38. 予想外なプレゼント 3
目を瞑っていても感じる微かな熱風に薄っすら目を開けると、もうもうとした煙の中に見覚えのある姿が見えた。
『エ、エルベートさん・・・』
『おお、久しいな』
軽くローブについた埃を払い、エルベートさんが中に入ってくる。一体何でウチに来たんだろう?
それはともかく、丁度良いところに!
視線をエリナさんに移すと、エリナさんは呆けたようにエルベートさんに視線を向けている。肩に乗っている手もさっきみたいに力入ってないし、今のうちに逃げちゃおう。
両手がソルテスで塞がっているから、軽く屈み込むようにしてエリナさんの手から抜け出した方が良いよね。
そう思い、軽く屈もうとした時、普段から余裕のある態度を崩さないエルベートさんにしては珍しく驚きの混じった声をかけられる。
『おやおや・・・悪いタイミングで来てしまったか』
『?』
意図の読めない言葉に行動を止め、視線をエルベートさんに向けると、エルベートさんは少しばかり意地の悪そうな笑みを浮かべた。
『しかし、相変わらず、人妻に人気だな。死してもそこは変わらずか』
言われたことが理解できなくて、思わず目を瞬かせる。首を戻すと、自分の前に仁王立ちしているエリナさんと目が合った。
つまり・・・エルベートさんから見れば、僕がエリナさんに迫られてるように見えるわけで・・・・・・!?
顔が異様に熱くなった気がする。俯くと、首を傾げるソルテスと目が合った。
エリナさんも気づいたらしく、真っ赤になって僕から距離を取る。
『ち、違うわよっ、そんなつもりじゃ・・・』
『照れずとも良いぞ。都合が悪いのであれば、私は一時席を外すのでな』
『そうじゃなくて! ・・・・・・そりゃあシルト君可愛いし、家事得意だし、頭も良いし、傍にいたら心が揺れちゃうけど、私にはちゃんと素敵な旦那様がいるし・・・でも・・・』
相変わらず赤い顔でぼそぼそとエリナさんが呟いてるけど、内容は聞かなかったことにしよう。危険を冒して、藪を突くことはないよねっ。
『ところでエルベートさん、どうしたんですか?』
強引に話題を変えようと声をかけると、エルベートさんは何かを思い出したみたいで、晴れやかな顔をこちらに向けた。
『ああ、そなたに頼みがあってな』
『頼み?』
・・・何でだろう。エルベートさんに言われると、嫌な予感しかしないんだけど・・・。
『入ってくるが良い』
こっちの考えなんて何処吹く風で、エルベートさんは壊れた扉の向こうに声をかけた。そちらに視線を向けると、小さな狐のような耳が覗いた。それから、しばらくして一人の女の子がおずおずと顔を出す。
『女の・・・子?』
驚きに思わず呟きを漏らすと、女の子はこちらに視線を向け、顔を盛大に引きつらせた。
「お、お化け・・・!!!」
・・・・・・お化けじゃないんだけどな。そう思って弁解しようとしたけど、その前に女の子はその場にへたり込んで動かなくなってしまった。
『ちょ・・・!』
『ああ、気にせずとも良い。気を失ったのであろう。私の時もそうであったからな』
そう言って、エルベートさんはその女の子をひょいと抱き上げた。
「うぅ・・・お化け・・・増えた・・・お化け・・・」
うわ言でお化けお化けと連呼する女の子に苦笑し、エルベートさんが眠りの魔法をかける。言葉も出ないほど深く眠ったことを確認すると、エルベートさんは僕に視線を移した。
『まあ、気にするな。この者にとっては、我らは化物でしかないようでな』
『気にしてませんよ』
いつものことだ。そりゃあ、面と向かって言われたらちょっと悲しいけど、生者にとって得たいの知れないものなのは事実だし。
でも、何でエルベートさんが女の子なんか連れてるんだろう? しかも生者の。
僕が尋ねようと口を開く前に、エルベートさんがエリナさんに視線を向け、先に声をかけてきた。
『ところで、あの神霊は何だ?』
『エリナさんのことですか? ソルテスに会いに来てくれた方で、ソルテスを抱きたいって言って・・・』
『ああ・・・それで交霊されかけたと』
『そうです・・・って、エルベートさん何で分かるんですか?』
交霊ってそんなにメジャーなものじゃないよね? エルベートさんが神霊と関わりがあるっていうのも想像できないし・・・。
不思議に思って尋ねると、得意そうな顔を返された。
『私も神霊に憑依を試したことがあるのだよ』
『え・・・』
『その時神霊が交霊と叫んでいたのでな。知っておるだけだ』
『・・・つかぬ事を伺いますが、その神霊は?』
『吸収してしまった。いや、あの場合融合というべきか』
『・・・吸収?』
今、物騒な単語が聞こえた気が・・・
『私の方が力が強くて、受け止めきれなかったようでな。全く力になりはしないのに、無駄なことをしてしまったよ』
楽しそうに笑い飛ばすエルベートさんに対して、僕の顔は引きつっていたと思う。
吸収っていうのは死者ができる行為の1つで、相手の力を奪って自分のものにすることだ。死者が相手を喰らう行為がこれにあたる。僕は経験ないけど、クーロさんは何度か手のつけられない死霊を消滅させるために喰らったことがあるらしい。って言っても、別に頭から齧るとかじゃないよ。相手の霊体を霊気に変えて、自分の中に取り込むんだ。・・・まあ、死体種は実際に齧って取り込むこともあるらしいけど。
もちろん、生者も吸収することができる。死霊種が吸収できるのは魂だけだけど、死体種は骸も出来るらしい。
・・・考えてたら、気分悪くなってきた。忘れよう。
笑い終わると、エルベートさんは爽やかな顔をエリナさんに向けた。
『そこの神霊。交霊したいならば、この娘の身体を使えば良い』
『えっ?』
未だに何かを考え込んでいたエリナさんは、エルベートさんの言葉に顔を上げた。・・・今も顔が赤いのは、僕の見間違いだ。絶対そうだ。
『丁度気を失っておるのでな。しばらくは目覚めぬし、使うと良い。この眠りでは、交霊された記憶も残らぬだろう』
『い、良いの?』
確認するように返事をしているけど、エリナさんの目は女の子に釘付けだ。・・・まあ、憑依って、されてる方の意識が無ければ負担にならないみたいだし、エルベートさんの魔術ではそうそう覚醒することもないと思うから、問題ないかな。
『良いも何も、それ以外の選択肢はなかろう?』
『え?』
『もしシルトに交霊しておったら、そなたは消滅していたであろうよ』
『ええぇ!? どういうこと!?』
エリナさんが目を見開いてエルベートさんに詰め寄る。僕もまじまじとエルベートさんを見てしまった。
『霊が霊に憑依もしくは交霊した場合、その霊と融合してしまうのだよ。意識は力の強い者が残るようでな。シルトとそなたでは、シルトの方が強かろう』
『じゃ、じゃあ、私が交霊してたら』
『そなたが消えておったな』
エリナさんの顔が青くなる。・・・僕だって、自分のせいでエリナさんが消えたらショックだから、エルベートさんが来てくれて助かった。エルベートさん様様だな。
『消えたくなくば、交霊の相手は生者にしておくことだ』
『・・・・・・はい』
エリナさんは未だ青い顔で頷くと、エルベートさんの腕の中の女の子に視線を移した。そんなエリナさんの前に、エルベートさんは女の子を寝かせる。・・・床に寝かせるのはどうかと思うけど・・・
『私の魔術が効いておるから、夕刻までは目を覚まさぬはずだ。使うと良い』
エルベートさんの後押しに、エリナさんはおずおずと女の子の前に立ち、目を閉じた。
と、瞬く間にその姿が光に変わり、女の子の身体の中に吸い込まれていく。
それから1メルト(分)も経たないうちに、女の子は目を覚ました。
「入れた・・・」
感嘆の声と一緒に、女の子が起き上がる。そして、僕の方に寄ってきて、ソルテスの前に立った。
「うー、えー?」
ソルテスは女の子―多分、エリナさんだよね―を見て、目をぱちぱちさせている。いつもなら、知らない人が寄ってくると不安そうな顔をするんだけどな。
「ソルテス君、私のこと、分かる?」
抱っこしたいのを必死で我慢してるのか、小刻みに震える手を隠してエリナさんがソルテスに声をかける。ソルテスは、そんなエリナさんに笑って手を伸ばした。
「えー」
「か・・・・・・可愛い!!!」
ガバリと、僕の手からソルテスを奪うように抱き寄せ、ぎゅ―っと抱きしめる。
「これこれ! この感触! ああ、生きてて良かった!!!」
「ういうー、あー」
・・・もう生きてないんだけど、流石に水を差すわけにはいかないね。あまりにも幸せそうに笑っているエリナさんに軽く苦笑が漏れる。黙ってソルテスとエリナさんのじゃれあいを眺めていると、突如肩に手を置かれた。振り向くと、エルベートさんが笑みを浮かべている。・・・目が笑ってないんだけど・・・?
『折角だから、共に遊んできてはどうかな? 子ども部屋もあるようであるし』
僕の視線に気づいた様子も無く、エルベートさんはエリナさんにソルテスが普段使っている部屋を指し示す。
「そ、そうね! じゃあシルト君、ちょっとソルテス君を借りるわね!」
笑顔でこちらに手を振り、エリナさんがソルテスを抱いて部屋を移動する。その後を追おうか迷っていると、肩に置かれた手の力が強くなった気がした。
もう一度エルベートさんに視線を向けると、エルベートさんは機嫌良さそうにニヤリと笑う。
『そなたには、しばし私に付き合ってもらうぞ。丁度邪魔者もいなくなったしな』
・・・・・・嵌められた。
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