第8話 説得は力ずくで
説明&バトル回です。
※ 途中で視点が変わります。
魔法。
それは法則に基づいて魔素を特定の配列に並べることで、世界に起こる現象のことだ。
特定の配列――魔法陣や構成する魔素の色は属性によって異なり、その威力は魔法陣の大きさと含有魔素量に左右される。威力が高いほど魔法陣は巨大化して複雑になり、含有魔素量も多くなる。
魔素が魔力によって付与されるため、術者の潜在魔力量が多いほど高位魔法を使える理由でもあった。
属性は五大基礎と特殊四種があり、
五大基礎は、火(赤色)、水(青色)、風(緑色)、土(茶色)、雷(黄色)
特殊四種は、闇(黒)、光(白銀)、時(灰色)、無(虹色)
そして、二つ以上の魔法を合わせた融合魔法と合体魔法だ。
属性は基本的に一人一つだが、訓練によっては基礎魔法は習得できるので、一人前の魔法師のほとんどが五大基礎の二種使い。熟練者ともなれば三種使いもいるが、四種以上の術者は存在しない。
ただ、特殊魔法は特殊一種だけが多く、五大基礎を――それも一種だけ――取得できる者は稀にしかいなかった。
威力は下位・中位・上位・最上位・神格に分けられ、下位・中位・上位は魔法陣の簡略化は可能だが、最上位は現在、エカトールでは二人だけしか成功しておらず、魔界側でも王族クラスだけが可能としていた。
そして、神格は簡略化は不可能と言われている。
響輝は近衛騎士団の修練場の片隅で、壁に背を預けながら行われている訓練の様子を見つめていた。
服装はラフなシャツにパンツ姿で、見慣れない顔と黒髪のためか視線を感じていたが、視線を向けられることには慣れているので、無視して近衛騎士たちが使う魔法陣に目を凝らしていた。
彼らが使っているのは、借りた本で見た中位クラスのものばかり。その構築速度はまちまちで、瞬時に描ける者もいれば、二秒ほどかかる者もいる。
(ここのレベル、よく分からねぇ……)
彼らは、姫巫女ら上層部の近衛騎士だ。並みの実力者ではないと思うが、魔術師の中であえて〈魔成陣〉を使う物好きに比べれば陣を描く時間が遅すぎた。
(それにしても、魔素は面白いな。魔素の属性化は……やっぱり、精霊とかがいるのか?)
多彩な色を持つ魔素。
魔術師と同じく魔力で操っているが、それぞれが特定の属性の魔素しか扱えていない。魔力によって相性があるようで、そのことが術者の属性を決めているのだろう。
魔素は〝火〟は赤、〝水〟は青と明確に色分けがあり、炎を生み出す魔法陣は赤い魔素で構築されていて、他の色を持つ魔素は含まれていない。
その点が、魔術にはなかった要素だ。
魔術は術者のイメージ通りに魔素を変化させる――この世界で言う〝属性変化〟を行い、効果を発揮させる。
魔術師は術者のイメージの固定に詠唱を必要とするが、熟練すれば省略することは可能だった。
ただ、こちらの世界でいう最上位魔法の魔法陣簡略化が容易でないことや神格魔法の魔法陣簡略化が不可能であることと同じで、魔術師でもトップクラスの【魔人】たちでさえ、高威力の魔術には起動言語――【乞う】と言う――が必要だった。
魔導師である響輝に関して言えば威力に関係なく起動言語さえ不要となるが、こちらの世界で目が覚めてからは、威力の強い魔術を使う時はあえて唱えていた。
魔術がエカトールではどれほどの威力や効果を出すのか、力加減が分からなかったからだ。
ただ、数日である程度は慣れてきたので詠唱破棄は問題がないが、詠唱破棄に〈魔成陣〉不要ではあまりにも目立ち過ぎると思い、詠唱を唱えている。
(さしずめ、この世界のは特定の属性に特化した魔素――特化型魔素で、あちらの世界のは属性変化が出来る魔素――汎用型魔素って感じか……)
汎用型魔素を扱う魔術に慣れた響輝にとって、特化型魔素を使う魔法は未知のものだが――
「………」
右手を挙げ、指先に魔力をともすと魔素が集まってきた。
描くのは下位火魔法の陣だ。
五センチほどの小さな円を描き、その周りに覚えている文字――記号にしか見えない――を描いて、それを大きく囲うようにして固定。出来上がったのは直径三十センチほどの魔法陣。
下位火魔法[火弾]
魔法陣から指先を離しても発動せず、「行け」と念じれば魔法陣が輝きを放ち出して中央に収縮。バスケットボールほどの大きさの[火の玉]が出現した。
ふよふよと力なく漂う[火の玉]は、響輝のイメージどおり。一メートルほど進んで、風に吹かれて消えてしまう。
(あんまり、違わないのか?)
魔術で〈魔成陣〉を使う時と同じように、違和感なく魔法陣が描けた。
ただ、魔素は赤色――火属性のものが自動的に集まってきているが。
(上位までは、下位を基本にして追加の命令を加えていくだけか……)
もう一度、同じ魔法陣を描き、その周りに新たな文字を付け足した。
中位火魔法[火炎連弾]
出現したのは拳大ほどの大きさに圧縮された[火炎弾]。
二十近い[火炎弾]は、一つ一つが[火の玉]以上の威力を宿している。ぐるぐるとそれを回していると、いつのまにか一塊となって[火の輪]となっていた。
魔法陣の構成は〈魔成陣〉と似ているが、威力に対して陣の大きさが比例していることはデメリットでしかない。〈魔成陣〉も威力に比例して大きくなるが、簡略化は術者の実力次第で不可能ではなかった。
例え、構築までにかかる数秒の時間だとしても、それが命取りになる場合があるので魔術師は〈魔成陣〉を多用しなかった。
そして、魔素に関してもその色で何をするかが相手に知られるだろう。
「お待たせしました」
[火の輪]が消えたところで、レナが三人の男女を伴って現れた。
男性二人は先日顔を合わせて自己紹介はしているが、あとの一人――女性は初対面だった。
「あれは魔法ですよね?」
「ああ。威力はかなり抑えてあるけどな」
レナに肩をすくめ、三人に目を向ける。
男性二人のうち、一人は学導院長のジェルガ・ゴドフリー。年齢は六十代ほど、神経質そうな顔に常に眉間にシワを寄せている。
テスカトリ教導院は三院の長による会議によって治められているので、トップの一人だ。他の二人は仕事で抜けられず、模擬戦は見届けられないらしい。
もう一人はテスカトリ教導院の重要人物――主にレナの――身辺警護を行う近衛騎士団長のカルマン・ドルドア。五十代ほどの偉丈夫で、体格は響輝の二倍はある。目の前にすると、大木があるかのようなどっしりとした不動の存在感があった。
そして、カルマンに従うように立つのが近衛騎士団の制服を着た女性だ。カルマンよりは背は低いが、女性の平均身長から考えると高い部類に入るだろう。
その身のこなしや魔力から、相当の実力者だと分かった。
「それで、相手はどうなったんだ?」
三人というよりも騎士団の二人に目を向けると、女性が一歩、前に出た。
「近衛騎士団副団長、ネリューラ・ギリアンです。僭越ながら、お相手をさせていただくことになりました」
「九条響輝です。お手柔らかにお願いします」
「こちらこそ。ヒビキ様」
一礼して女性――ネリューラ・ギリアンは頷いた。
「ん?」と響輝は片眉を上げた。
何故、レナや副団長は下の名で呼んでくるのか疑問に思い、名乗った時に名と姓が反対であることに気づいた。
「……あ。響輝が名で九条が姓なので、九条で頼みます。様もいいんで」
「分かりました。クジョウ様」
様付けに「やれやれ」と響輝は肩をすくめ、学導院長と騎士団長に目を向けた。
「二人は立会人ですか?」
「そうです。私が立会い、院長と姫巫女様は観覧席で。……他に騎士団の者もよろしいですか?」
「別に構いませんよ」
一応、尋ねてくる騎士団長に響輝は笑って頷いた。
***
訓練をしていた近衛騎士たちが引き上げた修練場で、ネリューラは青年と向かい合った。
騎士団長が剣技を主体にしているのに対し、ネリューラは第二階位魔法師。第十階位から第一階位にランク付けされる中で、最高峰の第一階位に次ぐ実力を持っていた。
青年が〝魔術師〟という異世界の魔法師ということと彼の提案を踏まえ、ネリューラが相手として名が挙がったのは無理もないことだった。
(異世界の【魔王】ね……)
自然体で気負った様子もなく立つ青年。
彼が自らを魔術師の上位者――魔導師と名乗り、その二つ名として〝魔を極めた王〟と呼ばれていることは聞いている。
そのことを知るのは、本人から聞いたレティシアナたちを除けば、三院長と三導護衛騎士団長、近衛騎士団長の五人と、今回の手合わせを命じられたネリューラしかいない。
(さて、どうしましょうか?)
観戦する他の近衛騎士たちには今後のための手合わせであると情報が伝わっているが、ネリューラはその意味を聞いている。
ネリューラは魔法師としてトップクラスの実力はあると自他共に認めているが、相手は異世界で〝魔を極めた王〟と言われるほどの逸材。その上、魔術がどういうものかも分からない。
未知の実力者に緊張する中、審判役の団長に目を向けた。
―――「必ず勝て。多少の無茶は許す」
ネリューラの扱える最大魔法には神格魔法が二つあるが、一対一で扱えるほど容易に扱える代物ではない。魔法陣を構築している隙を突かれれば終わりだ。最上位魔法までの使用は許可されているが、青年の実力が分からない以上、使うことは躊躇われた。
「それでは、始め!」
ネリューラの困惑をよそに、団長は合図をすると邪魔にならないように壁際に退いた。
青年は何もせず、じっとネリューラの様子を窺っている。その身体からわずかに魔力がにじみ出るように感じるが、動く気配はなかった。
それなら、とネリューラは一瞬で魔法陣を構築した。
中位火魔法[火炎連弾]
声をかける前に青年も使っていた魔法。
数十の[火炎弾]を放つ。四方から様々な軌道を描いて青年に迫るが、彼は回避する動きを見せず、魔法陣も描かない。
その行動のなさに眉をひそめた次の瞬間、おもむろに振り上げた右手が[火炎弾]を叩き落とした。
落とされた[火炎弾]は別の[火炎弾]に当たり、地面に叩きつけられる。さらに右手が翻り、次々と[火炎弾]を落としていく。
まるで虫を払うかのような仕草に、ネリューラは目を見開いた。
「なっ!」
「やれやれ……手加減にもほどがある」
全てを叩き落とし、青年はヒラヒラと手を振るう。火にあぶられたはずの手には火傷はない。無傷だった。
「下位、中位は見飽きた。それ以上で来ないと負けるぞ?」
青年から飄々とした雰囲気が消えた。
ぞわりっ、と両腕に鳥肌がたち、ネリューラはその場を飛びのいた。
反射的に赤と茶の二つの魔法陣を重ねるように展開する。
上位二種融合魔法[劫炎流星]
赤い魔法陣から視界を覆うほどの劫火が放たれた。一面に広がった劫火に、人の頭ほどの大きさがある岩石が飛来し、激突。
劫火を纏った岩石が青年に迫る。
[劫炎流星]のスピード、威力は中位と比べほどにもならないが、青年に焦りは見えなかった。
「――【乞う】」
ただ一言だけ、呟いた。
―――轟ッ
と。突然、青年を中心に竜巻が発生した。
ネリューラの魔法は荒れ狂う風に激突し、そのすべてが呑み込まれた。
「っ!」
身体が竜巻に引き寄せられそうになり、足元に魔法陣を展開した。
上位風魔法[風鎖結界]
身体を中心に半球上の風が生まれ、暴風からネリューラを守る。
唸り声を上げる竜巻はその身をくねらせ、ネリューラに襲い掛かった。地面を蹴り、斜め前に飛びのくことで直撃を避ける。横を通る暴風に体勢を崩しながら、新たに足元に魔法陣を展開し、身体を虚空に浮かび上がらせた。
竜巻は壁に激突し、その衝撃で修練場が揺れる。
ネリューラは襲い掛かる突風を[風鎖結界]によって流し、その威力に目を剥いた。
(何て、威力っ!)
あっさりと上位融合魔法を消し飛ばしたあの竜巻は、同じく上位魔法クラスの威力を秘めていたことになる。
だが、青年が魔法陣を展開したところは見えなかった。
あれが、魔術なのだろうか。
混乱したネリューラは、数秒ほど青年から意識を外してしまった。
「っ!」
「―――遅い」
背後に気配を感じ、振り返る間もなく、右肩に衝撃が走った。
あっさりと[風鎖結界]を通り抜けた一撃に身体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられる直前、[風鎖結界]が自動的にネリューラの体勢を立て直して足から着地したが、ある事に気付いて愕然とした。
―――[風鎖結界]は破られていない。
右肩に奔る激痛に目元を歪めながら上空を睨むと、平然と虚空に立ち、ネリューラを睥睨する青年がいた。
「この手合いの意味は聞いているだろ? ………なめているのか?」
低く告げられた言葉。
その周囲には、一つ、また一つと異なる魔法陣が次々と展開していく。
赤、青、黄、緑、茶――一人の魔法師が三つ以上の異なる属性の魔法陣を操る光景にネリューラは目を見開いた。
「姫巫女が召喚した奴が、この程度だと思うか?」
冷たい瞳でネリューラを見下ろし、二十以上の複数の魔法陣を従えて青年は問う。
「本気でこないと………死ぬぞ?」
魔法陣が一斉に輝き、ネリューラを襲った。
***
響輝はこみ上げる衝動が抑えきれず、口元に笑みが浮かぶのを感じた。
相手の副団長の女性は、魔法師の中でも十数パーセントしかいない三種使いで、基礎五種の〝火〟、〝風〟、〝土〟とそれらを合わせた二種・三種融合魔法を扱う、トップクラスの実力を持つ第二階位魔法師。
彼女の実力の片鱗としてそれを目のあたりにし、響輝は背後に飛び退いた。
眼下は響輝の攻撃の爆発によって生まれた粉塵で覆われ、彼女の姿は見えない。
だが、着弾する直前に彼女を守るように岩盤のドームが構築されたのが見えたので、直撃はしていないだろう。
(―――ん?)
粉塵の向こうから魔力の高まりを感じ、響輝は目を細める。
炎が噴出し、爆発音が轟いた。
粉塵を打ち払い、炎を纏った岩石が爆発と共に起こった暴風にのって響輝に襲い掛かる。さっと眼前を手で払い、
上位二種融合魔法[劫炎流星]
二種の魔法陣が瞬時に描かれ、劫火が出現。副団長の攻撃を呑みこみ、岩石同士がぶつかり合って粉砕した。
だが、暴風が劫火を吹き消して響輝に迫った。
とっさに風を纏って暴風を防ぐが、身体が後ろへと吹き飛ばされる。壁に激突する前に風を操って速度を落とし、離れた場所に立つ副団長を見やった。
「………」
副団長は一撃を受けた肩から手を退けて、茶色の瞳で響輝を見上げていた。
そこに先ほどまでの甘さがないことに気づき、口元の笑みが濃くなる。
油断が消えた彼女から漏れ出す魔力の色は赤。火魔法を得意とするのだろう。
彼女と同じ魔法を使っていたのは、こちらの世界での魔法の一般的な威力を知るためだったが、甘く見られていることについむきになって同じ威力で魔法を放っていた。
そして、彼女はそのことに――[風鎖結界]を破らずに通り抜けたことで、やっとに気づいたようだ。
「ははっ」
面白くなってきた。
相手が本気になったのなら、こちらも本気で潰そうかと思い、
―――じぃーっ、
と。慣れてしまったある視線を感じ、一線を越える直前で踏み止まる。
響輝は副団長――ネリューラから視線を外し、前方の壁際へと目を向けた。
そこには、あの蒼い少年が響輝と同じように虚空に立っていた。
修練場に来てから、ずっとそこに立っていることには気づいていたが、誰も何も言わないのは当たり前の存在だからか、それとも見えていないのかは分からない。
(……おっと。ヤバイヤバイ)
思考がネリューラから少年に変わったことで我に返り、衝動を抑えるように小さく息を吐く。
計画を練っていた時にも常にあった視線が語るのは、一つだけだ。
ただ、レナたちに実力を認めさせるだけでいいのだ。
目的は適度に実力を示して了承を得ること。
もし、いつものように暴れて修練場の結界を破壊したり、彼女に大怪我を負わせてしまっては、旅に出ることもままならなくなるだろう。
(……まぁ、魔法が使えるのも分かったし)
ネリューラと遊ぶのもいいが、そうなれば自制が難しくなる。もっと色々と魔法を見てみたいが、彼女たちに警戒されるのは不本意だ。
上手く御されるな、と少年の評価を上げ、響輝はネリューラに視線を戻した。
「魔術について、教えるよ」
唐突な言葉に、ネリューラは眉をひそめた。
「魔術は魔法陣ではなく、術者のイメージを言葉にする必要がある。魔導師の俺にはそれも不要だけどな」
そこで響輝は、にやり、と嗤い、
「要するに、魔法陣なしで魔法が行使できるってことだ」
外に漏れないように抑えていた魔力制御を緩め、魔力を放出する。
その魔力量にネリューラと騎士団長は身を強張らせた。
水気のない修練場では考えられないほどの高濃度の水属性の魔素が、響輝の周りに集まり出す。響輝を中心に水が生まれ、次第にその量を増やしながら天と地に形を伸ばしていく。
イメージは激流。渦巻く竜巻のように立ち上る流れ。水で出来た身体をくねらせてその身を細く圧縮していき、上空へと身を動かして現れたのは一匹の竜。
『―――ッ!』
圧縮された激流が咆哮となって修練場に轟いた。
響輝の頭上に控える〈水竜〉は、その身体を形作る激流で光を反射させて、本物の竜の鱗のように輝いていた。
その身に宿す魔力と威圧を背中に感じながら、眼下のネリューラへと目を向ける。
「………」
響輝を見上げるネリューラの目から動揺は消えていた。その足元には煌々とした輝きを放つ魔法陣があり、漏れ出した魔素が炎となって出現している。
赤い光がひと際大きく輝き、紅蓮の炎が迸ってネリューラが呑まれた。
吹き上げた炎の熱が響輝を炙ろうとするが、〈水竜〉による結界が弾く。
炎は意志を持ってうごめき、とぐろを巻いた。
『ゴォォ――ッ!』
咆哮が熱波となって〈水竜〉の結界と衝突し、破裂音が響いた。
じっとりとした湿った空気が、響輝の頬をなでる。
最上位火魔法[煉獄紅焔竜]
炎の姿を持つ[火竜]の身体からは火の粉が散り、高熱度の紅蓮の炎が輝いていた。
とぐろを巻いて大地に佇む[火竜]が守るのは、赤い魔力を纏うネリューラ。
それを見て、響輝は嗤った。
『―――ッ!』
〈水竜〉は咆哮を上げ、ネリューラを呑み込もうと頭上から踊りかかり、地上から[火竜]が飛翔して〈水竜〉を迎え撃つ。
双方の牙が激突し、大爆発を引き起こした。
***
―――びしりっ、
と。魔法で強化されていたガラスにヒビが入り、粉砕した。
「レナ様っ!」
「っ!」
後ろで控えていたセリアがレティシアナに覆いかぶさって押し倒した。さらに、その背中に重みがかかった。誰かがセリアの上に乗ったのだろう。
レティシアナは衝撃に身を硬くして、
「……?」
何も起こらないことに身体を動かした。
レティシアナが身動きをしたことで、上から二つの重みが消える。
「……これは」
唖然としたジェルガ学導院長の声が聞こえた。
レティシアナが顔を上げると、目の前には虚空に縫いとめられたように留まるガラス片があった。
「えっ……?」
「――レナ様」
セリアに手を借りて起き上がり、レティシアナは周囲を見渡した。
膝立ちのジェルガがすぐ隣にいるので、セリアの上には彼が覆いかぶさったのだろう。
護衛の近衛騎士たちがレティシアナと向かい合うように、修練場を背にして立っていた。彼らも、唖然として時が止まったように浮かぶガラス片を見つめている。
「きゃっ」
ごぉっ、と、吹き抜けた風によって、ガラス片は修練場へと運ばれていく。
それを目で追っていくと、たどり着いたのはヒビキだった。その周囲には、ガラス片や白い霧のようなもの、粉塵などを含んだ風を漂わせていた。
その風が二属性の[竜]の激突による衝撃を防いだのか、彼は直前の魔法の応酬がなかったかのように無傷だった。
『――――ッ!!』
遠吠えのような甲高い風の音は、ヒビキの周囲にいる風――〈風竜〉のものだ。
「副団長っ!」
近衛騎士たちの声にレティシアナは端に駆け寄って修練場を見下ろした。
ネリューラが立っていた場所へと目を向けると、爆発によってめくられた地面よりも後方――壁際にまで吹き飛ばされた彼女の姿を見つけた。
ネリューラはヒビキの足元から伸びる〈風竜〉の尾によって、壁に叩きつけられる前に受け止められていた。その全身は濡れ、暴風に晒されたからか髪が乱れているが、目立った怪我はない。
ゆっくりと地面に下ろされると、ネリューラは少しふらついたが両足で立ち、青白い表情でヒビキを見つめた。
一方、壁際にいたカルマンも無事のようだ。
ほっと息を吐いたレティシアナにヒビキが声をかける。
「悪りぃ。まさか、結界が壊れるとは思わなかった」
「えっ……い、いえ」
「それでまだ続けるのか? これ以上やるのなら、結界も張り直してからだから色々と面倒なんだけど」
〈風竜〉を従わせながら、ヒビキは尋ねてきた。
レティシアナは全く疲労した様子を見せないヒビキを見て、まだ余裕を持っていることに気がついた。
複数の属性の魔法陣を駆使し、魔法陣もなしに強力な〈水竜〉を構築して本来なら最上位魔法さえ防ぐ結界をネリューラとともに破壊したうえに、すぐさま新たに〈風竜〉を構築すると周囲への被害を抑えた。
彼が呼び出した〈水竜〉は、おそらく最上位水魔法[玲瓏碧水竜]だろう。
そうでなければ、ネリューラが[煉獄紅焔竜]を使うことはない。
そして、最上位魔法の[水竜]や[火竜]と同等の威圧と魔力を感じる〈風竜〉は、同じく最上位風魔法[光風霽月竜]になる。
〈水竜〉が魔法陣を使っていないことから、おそらくは〈風竜〉も魔法陣を使っていないだろう。
最上位魔法クラスを魔法陣なしで構築したことに、レティシアナは常識が崩れる音を聞いた。
例え、魔術だとしても、彼は詠唱さえ唱えていなかった。
何より、まだ〈魔眼〉を使っていない。
(それにあの言葉は確か……)
レティシアナは目を閉じた。
彼が〝勇者〟となった理由、見知らぬ世界を旅する危険性、それを可能とする力の片鱗――。
(彼のためには、何が最善か……)
レティシアナは小さく息を吐き、目を開いた。
ジェルガや護衛の近衛騎士――部隊長クラス――に目を向けると、彼らは表情を固くしながらも頷いた。
レティシアナは端に近づき、ネリューラとカルマンを見る。ネリューラの顔色は悪く、カルマンも眉をひそめてヒビキを見上げている。
「……カルマン騎士団長」
声をかけると、カルマンは頷いた。
「勝者、ヒビキ・クジョウ!」
終了を告げられ、ヒビキは嬉しそうに笑った。
その笑顔からは戦闘中に見せた傲慢と冷徹を感じることは出来なかった。
「レナ。約束どおり、旅に出るからな」
「……はい」
レティシアナは苦笑しながら頷いた。
「よしっ!」と声を上げ、ヒビキは両手を挙げて伸びをする。
修練場に降り、カルマンやネリューラに駆け寄る彼を見ながら、ふと、一体、どの表情が本当の彼なのかと疑問に思った。
第1章 召喚した者は ~異世界召喚編 終了~
暇になった(勝ち取った)響輝は、さっそく旅支度を始めることに。
そこで、まず向かったのは……
次回・「第2章 暇なので旅をしよう」




