31. 生き倒れの聖人君子 4
僕達死者にとって危険な生者は、ディングさんのような聖戦官と神術の使える神官。そして、死霊術師だ。
聖戦官は普通は死者を見つけたら問答無用で殲滅しようと襲ってくるし、神官も神術を使える人なら大抵消そうとする。それと比べれば、突然襲ってくることはない分死霊術師の方がましなのかもしれないけど、死霊術師は死霊術師で厄介な点がある。
それが、死者の使役だ。死霊術師は名の通り、死者と契約を交わし使役することに特化した魔法師のこと。契約しちゃうと制約がつくから、酷いときには自我を持たないゾンビやファントムのようになってしまうこともある。契約相手が死ぬまでは解放されないし、死霊術師が死ぬのって大体は神官や冒険者との戦闘のせいだから、解放されても一緒に消されちゃう場合が殆どだ。もちろん、契約しなきゃ死者には何の問題もないんだけど、大抵の死霊術師は死者を騙したり、神術で脅して半ば強引に契約を持ちかけてくる。その上、一回見つかると可能な限りずっと追いかけてくるから、ある意味聖戦官より性質が悪い。
今まで会ったことなかったけど、まさか自分で拾ってくるなんて・・・!
驚きと衝撃で固まりかけている僕に向けて、死霊術師―ロートスさんは周囲が慄くほどの笑顔で言葉を続けた。
「ザントルードにいたのですが、国を出る際に犯罪者と間違われまして。誤解を解くこともできずに、追われるまま遭難してしまいました。その先で、まさか貴方のような気の美しい方にお会いできるは思いもせず、天使様だと思い込んでしまったのです。驚かせてしまいました」
申し訳ありません、と頭を下げるロートスさんを少し混乱した頭を回転させながら眺める。・・・死霊術師には見えなさそうだけど、押しは強そうだね。まだ、僕の腕掴んでるし。それに、見た目からは得体の知れないヒトにしか見えない。
今はソルテスがいるし、契約だけは避けないと・・・。
『・・・あの、手、離してください』
軽く手を振りながら言うと、ロートスさんは自分の手の先に掴まれた僕の手をギロリと眺めた。
「ああ、そういえば触れていますね。天使様なら触れないはずですし・・・本当に死霊なのですね。種族は何ですか?」
『・・・・・・』
あんまり言いたくないんだけどなぁ・・・。僕って希少種だし、興味持たれたら嫌だ。黙っていると、ロートスさんは僕に視線を向けてくる。・・・やっぱり怖いよ。このヒトだと、何もしなくてもゴーストが怯えて契約しちゃいそうだ。
「触れるということは、リッチかレイスなのですが・・・レイスでしょうね」
『・・・・・・わかるんですか?』
断定に近い言い方に、困惑すると同時に興味が湧いて、いけないとは思いつつも問いかけてしまう。しかし、ロートスさんは僕の懸念に気づく様子もなく、相変わらずの怖い笑顔を返してくれた。
「先程も申しましたが、自らの欲望のために死者へと転じた者の気は総じて黒いのですよ。貴方の気は水のように澄んでいますから、自らなるリッチより何らかの原因でなるレイスの方が近いように感じます。しかし、レイスですか。初めて見ました」
全身を値踏みするような視線で見られ、かく筈のない汗を全身にかいている気分になる・・・契約は勘弁してくれないかなぁ。無理だと、記憶喪失にしないといけなくなるから、気分的に嫌なんだけど。物忘れの薬のレシピどっかにあったっけ?
あまり視線を合わさないように目を泳がせていると、腕にかかっていた負荷が消える。見ると、ロートスさんが掴んでいた腕を放し、まじまじと僕の手―というよりは手袋を眺めていた。
「―――もしや、私に気を遣ってくださったのですか?」
『?』
「レイスなら、私が不用意に触れるわけにもいかないでしょう? 本当なら霊身でしょうに、窮屈にさせてしまい、申し訳ありません」
気に食わないことがあるかのような表情を浮かべながら、何度も頭を下げるロートスさんに、思わずため息が漏れた。・・・このヒト、明らかに行動や言動と見た目が合ってないよね。僕は長い霊齢の間に他の死者を見慣れてるから外見でそこまでは判断しないけど、生者なら一目で悪い人だと思っちゃうかも。多分、苦労してるんだろうな。そう思うと、フォローしてあげたくなっちゃう僕は、甘いのかな。
『いつもこの格好ですから、気にしないでください』
「そう・・・なのですか? 他の死霊術師と契約なさってるのでしょうか?」
『まさか。ちょっと生者の知り合いが多いだけですよ』
そこまで言って、自分の言ったことの拙さに気づく。基本、死霊術師の契約は1体に限り1つだ。死者が複数の契約を結ぶと重複しちゃって霊体に負荷がかかるし、時には消滅しちゃうから、死霊術師は絶対に重複契約を結ばない。死霊術師が複数の死者と契約するのは良いんだけどね。
未契約って言わなかったら、穏便に済ませられたのに・・・!
内心で慌てている僕に気づいた様子もなく、ロートスさんは相変わらずギラギラした笑みを浮かべている。
「そうですか、良かったです。死霊術師達の中には非情な契約を迫る方も多いので、気をつけてください」
『・・・・・・はい』
まさか、死霊術師に忠告されるとは思わなかったな。そこまで悪いヒトじゃないのかも。
少しだけ警戒を弱めると、ロートスさんのお腹が小さく鳴いた。真っ赤になって、今にも怒り出しそうな様子で恥かしがっているロートスさんに苦笑が漏れる。
『ごはん、用意してありますからどうぞ』
「・・・・・・いただきます」
その後、まだ疲れが残っていたのか、幸せそうに食事を終えたロートスさんはぐっすりと眠ってしまった。・・・悪い死霊術師じゃなさそうだけど、早めにディングさんに連絡して引き取ってもらおう。
読んでくださり、ありがとうございます。




