39. 予想外なプレゼント 4
『あの子を預かって欲しい?』
『ああ』
上機嫌で紅茶の入ったカップを傾けるエルベートさんに、僕は軽く目を瞬かせた。
あの後、エリナさんとソルテスが部屋を移った後エルベートさんに作業小屋まで引きずって来られたから、聞かれたくないことなんだろうとは思ってたけど、エルベートさんが言い出すことにしては珍しい。だって、殺した人の屍だけで城1つ建てられるくらい人の命なんてどうでも良いヒトなんだよ? 生者を連れてくるだけでも珍しいのに、それを僕に預けるなんて・・・。
『・・・・・・血縁、とか?』
『元人間に亜人種の血縁がいると思うか?』
清清しい笑顔を浮かべているけど、その周囲を禍々しい、濃度の濃い霊気が覆い始める。蛇が獲物を威嚇するような霊気に、思わず身がすくんだ。
・・・・・・地雷踏んだ?
『・・・そなたが私のことをどう思っているかは、後にゆるりと聞くとしよう』
漏れ出た霊気を、嫌な予感がする言葉と共にかき消し、エルベートさんは再びカップに口をつけた。それから、こちらに笑顔を向ける・・・目が笑ってないけど・・・。
『とにかく、預かってもらうぞ』
『・・・何で僕のところに? エルベートさんがそのまま連れてても良いんじゃ』
『使い道が無かろう?』
『・・・・・・』
生者を物にしか見ていないエルベートさんに、思わずため息が出た。
『そなたが無意味な殺生をせんことは生前から分かっておるし、私の元に置くよりは安全だからな』
そうかもしれないけど、流石に生者をウチで預かるのは難しい。部屋は増築すれば良いけど、生者が殆ど訪れない森の奥に死者と二人暮らし(ソルテスいるけどね)なんて絶対気が滅入る。特に、死霊を怖がっている生者だし最悪だ。
どこから連れてきて何に使うつもりか分からないけど、使い道が無くて僕に預けるんなら、別に街に送ってあげてもいい気がする。国によっては亜人差別も多少あるみたいだけど、ロクセルでは奇異の目を向けられる位だし。
『街に戻してあげることは、無理なんですか?』
問いかけると、エルベートさんは少しばかり困ったように息をついた。
『少々事情があってな』
『事情?』
『そなた、これが何か分かるか?』
エルベートさんにしては歯切れの悪い返答に、首を傾げる。そんな僕の様子を一瞥し、エルベートさんは懐からあるものを取り出して僕の前に置いた。それを見て、背に悪寒が走ったように感じる。
なんの変哲もない金属製の輪だ。輪の内側に細かく書かれた魔法陣の術式と、籠められた禍々しい魔力に気づかなければ。
『――― 破滅への導』
『ほう、分かるか。そなたの生きた時代には失われていた筈だが、流石に博識だな』
満足そうに頷くエルベートさんの声も耳に入らない。
『破滅への導』は僕が生きていた時代の魔法師達が呼んでいた別称で、本来は『隷属の輪』という魔法具だ。一度これを身に着けた者は、この輪に登録された相手の傀儡となり、どんな命令でも聞くようになってしまう。装着者が無理に外そうとすればその命を奪い、輪に登録された者以外が外そうとすれば自我を壊され、廃人と化す。そして、装着者が死ぬまで外せない。
奴隷に権利が認められていなかった時代に造られた、今となっては存在すら許されていない禁忌の品だ。僕の生きていた時代には既に失われていたから、知っているのは魔法研究をしていた少数の魔法師だけだった。
『これ・・・』
『あの娘の首に着けられていたものを魔術で解析、再現したものだ』
『まだ、残ってたんですね』
失われていたと言っても、それは表向きの話。裏で残っていたんだろう。
『あの子は誰かに隷属してるってことですか』
『いや、それより質が悪い』
『?』
『あの輪、未登録だ』
『!』
未登録!? 驚きのあまり、椅子から落ちそうになった。
隷属の輪に対象を登録するのはとても簡単だ。生者が隷属させたいという意志を持って、未登録の輪を身に着けた相手に触れるだけ。・・・つまり、悪意を持った相手に触られればそれだけで隷属状態に落とされる。
一度登録されていれば、登録された相手が死んでも書き換えが効かないからまだ良いんだけど、未登録だと危なすぎてそのまま街に返すわけにはいかない。そうでなくても、悪意のある魔法師に隷属の輪が解析、複製されたら大事になる。
『どうやら、非合法の奴隷を扱う組織に着けられたようでな。あの娘を商品として買った相手を、登録する予定だったのだろう』
狐族は珍しいしなとエルベートさんが付け足す。
確かに、狐族は亜人の中でも珍しい。魔力も高めだし、俊敏さや力も亜人の中では高い方だ。冒険者はもちろん暗殺者にもうってつけだから、奴隷として欲しがる人もいるんだろうな。
『死者どもでは登録はできぬし、輪を人の世に戻すわけにもいくまい? となると、生者を傷つけぬ死者に預けるしかなかろう』
それで、僕なのか。納得すると同時に、疑問にも思う。エルベートさんが生者を助けようとするなんて、前代未聞だ。クーロさんはともかく、アサトさんなら絶対槍が降るぞーって叫んでるな。
僕の疑問に気づいたのか、エルベートさんが軽く息をついた。
『生きたいと心から望む者を死なすのは、気分が悪いからな』
その割には、結構殺してる気がするけど・・・言わない言わない。
『・・・・・・でも、僕だってあの子の一生背負えって言われても無理ですよ?』
いくら死なないといっても、流石に人一人を一生見るのは難しい。ソルテスだって成人したら独立してもらうつもりなのに、一生側に置くのは葛藤がありすぎる。
『ああ、そこは気にせずとも良い。6年ほど預かってもらえれば良いからな』
『6年?』
それなら何とかなるけど・・・何で6年なんだろう?
『隷属の輪を壊すのにそれだけの時間がかかるということだ』
僕の疑問に気づいたのか、エルベートさんが補足を入れる。
『壊せるんですか?』
確か、隷属の輪って壊そうとすると装着者に影響が出るんじゃなかったっけ?
疑問に思って尋ねると、虚を突かれたような顔を返された。
『そなたなら気づくと思ったんだがな』
『?』
『物理的に壊すわけにはいかぬが、自然に壊れた物に関しては問題ないということだ』
『・・・・・・6年で壊れるんですか?』
そんなに脆いなら、わざわざ禁忌扱いされることもないと思う。思わず溜息を零すと、エルベートさんは軽く目を見張った。
『・・・そなた、時の魔術を知らぬのか?』
言われて、そういえばと思い出す。かなり高位の魔法師しか使えない魔法の一つに、時間に関する魔法があったはずだ。と言っても、時の流れを速めたり遅らせたりすることはできても、止めたり戻したりすることはできなかったようだけど。
『そういえば、ありましたね』
『あの娘の輪には、時を進ませる魔術をかけてある。私の力をもってしても6年まで縮めるのが限度だったがな』
『それでも、時の魔術を使えるなんて凄いですよ』
時の魔法自体を使えるのが一握りの上に、それを魔術として使えるように部分的に改変して使ってるんだから、生前のエルベートさんが魔法師としてどれだけ優秀だったかが良く分かる。・・・人に迷惑をかける使い方をしないで欲しかったけどね。
軽く賛辞を述べると、エルベートさんが目を丸くした。
『そなたも使えるだろう?』
『へ?』
当然というように言われても、僕は時の魔法を習ったことがないから使えないんだけど。使ったこともないし。
『現に使っておるではないか』
『え、どこに?』
わけが分からない。胡乱げに視線を返すと、エルベートさんはまじまじとこちらを見返してきた。
『以前、そなたはもう少し大人びた容姿をしていたが。時を弄ったのではないのか?』
エルベートさんの突拍子もない言葉に苦笑する。
死霊種は、身体が死んだ時と同じ姿で生み出される。若くして亡くなれば若い姿だし、年を経て亡くなれば年老いた姿になる。レイスの場合は幽体になったときの姿に固定されるから、ちょっと他の死霊種とは違うけど、結局は似たようなものだ。
僕の身体を使ってたエルベートさんの方が、僕の見た目には詳しい筈なのに。何度も乗り移ってるから、忘れちゃったんじゃないかな。そうじゃなきゃ、そんな突拍子もない発想は出ないよね。
『まさか。思い違いじゃないですか?』
エルベートさんでも思い違いをすることがあるんだなと思いながら笑い返すと、エルベートさんは眉を顰めた。でも、それは一瞬でいつもの飄々とした笑みに変わる。
『・・・まあ、そういうことにしておこう』
何か気になる言い回しだけど、そのことについてこれ以上話す気はないのか、エルベートさんは話題を戻した。
『とりあえず、あの娘が成人するまで預かってもらう。あの娘にも伝えてある。そなたには使い道がないかも知れぬが、少なくとも赤子の言語の発達には役立とう?』
『・・・そのつもりで、連れてきたんですか』
『無論だとも。赤子への贈り物とでも思っておくと良い』
確かに、側で言葉を話してくれる人がいれば、ソルテスが言葉を覚えやすいと思う。録音よりも生の声の方が良いのは当然だし。成人までならソルテスと同じ条件だし、何とかなるかな。
『・・・分かりました。但し、完全な命の保障はできませんよ?』
こちらから危害を加えるつもりがなくても、魔物に襲われたりといった事故までは僕も完全には防げないからね。
『まあ、死んでしまったならそこまでの者だったという事だ。そなたが気にすることはない』
預けると言いつつもあんまりにドライなエルベートさんの発言に、深いため息が零れたのは仕方ないことかもしれない。
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