32. 生き倒れの聖人君子 5
『・・・はぁ』
ディングさんとの通信を終え、僕は大きく息をついた。
ディングさん今用事でトカーナにいるそうだから、ロートスさんはもう少しウチで預からないといけないみたいだ。トカーナからだと、最低でも明後日までは神殿に帰ってこれないもんね。ロートスさんの服はすぐに工面してくれたから、まだ良いんだけど。
食事のメニュー考えないとな・・・。
まだ眠っているロートスさんの所に服を持って行き、それからソルテスのいる部屋へと戻る。ベッドを覗き、お昼寝中なのを確認すると、部屋を出て台所に入った。ソルテスの離乳食と同じものを出せると楽なんだけど、今日はともかく明日以降はお肉とか出してあげないと精がつかないよね。幸い、お肉はあるし。まだ寒いから、炒め物よりもシチューとかスープなんかの方が良いのかな。
食材をざっと確認し、早速保存していた骨や香草でダシをとる。その合間に、保存の効きそうな焼き菓子の準備。いつロートスさんが起きるか分からないから、いつ起きても良いようにしておかないとね。
黙々と台所で作業をしていると、突如、頭の隅に何かが引っかかったような気がした。・・・死者の気配? 軽く意識を集中してみるものの、はっきりとは分からない。感じたの一瞬だったし、気のせいかな? 生者の気配もするけど、それはソルテスのだろうし・・・。
結界も張ってあるし、大丈夫だと思うけど、少し気になったからダシがとれたところで一旦火を止めて台所を離れる。そのままソルテスのいる部屋へ戻る。
視界に入った光景に、思わず目を疑った。
ロートスさんが、起きていたソルテスの相手をしている。しかも、その周囲を昇天しかけのゴースト並みに薄っすらとした足のない死霊がふよふよと浮かび、ロートスさんの動きに合わせて芸をしていた。
「あ、お邪魔しています」
『・・・・・・何、してるんですか?』
それはもう周囲を凍りつかせそうな笑顔を返してくれるロートスさんを見ていると頭が痛くなってくる。こめかみを押えて尋ねると、キラキラと死霊を眺めているソルテスに視線を向け、再び手を動かし始めた。
「いえ、少しお水を頂けないかと思い、お邪魔させていただいたのですが、彼を起こしてしまいまして。申し訳ないので、一緒に遊んでいるのです」
ロートスさんの手の動きに合わせて、くるりと宙で一回転したり、蛇のような足をチョロチョロ動かしたりと死霊はソルテスに多彩なアピールをしている。・・・ソルテスも楽しそうだけど、死霊も楽しそうだな。
『この死霊って・・・』
「私の創ったファントムです。先日魔物に襲われて消えてしまったのですが、まだ骨の欠片が残っていたので創ってみたのです」
『創る?』
「ええ。核となる骨などがあれば、死霊術師達はファントムやゾンビを生み出せるのですよ。と言っても、死霊とは違って自我は持っていませんから、こちらから指令を送らないと動いてはくれないのですが」
・・・死霊術師の連れてる死霊ってゾンビやファントムっぽいのが多いとは思ってたけど、あれ創ってたんだ。知らなかった。
「うー」
「触ってみたいのですか?」
「う!」
上に浮かぶファントムに何度も手を伸ばすが、届かずに不満そうな声を上げるソルテスを、ロートスさんは丁寧に抱き上げる。
『ロートスさん、それは・・・!』
僕でも萎縮する見た目なのに、ただでさえ人見知りが始まったソルテスが泣かないとは思えない。アサトさんでも泣いてたし。けど、流石に見た目が怖いとロートスさんに面と向かっては言えなくて、一瞬出遅れた。
ソルテスがロートスさんに視線を移し、ぴたりと動きを止める。泣き出すのを覚悟し、泣いたらすぐにあやせるように慌てて傍による。だけど、それは杞憂だった。
「うー?」
「ひょおふぉひっはらはいでふあはい」
ソルテスが両手を伸ばして、ロートスさんの頬を引っ張る。でも、ロートスさんは顔を歪めている割には嫌そうでもなく、ソルテスをファントムに近づける。
「ふぁんほむほへいふぁんへう」
「あー!」
目の前にファントムの姿を見とめ、ソルテスの視線がそちらに集中する。ソルテスの手から解放されたロートスさんは赤くなった頬を擦りもせず、相変わらずの笑顔で上機嫌にソルテスに話しかけている。
「ティーさんというのですよ」
「えー?」
「まだ、君には難しいかもしれませんね。もう少し大きくなったら一緒に練習しましょう」
・・・意外に、気が合ってる? ディングさんには泣かないけど何でか寄り付かないから、生者は無理なのかなって思ってたけど、そうでもないみたいだ。・・・でも、エルベートさんといいロートスさんといい、ソルテスの趣味って変わってるかも。いや、エルベートさんは見た目は格好良いけど中身が・・・ね。
「あの」
『え、あ、はいっ』
頭の中で色々考えてたから、声が裏返っちゃった。視線を戻すと、ファントムの足(?)を触ろうと何度も手を伸ばしているソルテスを抱いたまま、ロートスさんがこちらに視線を向けていた。
「この子は、貴方の血縁ですか?」
『いえ、違います。成り行きで育てることになっただけで』
「そうですか。死者なのに子育てをなさってるようなので、てっきりご子孫なのかと」
そう言ってギラギラした顔を再びソルテスに向ける。明らかに怖い顔なのに、どこか幸せそうなロートスさんの様子に、ポロッと言葉が口に出た。
『子ども、お好きですか』
「ええ、見ているだけでも可愛らしいですから。ただ、何故か私を見ると泣き出すか凄い勢いで去ってしまうので、傍で相手をしたことはないのです」
抱くのも初めてなんですよ、と嬉しそうに言うロートスさんに、この見た目なら泣くよねと思ったのはナイショだ。
「あ、お名前教えてください。この子と、貴方と」
『あ』
そういえば、僕名乗ってないや。忘れてた。
自分のうっかり具合に内心で溜息を零しつつ、僕は自分とソルテスを改めてロートスさんに紹介したのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。




