30. 生き倒れの聖人君子 3
「天使様が、私のような矮小な者の許を訪れてくださるとは・・・!」
・・・初対面のヒトをいきなり天使呼ばわりとか、まともな人ならしないよね。自分で言うのもなんだけど、僕真っ黒ローブの怪しい格好してるわけだし。
このヒト、変な人だ。
感極まった声を上げる男性から、気づかれない程度に少しずつ距離を取る。できれば、本物の天使みたいにこの場からフッと消えたいとこだけど・・・ゴーストじゃないから、無理。レイスって、こういう時不便だ。
「お待ちください!」
突如上がった声に慌ててベッドから離れようとしたけど、その前に男性の細腕からじゃ想像もつかないほど強い力で腕を掴まれてしまった。声出せないのが辛い・・・!
「もし情けを頂けるのでしたら、お名前を教えては頂けませんか!?」
・・・本当に、このヒトなんなんだろ? お願いしてるっぽいけど、どう考えても脅迫してるよね? 厄介なヒト拾っちゃったよ・・・!
どう説明するか考えあぐねていると、ぐいと腕を引かれた。同時に、視界が広くなる。
目の前で、欲に染まりきったと言っても可笑しくないくらいギラギラした目が、こちらを覗き込んでいた。
怖っ!! 内臓が飛び出てたり、目玉をブラブラさせたりしてるリビングデッドを見慣れてる僕でも萎縮しちゃうくらいなんだから、普通の人なら絶対逃げてる! ただでさえ、身体中骨と皮でガリガリで、死体みたいなのに・・・!
近距離にある餓えた獣の目に射抜かれている状況に耐えられず、軽く視線を逸らす。・・・あれ? 顔見られてる?
恐る恐る後頭部に手をやると、死後触り心地の変わらない髪に手が触れる―――フード被ってないじゃないか! このヒトの顔にビックリして気づかなかったよ!
急いでフードを被りなおす。見られてるから今更だけど、触られると(向こうの)命が危ないし。放して欲しいという願望を込めて掴まれた腕をブンブン振ってみたけど、固まってるのか無反応だった。
・・・もう人間じゃないってバレてるから、念話使っても良いよね。声かけてみよう。
「・・・・・・」
『・・・・・・あの・・・』
フードの合間から見える男性の顔は、純粋な驚きで彩られている。顔に何かついてたってことは、ないはずなんだけど・・・。声をかけてみても、返事が返ってこない。大丈夫かなー・・・。
「・・・美しい」
『・・・・へ?』
・・・なんかすごく変なこと言われたんだけど。エルベートさんやクーロさんならともかく、僕は平均顔だよ!? このヒト、目、大丈夫かな。
「流石、天使様です」
『・・・僕、天使じゃないんですけど』
相変わらずギラギラとした目を向けてくる男性の言を、ため息混じりに否定する。すると、男性は目を瞬かせた。
「天使様でない・・・? ですが、貴方を取り巻く気は美しく澄んでいます。此程綺麗な気を纏っている存在を、私は天使様以外に知りません」
『・・・・・・ああ』
綺麗なのは気か。納得した。僕霊体だから、生者ほど複雑な気の流れはしてないもんね。天使は元が昇天した魂だから、魂が変質して生まれる死霊とはパッと見では判断できない。天使には神術が一切効かないくらいしか相違点ないし。
『それは、僕が死霊だからですよ。生者と比べれば、気が澄んでいて当たり前です』
「死霊?」
あ、言っちゃった。男性の顔が恐怖に彩られるのを見たくなくて、顔を軽く伏せる。あまり側に寄っていたくなくて、ビックリして手を放してくれるかなと期待したけど、それは叶わなかった。・・・怖く、ないのかな?
男性はしばらく黙っていたけど、次に紡がれた声に震えは無かった。
「・・・死霊にしては、気が綺麗過ぎます。未練を持って昇天できない死者は、その未練ゆえに気に濁りが混じるものです。逆に、強い願望を持って昇天を拒む死者はその気が黒ずんでいることが多い。天使のように一度昇天した者であれば、その気も納得できるのですが・・・」
言われた言葉に顔を上げると、相変わらず鋭い眼光でこちらを見ている男性がいた。でも、その声音には困惑しか感じ取れない。・・・なんか、凄く違和感があるな。
しかし、このヒト、死者の事に詳しすぎない? 一般の人間ならそんな区別できないよ。
『あなたは・・・』
「ああ、大変失礼致しました。名を尋ねておきながら、自分の紹介がまだでしたね。申し訳ありません」
男性はそこまで言うと、見る人全てが硬直してしまいそうなほど狂気に彩られたかのような笑みを浮かべた。
「私、ロートス・ディクと申します。死霊術師です」
死霊・・・術師!?
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