですよっ」


 セリアは扉を開けて、叱責した。伝令の近衛騎士は頭を下げ、「申し訳ございませんっ」と謝るが、


「ですが、一大事でございますのでっ」

「それでも、」

「セリア……」


 さらに声を上げようとしたセリアを諌め、レティシアナは近衛騎士に目を向けた。


「それで、至急の件とは?」

「はっ。召喚された候補者のお姿が消えました」


 近衛騎士は頭を下げたまま、そう告げた。


「えっ?」

「何、ですって?」

「先ほど、侍女が様子を見に行った時には、ベッドに姿がなく。現在、騎士団の方で捜索していますが、魔力も感知できず……」


 繰り返された言葉に、レティシアナとセリアは絶句した。


(い、ない……?)


 さぁ、と顔から血の気が引いた。震える唇を噛みしめる。

 セリアは眉をひそめ、


「侵入者は?」

「いえ。そのような報告はありません。争った形跡もないですし、手荷物も消えていたので気がつかれたのではないかと」

「なら、どこに……」


 セリアと近衛騎士の声が遠くから聞こえてくる。

 



―――リィィンッ




と。頭の中で軽やかな鈴の音が鳴った。


「えっ?」


 その音にレティシアナは顔を上げる。

 それはレティシアナを含めて数人しか聞こえない、特殊な音だ。


「レナ様?」


 虚空を見つめるレティシアナにセリアが緊張した面持ちで振り返った。


「〝召喚の間〟です」

「は?」


 思わず声を上げたのだろう。近衛騎士は慌てて顔を引き締める。


「〝間〟の扉が開かれました。すぐ、そこに向かいます!」











 レティシアナは、教導院の地下にある〝召喚の間〟――彼を呼び出した場所に足早に向かった。

 途中で近衛騎士団と合流し、その扉が見えてくると、わずかに開いていることに気づく。


「扉がっ?!」


 近衛騎士団長と学導院長が目を見開いた。

 扉は特殊な結界が施され、それを開くことが出来るのは姫巫女だけだ。

 警戒する彼らをおいて、レティシアナは中に駆け込んだ。


「姫巫女様っ」


 制止の声を無視して、部屋の中央に目を向けると、


「ん?」


 振り返った青年と目が合った。


「っ――」


 金色の瞳。

 (リューン)と同じ色をした瞳にレティシアナは足を止めた。その後ろに学導院長たちが続き、近衛騎士団の面々がレティシアナたちを守るように展開した。


「おっと。見つかったか」


 青年は気軽に呟き、こちらに向き直った。「あーあ」と肩を落とし、ため息をつく。

 じりっ、と近衛騎士団が身動きをすると、上目遣いに目を向けてきた。


「っ!」


 ぴくりっ、と近衛騎士団長の肩が震えた。


「待ってくださいっ」


 レティシアナは近衛騎士団長に声をかけ、前に出た。服の裾をつまみ、軽く一礼。


「私は、この教導院で姫巫女をさせていただいていますレティシアナ。この度、この世界に貴方を召喚した者でございます」


 視線を上げると、青年は小首を傾げていた。


「この世界? やっぱり、俺の知る所じゃないのか」

「はい。先日は申し訳ございませんでした。よろしければ、少しお話をさせていただきたいのですが……」

「……ああ、あのズレのことか。別にいいよ、バカ師――ウチの師匠の仕業だと思って、つい攻撃をしかけたし」


 そこで青年は一端口を閉ざした。


「自業自得でもあるので、気にしていませんから」


 さらさらと敬語で言った。姫巫女と名乗ったからだろう。


「召喚とおっしゃられましたが、つまり、何か御用でも?」

「えっ……あ、はい。そうです」


 素直に信用してくる青年に戸惑いつつ、レティシアナは頷いた。


「そのお力をお借りしたいのです。お話を聞いていただいて、引き受けていただけるのでしたら、その間の衣食住はこちらが責任を持ち、元の世界にも無事に、」

「いえ。そちらは結構です」


 青年はレティシアナの言葉を遮り、きっぱりと言った。


「自力で帰れますので」


 しんっ、と室内が静まり返った。


「えっ?」


 レティシアナは言葉の意味が理解できず、茫然と青年を見つめた。

 召喚は、世界中の魔素を二百年以上かけて溜め、それを姫巫女が代々継承してきた魔法にて行われている。

 彼を呼ぶまでに貯蔵した魔力量は半分以下になっているが、送り返すことは可能だ。

 だが、それを行えるのは姫巫女だけだった。

 絶句して立ちつくすレティシアナたちを無視して、青年は思案するように目を細めた。


「必要性……」


 青年は片眉を上げ、レティシアナの後ろにいる近衛騎士団を見て、大きく頷いた。


「申し訳ございませんが、厄介事は間に合っていますので帰ります」


 優雅に一礼し、青年は大きく息を吸った。


「――【乞うエスペレ】」


 一瞬でいくつもの小さな魔法陣が出現し、光を放った。舞い散る光を吸収して、床に刻まれた召喚の魔法陣が淡い光を放ちだす。


「は、発動した?」


 後ろで息を呑む音がした。

 レティシアナは唖然として、起動する陣を見つめた。


「どう、して……」


 姫巫女の候補は数百人以上。けれど、その中で陣を使えた――適応し、知識を受け止められたのはレティシアナだけだった。

 幼い頃から陣のためだけに生きてきた中で、心を病み、力を失い、命まで消した候補もいる。

 だが、それをあっさりと青年は扱った。


「わ、わた……わたし、たちは」


 ふらふら、とレティシアナは陣に向かう。

 涙で大きく視界が歪んだ。悲しいのか、悔しいのか、それとも憎いのだろうか。

 震える息を吐き、魔法陣に手を伸ばした。




―――がくりっ、




と。膝が折れた。力が入らず、視界が回る。


「レナ様っ」


 セリアの悲鳴が遠い。

 倒れた身体は、どさりっ、と誰かに受け止められた。

 レティシアナは閉じた目を開け、


「―――ぁ……」


困惑した表情の青年と目が合った。


「あー……泣かせるつもりはなかったんだ」


 罰が悪そうに目を逸らす。


「いや、帰る気は満々だったけどな」


 青年に支えられ、レティシアナは立ち上がった。抱きしめられていたことに顔が熱くなる。

 俯いた視界で青年の身体が離れるのが見えたので、慌てて腕を取った。


「……離してくれ」


 返答の代わりに青年を掴む手に力を込める。

 レティシアナと青年が立つのは召喚の魔法陣の外だったが、未だに陣は輝いている。


「話だけでも聞いてください」

「いや、だから……」

「自力で帰ることが出来るのなら、それを条件に無理強いは出来ません。何より、候補の意思を尊重するように〝(レーグル)〟が定められています」


 真っ直ぐに青年を見つめた。青年の方が少し背が高いが、男性にしては小柄だ。


「レティシアナ・テスカトリ・ミスフォルの名において、約束しましょう」


 じっと金色の瞳を見つめた。青年は眉を寄せていたが、「はぁー」とため息をついた。


「……このまま、帰ることも出来るぜ?」

「どうぞ」

「……おたくも一緒だけど?」

「そうですね」

「………」


 青年はじと目を向けてきた。


「……姉貴め」


 ぼそり、と呟いた声を聞き取れたのは、レティシアナだけだろう。


「………【取消アニュレ】」


 パチンッ、と指を鳴らすと、その音で光が淡くなって収まっていく。

 陣から青年に目を戻すと、


「とりあえず、聞くだけだからな」


面倒そうに頭をかき、青年は言った。


「嫌なら帰る」

「はい。分かっています」


 にこり、と笑うと、青年は顔をしかめた。


「……九条響輝だ」

「はい。存じてます、ヒビキ様」


 頷くと青年――クジョウ・ヒビキは眉を寄せた。


「ここに召喚した時、〝真言〟を捧げるのを聞きましたので」

「アレが分かるのか?」

「分かりますが、それが何か?」


 レティシアナが小首を傾げると、ヒビキは目を丸くした。


「そうか。……あ、話をする前に」

「はい?」

「何か食べたいんだけど?」


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