29. 生き倒れの聖人君子 2
家に帰ると、最近あまり使っていなかった作業小屋の扉を開け、中に男の人をイーノムホンごと運び込んだ。ソルテスの寝てる広間に血で汚れたヒトを連れ込むわけにもいかないからね。変な病気に感染したら困るし。
部屋の中の、作りかけの道具や織機といった作業道具をとりあえず魔術を用いて倉庫に送り、倉庫から客用の組み立て式ベッドを取り出す。布団が藁しかないけど、まあ大丈夫だろう。
ベッドを組み立て布団を敷き、男性のボロボロのマントと服を引き剥がして布に包む。そのままベッドに放り込んだ。
目立った外傷ないし、汚れてるの服だけだからいいよね。僕の服じゃサイズ合わないから、誰かに着替えを貸してもらわないと・・・ディングさんが無難かな。このヒト引き取ってもらってもいいし、一回連絡入れよう。
そうそう、服無いんだから、風邪ひかないように結界張っておかないと。
それから、一旦男性は放っておいて、イーノムホンの解体にかかる。以前作った解体用の包丁で皮を剥ぎ、肉と骨を切り分ける。皮はボロボロで使えないけど、他は大丈夫だ。これなら、半年は持つな。
自分でも満足する手さばきで、切った先から肉を凍らせていく。うめき声が聞こえてくるのでふと見ると、男性が眉を顰めていた。なんか息苦しそう。あちこちに血の匂いが散らばってるから、むせたかな? 悪いことしちゃった。
解体する速度を上げ、男性が起きる前に解体したイーノムホンを別の空間に押し込む。そして、魔術で換気した。男性は気分が治ったのか、再び静かな息を吐き始める。
これで良し、と。
様子見も兼ねて、男性の顔を覗き込む。息をしていなければ、リビングデッドと間違われてもおかしくないほどやつれたヒトだ。目は落ち窪み頬はこけ、手足もガリガリだし、髪もボサボサ。・・・リビングデッドでも、もうちょっとお洒落かも。少なくとも、ラナおばさんとは比べ物にならないな。
軽く息をつき、作業小屋を出る。あのヒトが起きたときに食べられるもの作らないとな。ソルテスも食べれる物にしよう。
その後も何度か様子を見に行ったけど、その夜、男性は目を覚まさなかった。
翌朝、僕はいつものようにソルテスの離乳食を用意していた。
『ソルテスー、ごはんだよ』
『ごはん』
『おなか、すいた?』
『おなか、すいた』
わざとゆっくり念話を発すると、正確に繰り返してくれるソルテスが可愛くて、口元が自然と緩む。
今日のメニューはイーノムホンの骨で取ったダシに、ドリアードの小麦粉で作った小さめの団子の入ったスープだ。舌で潰せるくらい柔らかくしたから、ソルテスも食べられるはず。
最近、ちょっと物が噛めるようになって、噛む食べ物にも挑戦中だし、喜ぶかな。
ソルテスを膝に乗せ、テーブルの前に座らせる。ソルテスに前掛けをし、スープとスプーンをテーブルに置くと、ソルテスはスプーンをグーで握り、自分でスープを口に運んだ。
この頃自分から食べようとするんだ。上手に握れなくて、手を汚しちゃったり、口に運ぶ前に零しちゃったりするけど、僕が手を貸さなくても食べられるようになってきた。最初の頃は上手に持てなくて、スプーン投げて落としては泣いてたのに。
だいぶ、進歩したよね。
「たー」
『もう、いいの?』
『もう、いいの』
満足そうに繰り返すソルテスに苦笑し、口元を拭ってあげる。前掛けを外し、ソルテスをベッドに下ろすと、食器を持って台所に移動した。
食器を片すと、お盆にソルテスに出したスープに濃い目の味付けをし直したものを乗せる。あのヒト、もう起きてるかな。食べてくれると良いんだけど。
『ソルテス、ちょっと行ってくるから待っててね』
『まっててね』
機嫌よく手を振ってくれるソルテスに手を振り返し、作業小屋へと移動する。中に入ると、男性はまだベッドの中で静かに横になっていた。・・・生きてるよね?
部屋に唯一残してあった小机にお盆を置き、音を立てないようベッドの中を覗きこむ。・・・うん、生きてる。
と、男性の瞼がピクピクと動いた。あ、起きちゃう!
慌てて少し後ろに下がり、フードを目深に被る。多分ばれるとは思うけど、起きてすぐ目の前に半透明の死霊がいたら、目覚めが悪いもんね。また気絶しちゃったら困るし。
よし、と自分の見た目を確認していると、呻くような声が聞こえた。
「ん・・・」
フードで視界が覆われてるから見えないけど、布の擦れる音から察するに、どうやら起きたみたいだ。念話しか使えないから声をかけるわけにもいかないし、起きたことに気づかない振りをして小机の所まで戻ることにしよう。
と、背後から驚いたような声が上がった。
「天使・・・様?」
・・・へ?
読んでくださり、ありがとうございます。




