24. 危険物襲来 3
『私とて、そこらの者から適当に身体を奪っていたわけではない。生者として憑依するには最低でも外せない条件というものがある。それに、条件に合うからと手当たり次第に手を出せば足がつく。なるべく安全に、かつ条件に合う身体を持つ者に憑依するためには選ぶ必要があるのだ』
『はあ・・・』
機嫌良さそうに説明するエルベートさんを見ていると、気が抜けてくる。本当に調子狂うなぁ・・・でも、悪気がないだけ進んで犯罪を犯すヒトよりマシかな。
まあいいかと思いなおし、アサトさん達を思い浮かべて自分との共通点を探してみる。でも、生まれも育ちも性格も殆ど似てない。職業もバラバラだし。条件ってなんだろう?
『気になるか?』
『ええ・・・まあ』
呆れよりも好奇心が勝る自分に溜息をつきつつ言うと、エルベートさんは破顔した。
『よし、そなたへの詫びも兼ねて詳しく説明してやろう』
そう言って、エルベートさんはテーブルに着いた。魔術でどこかからお茶の用意を取り出し、ポルターガイスト(全自動)でお茶を淹れる。ポットや茶葉が宙に浮いて茶の準備を整えていく様子は、見ていて楽しい。
『時間がかかるからな。茶にしながら話すとしよう。そなたも座れ』
言われるままに席に着く。それと同時に、目の前に紅茶の入ったカップがふわりと降り立った。
さすが元魔法師。手並みが鮮やかだ。
エルベートさんは軽くお茶を堪能すると、こちらに視線を向けた。目が輝いているのは、探究心の強い魔法師ならではといった感じだ。
『まず、最低限の条件からだな。これはとても単純だ。対象が魔力を持っているか否かだからな』
『あ、それは納得』
僕は魔法師ではなかったけど、一般の人よりは強い魔力があった。魔法も時々は使ってたし。アサトさんは占い師だったから、水晶玉のような大掛かりな魔法具を起動させるための魔力があったし、元冒険者のクーロさんは魔法剣士だったからもちろん魔力を持っている。レーノさんは貴族だったから、全く魔力を持ってないということはなかった筈だしね。言われてみれば、魔力持ちってとこは共通点か。
『魔力は身体に宿るものだからな。私が他の身体に乗り移る際は、魔法で対象の魂を幽体として抜き出し、その上で自分の魂を移していたから、それが出来るだけの魔力が身体に宿っていないと次に他の身体に乗り移ることが出来ないのだ。だから、それが最低の条件となる』
『他人に乗り移ること前提なんですか・・・』
『私以外で同じように乗り移っていた魔法師も、そうやって選んでいた。そうでないと次の身体に乗り移れないからな』
当然と言うように笑うエルベートさんに呆れてしまう。・・・納得は出来るけど、微妙だなぁ。
『次に私が重視していたのは、対象が一人旅もしくは一人暮らしをしていることだ。家族と暮らしていると、失踪した時にすぐに捜索が始まるし、こちらの正体がばれやすい。神官を呼ばれて退治されかねないからな』
『・・・ああ』
思い当たる点がいくつかある。アサトさん達は旅暮らしだったし、僕は一人暮らしだった。レーノさんは・・・どうなんだろう? 貴族って一人になること少ないんじゃないかな?
『レーノさんは家族と暮らしていたんでは?』
『ああ。だが、アナ姫とのことで王から目を付けられていて、殆ど勘当状態だったから家に帰らない日が多かったのだよ。だから近づきやすかった』
『・・・ナルホド』
お家事情も調べてたのか。呆れつつも感心していると、ニンマリとした笑みを向けられる。
『私がそなたらの名を知っている時点で、妙だと思わなかったか?』
『あ・・・』
言われてみれば、名乗った覚えがない。・・・最初から知ってたってことか。
『シルト・エトセン。ファデラール暦304年に娼婦のオーレリア・エトセンの子として生まれる。父親は定かではないことになっていたが、当時のカーナードの王太子キーグ・シトリ・カーナード』
うぇ!? 何でそこまで知ってるの!? 母さんしか知らなかったはずなのに。
僕の驚きを他所に、エルベートさんは先を続ける。
『母の故郷であるテルリード領の街イルクで成長。時の魔術研究所の所長アーダ・ギーディからの誘いで王都の魔術研究所に所属する。母の死と共に研究所を出、神官として一時期ソーフェ神殿に所属。その後、テルリード領の外れの森に居を構え、一人研究を続けていた。それで22歳で幽体となる、と』
・・・ストーカーでもされてたのかな。詳しすぎるんだけど・・・
ジト目でエルベートさんを見ると、楽しそうな視線が返される。
『将来有望な素体には、赤子のうちから目をかけているさ。魔力量は母親の身体にいる時点で分かるからな。数人目星を付けておいて、使っている身体が寿命を迎える頃に最も条件の良い者を選んでいる。だから、恋愛遍歴も知っているよ。人妻に迫ら』
『言わないでください!』
慌ててエルベートさんの言葉を遮る。全く、プライバシーも何もあったもんじゃない。
・・・でも、そんなに前から目付けられてたんじゃ、逃れようがないよね。ある意味天災かも。
『そなたは私にとって最も楽な相手だったよ。魔力は王族譲りでかなり多い。田舎の森に一人暮らしで、そうそう人は訪れない。仕事も辞めていたし、家族は皆逝去していて、捜される危険も一番少ない。身分も母親が娼婦だったから、下流平民と中流平民のちょうど中間であまり目立たない。父親は誰も知らなかったしな。更に、魔法師でないから憑依を防がれにくく、ついでに穏やかで、霊体になってからも人を襲いそうになかった。これでも一応、条件に合っていても人格が凶暴な者は避けていたのでね。決定打は吹雪の日でも病人に薬を届けに出かけるだけのお人よしだったことだな。おかげで全くそなたに気づかれず、乗り移ることが出来た。あ、薬は代わりに届けておいたから安心しろ』
『・・・良く、分かりました』
聞けば聞くほど、運命が定まっていたように感じなくもない。生前にアサトさんに会って未来視してもらってたら、アサトさんにはきっとレイスになった僕が映ったことだろう。
テーブルに突っ伏し、色々と感情が入り混じった溜息をついていると、エルベートさんは楽しそうに笑った。
『他の者のことも知りたければ、聞くといい。普通は話してもらえないようなことも、私は知っているからな』
・・・どこのゴシップ記者だ。思わず心の中で突っ込んだ。
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