25. 危険物襲来 4
絶句ばかりの解説を終え、暫くお茶を楽しんでいたエルベートさんは家の中を見回した。
『中々充実した生活をしているようだな。前より家が大きくなっていて驚いたよ。外に小屋も増えていたし』
『作業小屋のことですか。暇なので、色々やってみようと思ったんです。時間もいっぱいありますし』
『そうかもな』
言いながら、エルベートさんはソルテスのベビーベッドに目を留める。
やばっ。
『ベビーベッドとは、変わったものを持っているな』
『・・・アンティークものとしては人気がありますから、作ってみたんです。そのうち良い具合に古びてくると思って』
家にあってもおかしくないような理由を何とか捻り出す。アンティークっぽく古びるには100年以上かかるから、流石に生者が言える台詞ではないけど、死霊(僕)が言う分には可笑しくない。
そう言うと、エルベートさんはニンマリと笑った。
『そうか。面白いことを考えるものだな』
『・・・面白い、ですか?』
『ああ。死者が赤子を育てるのも面白いが、それを隠す理由としても充分面白い』
『!』
『私から隠したいのは分かるが、その言い訳は流石に無理があるな』
笑みを含みながらも鋭い視線を向けられる。ば、ばれてる。視線だけを一瞬ソルテスのいる部屋にはしらせる。それに合わせて、エルベートさんも視線を移した。機嫌良さそうに笑う。
やな予感・・・。
『折角だし、顔を見てくるかな。生者に会うのは20年ぶりであるし』
『い、今はダメですよ! 寝てるし、人見知りが酷いから凄く泣きますから!』
立ち上がって遊び部屋に行こうとするエルベートさんの服の裾を掴んで止めようとする。と、逆に腕を掴まれた。驚いて顔を上げると、良い笑顔がこちらを見下ろしている。
『そなたも行けば、問題ない』
『えぇ!?』
何処が問題ないのか問い詰める間もなく、そのままずりずりと引きずられて、遊び部屋へと入る。ソルテスは起きていたらしく、部屋の奥でしきりにクッションをにぎにぎしていた。
『おや、まだ小さいね。これでは、最下級の悪魔の召喚にしか使えなさそうだ』
『!?』
な、なんて物騒なことを! 腕を掴まれたまま、慌ててエルベートさんとソルテスの間に割って入って視界を遮ると、ぷっと吹き出された。
『心配せずとも、やらないよ。そなたから奪うより、孤児院から奪ってきた方が楽だろうしね』
『それもやめてください!』
以前、エルベートさんが実験のためにある孤児院から全ての子どもを浚っていたことを思い出し、無い筈の血の気がざっと引いた。
今もそういった危ない研究やってるんですか!
「だー」
『ソルテス、こっち来ちゃダメ!』
ソルテスは僕に気づくと、更に上手になったハイハイ歩きでこっちに寄ってきた。赤ちゃんに空気を読むができないのは分かってるけど・・・!
「たーう」
ソルテスは柵の前まで来ると、僕に声をかけてくる。この感じは抱っこの催促だ。でも、エルベートさんに片腕がっしり掴まれてるから、無理。何とか外せないかと動かしてみるけど、びくともしない。
こっちが悪戦苦闘してるのに全く気づいた様子もなく、エルベートさんはしげしげとソルテスを見下ろした。
『ふむ。中々物怖じしない子だ。傀儡として今から術を施せば、将来は立派な道具として使えるな』
『!!!』
『だから、しないと言ってるだろう』
言葉が出てこず、口をパクパクさせていると、苦笑を返される。だ、だって、エルベートさんが言うと冗談に聞こえないんだもん! 今までが今までだから!
と、エルベートさんがひょいとソルテスの首根っこを掴み、持ち上げる。あまりにも自然な動作だったから対処が遅れた。
「うー」
『お、軽いな』
『や、止めてください!』
こっちの制止はお構い無しに、エルベートさんは片手でプラプラとソルテスを振る。一応考えて掴んでるのか、首が詰まる感じもなく、ソルテスは機嫌良さそうに声を上げた。
「キャッキャッ」
『随分と霊慣れしているな。大したものだ』
首根っこを掴まれたまま、嬉しそうに僕に手を伸ばしてくるソルテスと、機嫌良くソルテスをプラプラ振っているエルベートさんを見て、僕は感情の手綱を手放した。
『ああもう、放せ!』
『!?』
感情の表出と共に、エルベートさんの頭に氷の塊が勢い良くぶつかった。突然のことに驚いて腕から手を放したエルベートさんからソルテスをもぎ取り、柵の中に入って距離を取る。
『ソルテス、ダメだよ喜んじゃっ。エルベートさんつけあがっちゃうからね!』
「うー」
少し険しい顔でお説教すると、ソルテスは機嫌良さそうに僕に張り付いた。全く理解してる様子はない。・・・まあ、1歳にも満たない赤ん坊に理解を求めるのは無理だね。
『エルベートさんもやり過ぎです! 赤ん坊を何て扱いしてるんですかっ。これ以上やるなら、全力で追い出しますからね!』
不意打ちのせいで思いっきり喰らったらしく、衝撃に頭を抑えているエルベートさんにも厳しい視線を送る。しかし、エルベートさんは懲りた様子がない。頭を抑えたまま、こちらに上機嫌な顔を向けてくる。
『その子は大物になるな、気に入った。大きくなったらリッチになるための方法を伝授』
『しなくていいです!!!』
どこの大人が死者になる方法を伝授するんだ! エルベートさんが大真面目なだけ性質が悪い。
『不老不死は、生者の夢だろう』
『リッチは不老不死とは言いません!』
あくまで死者だからね。
『よし、なら乗り移りの術法を』
『追い出されたいんですね、分かりました』
リッチなんだから、思いっきり吹き飛ばしても平気だよね。リッチとレイスはほぼ同格だし、明らかにエルベートさんよりは僕の方が早死にしてるから、純粋な力量で言えば僕の方が強い。消滅させるのはともかく、吹き飛ばすくらいなら余裕だ。
敢えて笑顔で見据えると、エルベートさんが苦笑して両手を上げた。
『分かった分かった。降参だ。精々一般的な魔法を伝授するくらいに留めておくよ』
『それも止めて欲しいんですが・・・』
エルベートさんの一般的の基準が分からないから、むしろ怖い。
呆れ混じりに息をつくと、心外といった顔を返される。
『何を言う! それだけ魔力があるのに、魔法を覚えなくてどうする』
『そんなに、魔力強いですか?』
腕の中でご機嫌な声を上げているソルテスをまじまじと見る。僕から見れば、ただの赤ん坊なんだけどな。
『念話が使えている時点で、魔力がないことはありえない。しかも、赤子の段階で使えているのなら魔力量は多いはずだ』
『・・・・・・念話が使える話、した覚えないんですが』
何で知ってるのかな。今だって普通に声出してるし。
『アサトが言ってたよ。そなたが赤子を育てていて、その影響で念話を覚えていると。だからシルトの所には行くなと釘も指されたな』
アサトさん・・・!!! 言っちゃダメでしょう! ・・・いつもどこか抜けてるんだから。
どおりでソルテスが居ること知ってたわけだ。
『とにかく、生前のそなたらもそうだが、魔力の多い者が魔法を覚えないなど宝の持ち腐れだ。その子は私がしっかり仕込もうぞ』
『・・・断っても、来るんでしょ?』
『無論だ』
『・・・・・・』
色々突っ込みたいことはあるけど、魔法を覚えるのは確かに有益だ。いざというとき身を守る道具になる。僕が教えるよりは、エルベートさん(専門家)に任した方が大成するかもね。・・・・・・それだけ魔力あるんなら、早目にディングさんに頼んで神術も覚えてもらおうかな。エルベートさん(リッチ)対策に。
『・・・分かりましたよ。ここで教えるなら、許可します』
『うむ。任せておけ』
思い切り胸を張るエルベートさんに、溜息が漏れたのは仕方のないことかもしれない。
読んでくださり、ありがとうございます。




